理由 両手でカードの束を整えると、僕は机の上に視線を向けた。勉強机のマットの上に並んでいるのは、多種多様なトラップカードである。今使っているデッキに合いそうなものを、押し入れのストレージボックスから引っ張り出してきたのだ。汎用性が高い分、能力は一長一短だった。
手の中でデッキをシャッフルすると、カードに向けた視線を左右に揺らす。二つの眼球で捉えているのは、そこに書かれたカードテキストだ。一枚目の内容を読み終えると、今度は二枚目に視線を移す。あまりデッキに合わないと思ったものは、最後まで読まずに読み飛ばしてしまった。
一通りテキストを確認すると、僕は静かにデッキを置いた。机の上に指先を伸ばすと、並べられたカードをつまみ上げる。こうして候補となるカードを絞りながら、デッキとの整合性を確かめていく。数十分かけてカードを選ぶと、ようやく新しいデッキが完成した。
束ねたデッキをケースに入れると、僕は椅子から腰を上げた。リビングの入り口へと向かうと、電灯のスイッチに手を伸ばす。時計の針は十二時に近づいているし、眠るにはいい頃合いだろう。ベッドの上に視線を向けると、そこに見える人影に声をかけた。
「そろそろ寝ようか」
ベッドの上からは、小さな返事が聞こえてくる。手元のスイッチに力を込めると、部屋の中が真っ暗になった。差し込む月明かりを頼りに、僕はベッドへと歩を進める。布団の中に潜り込むと、ルチアーノも隣へと潜り込んできた。
暖かい布団に身を横たえながら、僕はルチアーノに身体を寄せる。布団の中で腕を伸ばすと、彼の胴に回して引き寄せた。今日は機嫌が良かったのか、彼も避けることなく受け止めてくれる。こちらには背中を向けていたが、そのまま胸の中に包み込んだ。
トリートメントの甘い匂いを感じながら、僕は彼の頭部に顔を寄せる。内部から熱を発しているようで、その身体は燃えるように熱かった。こうして肌に触れていると、彼が機械でてきているなんて思えない。肌に伝わる熱も皮膚の感触も、どこからどう見ても人間そのものだ。
片方の手のひらを頭へ伸ばすと、髪を掻き分けるように指を差し込んだ。長くて赤い人工の毛束が、僕の手の上でさらさらと揺れる。さすがに頭を撫でられるのは嫌だったのか、ルチアーノが不満そうに頭を振った。僕が黙って手を退かすと、少し尖った声で言う。
「なんだよ」
「なんだか、不思議だなって思って」
ルチアーノの頭を眺めながら、僕はそんなことを呟いた。こうして彼に触れていることが、僕にとっては不思議で仕方なかったのだ。少し前まで僕たちはただの知り合いで、気まぐれにタッグデュエルをするだけの相手だったのだ。それがたった一ヶ月ほどの間に、こうして一緒に眠るまでの距離になった。
「はあ? 君は、また変なことでも考えてるのか?」
僕の何気ない言葉を聞いて、ルチアーノは呆れたような声を出した。何を想像したのか、その言葉には疑うような響きが含まれている。向けられた疑念を打ち消すように、僕は飾らない言葉を伝えた。
「違うよ。こうしてルチアーノと一緒に居られることが、奇跡みたいだなって思っただけ。つい一ヶ月前までは、僕たちはタッグパートナーですらなかったのに」
淡々と言葉を並べながら、僕は思考を巡らせる。頭の中に浮かび上がるのは、ルチアーノに想いを伝えたときの記憶だった。関係が終わることも覚悟の上で、僕はルチアーノに想いを伝えたのである。しかし、対する彼の返事は、僕が思っていた以上にあっさりした承諾の言葉だった。
僕が思い出を噛み締めていると、不意にルチアーノが息を吐いた。鼻先で小さく笑みを漏らすと、呆れ混じりの声で呟く。
「なんだ、そんなことか」
その声がすごく投げやりに聞こえて、僕は思わず頬を膨らました。彼にとっては何でもないことなのかもしれないが、僕にとっては一大事だったのだ。簡単に流されてしまったら、僕の気持ちが収まらなかった。
