ナンパ 噴水広場の前は、今日も人で溢れていた。繁華街と住宅地の中心という位置関係が、周辺住人の待ち合わせにぴったりなのだろう。気合いの入った服に身を包んだ大人から、制服姿の学生、旅行鞄を引きずった人まで、様々な姿の人々が所狭しと並んでいる。彼らは皆端末に視線を向けていて、一目で待ち合わせ中であることが分かった。
かく言う僕も、待ち合わせの真っ最中だった。相手はもちろん、イリアステルのルチアーノである。彼は、なぜか待ち合わせ場所としてここを選ぶことが多かった。ポッポタイムの近くなのに不思議なものだが、あえて見せつけようとしているのかもしれない。
行き交う人の流れを眺めながら、ぼんやりとルチアーノの姿を探す。今の彼は人気チームの一員という設定だから、あまり目立つ格好はしていない。とは言っても、あの特徴的な服装は良く目立つから、見つけられなくて困ったことはなかった。
首を左右に振りながら、ルチアーノの姿を探す。僕の方が後に着くと不機嫌になるから、早めに着くように出かける癖が付いてしまった。飼い慣らされているような気もするが、嫌な気はしない。彼が素直に好き嫌いを示してくれる人間は、数えるほどしかいないのだから。
「あの、○○○さんですか?」
そんなことを考えていると、斜め前から弾んだ声が聞こえてきた。視線を向けると、雑誌で見るような服に身を包んだ女の子二人が、僕の方に視線を向けている。普段の僕は関わることの無い、キラキラした女の子だった。他に心当たりはないから、声の主は彼女たちなのだろう。
「そう、ですけど……」
僕は戸惑ってしまった。目の前にいる女の子たちに、全く心当たりがなかったのだ。そもそも、僕はこの町に来て一年くらいしか経っていないのだ。遊星たちの知り合いのデュエリストと話をすることはあっても、キラキラした女の子と知り合う機会は無い。彼女たちにとっても、僕は正反対の人種に当たるだろう。
僕の答えを聞くと、女の子たちはひそひそと何かを話し合った。それも一瞬で、すぐに僕の方へと足を踏み出す。
「あの、私たち、○○○さんのファンなんです!」
「ファン!?」
予想外の言葉に、声が裏返ってしまった。今、彼女たちはなんと言ったのだろうか。ファン? 僕の? 無数のクエスチョンマークが僕の脳内を駆け巡る。僕の戸惑いを察したのか、女の子たちが慌てたように口を開いた。
「あの、私たち、昔デュエルアカデミアに通ってたんです。卒業してからはデュエルはやめちゃったけど、でも、見るのは好きで、それで、○○○さんのことを知ったんです」
「○○○さんは、この町に来たばかりなんですよね。まだ一年くらいなのに、たくさんの大会で優勝してて、あの不動遊星やジャック・アトラスとも知り合いで、すごいなって思って。……よかったら、お話を聞かせてください!」
女の子は身体を前に出す。香水を付けているのか、ふわりといい匂いがした。ルチアーノのトリートメントとは別の、甘ったるい匂いである。これが女の子なのだと、なんとなく思った。
「えっと、その……」
困った。僕は、あんまり女の子と話す機会がないのだ。僕の知り合いは子供かアカデミアの学生くらいだから、こういう時にどう返していいのかが分からない。
「もちろん、無理にとは言いません。嫌じゃなかったら、一緒にお茶でもどうかなって。その、変な意味じゃなくて……」
これは、俗に言う『逆ナン』というものだろうか。まさか、僕がそんなことをされるなんて。初めてのことに、頭が真っ白になってしまった。
「えっと、その……」
同じ言葉でお茶を濁しながら、僕は頭をフル回転する。僕には、ルチアーノとの待ち合わせがあるのだ。約束を破るわけにはいかない。それに、僕はルチアーノの恋人である。彼の許可を取らずに女の子との飲食をすることには抵抗があった。
「その…………」
「悪かったね。そいつには先約があるんだ」
僕が口を開こうとした時に、背後から声が聞こえた。女の子のように高いのに、男の子の低さを持っている、不思議な声色だ。後ろを振り向くと、ルチアーノが堂々とした佇まいで僕たちを見ていた。
「えっ……?」
