審美眼 お正月のテレビは、特番ばかりやっている。チャンネルをいくら変えても、そこに映るのは知らない番組の特別編ばっかりだ。中には定番の番組もあるけど、それも次々と入れ替わってしまう。何度かザッピングして、結局テレビを消す。そんなことを繰り返していた。
それでも、朝起きてリビングに向かうと、僕はテレビをつけてしまう。過去に面白い番組を見た思い出が、どうしても忘れられなかったのだ。ホットミルクをかき混ぜながら、テレビのリモコンを手に取った。電源を入れると、当てもなくチャンネルをザッピングする。
映し出された番組の中に、珍しく見覚えのあるものを見つけた。テレビで有名なタレントや有名なデュエリストたちが、目隠しをされながらワインを飲まされているのである。ワインは高いものとそうではないものの二種類があり、どちらが正解かを当てる企画になっているらしい。過去にもこんな番組をやっていた気がするから、これはお正月の定番なのだろう。
テレビの中のタレントたちは、次々と札を上げていく。正解と間違いは半々くらいで、既に部屋にいるタレントたちも、心配で仕方ないみたいだった。並べられた椅子に腰をかけながら、不安な様子でモニターを見ている。
次にワインを飲んだのは、シティ出身のデュエリストだった。不安そうに頭をひねりながら、二択の札を上げている。間違っているとも知らず根拠を語る姿を見て、スタジオのタレントたちがツッコミを入れた。とは言え、間違っても仕方ないのだ。不正解のワインだって、数万円はする高級ワインなのだから。
全員のテストが終わったら、いよいよ正解発表だ。司会役の芸能人が、正解の扉を開けて部屋に入っていく。正解した人は一流としてもてなされ、外した人はランクが下がるらしい。シンプルで分かりやすい番組だった。
「朝っぱらから画面を睨み付けて、何の番組を見てるんだよ」
不意に、後ろから声が聞こえた。振り返ると、ルチアーノが呆れたように僕を見つめている。いつの間に戻ってきたのだろう。全く気がつかなかった。
「面白い番組を見つけたんだよ。超高級ワインと高級ワインを飲み比べて、どっちが高いかを当てるゲームなんだって」
「ああ、あの番組か。正月はいつもやってるよな。君は、ああいうのが好きなのかよ」
僕の説明を聞くと、彼は何事も無さそうに言った。既に知っている様子なのを見ると、この番組は定番なのかもしれない。
「好きっていうより、面白いなって思っただけだよ。高級ワインの見極めなら、知識のある人なら分かりそうだしね」
実際に、知識のありそうな出演者は、迷うことなく正解していた。僕にはよく分からないが、明確な違いがあるのだろう。
「まあ、ワインの味は品種によって違うからな。君は未成年だから、飲んだこと無いんだっけ?」
「無いに決まってるでしょ」
そんなことを言っているうちに、審査は次のお題へと変わっていた。画面に示されたのは、オーケストラの演奏だ。片方は何億円もする楽器で、もう片方は数百万円の練習用楽器らしい。練習用もなかなかにお金がかかっていると思うのは、僕が庶民だからだろうか。そんなことを考えながら画面を見ていると、ルチアーノが僕の袖を引いた。
「なあ、せっかくだから、君も挑戦してみようぜ」
「えっ?」
「テレビ越しでも、演奏の音は分かるだろ。どっちが正解の音色なのか答えてみろよ」
僕は、再び画面に視線を向けた。テレビの中では、選ばれた挑戦者たちがスタジオの中を移動している。楽器に背を向けるように椅子が並べられているのは、外見で分かってしまうからなのだろうか。
「いいけど、間違っても笑わないでよ」
答えてから、僕はテレビの前に近寄った。画面の中から、ひとつめの楽器の演奏が聞こえてくる。しばらくすると、今度はもうひとつの演奏が流れてきた。耳を済ませて聞いてみても、どちらが正解かは分からなかった。
