好感度アプリ「今日は、これを使って遊ぼうぜ」
その夜、僕が自分の部屋に足を踏み入れると、ルチアーノは楽しそうにそう言った。ベッドの上に胡座をかいていて、片手には端末を手にしている。こちらを見上げる表情は、にやにやと挑発的に歪められていた。嫌な予感を感じるような、上機嫌な笑顔だった。
「今度は、何を見つけてきたの? なんか嫌な予感がするんだけど……」
思ったままに答えると、ルチアーノはさらに楽しそうに笑う。シーツに手をついて身を乗り出すと、僕に端末を差し出してきた。
「そんなに警戒するなよ。これは、ただの好感度計測アプリなんだから。世間の若いやつらに流行ってるらしいぜ」
ここからではよく見えなくて、僕はベッドの前へと歩み寄る。端末を手にとって見てみると、アプリのホーム画面が表示されていた。カップル向けのアプリらしく、画面はピンクと白で彩られている。計測と書かれたボタンの下には、使い方へのリンクが張られていた。
ボタンを押してみると、詳細を解説したページが開いた。こっちも同じデザインのようで、白地にピンクの文字が並べられている。計測には一人向けとカップル向けがあるが、どちらも基本的な使い方は同じらしい。アプリが提示する選択肢に答えていくと、相手への好感度がパーセント表示で出るようだ。
「また、変わったものを探してきたんだね。こういう占いみたいなものは、信じないんじゃなかったの?」
端末を返しながら尋ねると、ルチアーノはくすくすと笑う。乱雑な手つきで端末を受け取ると、からかうような声色で言った。
「確かに、僕は占いなんて信じてないぜ。でも、このアプリに使われてるのは、心理学研究で得た人間の思考データらしいんだ。単純な君のことだから、きっと当たってると思うぜ」
きひひと笑い声を上げながら、彼は端末を操作する。なんだか貶されてるような気がするが、あまり気にしないことにした。ルチアーノの隣に腰を下ろすと、端末の画面を除き込む。計測開始ボタンを押すと、二人用のボタンを押した。
ピンクで彩られた画面の中に、一つめの質問が浮かび上がる。そこに書かれていた問いかけは、相手との交際年数を問うものだった。質問に答えると、今度は別の質問が浮かび上がる。今度は、相手とのスキンシップの頻度を尋ねていた。
簡単な問いかけを終えると、今度は行動への問いが続いた。どれも交際とは関係が無さそうな、交遊関係についての問いである。興味深く思って覗き込んでいると、ルチアーノは急いで手元を隠した。
「何見てるんだよ。プライバシーの侵害だぞ」
横から肩をつつかれて、僕は慌てて視線を逸らす。何気なく見てしまっていたが、これは好感度を測るアプリなのだ。計測する本人に見られていたら、素直に答えることなどできないだろう。ベッドの上から腰を上げると、僕は用事を片付けに行った。
再び部屋に戻ると、ルチアーノが待ち構えていた。堂々とソファの中心に座って、僕に端末を突きつける。
「ほら、君の番だぞ」
押し付けられるように渡された端末を手に、僕はベッドに腰を下ろした。ピンクで彩られたページには、さっきと同じ質問が並んでいる。交際期間やスキンシップについての問いに答えると、今度は日頃の行動について尋ねられる。際どかったり大雑把だったりするその問いを、僕は片手の操作で答えていった。
質問の数は、全部で五十個くらいあった。ひたすらカーソルを動かし続けて、なんとかすべての問いに答え終わる。中には答えるのが難しい問いかけもあったから、本気で悩み込んでしまった。疲労困憊になりながらも、確定ボタンに手をかける。
「終わったよ。これを押せば、結果が出てくるんだよね?」
「らしいな。ほら、とっとと押しな」
ルチアーノに確認を取ってから、僕は端末を操作する。白い背景の画面の中に、ピンクのハートが浮かび上がった。それはぐるぐると回転しながら、『計測中』の文字を映し出している。しばらく回転を繰り返すと、ソーダが弾けるような演出と共に画面が切り替わった。
まずは一人目の入力者、ルチアーノの解析結果だ。ピンクのハートに彩られた文字は、『150%』を記録していた。数値が大きいほどハートが大きくなるようで、画面をはみ出しそうなほどの大きさだ。からかいがいのある結果に、僕はルチアーノの顔を見つめた。
「ルチアーノは、僕のことが大好きなんだね。こんなに好きでいてくれるなんて嬉しいなぁ」
「うるさいな。カップル向けのアプリなんだから、それくらいの数字は出るだろ」
慌てた様子で顔を上げると、彼は僕を睨み付ける。鋭い声で反論しているが、頬は真っ赤に染まっていた。自分で入力したのだから、心当たりはあるのだろう。解説文をスクロールすると、そこにはこんなことが書かれていた。
──ずっと一緒にいたい寂しがり屋さん
確かに、このアプリの解析結果は、入力者の性格を反映しているのだろう。普段のルチアーノは気のない素振りをしているが、本当は寂しがり屋の甘えん坊なのだ。解析の結果には、依存や束縛の傾向まで記されていた。彼にもらったチョーカーを思い出して、僕は笑みを浮かべてしまう。
「本当だ。このアプリ、結構当たってるのかも」
僕が呟くと、ルチアーノは鋭い瞳で僕を睨む。無理矢理端末を奪い取ると、高く掲げながらボタンに手を当てる。
「うるさいよ。次は君の番だな。どんな結果が出てるか楽しみだぜ」
ルチアーノがボタンを押すと、画面が切り替わった。今度は二人目の入力者、つまりは僕の解析結果だ。ピンクに染まった背景の中には、白い文字で数字が浮かび上がっている。そこに書かれていたのは、『200%』という文字だった。
画面を見たルチアーノが、勝ち誇ったように笑い声を上げる。彼の余裕に対して、僕は頬が熱くなるのを感じた。二百パーセントを叩き出してしまうなんて、どう考えても愛が重すぎる。平均を百パーセントとして捉えるなら、その二倍に当たるのだから。
「なんだよ。散々からかってきたくせに、君の方が数字が大きいじゃないか」
きひひと笑い声を上げると、彼は画面をスクロールする。書かれていたのは、僕の恋愛傾向の解説だった。僕の感情は広く大きくて、相手を包み込むようなものらしい。そもそも、見出しとなる少し大きめの文字列には、こんなことが書かれていたのだ。
──相手の全てが大好き
そんなにはっきり言われてしまったら、もう認めるしかなかった。僕がルチアーノを好きでいることは、変えようのない事実なのである。仕方ないから、黙ったまま画面を見つめていた。
「ふーん。君は、そんなに僕のことを好きだったんだな。確かに、前から愛が重いとは思ってたけどさ」
にやにやと笑みを浮かべながら、ルチアーノは僕の方へと詰め寄ってくる。さっきまでの動揺が嘘のような、からかいに満ちたにやにや顔だ。指摘されることさえ恥ずかしくて、僕は下を向いてしまった。
「ルチアーノだって、僕のこと大好きって出てたじゃん。自分のことを棚に上げるなんて、さすがにずるいよ」
「ずるくないだろ。明らかに君の方が重いんだからさ。こんなに愛してもらえるなんて、僕は幸せ者なんだろうな」
くすくすと笑いながら、ルチアーノは端末の電源を落とす。からかう口実が作れたことで、アプリへの興味は薄れたみたいだ。彼は平静を取り戻しているが、僕は羞恥の熱に焼かれている。顔から汗が流れるのを感じながら、僕はベッドから立ち上がった。