囁き 部屋に入ると、制服姿の女の子が座っていた。青いセーラー服に身を包み、女の子座りでこちらを見つめている。赤い髪は左右で結われていて、結び目にはリボンが止められていた。両目はくりくりとしていて、顔にはほんのりとメイクが施されている。
「えっ?」
目の前の光景に、頭が混乱してしまう。状況が理解できなくて、間抜けな声が出てしまった。目の前に座っている相手が、ルチアーノだと認識できなかったのだ。僕の反応を見て、彼はくすくすと笑う。
「何間抜けな顔してるんだよ。僕の顔を忘れたのか?」
飛んでくる声は、ルチアーノそのものだった。甲高いが、どこか低く感じる、不思議な語調の声である。にやりと口元を歪める様子も、いつもと少しも変わらなかった。
「忘れてないよ。ちょっとびっくりしただけ」
答えると、彼は満足したように笑った。大きな瞳を細めると、からかうような声色で言う。
「なんだ。分かってたのか。あんな反応だったから、てっきり忘れられたのかと思ったぜ」
「忘れるわけないでしょ。それより、どうして、そんな格好をしてるの?」
僕は、一番気になっていたことを尋ねた。ルチアーノは、女の子の格好なんて好まないはずである。いつもだったら、僕が懇願して着てもらうくらいなのだ。
僕の問いを聞いて、ルチアーノは甲高い笑い声をあげた。彼がご機嫌な時は、高確率で悪いことを考えている。嫌な予感がした。
「これは、罰ゲームのための衣装だよ。この前保留にした罰ゲームが、まだ終わってなかっただろ?」
「そうだけど……。何をするつもりなの?」
「それは、こっちに来れば分かるぜ。ほら」
ベッドの上に座り直すと、彼は両手を伸ばした。両足を外側に崩した、所謂女の子座りである。服装のこともあって、妙に艶かしく見えた。
「先に教えてよ。何をするの?」
重ねて尋ねるが、にやにやと笑うばかりで答えてはくれない。両手でシーツを叩くと、強い語調で言った。
「いいから、上がってきな」
仕方なく、僕はベッドの上に上がった。ルチアーノと向かい合うように、マットレスの上に腰を下ろす。僕に顔を近づけると、ルチアーノは耳元で囁いた。
「あっちを向きな」
言われるがままに、僕はルチアーノに背を向ける。顔が見えなくなると、彼は両手で僕の身体を抱き締めた。
「!?」
びっくりして、唇から吐息が漏れた。嫌な予感がして、緊張で身体が強張る。何かをされるのかと思ったが、ルチアーノは僕の頬を撫でただけだった。
「ふふっ。今から、君が嫌がることを言ってやるよ。黙って聞いてろよ」
そう言うと、耳元で小さく息を吸う。一瞬の間を開けてから、囁き声で口を開いた。
「君って、本当にゲームが弱いよな。ゲームよわよわ……反射神経クソザコ……」
「何を言ってるの!?」
思わず、大きな声が出てしまった。ルチアーノの言葉は、所謂メスガキというジャンルの言い回しなのだ。似合いはするが、普段の彼なら絶対に言わない言い回しだった。
「黙って聞けって言ってるだろ。僕の言うことも聞けないのか? 」
反論しながら、彼は僕の口を塞ぐ。しっかりと口元を押さえつけられて、何も言えなくなってしまった。
「そう言えば、柔軟も全然できなかったよな。身体ガチガチ……関節クソザコ……」
「君は、料理も下手くそだもんな。お肉こげこげ……じゃがいもぐずぐず……」
「ひひっ。ざーこざーこ」
テンプレのようなメスガキムーブだった。どこで覚えてきたのか、丁寧に囁きまで使っている。恐ろしい破壊力だった。
気が済むまで囁くと、彼はようやく手を離した。跳ねるように後ろを向くと、にやにやと笑ったルチアーノの顔が見える。
「どうだい? 人間は、年下の女からからかわれると傷つくんだろ? どうだい? 傷ついたか?」
「傷つくっていうか…………なんか…………」
僕は困惑してしまう。メスガキというのは、フェチズムのひとつのジャンルである。恋人が演じたところで、少しも傷ついたりはしなかった。
「なんだよ。平気そうだな。もしかして、ちょっと嬉しかったりしてるのか?」
「ちょっとっていうか……何というか……」
答えながら、僕はルチアーノを押し倒した。そっちがそのつもりなら、僕も応じるしかない。そう思って顔を覗き込むと、困ったように目を逸らされた。
「何するんだよ。離せって」
もしかして。そんな思いが脳裏を通りすぎる。彼は、メスガキのテンプレートを知らないのではないだろうか。悪いことを思い付いてしまって、心臓がドクドクと高鳴る。仕返しのいい機会だった。
「ルチアーノは、知らないの? メスガキっていうのは、わからせとセットなんだよ」
「はあ?」
「大人をからかった悪い子は、それなりのお仕置きを受けるんだ。自分からいたずらをしたってことは、分かってるんだよね?」
足元に手を伸ばすと、スカートの裾を捲り上げる。下に履いていたのは、青いレースの下着だった。罰ゲームなどと言いながら、えっちはするつもりだったのかもしれない。身体がほんのりと熱を持ち、下半身に血が集まった。
「やめろよ。馬鹿……」
小さな声で言いながらも、抵抗はされなかった。嫌そうな振りをしてはいるが、拒絶する気はないらしい。心臓の高鳴りを押さえながら、僕は彼の身体に手を伸ばした。