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    流菜🍇🐥

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    TF主ルチと桜の話。ルチ視点。TF主くんとルチなら桜に拐われそうなのはTF主来んの方かなと思ったので。

    ##TF主ルチ
    ##季節もの

     三月も中旬になると、季節は少しずつ春へと変化する。まだ冬の装いをした人々が目立つのに、花粉は既に姿を現し始めているそうなのだ。もう少ししたら、町はマスクで顔を隠した人間たちで多い尽くされるだろう。機械である僕や、花粉に耐性のある青年には関係がなかったが、ヒトという生き物は厄介だとしみじみと思う。
     春の予兆は、花粉だけではなかった。朝や夕方のニュースでは、桜の開花予測というものが放送されるようになったのだ。翌日の天気予報を報道した後に、画面はピンクの背景に彩られたスライドに切り替わる。そこには日本地図が書かれていて、地域ごとに桜の開花を予測した日付が記されているのだ。
     ただ花が咲くだけのことに、一体何の意味があるのだろうか。僕には分からないが、この国の人間はこのような季節の移ろいとやらを大切にするらしい。春になったら桜の開花を見守り、夏になったら海やプールに向かい、秋には紅葉の盛りを眺め、冬には降る雪を楽しむ。年中行事というものは、テレビで放送するほどに重要なことらしいのだ。
    「今年は、もう桜が咲くんだね。この調子だと、入学式には散っちゃうかな」
     テレビに視線を向けながら、青年が大きめの声で呟く。一人言の体を取ってはいるが、僕に話しかけているらしい。少し面倒だが、無視するのも可哀想だから応じてやった。
    「散ったところで、君には関係ないだろ。君は学校に通ってないし、入学の予定もないんだから」
    「そうなんだけど、ちょっと寂しい気持ちになるんだよ。入学式と言ったら桜だから」
     重ねるように彼は語るが、僕には理解できなかった。桜が咲いていようといまいと、入学には関係がない。そんなものに気分を左右されるほど、彼らは暇なのだろうか。
    「今年桜が咲かないなら、咲いたときに写真を撮ればいいだろ」
     僕が言うと、彼は分かってないなという顔をした。上から目線な態度ではあるが、僕は寛大だから受け入れてやるのだ。
    「入学式は、人生に一度しかないんだよ。せっかくだから、完璧な一日にしたいでしょ」
     人生に一度。その言葉に、僕は心臓が縮む思いがする。人間の寿命というものは、僕たちにとっての一瞬でしかないのだ。一瞬のうちに全ての経験を積むのだと思うと、そのこだわりも納得できる気がした。
    「せっかくだから、明日は桜を見に行こうよ。もしかしたら、もう咲いてるかもしれないよ」
     僕が黙っていると、彼はそんなことを言い出した。寿命の短い人間らしく、せっかちな態度である。いや、彼が行事に対してせっかちなのは、彼自身の性格なのだろう。
    「もうか? そんなに急いでも、咲いてないと思うけどな」
     半ば呆れながらも、僕は否定せずに彼の言葉を受け入れる。彼と過ごすこの一瞬は、そこまで嫌いではなかったのだ。

     宣言した通り、彼はシティで有名な桜の名所へと足を運んだ。きちんとデュエルはこなしていたし、僕の任務にも同行してくれたから、拒否する理由はない。無意味だとは思いながらも、黙って後に従った。
     案の定、桜はほとんどが蕾のままだった。いくつか咲いているものもあるが、ちらほらと幹を彩るだけだ。テレビで見るような満開とは程遠い姿に、青年は寂しそうな顔をした。
    「まだ、あんまり咲いてないね。今年は暖かいから、そろそろ咲くんじゃないかと思ったんだけど」
    「やっぱり、早すぎるんじゃないか。開花予測ってやつでは、来週からって言ってただろ」
     寒空に佇む幹を見ながら、僕は淡々と答える。それがどれほど正確かは分からないが、それなりに信憑性があるのだろう。これ以上探しても無駄だと思った。
    「これ以上探しても無駄だろ。帰るぞ」
     踵を返すと、来た道を戻るように足を踏み出す。
    「待って。最後に、もう一ヶ所行きたいところがあるんだ」
     そんな僕の背中に、彼は声をかけてきた。まだ、桜を探すつもりなのだろうか。諦めの悪いやつだ。
    「まだ、何かあるのかよ。今度はなんだ?」
     面倒に感じながら答えると、彼はにこりと微笑みを浮かべた。意味深な仕草に、眉が歪んでしまう。訝しがる僕を見て、彼はさらに笑みを浮かべた。
    「いいから、ついてきてよ」
     それだけを言うと、僕を先導するように歩を進める。こういうときの彼は、僕が何を言っても聞かないのだ。面倒なことになったと思いながら、僕はその後に続いた。

