神様「明日は、任務に出るぞ」
僕の家に現れると、ルチアーノは開口早々そう言った。表情は自信ありげに歪んでいて、声は楽しそうに弾んでいる。僕が返事をする前に、嬉々とした様子で言葉を続けた。
「神から、僕にお告げが届いたんだ。シグナーたちがたどり着く前に、闇のカードを回収するようにって。これは、僕だけに授けられた任務なんだぜ」
ルチアーノの話す言葉は、いたずらをする時のように弾んでいる。神からお告げをもらったことが、嬉しくて仕方ないらしい。あまりピンと来なくて、ポカンと口を開けてしまった。
「任務って、そんなに重要なことなの?」
何も分かっていない僕に、ルチアーノは呆れたように表情を歪める。腰に手を開けると、大げな態度でため息をついた。
「重要に決まってるだろ。神からの直々の命令なんだぞ。守備良く事を済ませたら、代行者としてさらに認められるかもしれないんだ」
まだピンと来ないが、彼にとって神のお告げとは、何よりも重要な任務らしい。代行者にとって神は唯一無二の存在らしいから、神に認められる事こそが一番の名誉なのだろう。
「そっか、じゃあ、ちゃんと準備しておかないとね」
まだぼんやりした認識のまま答えると、ルチアーノはきひひと意地悪に笑う。僕の方を見上げると、からかうような声色で言った。
「自分で起きられるように、目覚ましを用意しておけよ。君は必ず寝坊するんだから」
「……頑張るよ」
鋭い言葉に、答える声が小さくなってしまう。朝の弱さは、僕の一番の弱点だったのだ。
お風呂から上がると、ルチアーノがベッドに入っていた。電気を薄暗くして、すっかり眠る準備を整えている。まだ時刻は九時を過ぎたところだし、普段なら眠る時間ではない。かなり気の早い行動だった。
ベッドの近くに歩み寄ると、人影の隣に腰を下ろす。布団から頭を出したルチアーノが、静かに僕を見上げた。薄暗い室内で光る緑の瞳が、真っ直ぐに僕を見つめている。目と目が合うと、彼は小さな声で言った。
「ほら、早く寝ろよ」
「まだ寝る時間じゃないよ」
頭を撫でながら答えると、彼は不機嫌そうに頬を膨らませる。僕の手を振り払うと、尖った声で言い返した。
「早く寝ないと、朝起きられないだろ。君は寝坊助なんだ、とっとと寝ろよ」
「まだ眠くないんだよ」
淡々と答えながら、僕は彼の頭に手を伸ばす。まだ、両目はしっかりと開いているし、少しも眠気は感じなかった。布団に入ったところで、だらだらと寝転がることしかできないだろう。そんな余裕綽々な僕を見て、ルチアーノは不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「そんなこと言ってるから、一人で起きられないんだろ。明日は寝坊できないんだ。起きなかったらただじゃおかないからな」
その言葉が鋭く尖っていて、明日の任務が彼にとってどのようなものかを思い知る。彼の口ぶりはまるで、お告げの成果が神からの判断基準であるかのようだ。彼の組織の仲間はお互いをライバル視しているみたいだし、成果を出すことで出し抜きたいのだろう。端から見ているだけでも、大変そうな組織だった。
神様というのは、ルチアーノにとってどのような存在なのだろう。彼を作った存在であることと、組織を統べるリーダーであることは知っているが、それ以上のことは聞いたことがない。立場から考えて、代行者たちの親のような存在なのだろう。ルチアーノにとっては、パパにも等しい存在かもしれない。
そこまで考えて、ふとひとつの疑問が浮かんだ。ルチアーノが親の愛を求めるのなら、神様に愛してもらえばいいのではないだろうか。任務の成果に応じてご褒美をもらえるなら、それが一番の救いになるだろう。僕に甘える必要だってなくなるはずだ。
「ねえ、ルチアーノ」
「なんだよ」
尋ねると、ルチアーノは再び顔を上げた。細められた緑の瞳は、機嫌が良くないことを示している。冷たい視線を感じながらも、思いきって尋ねてみる。
「神様は、任務に成功したらルチアーノを誉めてくれたりするの? 大切にしてくれたり、ご褒美をくれたりするの?」
「はあ?」
突拍子もない問いかけに、ルチアーノが大きく瞳を開く。心底呆れたとでも言うような、呆然とした表情だった。すぐにいつもの仏頂面に戻ると、憮然とした態度で言う。
「君は何を言ってるんだよ。神がそんなことをするわけないだろ。僕たちが成果を残せば、神は重く用いて新しい任務をくれる。それこそがら神からの最大の褒美なんだ」
ルチアーノは言い聞かせるように語るが、僕はあまり納得ができなかった。つまり、神という存在は、ルチアーノたちを労ったりはしないのだ。任務を与えて働かせて、成果によって差をつけることで褒美としているだけである。それじゃああまりにも、ルチアーノが報われない気がした。
「そっか」
答える声も、少し小さくなってしまう。僕の心の中で、ひとつの思いが芽生え始めていた。あまりにも壮大で命知らずな願望に、我ながら苦笑いする。
ルチアーノに、神の任務を受けるのをやめてほしい。そんなこと、口が裂けても言えるわけがなかった。ルチアーノにとって神は世界の全てで、絶対に従わなければならない正義なのだ。いくら僕がおかしいと思ったところで、彼らの正義を変えることはできない。
「ねえ、ルチアーノ。僕が神様と正反対のことをお願いしたら、ルチアーノはどっちを取るの?」
横たわるルチアーノを見下ろしながら、僕は質問を重ねる。言葉の重みが分かっているのか、彼はこっちを見てくれなかった。布団の中に潜り込んだまま、静かな声で答えてくれる。
「その時は、神の任務を取るだろうね」
分かってはいたけれど、その言葉は僕の胸に突き刺さった。心臓がズキズキと痛んで、黒い感情が溢れ出す。僕の方が、ルチアーノのことを誉めてあげるのに。僕の方が、ルチアーノを大切にしてあげるのに。僕はこんなにも幸せになってほしいと願っているのに、彼が求めているのは僕からの愛情ではないのだ。
ルチアーノは、僕よりも神様を大切に思っているのだ。突きつけられた事実が、苦しくて仕方なかった。