MOL-Mafia【コードネーム-ジョーカー】
『ジョーカー!撃て!』
通信機からブラックの叫び声がして、銃の焦点がズラしてしまった。クソ、いきなり指示だしてんじゃねえよ。
「驚いただろ。静かに喋ってくれないか」
『キミの判断が遅いだけだよ』
「またそんな屁理屈を…」
相手の弾丸が飛んでくる。急いで壁に身を隠した。向こうで首領が捕えられているので、下手な動きはできない。どうするべきか…
『キミが思考してから約29分59秒が経った。そろそろ作戦は浮かんだかい?』
「こまけえな!30分でいいだろもう!つーかオレの方が年上なんだから、敬語を」
『私は面倒な事と命令を聞かないガキが大嫌いだ。さあ、武器を構えろ』
「ダーッ!お前、マジ嫌い!」
もう一度、前に出て敵を探す。
(見つけた___!)俺はトリガーを引く。
"bang‼︎"
「ふう〜、なんとかなった」
オレは首領の元へ走る。うわ、血が飛び散ってる。汚いなと思いながら周りを見る。足元に転がるテロの首謀者を見つけて、頭を踏みつけた。
(こんなやつ、全員、消えちまえばいいのに)
壁に向かって蹴り飛ばした。護衛はコブラが金で交渉して、味方につけた(買った)らしい。あいつとんでもないからな。
「大丈夫ですか、首領」
「あ、ああ…助かったよ。すまない」
「もーっ!気をつけてくださいよ。すーぐ捕まるんですから。アンタあれですか。ピーチ姫ですか」
「はは、君は相変わらずだな」
首領の手足を縛る鎖を切って、手を取る。『ジョーカー、聞こえるか』とブラックが言う。
「へいへい」
『コブラがそっちに合流するらしい。仲間にした40名ほどの兵を連れてくるから、安全に私の元まで帰ってこい』
「お前は来ないの?」
『じゃあな』
通信が切れた。オレら仲間だよね?
「…はあ。仕方ない。とりあえず、あの部屋に移動しましょう。まだ敵がいるかもしれないんで」
「分かった」
【コードネーム-コブラ】
ブラックから指示が来た。俺は兵士を引き連れて廊下を進む。ほとんどの敵は買収したので平気だとは思うが、まあ、何かあれば集団で殺すだけだから。
「ジョーカーどこっすか」
『首領が拘束されている部屋の奥だ。マップはタブレットに表示してあるよ』
「おー、さんきゅー」
兵士が立ち止まる。俺も周りを警戒しながら止まった。
「…何かいるな」
「はい。右から声がしました」
「俺が見てくるから、待って」
「え、でも」
「金」
「あっ…はい…」
大体のヤツは金が大好きだ。もちろん俺も。渡しておけば仲良くなれるし、言うことも聞いてくれる。簡単で合理的だ。
ここから聞こえたはずだが、まだ敵が残っているのだろうか。聞き耳を立てる。
「……たな」
「そう…だから…」
あまり聞こえないな…遠くにいるのかもしれない。
「ブラック、m-5には誰がいる?」
『確か、首領に資金援助するって言ってた富豪の…』
「よし入ります」
『おいキミ』
ピッ。接続を切って部屋に入る。
「え!?」
「だ、誰だ」
「資金援助してくれるんですって?」
「盗み聞きか?趣味の悪いガキだな」
「首領を護ってんのは俺らなんで。お金をこっちに分けるのは当然なんじゃない?」
「…」
嫌な顔される。意味わかんない。
「はあ。全く、お宅の班長、ブラックくんは犬に首輪をかけるのを忘れているようだな」
「ハハ、冗談がお上手ですね」
「冗談じゃないんだが…」
「さて。本題に入りますけど、実際のところ、俺らが活躍してるお陰でアンタの大事な首領…いや、友人の命が助かってるワケ。言ってる意味、分かりますよね」
「半分でどうだ」
「んー、もうちょっと」
「はあ……ほら、8割だ。これで帰ってくれ」
「あざーっす」
俺は大金が入って喜んだ。彼は呆れているが、気にしない事にする。ジョーカーもたまに似たような顔するしな。
「それじゃあ向かいますか」
⚪︎
「戻ったぞ、ブラック」
「ああ、ご苦労様」
なんとかミッションをクリアして、無事、本部に帰る事ができた。コブラがニヤニヤして気持ち悪いのは、誰かから金を巻き上げてきたからだろう。
「私から提案なんだが、これからレストランに行かないか」
「ブラックの奢りなら行きますよ」
「おや、コブラくんが一番お金持ちなのに、なぜそんな事を言うんだい?」
「は?あげませんけど」
「また喧嘩して…オレが奢るよ。二人には、まあ、世話になってるしな」
二人は同時にこっちを見る。拍子抜けしている。
「な、なんだよ」
「いや…キミにも可愛いところがあるんだなと思ってさ」
「おもしろ。ありがと〜タダ飯ごっはん〜」
「うるせえな!」
一番年上なのはオレなんだから敬えよ!
