脱衣デュエル「ねえ、ルチアーノ。脱衣デュエルをしようよ」
ある日の夜、入浴を済ませて部屋に戻った僕は、開口一番にそう言った。ベッドの上でゲームをしていたルチアーノが、ゆっくりとこちらを振り返る。眉の間に皺を浮かべると、低い声で言葉を返した。
「脱衣デュエル? LPが減ったら、服を脱ぐっていう馬鹿な遊びか? なんでそんなことをするんだよ」
いかにも嫌がっているような、突き放すような声だった。それもそうだろう。脱衣デュエルなんてものは、俗世の娯楽とすら言えないほど俗っぽい娯楽だからだ。それこそ、お色気漫画の中だけの遊びだろう。
「ほら、僕たちが出会ったきっかけって、シティでのデュエルだったでしょう。なのに、脱衣UNOと野球拳をやっただけで、脱衣デュエルはしてないんだよ。それって、なんだかもったいないと思わない?」
僕が言葉を並べると、ルチアーノは不満そうに鼻を鳴らす。鋭い視線を保ったまま、半ば呆れたような声色で言葉を返した。
「そんなもの、デュエリストだからやってないんだろ。デュエルを色事に使うなんて、神々の儀式への侮辱だ。それに、僕の持ってるデッキは、神から授かった大切なものなんだぞ」
「そんなこと言わないでよ。いつものデッキを使いたくないなら、僕のデッキを貸すからさ」
「嫌だって言ってるだろ」
なんとか説得を試みるが、ルチアーノは間髪入れずに返してくる。どうやら、僕に何を言われても、脱衣デュエルなどやりたくないようである。彼の気持ちも分からなくはないから、僕はおとなしく言葉を引く。それでも、少しだけ意地悪を言ってみたくなって、最後にこんな言葉を口にした。
「そっか。じゃあ、今日のえっちはやめとこうか」
見せつけるように背を向けると、隣でルチアーノが動きを止めた。戸惑った様子で手を止めると、おずおずとこちらへ振り返る。横目で様子を窺っていると、少しの間を開けてから呟いた。
「まあ、そこまで言うなら、してやってもいいぜ」
辿々しい声色で紡がれる言葉に、僕は笑みを浮かべてしまう。そんなあからさまな態度を取られたら、スキンシップを求めていることがバレバレだ。欲望を人質に取っているようで後ろめたいが、ここまで来たら引き返せない。彼に視線を向けると、笑みを隠しながら答えた。
「本当にいいの?」
「君がどうしてもって言うから、特別に付き合ってやるよ。ただし、一回だけだからな」
そう語るルチアーノの横顔は、頬が赤く染まっていた。この言葉を口にすることに、かなりの羞恥心を感じているのだろう。あまりからかったら、前言撤回されてしまうかもしれない。
「分かったよ。じゃあ、デッキを取ってくるね」
素早く会話を終わらせると、僕はベッドから立ち上がった。押し入れの扉を開けると、中からデッキケースを引っ張り出す。いくつもあるデッキの中から選んだのは、子供の頃に作った継ぎ接ぎのデッキだ。これなら、実力の差に関係なく勝敗を決められるだろう。
「はい。これがルチアーノの分」
ケースに入ったデッキを手渡すと、ルチアーノは片手で受け取った。蓋を開けて中身を取り出すと、あからさまに表情を険しくする。
「なんだよ。このデッキ。ただの寄せ集めじゃないか。これでデュエルをするつもりなのか?」
「そうだよ。いつものデッキを使ったら、実力の差が出ちゃうからね」
彼の問いに答えながら、僕もデッキケースの蓋を開ける。中から取り出したのは、同じく寄せ集めのデッキだった。雑多なカテゴリーのモンスターを詰め合わせた、効果の噛み合わない紙束である。子供の頃の僕たちは、こんなデュエルモンスターズを遊んでいたのだ。
「こういうのは、実力で勝ち取るものじゃないのかよ。運を天に任せるなんて、デュエリストとしての名折れだぞ」
「そんなこと言わないでよ。このデッキにだって、一応戦略はあるんだからさ」
ルチアーノの言葉に答えながら、僕は手元のカードをかき混ぜる。彼もようやく諦めたのか、おとなしく手元のカードを混ぜ始めた。カードの束をシーツに置くと、手札五枚を前に並べる。エクストラデッキも作っていないから、それだけで準備は終わってしまった。
じゃんけんの結果、先攻を取るのはルチアーノになった。並べていた手札を手に取ると、僅かに表情をしかめている。様子を窺おうと顔を見ると、すぐに表情を戻してしまった。それなら自分の方に集中しようと、僕も手札に視線を向ける。
僕の手元に並ぶカードは、そこまで悪くない引きだった。攻撃力の高いモンスターもいれば、レベルの高いモンスターもいる。上手く牽制してアドバンス召喚を狙えば、確実にLPを削れるだろう。
しばらく手札を睨み付けると、ルチアーノは手札に指先を伸ばす。そのうちの一枚を引き抜くと、少し悔しそうな声で言った。
「僕のターン。……モンスターを伏せるぜ。ターンエンドだ」
淡々と宣言を重ねながら、彼はカードをシーツに乗せる。薄っぺらいプロテクターに包まれた背面が、僕の目の前に鎮座した。普段のルチアーノからは信じられない、無抵抗な盤面だった。表情を窺おうとしてみるが、彼は真剣な顔をしているだけだ。
「僕のターンだね。ドローするよ」
ターンを受け取ってから、僕はデッキに指を伸ばす。一番上のカードをつまみ上げると、手早く内容を確認した。この手のデッキにはありがちな、使いところが限られた魔法カードだ。
