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    流菜🍇🐥

    @runayuzunigou

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    流菜🍇🐥

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    シリアスな本編軸。幽霊になったルチアーノが一年ぶりにシティを訪れ、龍亞と話をする話です。過去に書いただけで放置していたものを供養します。

    ##本編軸

     噴水広場の片隅にある小さな公園は、今日も人っ子一人居なかった。賑わっているシティにも、こうして死んでいる場所があるのだと思うと、なんだか不思議な気分になる。錆び付いたベンチに腰掛け、足をブラブラを揺らしながら、僕は目的の人物を待った。
     しばらく待っていると、遠くから足音が聞こえてきた。年端のいかない子供に特有の、軽くて軽快な足音だ。それは角を曲がると、ゆっくりこちらに近づいてくる。公園の前に辿り着くと、子供はぴたっと足を止めた。
    「やあ、ずいぶん遅かったな」
     声をかけると、彼は真っ直ぐに僕を見つめた。光を湛えた黄色の瞳が、飛び出そうなほどに見開かれる。ひとつに結った髪を揺らすと、絞り出すような声を上げた。
    「ルチアーノ………!」
    「久しぶりだね、龍亞」
     彼の様子とは裏腹に、僕は淡々と言葉を返す。僕の前へと駆け寄りながら、彼は両目を潤ませた。
    「どうして、こんなところにいるんだよ」
    「僕がここにいたらおかしいのかい? 一年前まで、この町は僕たちのものだったのに」
    「そういう意味じゃないだろ! だって、お前は、あの時に……!」
     その後の言葉は、形になっていなかった。それも当然だ。彼にとって、僕は存在するはずのない存在なのである。言葉を失ってしまうのも理解できた。
    「なんて顔してるんだよ。君は、この町を救った英雄なんだろ。もっとしゃきっとしろよ」
     僕が言うと、彼は大きく表情を崩した。情けない顔を晒しながら、僕に向かって突きつける。
    「だって、お前は死んだはずだろ……! オレは、この目で見たんだから……!」
     確信を付かれて、僕は口元に笑みを浮かべてしまう。この反応が見たくて、僕はこの少年を誘き出したのだ。
    「そうだよ、僕は死んだんだ。今、ここにいる僕は、アポリアの幽霊なんだよ」

