バレンタイン ルチアーノは、朝から顰め面をしていた。それもそのはず。今日は世間が浮かれるバレンタインなのだ。
この日になると、僕の元へはたくさんの人が訪れる。僕はシティ中でデュエルをして回っているから、町内の知り合いも多いのだ。遊星たちポッポタイムの住人は必ず義理チョコをくれるし、町でたまに会うだけの知り合いも、駄菓子を配っていることがあった。
ルチアーノには、それが恐ろしいようだった。自分ではよく分からないが、彼に言わせると、僕は『モテる男』に分類されるらしい。あまり自覚はないが、毎年この時期になると、女の子の視線を感じるのは否定できない。去年のバレンタインの様子を見てしまったことも、余計に彼の不安を煽っているようなのだ。
そんなことだから、今日の彼は僕にべったりと張り付いていた。腕を組んで町を歩き、少しでも僕に話しかけようとする女の子が居たら、強い視線で睨み付けて威嚇する。さすがに男の子の姿では恥ずかしいのか、ワンピースに身を包んだ少女の姿をとっていた。実態はどうであれ、バレンタイン当日に男に張り付く女なんて、同じ相手を想う人間には恐怖でしかない。何人かの女の子が僕に声をかけ、戸惑ったように身を引いた。
「ルチアーノ」
見かねた僕は、彼に声をかけた。彼の威嚇は効果抜群で、午前の間だけでも、既に三人の女の子を追い返していたのだ。誰もが自由に想いを伝えられるバレンタインで、用意したチョコを渡せなかったら、女の子には後悔が残ってしまう。そうなると、僕の気分もあまり良くなかった。
「あんまり怖い顔してると、話しかけづらいでしょ。もっと優しい顔をしてよ」
しかし、ルチアーノは聞き入れない。鋭い瞳で僕を見上げると、不満を露にしてこう答える。
「そんなことしたら、君に女が群がるだろ。君は僕の所有物なんだ。他の女に渡す気は無いね」
「心配しなくても、僕は浮気したりなんかしないよ。バレンタインのチョコをもらうくらいは、許してくれてもいいんじゃないかな」
答えると、今度はふんすと鼻を鳴らす。いかにもご機嫌斜めな様子だった。
「僕は、浮気を疑ったりなんかしてないぜ。ただ、君が女ににやけるところを見たくないだけだ」
「にやけてないよ!確かにお礼を言ったりはしてるけど、にやけてはないって。 …………ないよね?」
確認するように重ねても、当然の如く返事は返ってこない。思わずため息を付きそうになっていると、ルチアーノが言葉を続けた。
「とにかく、今日一日はお前を監視するからな。覚悟しておけよ」
僕は、そんなに信用できない恋人なのだろうか。悲しくなると同時に、やるせなさが湧き上がってくる。
もしかして、本当ににやけているのだろうか?
午後も午後とて、ルチアーノの様子は変わらなかった。ぴったりと僕の後に付いて歩き、声をかけてくる女の子を睨んでいる。徹底した警戒っぷりに、僕は苦笑いをすることしかできなかった。
「あの……」
背後から、また女の子の声が聞こえてくる。振り返ると、セーラー服の少女が立っていた。上から下まで眺めてみるが、姿に心当たりはない。完全に知らない人みたいだ。
「どうかしましたか?」
声をかけると、彼女は恥ずかしそうに下を向いた。もじもじと挙動不審に動きながら、持っていた鞄に手を伸ばす。
「これ……」
何かを取り出したかと思うと、すぐに手を引っ込めた。どうやら、隣のルチアーノに気がついたらしい。怯えたように後ずさると、小さな声で言った。
「なんでもない、です」
そのまま、逃げるように僕たちの前から去っていく。ほとんどの女の子がそんな様子だから、僕も気の毒に感じてしまった。
「○○○か。今日はナタリアと一緒なんだな」
またもや背後から声が聞こえて、僕は再び振り返る。そこには、にこやかに笑う遊星の姿があった。彼も相当モテるみたいで、両手には紙袋をぶら下げている。
「すごい荷物だね。運ぶのが大変そう」
僕が言うと、彼は爽やかな笑顔で微笑む。女の子にモテるのも頷ける笑顔だった。
「そうでもない。片方は、これから配るものだからな」
そう言ってから、彼は袋からチョコレートを取り出す。この日の贈り物らしく、手のひらサイズの小箱だった。
「これをもらってくれ…世話になっている礼だ」
「ありがとう」
お礼を告げてから、僕はその箱を受け取る。相変わらずルチアーノは相手を睨んでいるが、遊星は気にしなかったようだ。
そんなこんなで用事を済ませると、僕は真っ直ぐに家へと帰った。警戒心マックスのルチアーノを連れていても、声をかけてきた女の子を萎縮させてしまうだけなのだ。彼も僕の外出を嫌がっているみたいだし、さっさと帰ることにする。
玄関の扉を開く前に、郵便受けの扉を開けた。普段はチラシくらいしか入っていないはずの郵便受けに、大きな包みの影を見つけたのだ。そこにあったのは、赤いリボンにくるまれた包みだった。いかにもチョコレートですといった出で立ちだ。
「なんだ、それ? 贈り物か?」
隣から覗き込みながら、ルチアーノが怪訝そうな声を出す。見られてしまったからには、誤魔化すことはできなかった。
「たぶんだけど、バレンタインのチョコだね。誰からだろう?」
「そんなもの捨てろよ。送り主不明の荷物なんて、気持ち悪いったらない」
僕の手から包みを取り上げると、四次元空間に放り込む。送り主に申し訳ない気持ちにもなったが、彼の言うことはもっともだ。大人しく従うことにする。
室内に入ると、僕は引き出しからチョコレートを取り出した。少し前に催事場で買っておいた、ルチアーノ当てのバレンタインチョコだ。去年はもらうだけだったから、今年はあげる方をやりたかったのだ。
「ルチアーノに、渡したいものがあるんだ」
そう前置きしてから、真っ赤な薔薇の花束を差し出す。僕の持ち出したものを見て、ルチアーノは目を丸くした。
「なんだよ、それ」
「バレンタインのチョコだよ。去年はもらうだけだったから、今年は渡したいと思って」
「それで、薔薇の花束なのかよ。そんなキザなことして、恥ずかしくないのか」
「恥ずかしくないよ。僕は、ルチアーノを愛してるから」
動じずに答えると、彼は頬を赤くした。おずおずと手を伸ばして、赤い花束を受け取る。四次元空間に仕舞うと、入れ換えるようにチョコレートを取り出した。
「これは、僕からだよ。手作りだからな」
小さな箱に入っているのは、ココアパウダーのかかったトリュフだった。去年よりも腕を上げたようで、形は綺麗に揃っている。ルチアーノの手作りと言うだけで、この世にあるどのチョコレートよりも美味しそうに見えた。
「ありがとう。大切に食べるね」
チョコレートを冷蔵庫に仕舞うと、ルチアーノと並んでソファに座る。テレビのスイッチを入れると、借りてきた映画のディスクを入れた。
バレンタインは、まだまだこれからなのだ。たくさんの甘い時間を、ルチアーノと過ごしたかった。