【最悪な組み合わせ】
近くにお洒落なレストランがあったから、ふらりと立ち寄ることにした。しかしこいつら、ファッションのファの字もないというか、とにかく悲惨だ。
「お待たせ」
「はやく店入りましょー」
「そんなんで入れるわけねえだろバーカ!」
不思議そうに首を傾げている。
「いやいや。センスの悪さ、自覚してる?」
ブラックは「これが最先端なんだよ」と得意げな顔をする。どこが最先端だ、最底辺だろうが。全身カラフルコーデに目がチカチカする。大きめのパーカーは可愛いから良いとしても、色と小物が最悪だ。なんだその卵焼きネックレス。レストラン行くんだろお前。
「ダサい」
「同感」
「おや。キミ達には魅力が伝わらなかったか。私の後輩くんは褒めてくれたのに」
「それ相手すんのが面倒だから適当に返事しただけっすよね」
「社交辞令ってやつを学ぼうなブラックくん」
地団駄を踏み始めた。全く、子供みたいだな。
「というかお前も変だぞ、コブラ」
「俺?アンタのつまんない服よりはマシですけど」
「はあ〜!?イケてるメンズ2023の表紙を飾るオレを舐めてんじゃないよ!この坊主!」
「なんだコイツ」
コブラが蔑んだ表情で俺を見る。帽子、サングラス、マスク、ぜーんぶ黒で厨二病みたい。せめて差し色を入れるのがイケメンのやることではないか?
オレは深緑の靴下を加えて、お洒落に着こなしているというのに。
「とりあえず入る前にショップに行きましょう」
「えっ、エッグマフィン食べたい」
「ブラックは置いていくか」
「そうっすね」
「…私も行くもん…」
⚪︎
「はい、これが似合うと思うよ」
「こんな地味な服を着れというのか?私に?」
「さっきオレに縋って泣いてたのは、どこの坊ちゃんでしたかねえ〜?」
「…」
渋々受け取って更衣室に入った。はあ、ガキの相手をするのも大変だな。
コブラが謎の変装をしていたのは、「身バレしないように」ということらしいが、一体何を犯したんだ。金泥棒は毎日の事だとして……
(あ、それか。原因)
納得して頷いた。
「失礼な事考えてますよね、先輩」
「え?いやあ。それより選び終わったか?オレが手伝ってやってもいいぞ」
「いらないです」
コイツ…!ちゃんと敬語を使うし(ブラックが態度悪いだけ)少しは後輩らしいと思って可愛がってるのに…!
「んー、それじゃ、コレ着ます」
「…ま、いいんじゃない」
「これで文句ないですよね」
「オレが悪いみたいな言い方だな…」
入れ替わるようにブラックが出てきた。
「ジョーカーくん。どう、似合う?」
「お!見込んだ通り、さっすがオレ!」
「…」
なんだよ、死んだ目で見るなよ。
「はあ…キミには最初から期待していないが。それにしても自己愛が凄いね」
「皆、自分の事が大好きで堪らないんだから。これくらい普通だよ」
「確かにな」
ここにいる全員、自己中心的で変なヤツばかりだしさ。
【ファミリー】
ようやくレストランに着いた。オレ達はぐったりと椅子にもたれて、サービスされた水を一気に飲み干した。戦場で格好つけていたからって、緊張しなかったワケじゃない。むしろ逆で、いつ自分が死ぬか分からない状況に震え上がっていた。
(オレら揃ってチキン野郎ってことだな)
コブラはタバコを吸うと言って席を外した。ブラックはワインを頼んだ。頰をついてオレを見る。
「なに」
「キミ、首領と仲が良いんだ」
「正確にはオレの親父がな」
「ふうん。キミってお金持ちなの?」
「金はあるけど、自由はないね。言うこと聞かなきゃ何されるか分かったもんじゃない。はあ…そんなに大事かな。『ファミリー』なんて」
オレが黙り込むと、ブラックは何か言いたげに口を開閉させる。それから目を閉じて話す。
「…ジョーカー。裏切り者を探しているのか」
「まさか。親父は嫌いだけど、アンタらの事は信頼してるよ」
「そう」
ワインがテーブルに並ぶ。コブラは戻ってこない。
「私はいると思う」
「何が?」
「惚けないでくれ。自分が一番分かってるくせに」
銃口を向けられる。オレは頭が真っ白になる。
「ブラック、どうしたんだよ」
「私は拷問が好きなんだ。いつでもキミを地獄に引き摺りこめる」
「何言ってんだよ。頭やられたか?」
「黙れ」
ブラックが叫んだ。周りがざわつき始める。これはまずい。違う場所へ行こうと腕を引いても、ブラックは動かない。
「なあ、コブラはどこに行ったんだ。いくらなんでも遅いと思うんだけど」
「キミは話を逸らすのが得意だね。でも今回は逃さない」
「…ハァ。めんどくさ。お前のそういうところ、ほんっと大嫌いだわ」
「奇遇だな、私も大嫌いだよ」
銃声が鳴って、そのまま意識を失った。
【コードネーム-ブラック?】
鎖の音がする。手が痛い。目覚めてすぐ感じたのは「どうしてオレが」という屈辱だった。最悪だ、捕まった、やられた!
