違う人間師匠にフラれて、僕は変わった。
何日も、何週間も、何ヶ月も僕は泣いた。一人になると涙が勝手に流れた。
地の底にいるような冷たい感覚。体が破れてバラバラになったみたいな痛み。
知らなかった。本当の失恋が、あんな苦しいなんて。
師匠が僕のために僕をフッたことは頭で理解していた。
でも僕は、師匠の人生に僕がもう必要ないと、他でもない師匠自身が判断し決断したという事実が辛かった。
師匠は
「これからもいつでも会える、師弟としてなら」
と言ったし、僕もそれを拠り所にしていた。
でも実際には、それから2年も連絡すら取ってない。
僕の中にあった、師匠を愛していて、師匠を必要とする部分、心のほとんど半分近くを引き剥がして、灰にした。
師匠のおかげで僕という人間は形成された。
「モブ」と「茂夫」とがひとつになり、周りの人との関わりも含めて「僕」なんだ、と受け入れられた。
その中から突然削り取られた「師匠」というパーツへの渇望を止めるために、「師匠を求める自分」ごと捨てるというのは、身体の半分の感覚を失うことにも似ていた。
けれど、そこまでして、ようやく僕は涙を止めて前に進めるようになった。
今の僕には師匠は必要ない。師匠が居なくても師匠のくれたものは僕の中で活きているし、もう会えない人のことをいつまでも引きずって、目の前の人たちを大事にしないわけにはいかない。
もう僕は大丈夫。師匠もそう言ってたじゃないか。「もう俺がいなくても大丈夫」
そうなんだ。大丈夫なんだ。師匠がそう言ってくれた。
「師匠のことを求めてしまう僕」ではなくなってしまったことは、自分が自分じゃなくなってしまったみたいで少し変な感覚だ。まるで頭の中を半分だけロボットにしたみたいな感覚ではあるけれど、
……でもきっとこれが自立して大人になるってことなんだ。
師匠のことは忘れないけど、きっといつかこの「今の僕」が普通で当たり前になって、師匠のことを思い出しても胸が痛まなくなるのだろう。
だって僕は、前とは違う人間になったのだから。
モブと別れてから2年が過ぎた。
愛している、ということがあんなに辛いとは知らなかった。
モブの未来、モブの気持ち、モブの存在、すべてが俺を不安にした。
モブと居ることで俺が幸せになってしまうことが、モブから何かを奪ってるのではないのかと。
モブは他の誰かとでも幸せになれる男だ。でも俺にはモブしか居ない。だからモブが俺を選んでしまう。モブに選ばせてしまう。
それが心底情けなかった。
俺を補完するためにモブが居てくれる、そのことへの罪悪感と無力感。
「師匠は危なかっしいとこありますよね」
そう言って、軽々と俺を助けてしまうモブに、いつまでもしがみついていてはダメだ。
そう決めて、俺は変わることにした。
俺は自分で自分を守れる人間に変わった。自分のためではなく、モブのためなんだと思えば、自分のことを大切にすることも億劫ではなくなった。
モブと別れてから、俺は危険な依頼を一人で受けたりもしなくなったし、トラブルも細心の注意を払って避けるようになった。怪我も病気もめっきりしなくなったし、芹沢やトメちゃん、森羅や天草とも丁寧に関係を取るようにした。
モブに頼り切りだった頃は、モブさえ居ればOKという傲慢で甘えた意識があったから、対人関係に割くリソースも少なかった。考えてみればとんでもない話だ。
モブを手放したことで今の周囲との関わりはつつがなく穏やかだ。以前は険悪だった家族とも今はうまくやっている。
「まるで前とは別人だ」とも言われる。
今の自分は嫌いじゃない。モブを俺の隣に縛り付けていた頃より、モブのことを愛しているという自信がある。
今も俺はモブを愛している。だから他の誰かと付き合うとか、そういうことをする予定も望みもない。モブ以外の人間を人生の真ん中に据えることが出来るなら、そもそも別れなくても良かったんだ。
モブじゃなきゃダメで、替えがきかない。そういう風にモブを求めてしまう自分を許せない。
だが、それが俺という人間なのだ。
モブが隣に居てくれる限り、俺は変われない。
だから俺は、モブをフッた。
そう、モブを必要としない人間になるために。
モブを本当に愛するために、俺は変わったんだ。
おわり