「これは、けっこう分かりやすいよな。どっちだと思った?」
にやにやと笑いながら、ルチアーノは僕に視線を向ける。楽しそうに笑みをこぼしながら、選択を迫ってきた。
「Aかな。なんか、音がはっきりしてた気がする」
「ふーん。それで最終確定かい?」
そう言われると、不安になるのが人間と言うものだ。ただでさえ何も分からなかったのだ。不安で仕方なかった。
「えっ。……もう一度聞いていい?」
耳を澄ませると、テレビから聞こえてくる音に意識を向ける。二回聞いても、何が正解かは分からなかった。
「やっぱり、分からないよ。Aの方が聞きやすかったと思うだけで」
僕が言うと、ルチアーノはにやりと笑った。意地悪な笑みを浮かべながら、からかうような声音で言う。
「それが、君の感性なんだな。なるほど」
しばらく画面を見ていると、正解が発表された。何億円もする高級楽器は、Bの演奏だったらしい。きひひと笑みを浮かべながら、ルチアーノは僕の服を引っ張った。
「外れだな。やっぱり庶民は庶民だ」
「仕方ないでしょう。演奏なんて滅多に聞かないんだから」
次の審査は、食べ物だった。僕を試せないのが悔しいのか、ルチアーノは退屈そうにソファに座る。出演者の回答を散々に扱き下ろす彼を見て、僕はこっそりと胸を撫で下ろした。
食べ物が終わると、今度は盆栽の審査になった。鑑賞系のお題に、ルチアーノが楽しそうに僕を見る。
「これは食べ物じゃないから、君にも参加できるな」
当たり前だが、僕は盆栽など見たことがない。画面を見つめたところで、何ひとつ違いが分からなかった。世間ではわびさびなどと言うが、知識のない人にはどれも同じに見えるのだ。
「どっちだろう。Aの方が豪華だけど、盆栽はわびさびって言うし……。やっぱりBかな……?」
ぶつぶつと言葉を漏らしながら、僕は画面を見つめる。どれだけ見つめても、違いなど分からないのだ。直感で選ぶことにする。
「Bにするよ。間違ってても笑わないでね」
「ふーん。そっちを選ぶのか」
にやにやと笑いながら、ルチアーノは画面に視線を向ける。しばらくすると、正解が発表された。どうやら、プロが整えた盆栽はBの方らしい。当たりを引き当てられたことに、ホッと胸を撫で下ろす。
「Bで合ってたんだ。良かった」
「ちっ。外しやがって。つまんねーの」
安心する僕とは裏腹に、ルチアーノはあからさまな悪態をついた。悔しいのは分かるが、あまり品の良くないたいどである。
それからも、僕は審査に挑戦させられた。ダンスや生け花を見せられ、どちらがプロの技術なのかを当てさせられる。僕には何も分からないから、勘と感性で答えるしかなかった。
「四問中二問か。まあ、庶民にしては良い方かな」
少し口角を上げながら、ルチアーノは言葉を吐いた。少し笑い声が控えめなのは、思っていたよりも正答率が高かったからだろう。少し悔しい思いをしているのかもしれない。
それよりも、僕には気になることがあった。僕が問題を答えた時の、彼の反応である。正解を選んだかそうでないかで、反応が違うような気がしたのだ。
「もしかして、ルチアーノは全部分かってたの? どっちが正解で、どっちが間違いなのか」
「当たり前だろ。僕は、治安維持局の長官だったんだぞ。こんな簡単なことが分からなくて勤まるかよ」
「そっか……」
やっぱり、分かっていたのだ。こんなことなら、もっと観察しておけばよかった。彼は怒るかもしれないが、馬鹿にされずに済んだだろう。
「君を試すのは、けっこう面白かったよ。来年もやろうな」
顔を歪める僕を横目で眺めながら、ルチアーノはにやにやと笑う。彼が楽しかったのなら、僕も本望だ。彼は、自分が楽しいと思うことしかしないのだから。
「来年も、一緒にいようね」
答えると、彼の手を握った。少し強張りはしたものの、その腕は素直に僕を受け入れてくれる。しっかりと手のひらを握りしめながら、僕は彼の方に身を寄せた。