「おはよう、ジョーカー。いや、盗利くん」
「…ッ……!…」
声が出せないことに驚いた。喉が潰れてしまったのだろうか。目の前の男は薄気味悪い顔で笑っている。いつものポーカーフェイスではない。
「ああ。どうして捕えられてるのかって。ファミリーの裏切り者がキミだからだよ」
「…」
「最初から気づいていたが、何にも言わなかった。私、優しいからね。一応先輩だから大人しく見てたワケ」
「でも、見逃せなくなった」
彼の手には拷問器具がある。それでオレを殴るつもりだろうか。情報を吐いてもらう為に、コイツは何でもしてきた。
昔からの知り合いだから分かる。小さい頃から友達だった。コイツは弱くて、変で、クラスから除け者にされていた。可哀想だと思って声をかけたのがきっかけで仲良くなった。でも親父の仕事が忙しくなって、オレは手伝いをさせられるようになって…それからどうしたっけ。ああ、何人か殺した。顔は覚えてない。どうでもよかった。もうどうでも。
(いつからこうなった?人を撃っても何も感じない)
天井をぼうと見る。ブラック…『黒凪ルカ』はオレの大切な友達だった。彼がオレをどう思っているかは知らないけれど。
「私は残念だよ。キミを信じていたのに、あのバカに従ったせいで、私やコブラの仲間を壊すことになってさ。キミが悪いんじゃないけど、正直、失望してる」
「…まあいい。お母さんもお父さんも、私の兄も全員、もう死んだから。全て過去のことだ。それより、もっと楽しいことをしよう」
「…?」
「キミの父を地獄に突き落とす」
オレは目を見開いた。黒凪は親父を憎んでいた。親父が皆を殺した(オレに命令した)から。彼の家族を…殺したから。でも、反抗したら殴られるんだ。怖くて逃げてきたのに。
「ね、楽しそうでしょ。私はワクワクしてるよ」
「おまえ…」
「おや。喋れるようになったのかい。じゃあ聞くけど。盗利くん。罪を暴かれたくなければ、協力しろ」
「…それ、脅迫じゃん」
殴られた。いってえ…手の傷口が開く。黒凪に撃たれたところだ。じゃあなんだ。意識を失ったのは、コブラが原因か?