     ●

     ネオドミノシティは、雲ひとつない晴天だった。つい数日前までは台風が襲っていたというのに、そんな名残は微塵もない。地面を濡らす雨水の跡だけが、その天災の恐ろしさを物語っていた。
     僕は、シティ繁華街へと着地した。一年も経っているというのに、町の姿はほとんど変わっていない。シティとサテライトが統合された時には、あんなにも急速に進化していたのに。人間の考えることはよく分からない。
     どうして、急にこの町を訪れたくなったのだろうか。僕にとってこの町は、悲しみと絶望の象徴である。町に聳え立つモーメントも、町中を走るDホイールも、見ていて気分のいいものではなかった。それでも、僕はこの町を求めてしまうのだ。僕のオリジナルが産まれ育ち、僕が任務のために降り立って、命を落としたこの町を。
     僕は、ふわりと宙に浮き上がった。風船のように軽い僕の身体は、風に乗ってふわりと舞い上がる。ビルの屋上に狙いを定めると、上空から街並みを見下ろした。
     シティの中央は、背の高いビルが竹のように乱立している。僕の乗った屋上はそこまで大きくなくて、他のビルに視界を遮られてしまう。町全体を見下ろすには、もっと背の高いビルである必要があるだろう。そう思って、僕はさらに上を目指した。コンクリートを蹴りつけ、身体を宙へと舞い上がらせる。風に身を委ねながら、ひとつ上のビルの屋上へと着地した。再びコンクリートを蹴ると、今度はさらに上の屋上へと着地する。
     雲を越え、宇宙の果てを目指すように、僕は上へ上へと登っていった。視界の隅に、かつての治安維持局の建物が見える。絶対的な権力がなくなり、民主主義が導入されたこの町では、治安維持局は本来の機関としての性質を取り戻したようだ。この巨大な建物も、今では飾りも同然だろう。
     イェーガーが市長の座に付くなんて、あの頃の僕は考えもしなかった。プラシドに剣を突きつけられ、道化のように媚びていたあの男が、市民に慕われるリーダーになるとは。人間とはよく分からない。
     最も背の高いビルからは、町の全貌が見下ろせた。中央にずらりと並んだ背の高いビルと、間に聳える大きなモニュメントは、僕たちのいた頃から変わっていない。町外れにはダイダロス・ブリッジがかかっていて、その奥には少し小さな町が見えた。
     変わらないものもあれば、変わっているものもある。この町には、背の高いビルが増えたのだ。空から見下ろすと、それは一目瞭然である。背の高いビルが乱立する姿には、圧迫感すら感じるほどだ。
     変わったと言えば、町の雰囲気もそうだ。長官が納めていた頃には機械的に統率を取られていたセキュリティたちも、今ではにこやかな笑顔を浮かべている。僕が町を歩いていたら、笑顔で迷子の案内をされたくらいなのだ。
     ビルの縁に腰をかけながら、僕は考える。これが、人間という生き物なのだ。人間は、過去を礎に進化していく。時間を重ね、経験を重ねることで、より良い手段を選ぼうとする。その、若者の希望という煌めきを信じたから、神は不動遊星を試したのだろう。
     僕には、神の意志が分からない。機械として産み出された僕には、人間であった神の考えなどわかるはずもなかったのだ。その事を自覚する度に、僕の心は空虚で埋め尽くされる。
     町の姿を見下ろしていると、不意にあることを思い付いた。ビルの縁から立ち上がると、大地を蹴って、空へと舞い上がる。風に身を任せると、シティの外れを目指して進み始めた。
     その建物は、何一つ変わっていなかった。僕がシティにいた頃と変わらない、トップス地区の象徴のような高層マンションだ。セキュリティは万全で、地上からの侵入などできそうになかった。
     僕は、上空からその建物を眺めた。コンクリートの屋根の下に、外に飛び出したバルコニーが見える。かつて、不動遊星が落下したのは、このバルコニーだったはずだ。
     体勢を整えると、バルコニーの上に着地する。人工芝の生い茂った敷地の隅に、小さなプールが取り付けられていた。建物の窓へと歩み寄ると、そっと中を見つめる。
     ペントハウスの中は、誰もいなかった。薄暗い部屋の中を、静かな空気が覆っている。命を失っているような佇まいに、少しだけ背筋が凍る。確か、この時間はこの家の持ち主はアカデミアで授業を受けているはずだ。もぬけの殻であることは当然だった。
     それにしても、豪華な建物だ。子供二人を住まわせるには、豪華すぎると言ってもいい。こんなところに子供を放り出すなんて、両親は何を考えているのだろう。
     ここにいても、彼らの姿を見ることはできない。彼らに会うには、彼らの行動範囲に踏み込む必要があるのだ。芝生の床を蹴ると、僕は空の上へと飛び上がった。