女の子たちが、ぽかんとした顔でルチアーノを見る。突然現れた乱入者に、頭が混乱しているのだろう。当たり前だ。ルチアーノの高貴な容姿や雰囲気は、僕の知人としては異色なのだから。
「僕はこいつと約束をしていて、待ち合わせのためにここに呼び出したんだ。君たちが何を言おうと、付いていくことはないよ」
ルチアーノは堂々と言う。どう見ても子供な彼の堂々とした態度に、女の子たちは少し面食らったようだった。困惑の色を示しながら、それでもなんとか言い返す。
「あなたは、○○○さんの知り合いなんですか? どうして、話もせずにそんなことを言いきれるんですか?」
それを聞いて、ルチアーノはにやりと笑った。女の子たちに向き合うと、いたずらっぽい笑みを浮かべて言う。
「話ならしてあるよ。ずっと前にね。僕たちは、恋人同士なんだから」
「えっ……?」
女の子たちの頭の上に、クエスチョンマークが浮かんでは消える。それもそうだろう。目の前にいるのは、どう見ても男二人なのだから。二人の女の子の視線が、僕たちの周りを彷徨う。あんまり見つめられるから、なんだか恥ずかしくなってきた。
「本当、なんですか……?」
女の子の片方が、僕に向かって尋ねる。声が震えているのは、困惑によるものだろう。
「本当だよ。僕たちは、付き合ってるんだ」
はっきり口にすると、さらに恥ずかしくなってしまった。真っ赤になる顔を隠すように、僕は僅かに下を向く。彼女たちに関係を伝えるには、それだけで十分だったらしい。二人の女の子は、諦めたように後ろに下がった。
「そういうことだから、諦めてくれないか」
ルチアーノの畳み掛けるような凄みを見て、彼女たちは完全に戦意を失ったようだった。小さく頭を下げると、こそこそと後ろに去っていく。後ろ姿が見えなくなるのを見送ってから、彼はこちらを振り向いた。
「君は何をしてるんだよ。あんな誘い、とっとと断ればいいだろ」
ルチアーノに鋭い声で詰め寄られる。それも当然だ。僕は、恋人との約束があるにも関わらず、女の子たちの誘いを断れずにいたのだ。ルチアーノから見たら浮気も同然だろう。
「そうなんだけど、言葉が出てこなくて」
ここで弁解をしても無意味なことは、僕が一番分かっていた。仕方なく、素直な答えを返すことにする。
「何でだよ。もしかして、相手が女だからか? 君はそういうやつじゃないと思ってたんだけどな」
「違うよ。そういうことじゃなくて、女の子と話すことなんてあんまりないから……」
僕が言うと、彼はケラケラと笑った。にやりとした笑みを浮かべながら僕を見上げると、からかうような口調で言う。
「相手が女だから緊張したのか? 全く、君はおかしなやつだな」
「だって……」
「あんなものも断れないなんて、プロとしてやっていけないぞ。プロになったら、サインを迫られるなんて日常茶飯事になるんだからな」
ルチアーノのからかいに対して、僕は返す言葉がなかった。彼の言う通りなのだ。僕のコミュニケーションスキルでは、プロの世界ではやっていけない。
「それに、あいつらなんか元から不動遊星目当てだろ。誘いに乗ったところで、君にメリットなんかないんだ」
「えっ?」
ルチアーノに言われ、僕は間抜けな声を上げてしまった。口をポカンと開けたまま、彼の顔を見下ろす。
「まさか、気づいてなかったのかい? 君は不動遊星の知り合いとして有名なんだから、仲介目的に決まってるだろ」
「そんなの決めつけだよ。違うかもしれないでしょ」
答えながらも、僕にはあまり自信がなかった。確かに、僕は遊星たちの知り合いで、一緒に行動することも多いのだ。遊星とのコネクションを求める人たちに利用される可能性も、全く無いとは言い切れない。
「僕は、遊星狙いだと思うな。あの手の女はミーハーなんだ。君のような男なんて好みじゃないだろ」
「ひどいこと言うなぁ」
ルチアーノの容赦ない毒舌が、しれっと僕のことを貶す。そこまで言っているけど、彼は僕のことを嫌いなわけではないのだ。むしろ逆で、好きだからこそこのような言葉を吐くのである。
「ほら、分かったならとっとと行くぞ。もたもたしてると時間に遅れるからな」
僕の手を握りながら、ルチアーノは何事もないように言う。手を引かれるままに、僕は彼の隣に寄り添った。