「そんなことじゃないよ。僕にとっては、一世一元の大勝負だったんだから。もし断られたらって考えると、今でも肝が冷えるんだよ」
「でも、そうはならなかったんだろ。だったらいいじゃないか」
真剣になる僕とは裏腹に、ルチアーノは終止冷静だった。淡々と話を切り上げると、そのまましばらく黙り込む。静かに呼吸を繰り返しているルチアーノを、僕は背後から眺めていた。ぼんやりと思考をかき混ぜていると、不意に疑問が湧き上がってくる。
「ねえ、ルチアーノ」
「なんだよ」
再び声をかけると、彼はすぐに返事をしてくれた。さっきよりも機嫌を損ねているのか、その声は少し尖っている。微かな威圧感を感じながらも、僕は再び問いを投げた。
「ルチアーノは、どうして僕と付き合ってくれたの?」
僕の直球的な問いを受けて、彼は一瞬だけ動きを止めた。すぐに平静を装うと、淡々とした声で言葉を返す。
「なんだよ。その面倒な女みたいな問いは」
「だって、ルチアーノは神の代行者でしょう。人間と交際関係になるのは、あんまり気分のいいことじゃないんじゃない? だとしたら、どうして付き合ってくれたのかなって思って」
素直に言葉を重ねると、ルチアーノは呆れたように息をつく。なんだか、さっきから僕が言葉を発すると、彼に呆れの吐息をつかせてしまうみたいだ。彼にとっての交際関係は、僕が思うほどに重いものではないのかもしれない。
「全く、面倒なやつだな。いいか。僕が君とタッグパートナーになったのは、君に有用性があったからだ。君は余計な詮索をしないし、僕のことを子供扱いして舐めたりもしない。その上デュエルの腕も人並み以上で、僕の足を引っ張ったりしないだろ。僕にとって君という人間は、手放すには惜しい優良物件だったんだ」
僕の疑念に拍車をかけるように、ルチアーノはそんな言葉を重ねる。やはり、彼にとっての交際関係たは、ただの主従契約でしかないようだった。薄々気がついてはいたものの、はっきりと告げられると寂しさを感じてしまう。僕の返す言葉は、少し力の無いものになってしまった。
「やっぱり、ルチアーノにとっては、僕は仮初めのタッグパートナーでしかないんだね。こうやって一緒に寝てくれるのも、僕を離したくないからなんだ」
小さな声で呟くと、彼は迷ったように身じろぎをした。思いの外僕が落ち込んだことに、良心の呵責を感じているのだろう。彼は一見冷酷に見えるが、情の深い性格をしているのだ。僕の心が離れていくことも、不安で仕方ないのだろう。
「そんなに落ち込むなよ。僕は君のことを、君が思ってる以上に評価してるんだぜ。僕が有用性を見いだした人間は、ネオドミノシティでは君だけなんだから」
しばらくの間を開けた後に、ルチアーノは小さな声でそう言った。そこに添えられた言葉を聞いて、僕も再び考え直す。神の代行者としてこの地にやってきた彼は、タッグを組む人間も慎重に選んでいるのだろう。デュエルができるからと言って、誰でも相手にするわけではないのだ。
彼が世間に公表している内容では、僕はルチアーノのタッグパートナーでしかない。しかし、そのタッグパートナーという役割は、僕にとって身に余る程の名誉なのだ。神の代行者のパートナーに選ばれて、歴史に関わる権利を受け取る。それは、ただの一般市民でしかない僕にとって、どれほど重みのあることなのだろう。
「そっか。そうだね。ルチアーノのタッグパートナーになったのは、この町では僕だけなんだ」
彼の髪に顔を埋めながら、僕は小さな声で呟く。改めて口に出したことで、少しずつ実感が湧いてきた。僕はルチアーノにとって、少しだけ特別な存在になれたのだ。それが確認できたなら、僕にとっては十分だろう。