     ●

    「幽霊? それって、どういうことだよ!」
     耳をつんざくような大音声が、僕の耳に突き刺さる。頭が痛くなって、思わず顔をしかめた。
    「そんな大声を出すなよ。迷惑だろ」
    「驚くに決まってるだろ! 幽霊だなんて!」
     僕の言葉を無視して、龍亞は捲し立てる。僕に顔を近づけると、まじまじと顔を見つめてきた。
    「そんなにじろじろ見なくても、僕の顔は変わらないぜ」
     そう言うと、彼は黙って顔を遠ざけた。ベンチに腰を下ろすと、寂しそうにこちらを見る。
    「どうして、教えてくれなかったんだよ。ここに居たんなら、教えてくれたらよかっただろ」
    「用事が無かったからさ。僕たちは敵同士だったんだ。わざわざ会いに来る必要なんてないだろ」
     僕が答えると、彼はベンチから腰を浮かせた。僕の方に身を突き出すと、大きな声で言う。
    「そんなこと言うなよ。オレは、ずっと心配してたんだぞ!」
    「それは、君の都合だろ。僕には関係ない」
     噛みついてくる龍亞を、冷たい言葉で突き放す。僕の態度が変わらないと悟ると、彼は再び腰を下ろした。
    「お前は、全然変わらないな」
    「それはこっちの台詞だよ」
     しばらくの間、沈黙が二人の間を漂う。気まずくなったのか、龍亞がぽつりと口を開いた。
    「あれから、いろいろあったんだ」
     龍亞の口から発せられたのは、チーム5D'sやこの町の近況だった。僕たちがいなくなった後、この町は新たな未来へと歩み始めた。チーム5D'sも事実上の解散状態で、それぞれがそれぞれの目的に向かって行動しているらしい。彼が言うには、不動遊星にはモーメントの研究機関から声がかかっていて、ジャック・アトラスは修行の度に出ているらしい。十六夜アキは受験勉強に忙しくて、あまり会うこともないのだと言う。
     僕は、黙って龍亞の話を聞いていた。僕にとってはどうでもいいことばかりだ。僕が知りたかったのは、そんなことではなかったのだから。
    「オレは、まだ具体的な夢が見つかってないんだ。遊星たちのようなDホイーラーになりたいけど、ホイールの免許すら持ってないし。だから、もう少し考えてみようと思ってるんだ」
     龍亞は、そう言って話を締めた。心底嬉しそうな、弾んだ声だった。足を揺らして僕を見ると、友達のような距離感で問う。
    「お前はどうなんだよ。この一年、何してたんだ?」
    「僕は……」
     すぐには、言葉が出てこなかった。この一年の間、僕は何をしていたのだろう。これといって口にすることは無いような、空っぽな時間だったことは覚えている。
    「僕は、何もしてないよ。ずっと、この世界を旅していたんだ」
     僕は、ネオドミノシティ以外の世界を知らない。僕たち三人の『アポリアの分身』は、産まれてすぐにこの町に送り込まれた。記憶を書き換えられ、神の代行者としての使命を与えられた僕たちは、神の計画の成就だけを目的にこの命を終えたのだ。
    「僕は、世界というものを見てみたかった。神が愛し、守ろうとしたものを、この目で見たかったんだ。だから、僕は旅をした」
     僕の答えを聞くと、龍亞は安心したように笑った。
    「お前らしいよ。お前のそういうとこ、オレは嫌いじゃないぜ」
     余計なお世話だよ。頭の隅に、そんな言葉がよぎったが、口に出すことはしなかった。久しぶりの再会なのだ。多少のことは多目に見てやろう。

     ●

     僕が降り立った場所は、アカデミア付近の大通りだった。ペントハウスからアカデミアまではそれなりに近くて、歩いてでも通えるのだ。彼らの生活を追体験するように、僕はアカデミアへの道を歩いた。
     校門の前には、人っ子ひとりいなかった。時刻を確認して、ようやくその理由に思い当たる。今は午後の二時だ。校内の子供たちは、学園生活の真っ最中である。
     僕は、来た道を引き返した。こんなところに突っ立っていても、彼らが現れる訳ではない。別の場所で時間を潰そうと思ったのだ。
     周辺を散策していると。小さなカフェが見えた。その外観に懐かしさを感じて、思わず足を止める。ここは、龍可が気に入っていた店だった。
    『ここのパンケーキが、ふわふわでおいしいの。よかったら、今度ルチアーノくんも食べてみて』
     龍可の言葉が、僕の脳裏に蘇る。結局、あれ以来僕たちが顔を合わせることはなくて、カフェにも行かず仕舞いになっていた。古風な作りの扉を見上げると、そっとドアノブを捻った。
     建物の中も、外装と同じくらい地味だった。店内には、数人の女性客が座っているだけだ。いくら平日の午後だと言っても、心配になるくらいの人の少なさだ。
     席に付くと、店主らしい男が近づいてくる。メニューに目を通すと、目についたひとつを注文した。
    「ぶどうのパンケーキ」
    「かしこまりました」
     男が、厨房の奥に入っていく。調理する賑やかな音が響いて、パンケーキが席へと運ばれた。二段重ねの生地の上に、生クリームとフルーツが積み上げられている。見ているだけで胸焼けしそうな佇まいだった。
     僕は、パンケーキを一口サイズに切り分けた。クリームとフルーツを乗せると、恐る恐る口元まで運ぶ。予想通り、それは気が遠くなりそうなほどに甘かった。大きく息を付くと、一度フォークとナイフを置く。
     二口目を運ぶまでには、かなりの時間がかかった。山盛りの生クリームは、僕には甘すぎたのだ。龍可はよくこんなものを食べられるものだと、呆れよりも先に感心した。
     結局、パンケーキは食べきれなかった。生クリームのついているところに、どうしても手を伸ばせなかったのだ。会計を済ませてカフェを出ると、アカデミアへの道を歩いていく。
     今度は、ちょうどいい時間だった。開かれた校門から、たくさんの子供たちが溢れ出してくる。少し離れた場所から観察していると!ついに双子の姿が見えた。
     双子は、楽しそうに笑っていた。肩を寄せ、友達と寄り添いながら、幸せそうな笑顔を浮かべている。その姿に、アポリアの見出だした希望が光っている気がして、胸の奥が熱くなった。
     僕は、どうして意識を残しているのだろう。浮遊する精神体になった後も、この世界に留まっているのだろう。神様は、僕に何を託したのだろう。考えても分からない謎の答えが、彼らの姿に潜んでいる気がした。
     龍亞と、話をしなくてはならない。僕が憎み、そして、アポリアが希望として認めたその少年に、僕は会わなくてはならない。なぜか分からないけれど、直感的にそう悟った。

