①魔法使いと悪魔くん!「居たッ!マホウツカイ!」
「僕の名前は"マホウツカイ"じゃないって」
書室に篭っていると、いつも通り窓を突き破って悪魔がやってきた。弁償代いくらかかると思っているんだ、今回こそ払ってもらうぞ。
僕は悪魔を睨みつけて、また本に視界をうつした。まったく、迷惑だ。
「何読んでんの」
「君には関係ないだろう。早く出ていってくれ」
「つめたいなぁ!それだから家来の人にヒキコモリボッチって馬鹿にされるんだぞ」
「お前、死にたいのか」
「もうとっくに死んでんだよ!悪魔だから!」
うるさくて一ミリも集中できない。別に、誰に何を言われたって構わないし、気にしてないさ。…別に。
席を外す。悪魔がついてくる。
「…」
「アレ?外に出るの。珍しい」
「ああ、お前が邪魔で仕方ないからな。大体、どうしていつも僕の妨害ばかり。しつこいんだよ…悪魔らしく地獄に帰ればいいじゃないか!」
「え…」
しまった、言いすぎたか。顔を上げると悪魔は涙を溜めて立っていた。
冷や汗が流れ、真っ青になる。泣かせるつもりじゃなかったのに。
「わ、悪かったよ。熱くなりすぎた」
「分かった」
「え?」
「そんなにオレが嫌いなら、帰るよ。迷惑かけてごめんね」
羽を広げて、窓から逃げてしまった。行き場のない手を伸ばして、ふらりと降ろす。
その日から悪魔は僕の元へ来なくなった。
⚪︎
「やった…!完成した!」
悪魔が家を去ってから月日が経った。誰にも介入されず、毎日魔法薬学の研究に熱中している。寂しくはない。家族は郷に行って帰ってこないし、家来も住民も陰口しか叩かない。
だから僕は一人がいい。独りでいいんだ。
(誰に迷惑をかけることも、泣くこともないんだから)
ふと悪魔を思い出す。アイツは確かに面倒だけど、変わり者の僕に付き合ってくれるやつだった。悪いやつじゃない、というのも可笑しいものだが。
キツく当たった理由は、僕が魔導大会で負けてしまったから。…まあ、ただの八つ当たりだ。
「アイツは…関係ないのにな」
机の本を退ける。写真が落ちる。
「これは悪魔の」
「返して」
振り返ると、悪魔がいた。驚いて目を見開いた。僕が固まっていると悪魔は真剣な顔を近づけた。
「それ、オレの大切な写真だから、返して」
「…ああ。ごめん。ほら」
「フン」
前に会った時よりだいぶ大きくなって帰ってきた。何年経っただろうか、記憶では5年以上の感覚だ。
「あの日、酷いこと言ってごめん」勇気を出して伝えると、きょとんとした顔をする。
「前のコト気にしてるの?アハハ!人間って記憶力がいいんだね、どうでもいいコトまで覚えてるなんて!」
「はぁ!?僕はお前のためを想って」
「分かったよ。…実を言うと、地獄に里帰りしただけなんだよ。すっかり忘れててさあ」
………ハ?
「まあ確かにムカついてたけど?ぶん殴ろうと思ったし?けど、マホウツカイの言葉で思い出して。そういう時期だったって」
「お前、お前!」
「ごめんって!あ、魔導大会負けたんだって?どんまい…どんまい…」
「何で知ってるんだ」
「見てたからね、地獄から」
「地獄は底だろうが」
「底だけにあると思ったら大間違いさ!」
悪魔は楽しそうに笑う。僕はため息をつく。「何の実験してたの?」と興味津々に覗いてくる。「ああ…」瓶をとって彼に渡す。
「バカにするなよ」「しないさ」「…」悪魔が不思議な顔をして瓶を覗き込んだ。
「…君とまた会えるようにって、作ったんだ」
「え?」
瓶の中身を散りばめたら、宝石が出てきた。
「わ!?」
「それ、あげる」
「いーの?キラキラしてて眩しくて…蒼い。なんだか、マホウツカイの瞳みたい」
「だから…僕の名前はマホウツカイじゃなくて、ルゥ・レヴィだよ」
「ルゥ・レヴィ……」
宝石を見つめながら僕の名前を呟いた。何かを思い出したように、写真を手渡して、「大切なものだけど、ルゥにあげる」と言った。
「え、そんなの悪いよ」「ううん、受け取ってほしいんだ。…これ見ても思い出せない?」首を傾げて言う。僕は写真を見つめた。
悪魔が僕に抱きつき、楽しそうな顔で笑っている。いつだったか、前にこうしていたような。
「お前、もしかして」
「きみはルゥ・レヴィ。オレはトリー・サタン。大好きなオレの友達だよ!」
「トリー…?」
昔、いや、そう遠くない日だった。無邪気で破天荒な"悪魔くん"が街の財宝を盗んだという話を聞いた。僕は両親と久しぶりにお出かけをしていて、たまたま事件に巻き込まれたんだ。
___ああ、そんな事もあった。結局、悪魔くんは村長に捕まって、あまりに泣くものだから、可哀想だと思って助けたんだ。助けてやったから、もうバカな真似はよせって。
「それで、最初にできた友達だから…記念に写真を撮ったんだ」
「そうか。どうして忘れてたんだろう」
「…家来がきみを『頭が変なヤツ』って憐れんで、魔術で、オレとの記憶を消したんだよ。酷いと思わない?きみは才能があって、優しいのに」
「そう、なんだ」
記憶のかけらが戻ったような、腑に落ちた感覚だ。君と僕は友達で、魔法使いで悪魔。
魔法使いと悪魔くん。
「やっと思い出してくれた。あ、酷い言葉も訂正してよね!」
「いや。あれは普通にウザかったし」
「ちょっとォ、友達になんてコト言うわけ!これだからヒキコモリボッチはさあ!」
「お前から先に訂正しろってんだよコロス」
「もう死んでるんだってばー!」