ペアベア その日、僕は悩んでいた。
ルチアーノに贈るためのアイテムが、何一つ思い付かないのである。僕たちは付き合いが長いから、既に大抵のアイテムを贈ってしまっていた。こうなれば、手頃な価格のギフト商品という手段は選べない。だからといって無難な消耗品を渡すと、ルチアーノは唇を尖らせるのだ。
「またカードプロテクターかよ。こんなものを山ほどもらっても、僕には使うデッキがないだろ。結局君のデッキに使うことになるんだから、何も意味が無いじゃないか」
確かに、言われてみればそうなのだ。ルチアーノは娯楽や競技としてデュエルをしているわけではないから、デッキをひとつしか持っていないのである。デュエリストにとってはいくつあっても足りない周辺アイテムも、彼にとっては不用品でしかない。だからといって、食べ物にシフトしても、同じものを何度も贈ったら飽きられてしまう。
「君は、贈答品のレパートリーを知らないよな。僕たちの世界において、贈り物っていうのは手段のひとつなんだぜ。そんなことじゃ、僕のパートナーは勤まらないな」
懲りずにぶどうジュースを差し出した僕を見て、ルチアーノは呆れたようにそう言った。聞いていて耳が痛くなるほどの、正論すぎる正論だった。今の僕の知識量では、彼らの取引に関わることはできない。でも、僕は一般人の未成年なのだ。取引のいろはを知る機会など、人生のどこにもなかった。
「そんなこと言われても、僕は少し前までただの高校生だったんだよ。プレゼントを贈るって言っても、カードとかおもちゃだったんだから」
反論するように口を開くと、ルチアーノは少しの間考え込んだ。再び僕に視線を向けると、真面目な表情のまま言葉を続ける。
「確かにそうだな。なら、君には勉強が必要だ。これから町に出て、贈り物の選び方を学んできなよ。店でも本でも何でもいい、君がこれだと思うものを持ってきな」
そんなこんなで、僕はシティ繁華街へとやって来たのだ。目的はもちろん、ルチアーノへの贈り物探しである。勉強と称して送り出した以上、生半可なものでは納得などしてくれないだろう。彼の意表をつくような、珍しい品を用意しなくてはならない。
とはいえ、町に来たからと言って、そう簡単にヒントが見つかるわけではない。どんなものを買うかすら定まらないまま、僕は繁華街を彷徨った。ルチアーノは本で調べろと言うけれど、そんな都合のいい本があるわけじゃない。端末を使って調べてみたが、情報がバラバラで参考にならなかった。
こうなったら、現地を歩いて探すしかない。大体の目星をつけると、僕は繁華街のショッピングビルへと歩を進めた。贈り物を探すとなったら、やはりショッピング施設の雑貨屋だ。若者が集まる施設なら、確実にいいものが見つかるだろう。
正面入り口から店内に入ると、真っ先に店内案内を探す。雑貨屋の集まるフロアを確かめると、エレベーターで一気に上へと向かった。音を立てて扉が開くと、ファンシーな雑貨の積まれた棚が視界に入る。心なしか、フロアそのものの雰囲気までもが、他の階とは違うように感じられた。
エレベーターから降りると、僕はフロアを探索する。店舗が店舗だからか、お客さんは若い女の子ばかりだった。絶妙な居心地の悪さを感じながらも、ディスプレイに目ぼしいものがないかを探していく。しかし、並んでいるのは無難なアイテムばかりで、目新しいものはひとつもなかった。
やはり、よくあるショッピング施設の雑貨屋では、ルチアーノへの贈り物を探すのは難しいのだろうか。そんなことを考えながら、僕はひとつ上の階へと上がった。見るからにポップな内装のそのフロアには、キャラクターグッズ専門店が軒を連ねている。普段は足を踏み入れない傾向だが、それがいいのではないかと思ったのだ。
その僕の目論みは、恐らくは正しかったのだろう。さっきと同じようにフロアを一周しているうちに、気になるお店を見つけたのだ。近づいてみると、カラフルな洋服に身を包んだ熊のぬいぐるみが、棚の上にずらりと並べられている。大小様々な熊が並んでいるところを見ると、そこはテディベアの専門店らしい。
僕がそのお店に興味を持ったのは、テディベアが好きだからではなかった。棚にディスプレイされた熊の中に、気になるものを見つけたのである。全く同じ形をした二匹の熊が、色違いの洋服を身に付けていたのだ。さらに、二匹の来ている服の胸元には、イニシャルと思われるアルファベットが刺繍されていた。
その二匹の詳細が気になって、僕はお店のエリアへと歩を進めた。僕の目には、その二匹の熊の姿が、カップルのように見えたのだ。よく見ると、片方は耳にリボンをつけているけど、もう一匹は何もつけていない。やはり、どこからどう見ても、カップル向けの商品だった。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
