二人だけのお出かけ「──さん、──あざみさん」
その声に、はっと意識が戻ってきた。
ええと、今まで何をしてたんだっけ。
ここは……そうだ、都市伝説解体センター。
センター長さんに事の顛末を報告しにきたんだよね。
「あざみさん、大丈夫ですか。少し顔色が悪いようです」
センター長さんが車椅子をキコキコと鳴らしながらこちらに近づいて、心配そうに私の顔を覗き込む。
「大丈夫です。なんだか寝不足みたいで、ちょっとボーっとしてました」
えへへ……と誤魔化すように笑ってみましたが、センター長さんはつられて笑ってはくれませんでした。
「色々と無理をさせてしまいましたね、すいません。今は火急の依頼もありませんから、少し気分転換をとってはどうでしょうか」
センター長さんを困らせてしまいました……。
でも確かに最近はずっと忙しかったし、少しくらい休憩してもいいのかも。
……といっても、ずっとバイトしてたから急に気分転換と言われても何したらいいかわからなくなっちゃうよね。
「──あの」
「はい、なんでしょうか」
目の前には、センター長さんの大きな瞳。
センター長さん、いつも私が報告した後、動画を撮って編集してるんだよね?
私より忙しいはずで、センター長さんはいつ休憩しているんだろう。
そう思うと、考えるより先に言葉が口をついた。
「センター長さん、一緒にお出かけしませんか」
───
センター長さんに言われるがまま車椅子を押していき、たどり着いたのは小さな商店街だった。
といってもほとんどのお店は閉店しており、いわゆるシャッター街というやつだ。
商店街の中を進む。
静かな通りに、自分の足音と車椅子の音が響く。
世界に二人だけしかいないような錯覚を覚えて、思わず身震いをした。
「センター長さん……」
「もうすぐつきますよ、ほら」
センター長さんが指さした先には小さな鳥居が朽ち欠けていた。
きっと商店街の守り神だったのだろう。
地面からは雑草が伸びて野原のように境内を覆っており、その役割を終えてずいぶん経つのだろうことが窺えた。
「千里眼もありますが、やはり自身が赴くのも良いですね」
そう言ったセンター長さんはどこか懐かしそうに目を細めていた。
過去に来たことがある場所なのかな?
目を閉じて、眼鏡をかけて、そっと目を開ける。
吹き抜けるひんやりとした風が体を通り抜け、どこからかふわりと出来立ての揚げ物の匂いが鼻をくすぐる。
多くの人が行き交い、駆け抜ける足音と笑い声が商店街内に反射して、商店街は賑わいを取り戻した。
あれは……センター長さん?
過去の記憶の中のセンター長さんは楽しげにノートを持って鳥居をスケッチしている。満足のいくスケッチが出来たのか、顔を上げたセンター長さんと、目が合った。
「連れてきてくれてありがとうございます、あざみさん」
「──っ!センター長さん!」
眼鏡の向こう側で、現実のセンター長さんが私を見つめている。センターの外で見るセンター長さんは、ぞっとするほど肌が白くて、現実味がなくて、念視の中に入ってしまいそうで、思わず手を伸ばしてセンター長さんの手に触れ、そこに存在することを確かめた。
「どうしました?あざみさん」
「センター長さん、いなくならないですよね……?」
「ええ、いなくなりませんよ」
センター長さんが微笑む。
良かった……。
ほっとしたら心の中にふと疑問が湧いてきた。
どうしてセンター長さんは一緒にお出かけしてくれたんだろう。
頬に手を当てて、うーん…と考えてみる。
いつか、センター長さんの気持ちを解体することが出来る日がくるんだろうか。
そのときがきたら、私は……。
ふわふわとした気持ちの正体は、まだ特定したくない。