雪 布団から足を出すと、凍えるほどに寒かった。思わず足を引っ込めて、布団の温もりを味わう。
「いつまで寝てるんだよ。さっさと起きろって」
隣からルチアーノの声がするが、布団からは出られない。今朝は、いつにも増して寒いのだ。
「ルチアーノ、暖房つけて……」
震える声で言うと、彼は不満そうな声を出した。
「僕に命令するなんて、どういうつもりだよ。……まあ、いいけどさ」
とことこと歩いて、暖房のスイッチを入れてくれる。しばらくすると、ようやく部屋が暖まった。
『今日は、夕方から雪が降るでしょう。路面の凍結には十分注意してください』
テレビからは、天気予報を知らせる声が聞こえてくる。雪が降るのだ。クリスマス以来だった。
「雪かぁ。道理で寒いわけだ」
テレビを見ながら呟く。室内との温度差で、窓が曇っていた。
「寒さに耐えるのも、身体を鍛える訓練の一つだぜ」
きひひと笑いながら、ルチアーノは僕に着替えを押し付ける。どうやら、外に出る気満々のようだった。
「今日も出掛けるの?」
「当然だろ。家にいたって、やることなんかないんだから」
ルチアーノに手を引かれて、僕は冷気の満ちた洗面所へと引きずり出された。
外は、凍えるように寒かった。いつも以上に着込んでも、冷気が身体に染み込んでくる。ポケットに両手を突っ込み、無意識に身体を縮めてしまう。隣を歩くルチアーノは、いつもと変わらない服装をしていた。アンドロイドである彼は、寒さに強いのだろう。
「ルチアーノは元気だね」
そう言うと、彼は堂々と胸を張った。
「僕は神の代行者だからね。寒さには強いのさ」
夕方になると、寒さはもっと強くなった。吹き付ける風は強くなり、マフラーをはためかせる。
「今日は、早めに帰ろうよ」
声をかけると、ルチアーノは不満そうな顔をした。
「なんでだよ。まだ夕方だぜ。時間ならたくさんあるじゃないか」
「雪が降ったら大変なことになるから、早めに帰りたいんだよ」
ルチアーノは納得いかないようだった。彼は、雪の影響というものを知らないのかもしれない。
「降ってから帰ればいいだろ」
腕を引っ張れる。どうしても、帰りたくないようだ。子供のような反応がかわいらしい。
そんな彼の様子を眺めていると、不意に、頬に何かが触れた。手を当てると、今度は手の甲に当たる。ひやりとした感触がした。
「なんだ。雨かよ」
ルチアーノが言うが、僕には雨ではないことが分かっていた。それは雨よりも冷たくて、少し固い感触のものだ。
「雪だよ。雪が肌に当たって、溶けてるんだ」
僕が言うと、ルチアーノは眉を顰める。
「これが、雪? 雨と変わらないじゃないか」
「全然違うよ。見て」
ルチアーノの巻いているマフラーを指差す。そこには、小さくて白い塊が乗っていた。雪だ。白い雪は、黒地のマフラーに良く映える。
「雪って、こんな感じなのかよ。大したことないな」
「今は雨と変わらないけど、たくさん降ったら大変なんだよ。地面は凍るし、風が強くなると、横から吹き付けて来るからね。早く帰ろう」
ルチアーノの手を取って、強引に歩きだす。彼は、大人しく従ってくれた。
「人間は、少し濡れただけでも風邪を引くからな」
そう言って、きひひと笑う。まるで、僕が風邪を引くと言いたげな感じだ。彼なりの心配なのだろうか。
雪がチラチラと舞うなかを、僕とルチアーノは帰っていく。僕たちの帰るべき、暖かい家に。