隠し事 僕は悩んでいた。
ルチアーノと一緒に出かける、春のデートスポットについてである。そろそろ気温も暖かくなってきたのだし、せっかくならお花見にでも出かけたい。しかし、僕の偏った知識量では、これといったスポットが思い付かなかったのだ。
というのも、普段の僕たちは、何もデートらしいことをしていないのである。ルチアーノが無理矢理任務に付き合わせるか、僕がカードショップ巡りに付き合わせるかの二択くらいだ。色っぽいことなど少しもなければ、お互いにとっていいことなのかも分からない。それで文句がないのならいいのかもしれないけど、たまにはちゃんとしたところに出かけたかった。
なけなしの知識を総動員させながら、僕は少し考えてみる。デートスポットを調べるとしたら、やはりインターネットだろうか。しかし、ネットで調べて見つかるようなところは、常に人で溢れているものである。飽き性なルチアーノを連れていって、楽しんでもらえるとは思わなかった。
結局、何もいい案が思い付かなくて、僕は考えることをやめてしまった。いくらかっこつけてエスコートしようとしたところで、僕は世間の流行りなど知らない田舎者なのだ。デュエルのことは分かるけれど、カップルが喜ぶようなお店は分からない。ルチアーノをエスコートするなんて、夢のまた夢でしかなかった。
しかし、僕は気づいていなかったけれど、デートスポットを探すツールはインターネットだけではなかったのだ。僕がその事に気がついたのは、それから数日が経った頃だった。昼食を取るためにふらりと立ち寄ったカフェの店内で、僕はそれを見つけたのである。それはカフェの待合スペースの隅にある、古ぼけたブックシェルフに立て掛けられていた。
「なんだよ。とっとと行くぞ」
不意に足を止めた僕を見て、ルチアーノは不満そうにこちらを振り返る。その瞳が尖っているのを察して、僕は慌てて後を追った。店員さんに案内をしてもらう間も、僕の頭の中は目にしたものでいっぱいになっている。注文を済ませて一息つくと、携帯端末を取り出して情報を検索した。
キーワードを入力してボタンを押すと、画面いっぱいに結果が映し出される。一番上に表示されたのは、シティを中心にした旅行雑誌の書影だった。新しく開設した施設の紹介と共に、季節ごとのお出かけスポットが紹介されている。中には穴場スポットの紹介もあるようで、インターネットには載っていない施設まで紹介されていた。
「何にやにやしてるんだよ。いいことでもあったのか?」
端末に視線を向けている僕を見て、ルチアーノが不満そうに唇を尖らせる。いい情報を見つけたことへの喜びが、そのまま顔に出ていたみたいだ。端末の画面を閉じると、表情を引き締めてルチアーノと向き合う。これで彼の機嫌を損ねたら、本末転倒としか言いようがなかった。
「そうかな。いつもと変わらないと思うけど」
とってつけたようにしらを切る僕を、ルチアーノは冷たい瞳で見つめている。居心地の悪さを感じながらも、そっと端末を鞄にしまった。追及しようと口を開いたタイミングで、横から店員さんが近づいてくる。僕たちの前に差し出されたのは、ルチアーノが注文したジュースだった。
「ありがとうございます」
店員さんにお礼の言葉を返すと、僕はジュースを彼の前に差し出す。不満そうな表情を残しながらも、彼は黙って受け取ってくれた。話が途切れたのをいいことに、僕は別の話題を口にする。さすがにわざとらしかったのか、ルチアーノは不満そうに言葉を吐いた。
「なんだよ。僕に隠し事しやがって」
「してないって。すぐに分かるよ」
そんな彼の機嫌を取るように、僕は反論の言葉を返す。それでも機嫌は直らなかったのか、彼はずっと不満そうな顔をしていた。
翌日、ルチアーノが家を出ていることを確かめると、僕は外出の用意に取りかかった。服を着替えて鞄を手に取ると、Dホイールに乗って町を目指す。迷うことなく向かった先は、シティで最も大きい本屋だった。もちろん、昨日カフェの本棚で見つけた、旅行雑誌を手に入れるためである。
正面入り口から店内に入ると、看板を頼りにフロアを歩く。大都会のビルにしては珍しく、この建物は七階建ての四階までが本屋なのだ。ペーパーレス文化が広がる前は、建物は全体が本屋だったという。フロアそのものも大きいから、蔵書数はなかなかに多いようだった。
雑誌コーナーに足を踏み入れると、表紙を見ながら通路を歩く。ジャンルごとに分けられている棚の中から、旅行雑誌専門のコーナーを探した。ずらりと並べられた雑誌の片隅に、検索結果画面で見かけた表紙が並んでいる。ぱらぱらと中身を確認すると、棚から引っ張り出してレジへと向かった。
お目当ての雑誌が手に入ると、僕は急いで家へと戻る。ルチアーノが帰ってくる前に、中身を確認しておきたかったのだ。手洗いとうがいを済ませると、袋の中から本を引っ張り出す。予想通り、表紙の後に続く一大特集には、お花見スポットの紹介が載っていた。
ソファの上に腰を下ろすと、雑誌を開いてページを眺める。一面を大きく埋めているのは、シティの有名なお花見スポットだった。数ページに渡って紹介した後に、穴場スポットの紹介が続いている。いくつか見慣れない名前が出てきたから、端末で調べながら読んでいった。