     ●

     僕を見つめる龍亞の視線は、穏やかで、大人びた色をしている。彼は、こんな表情を浮かべる子供だっただろうか。いや、昔はこうではなかった。僕が見ていた頃の龍亞は、もっと幼かったはずだ。
    「お前は、変わったな。昔は泣き虫の弱虫だったのに、強くなっちゃってさ。なんだか、置いてかれてる気分だよ」
     僕が言うと、龍亞はぽかんとした顔をした。その表情は今までと変わらない。お調子者で、考えなしの龍亞だった。
    「オレ、そんなに変わったか? いつもと同じだろ」
    「今の顔は、いつもと同じだったな。僕の思い過ごしかもしれないね」
    「なんだよ、それ」
     他愛の無い会話を交わすと、僕は口を閉じた。これだけ話をできたのなら、僕にとっては十分だ。冥土の土産にくらいはなるだろう。
    「じゃあ、僕は行くよ。最後に、君と話ができてよかった」
     そう言って、僕は席を立つ。背を向けると、龍亞が慌てて席を立った。
    「待てよ! 今、最後って言ったよな! それってどういうことだよ!」
    「言葉の通りだよ。僕は、もう長くない。近いうちに、僕の体は消えるだろう」
     後ろから、息を飲むような気配がする。静まり返った気配で、彼がどんな顔をしているのかが想像できる。
    「何でだよ! 何でそんな時にオレに会いに来たんだよ! せっかく友達になれると思ったのに、そんなのひどいじゃないか!」
     背後からは、泣きそうな声が聞こえてきた。みっともない態度だ。文句を言いたくなって、僕は後ろを振り返った。
     龍亞は、顔をぐしゃぐしゃに歪めていた。目は潤んでいて、涙で汚れている。思っていた以上に情けない姿だ。
    「そんな顔をするなよ。僕は、君たちに負けた時点で死んでいたんだ。今の僕はもぬけの殻、アポリアの幽霊なんだよ」
    「でも、お前がもっと早く会いに来てたら……」
    「ダメだよ。僕たちは関わるべきではない。僕たちは、始めから住む世界が違うんだ」
     龍亞は何も答えなかった。きっとあいつも分かっているのだろう。僕とは友達になどなれないことを。
    「笑えよ。勝者がそんな顔をしてはいけない。君たちは、生きて未来を作るんだ」
     僕は、彼に背を向けた。大地を踏みしめると、一歩ずつ歩を進める。
     背後から、追いかけてくる気配はなかった。こちらから振り返ることもなく、僕は公園を出ていく。角を曲がると、地面を蹴って宙へと浮かび上がった。

    ──一緒に来てよ。

    ──一人じゃ寂しいんだ。一緒に来てよ。

     その言葉は、喉の奥に引っ掛かったまま、出て来ることはなかった。彼は生きていて、未来を背負っているのだ。幽霊となった僕が道連れにしていい相手ではない。
     あと数時間もすれば、僕の体は溶けて消えてしまうだろう。寂しいような気もするが、不思議と悲しくはなかった。
     僕は、これから元の姿に還るのだ。無機物の寄せ集めだった僕は、元の無機物に還る。魂が消えるとは、そういうことなのだろう。
     眼下の町を見下ろすと、龍亞の姿が見えた。公園に佇んだまま、顔を擦っている。泣いているのだろうか。アポリアの時といい、どれだけお人好しなのだろう。
     僕は、広い空へと舞い上がった。向かってくる風が、僕の身体を優しく撫で付けてくれる。
     身体は空気に溶けて、ゆっくりとかすれ始めていた。大きく両手を広げると、消え始めた片腕を眺める。心の中で、僕は龍亞に話しかけた。

    ──僕は、これから空へと向かうんだ

    ──ねぇ、君は知ってるかい? 空には、道がないんだ

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