     最後の目的地は、郊外の高台の上にあった。シティ繁華街からDホイールでしばらく走った先の、緑が多く広がる地域だった。子供のいる家庭が多いらしく、町を行く人間は大半が子供の手を引いている。そんな子供たちが駆け回る岡の上に、目的の桜の木はあった。
    「見て、咲いてるよ」
     僕の前を歩く青年が、嬉しそうな声を上げる。彼の言う通り、その桜の木は満開の花を咲かせていた。ひらひらと舞う花びらが、木の下にピンクの絨毯とやらを広げている。開花予想よりもかなり早いと言うのに、不思議な光景だった。
    「咲いてるな。まだ、桜は咲かないはずなのに」
     場違いな程に鮮やかなピンク色を眺めながら、僕はぽつりと呟く。隣に立っていた青年が、嬉しそうに足を踏み出した。
    「ここは、他の桜よりも開花が早いんだって。毎年噂になってたから、もしかしてと思ったんだ」
     木の下に立つと、地面に落ちている花に手を伸ばす。塊のまま落ちているものを見つけると、指でつまんで持ち上げた。
    「見て。これ、綺麗だよ。せっかくだから持って帰ろうかな」
    「綺麗な花がほしいなら、生えてるのを取ればいいだろ。なんでわざわざ汚いのを拾うんだよ」
    「幹に生えてる花は、勝手に取っちゃいけないんだよ。お花見のルールなんだ」
    「そんなの知るかよ。それに、僕たちは花見に来たわけじゃないだろ」
     子供のようにうろつく彼を見て、僕は呆れを隠せなくなった。桜の花ではしゃいだり、枝を拾って喜ぶなんて、子供だとしか思えない。見てるこっちが恥ずかしいくらいだ。
    「はしゃぎすぎだろ。……僕は向こうで待ってるから、気が済んだら来いよ」
     ひと言言い残してから、僕は周囲を散策する。何か暇を潰せるものはないかと思ったが、緑が広がっているだけで何もなかった。すぐに飽きてしまって、また青年の元へと戻る。
     彼は、まだ桜の木の下にいた。花を観察しているのか、木の下から幹を眺めている。その姿を見て、僕は小さく息を飲んだ。
     時期尚早な桜の木の下に佇む青年は、まるでこの世から離れた場所にいるように見えたのだ。今にも消えてしまいそうな、あるいは、非科学的な何かになってしまいそうな、そんな怪しい気配がしたのである。あり得ないと思いながらも、僕は恐怖の感情を覚えてしまった。
     歩調を早めると、青年の元へと歩み寄る。後ろから抱きつくと、彼は驚いたように僕を振り返った。
    「どうしたの?」
     ぽかんとした顔を見て、僕はようやく我に返る。勢いで抱きついてしまったことが恥ずかしかった。僕は神の代行者なのだ。大人に甘えるような存在ではない。
    「……とっとと帰るぞ」
     平静を装って言うと、彼はおとなしく桜から離れた。抱きつく僕の姿を見て、何かを勘違いしているのかもしれない。不安は残ったままだったから、訂正せずに隣に従う。
     町へと続く道を歩きながら、僕は思い出していた。人間の言葉には、『桜に拐われる』というものがあるのだ。僕の知っている人間で、彼ほどこの言葉が似合う者はいないだろう。現に、今もどこかに消えてしまいそうになっていたのだ。
    「桜、咲いててよかったね。お花見シーズンになると、ゆっくり見れなくなるから」
     隣を歩きながら、青年は呑気に言葉を吐く。その姿には、さっきまでの儚さは見えなかった。安心に胸を撫で下ろしながら、青年に向かって呟く。
    「君は、どこにも行くなよ」
     彼は、不思議そうな顔で僕を見下ろした。自分が何を言われたのか、はっきりとは分からなかったらしい。小さく首を傾げると、間抜けな声で言う。
    「どうしたの?」
    「……なんでもないよ」
     僕には、これ以上何も言えなかった。彼に儚さを感じて不安になったなんて、口が裂けても言えるわけがない。黙って下を向いたまま、僕は彼の後へと続いたのだった。
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