「モンスターを召喚」
攻撃力の高いモンスターを手に取ると、僕はシーツの上に乗せる。真っ白なフィールドの上で、伏せられたモンスターと向かい合った。バトルフェイズに入ろうとして、僕は少し考える。彼の表情を眺めてから、覚悟を決めて宣言した。
「バトル。モンスターで、伏せられたモンスターに攻撃」
僕の言葉を聞くと同時に、ルチアーノはカードを墓地へと送った。少し心配していたが、そこに罠はなかったようだ。モンスターが破壊されて、フィールドが更地になる。安堵の息をついてから、僕はエンドを宣言した。
「ターンエンドだよ」
「僕のターン。ドロー」
感情の籠らない声で呟くと、彼はデッキに手を伸ばす。引いたカードに視線を向けると、あからさまに表情を変えた。乱暴にカードをつまみ上げると、叩きつけるようにシーツの上に置く。小さく鼻を鳴らすと、悔しそうに宣言する。
「カードを伏せる。ターンエンドだ」
ここまで来たら、さすがの僕にも分かってしまった。ルチアーノのデッキは、盛大な手札事故を起こしているのだ。彼がモンスターを伏せているのは、それ以外にできることが無いからである。逆転のカードさえ引かれなければ、僕の勝利は確実だろう。
「僕のターンだね。ドローするよ」
勝利を確信したことによって、僕の声は弾んでしまう。攻撃力の高いカードを手に取ると、モンスターの隣に召喚した。バトルフェイズに入ると、二体のモンスターで攻撃を宣言する。壁になっていたモンスターが倒れると、今度はダイレクトアタックを宣言した。
計算用の端末を手に取ると、僕は与えたダメージを計算する。モンスターの攻撃力はあまり高くないから、脱衣までは少し足りていなかった。エンドを宣言すると、ルチアーノのターンが終わるのを待つ。まだ打開策を見つけられないのか、彼はカードを伏せただけだった。
ターンを受け取ると、僕はデッキからカードを引く。ここまで準備が整えば、アドバンス召喚だってできるだろう。レベル六のモンスターに手を伸ばすと、低級モンスターをリリースして召喚する。バトルフェイズに入ると、そのモンスターでダイレクトアタックを決めた。
「ほら、ライフが6000を切ったよ。服を脱いで」
手早く端末を操作すると、僕はルチアーノに声をかける。彼を圧倒できていることが嬉しくて、その声色は高く弾んでしまった。当のルチアーノはと言うと、悔しそうに唇を噛んでいる。しばらくの間を開けると、低く小さな声で答えた。
「…………嫌だよ」
「え?」
上手く聞き取れなくて、僕は間抜けな声を上げてしまう。正面に座っているルチアーノが、伏せていた顔を上げた。緑色に輝く鋭い瞳が、真っ直ぐに僕を睨み付ける。あまりに強い剣幕に、僕の方が気圧されてしまった。
「嫌に決まってるだろ! こんな運任せのデュエルで一方的に攻撃して、その上服まで脱がせるつもりか? 君は、どこまで性根が歪んでるんだ!」
鋭い声で怒鳴り付けると、ルチアーノはカードを投げつける。シンプルなプロテクターに包まれた紙切れが、シーツの上にバラバラと散らばった。表を向いているのは、どれも攻撃力の低いモンスターだ。確かに、手札がこの並びだったら、僕に勝つことなど到底無理だろう。
「ごめん。そんなつもりじゃなかったんだ。僕はただ、ルチアーノと楽しくデュエルをしたくて……」
必死に並べる言葉も、最早説得力を失っていた。どのような経緯であったとしても、僕は彼を傷つけてしまったのだ。一方的なデュエルで追い詰めた上に、服を脱ぐように要求した。神の代行者であるルチアーノにとっては、許しがたい侮辱だったのだろう。
「嘘ばっかりだ。どうせ、僕を脱がせるために、わざと弱いデッキを渡したんだろ。このデッキでやろうって言い出したのは、紛れもない君なんだもんな」
突き放すような言葉は、僕の胸の深くに突き刺さった。彼は、僕を疑うくらいに、このゲームに疑念を抱いていたのだ。楽しむためのゲームでそんな思いをさせてしまったことが、悔しくて仕方なかった。
「違うよ! そんなことをして勝ったって、僕は嬉しくないんだから」
「どうだかな。君は、僕を脱がせることに執着してたから」
どれだけ言葉を尽くしても、ルチアーノは聞き入れてくれなかった。全てがすり抜けていくような感覚に、僕は強く唇を噛んだ。何も言えない僕の姿を見て、ルチアーノは何かを思ったらしい。おもむろにベッドから立ち上がると、部屋の外へと歩いていった。
「君がそういうつもりなら、僕はこの勝負には応じないよ。今日は一人で寂しく寝な」
最後に振り返って捨てゼリフを吐くと、彼は夜の闇に溶けていく。僕の前に残されたのは、二つの寄せ集めデッキだけだった。目の前に並ぶカードの束を、僕は沈んだ心で見つめる。数十分前まで感じていた高揚感は、跡形もなく消え失せていた。
放り出されたデッキを片付けながら、僕はぼんやりと考える。ルチアーノは、夜が更ける前に、僕の元に帰ってきてくれるだろうか。その時、僕は彼に対して、どんな言葉をかけたらいいのだろう。真っ直ぐに謝ったとして、彼は受け入れてくれるのだろうか。
デッキを押し入れに片付けると、僕は大きく息をついた。自分の行動に腹が立って、何も言えなくなってしまう。一体僕はどうして、こんなことを考えてしまったのだろう。心の底から後悔したが、もうあとの祭りだった。