調べものに集中していると、周りが見えなくなるものである。だから、ルチアーノが帰ってきたことに、その日の僕は気づかなかった。端末に表示される画面を眺めていると、不意に背後に気配を感じる。まさかと思うよりも先に、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「ただいま。今日は早く任務が終わったから、真っ直ぐ帰ってきてやったぜ」
予想もしなかったタイミングにびっくりして、僕は飛び上がりそうになってしまう。慌てて手元を動かすと、雑誌を袋の中に押し込んだ。これはサプライズのための準備なのだから、ルチアーノに知られたら意味がなくなってしまう。なんとか平静を装うと、迎えの言葉を口にした。
「おかえり。今日は、いつもより早かったね」
しかし、そんな僕の怪しい動きを、彼は見逃してはくれなかった。雑誌を両手で抱える僕を見て、訝しげに表情を歪める。つかつかと僕の横まで歩み寄ると、手元に抱えられた袋を見下ろした。
「今、何か隠しただろ。僕に見せてみな」
浮気を問い詰めるような鋭い口調に、僕は心臓が震える思いがした。なんとか中身だけは守り抜こうと、袋を抱える手に力を込める。無意味なことは分かりきっていたが、取り繕うように言葉を並べた。
「何も隠してないよ。雑誌を買いに行ったから、ソファに座って読んでただけ」
いかにも挙動不審な僕の姿を、ルチアーノは鋭い瞳で見つめる。一度疑いを持ったからには、中身を見るまで引き下がらないようだった。追及するような眼差しを注がれて、背中から冷や汗が流れてしまう。
「ただの雑誌だったら、僕が見ても問題ないだろ。わざわざ隠したってことは、疚しいことがあるんじゃないのか?」
「そんなものないよ。ただ、これはプライベートなものだから、一人で見たかったの」
その場で睨みあったまま、僕たちは言葉の応酬を繰り返す。しかし、そんな冷戦状態は、そこまで長くは続かなかった。僕が動かないことにしびれを切らしたルチアーノが、ついに行動に移ったのである。素早く手を伸ばしたかと思うと、僕の手から雑誌を奪い取った。
「あっ!」
突然のことにびっくりして、僕は大きな声をあげてしまう。慌てた僕の姿を見て、ルチアーノは勝ち誇ったように笑みを浮かべた。両手で袋を高く掲げると、僕を見下ろしながら言葉を吐く。
「やっぱり、疚しいことがあるんじゃないか。君が何を隠してたのか、この目で確かめてやるよ」
そのまま袋を手元に下げると、彼は中の本を引っ張り出す。一度奪われてしまったからには、もう観念するしかなかった。力ずくで奪い返そうとしても、彼の人間離れした力には敵わないのである。諦めて両手を下ろす僕の前で、彼は本をひっくり返した。無数の画像が埋め込まれた表紙の片隅には、それが旅行雑誌であることを示すタイトルが記されている。
「なんだよ。ただの旅行雑誌じゃないか」
呆れたように息をつくと、ルチアーノは冷めた瞳で雑誌を眺めた。どうやら、雑誌のジャンルを知っただけでは、それが意味するものに気づかなかったようである。このまま取り返せないかと考えて、僕はさりげなく言葉を重ねた。
「そうだよ。だから言ったでしょ。プライベートなものだって」
彼の手から雑誌を取り返そうと、僕は雑誌の片隅を掴む。しかし、妙に疑い深い彼は、まだ追及をやめないつもりらしかった。しっかりと両手に力を籠めると、冷たい瞳で僕を見下ろす。
「まだ話は終わってないぜ。君は、いったい何のために旅行に行くんだ?」
その表情があまりにも大真面目で、思わず笑いそうになってしまった。言外に籠められた態度から、彼が浮気を疑っていることは明らかだったのだ。恋人が旅行雑誌を持っているというのに、彼は自分が誘われる可能性を考えていないようなのだ。普段の僕が大会への参加でしか外出をしないから、当然といえば当然なのかもしれない。
「そんなの、ルチアーノをお花見に連れていくために決まってるでしょう。それに、それは旅行雑誌だけど、ネオドミノシティの特集なんだよ」
正面から言葉を返すと、ルチアーノは驚いたように目を見開いた。握りしめていた雑誌を持ち上げると、まじまじと表紙の文字を眺める。一通り言葉を眺めると、今度は頬を赤く染めた。雑誌を丸めて筒状にすると、軽く僕の頭を小突く。
「そういうことは早く言えよ!」
鈍い衝撃を感じながらも、僕は微かに口角を上げる。真っ赤になるルチアーノの姿が可愛らしくて、思わず笑みを浮かべてしまったのだ。下手に浮気を疑ってしまったことが、彼にとっては恥ずかしくて仕方ないのだろう。そんな彼の姿を眺めながら、僕はさらに言葉を重ねる。
「だって、サプライズにしておきたかったから……」
「だからって、紛らわしい言い方をするなって言ってんだよ!」
僕の声を掻き消すかのように、ルチアーノは声を荒らげる。羞恥心に耐えきれなかったのか、再び僕の頭を小突いた。今回もかなり手加減してくれているようで、あまり痛みは感じない。その鈍い衝撃さえも、今は心地よく感じた。