僕がテディベアを眺めていると、店員さんが声をかけてきた。僕の視線の先を捉えると、弾んだセールストークで言葉を続ける。
「そちらは、ペアベアという商品なんですよ。テディベアとお洋服を組み合わせて、お揃いのベアにできるんです。彼女さんへのプレゼントや、お友達への贈り物におすすめですよ」
彼女の説明を聞くと、僕は再び熊へと視線を向けた。よく見ると、熊の並んでいる棚の上には、コンセプトを解説したボードが飾られている。お揃いで買って自分のイニシャルの服を着せたり、恋人や友達同士で交換してもいいらしい。サイズも何種類かあって、キーホルダーになっているものから、三十センチはあるだろう大きめなぬいぐるみもあった。
「この子は、男の子同士にもできるんですか? お揃いで買って、恋人に贈りたいんですけど」
ずらりと並べられた熊を眺めながら、僕は店員さんに声をかける。うっかりオブラートに包まずに伝えてしまったが、彼女に驚くような素振りはなかった。眩しい営業スマイルを浮かべると、棚に並んだ熊に手を伸ばす。
「どの組み合わせでも構いませんよ。よろしければ、お洋服を着せてみませんか?」
店員さんに進められるままに、僕は熊に服を着せた。とはいえ、僕たちはただのデュエリストだから、メンバーカラーのようなものはない。しばらく悩んだ末に、赤と青の二色を選んだ。僕の色が赤色で、ルチアーノの色が青色である。
「こちらでよろしければ、このままレジにお持ちしましょうか?」
完成した熊を眺めていると、店員さんが声をかけてきた。それで異存はなかったから、レジへと向かって会計を済ませる。カウンターに二匹の熊を並べると、店員さんは袋を二枚取り出した。
「プレゼントとのことでしたので、別々にラッピングしておきますね」
「ありがとうございます」
僕の見ている目の前で、熊たちが袋の中へと入れられていく。ラッピング袋は正面が透明になっていたから、中の様子がはっきりと見えた。ここまでサービスしてくれるなんて、このお店は接客が丁寧らしい。紙袋に入った熊を受け取ると、僕は弾んだ足取りでお店を後にした。
自宅の玄関を潜ると、ルチアーノが待ち構えていた。どうやら、リビングのソファに陣取ったまま、僕の帰りを待っていたらしい。彼らしいと言ったら彼らしいが、少し迷惑な行動である。紙袋を両手で抱えると、僕はルチアーノに声をかけた。
「ただいま。待ってたんだね」
「おかえり。それで、いいもんは見つかったのか?」
挨拶もそこそこに、彼は贈り物の催促をする。子供っぽい姿に苦笑いを浮かべながらも、僕は紙袋の中身を机に広げた。別々にラッピングされた二匹の熊を、ルチアーノに見えるように机の上に並べる。彼に視線を向けると、僕は胸を張って答えた。
「見つけたよ。僕からのプレゼントは、ペアのテディベアだ」
机の上に視線を向けると、ルチアーノは明らかに表情を曇らせた。唇を尖らせると、機嫌を損ねた声で言う。
「テディベア? そんな子供っぽいものを買ったのか? それも、僕への贈り物として?」
しかし、今日の僕は、決して怖じ気づいたりはしなかった。なぜなら、この二匹の熊たちは、ただのぬいぐるみではなかったのだ。僕がこれを選んだ理由を知ったら、ルチアーノもきっと喜ぶだろう。淡い期待を込めながら、僕は熊の詳細を説明する。
「これは、ただのテディベアじゃないんだよ。僕とルチアーノ、それぞれをイメージしたベアなんだ。赤い方が僕で、青い方がルチアーノなんだよ。こっちが、僕からルチアーノへのプレゼントだ」
そう言うと、僕は片方の熊を持ち上げた。赤い洋服に身を包んだ、僕のイメージベアである。両手で抱き抱えると、ルチアーノに手渡した。
「なんでこっちの熊なんだよ。これは君の熊だろ」
不満の声を漏らしながらも、ルチアーノは素直に受け取ってくれる。何だかんだ言っても、彼は聞き分けのいい男の子なのだ。僕からの贈り物となれば、突き放すようなことはしない。
「だからだよ。ルチアーノには、この子を僕だと思って大切にしてほしいんだ。僕も、この子をルチアーノだと思って大切にするから」
そう言うと、僕は机の上のテディベアを手に取った。丁寧にラッピングを剥がすと、両手でしっかりと抱き締める。少し恥ずかしくなったのか、ルチアーノが僅かに視線を逸らした。僕の前に見える頬は、ほんのりと赤くなっている。
「分かったよ。君がそこまで言うのなら、受け取ってやる」
頬を赤く染めたままで、ルチアーノは拗ねたように言葉を返す。それが照れ隠しであることは、僕にははっきりと分かっていた。彼が寂しがりな男の子であることは、僕が一番よく知っている。だからこそ、僕はこのテディベアを、ルチアーノへの贈り物に選んだのだ。
どうか、彼が一人で過ごす夜に、この子が寄り添ってくれますように。彼の感じる寂しさを、少しでも和らげてくれますように。彼が一人で泣く夜が、少しでも少なくなってくれますように。心の底からそう願っているから、僕は贈り物を渡すのだ。