「自由じゃないなら、私が自由にさせてあげる」
それは魅力的な言葉だった。しかし。
『俺の言うことを聞けないのか』
『愚物が』
(…うっ)吐きそうだ。あんなの、思い出したくもない。一度裏切った相手には"報復"される。親父に逆らった弟も、頭を撃ち抜かれて血を流した。
(オレはこいつを裏切った。どのみち、生きて帰れないなら)
もう、選択権はない。
「分かった。手伝うよ」
「良い返事だ。この書類にサインを」
「手、縛られてるから無理」
「そうか、すまない」
いつものポーカーフェイスに戻った。黒凪という人間から、ブラックに変わる瞬間だ。この顔はオレしか知らない。
「…はい。サインしたよ。これで満足?」
「ありがとう」
手を差し出してくる。傷を押さえながら立ち上がる。コイツの助けはいらない…無視したら足蹴りされた。
「痛え〜!病人なんだから加減しろ!確かにオレは殺人鬼で裏切り者かもしんないけど、お前だって機密情報を外に垂れ流してたんだろ」
「バレてたか」
「バレてるわバーカ!友達だから分かるんだよ」
「友達ねえ…」
乾いた傷に薬を塗られて、痛くて飛び上がった。「言っておくけど信頼してはいないよ」と釘を打たれる。
「そんなに恨んでるなら、すぐにやっつければよかったじゃん」
「馬鹿言え。大嫌いだけど、情がないワケじゃないさ」
ブラックは嬉しそうな顔で笑った。
⚪︎
【秘密】
あれから二人は仲直りしたのか、塩らしい空気がなくなった。俺は手元の金を見つめて考える。
(ジョーカーの家が金持ちなの、知らなかった)
他人に興味がないので、プライベートに干渉することもない。互いに深く関わらないようにしていた、が、金が絡むなら話は変わる。
「ねえ、先輩」
「あ?今コーヒー入れてるから話しかけないで」
「冷た。緊急事態だから聞いてよ」
「なに」
「お金ちょーだい」
「お湯かけるぞ」
ポットを振り回して言うので、俺は逃げ回った。ブラックが呆れた顔で「ここは私の家だぞ、喧嘩するな」と呟く。
「はあい。ほら、早く」
「なんなの!?全然可愛くない!あんなに甘やかして育てたのに!」
「ジョーカーのせいだと思うよ」
「ブラックまで!」
とても弱みを握られているとは思えないほど、元気でうるさい。そう、俺達はコイツを隔離する為に隠密生活をしている。一人暮らしをしていた彼の家に飛び込んで、ひょんな事から同棲することになった。男共の同棲って、嫌だな。
「華がない」
「何か言ったか?ったく、はい、今日の小遣い」
「華なんていらないや」
「調子のいいやつ…」
ジョーカーがソファにどすりと座った。疲れているみたいだ。
「まあ、事件から一週間も経ってないし、疲労が溜まるのは当然さ」
ブラックが布団をかけて言った。ジョーカーは縮こまる。コーヒーを飲んで暖を取る姿は、まるで小動物のようで、殺し屋をしているとは思えない。
「それで、親父を殺すってどうすんの。アイツ、嫌いなヤツ全員潰すタイプの大人だぜ」
「ふむ。首領と繋がりがあるなら…逃げ場のない状況を作り、人質にして『コイツの首を落とす』とか…追い詰める方が早いんだが」
「怖…」
札束を落とす。鳥肌が立った。
「ま、細かい方針は決まっていないから、まとまったら教えるよ。今は体力温存だ」
「そうだな…てかさ、この際だから秘密暴露しない?」
ジョーカーがそう言うと、周りが静まり返る。
「なんでだよ!オレだけバラすとか理不尽だろ!」
「それは一理あるが、ただの協力関係にすぎない。仲良くなったら、死んだ時に辛くなるだろう」
「そうだけどさあ。…んでも、純粋に友達になりたいっつうか」
俺はそれに頷く。互いのことを知れば、金を借りやすいし、何かあった時に役に立つ。
「そうですね。いいと思います」
「だろ!な、コブラもそう言ってるんだしい」
「……ハァ…分かったよ。どうせ、ジョーカーは知ってる情報だと思うけど」
二人は知り合いだっただろうか。驚いた。俺は何も聞かされていない。
「コードネーム-ブラック。本名は『黒凪ルカ』」
「へえ、黒凪さんね」
「苗字で呼ぶのはやめてくれ。ルカでいい」
少し考えて手を伸ばす。「タメ口は気が引けますよ、黒凪さん」握手しようとしたら叩かれる。痛いな。
「キミ、私が嫌がってるの分からない?」
「はあ」
「ワザと?」
「あー、ルカ。こいつはそういう男だよ。空気の読めない"天然"なの」
「信じられないよ」
額に手を当てて崩れ落ちた。なんか変なこと言ったかな…あ、この焼き菓子、美味い。「おい、オレの分も残せよ」ジョーカーに取り上げられる。
「む…」
「はい、次はオレね。コードネーム-ジョーカー。『深乃盗利(みのとうり)』って言うんだ」
「名前に盗むって書いてあるあたり、信用性に欠けますね」
「うるせえ。親がどうかしてんだよ」
可哀想に。
「それじゃあ、俺…俺は…本名とか、ないんだけど。何でもいいですよ」
二人は顔を見合わせる。
「ないの?マジ?」
「マジマジ。親に捨てられたんすよ。故郷、スラム街だし」
「そ、そっか…」
深乃が気まずそうに言う。
「そんな気遣わないでください、生まれた場所は選べないんで、仕方ないっす」
「だから金にがめついのか」
「ルカのバカ!」
「だって、生きる為には何かを盗らなきゃいけないでしょ。食い物も必要だし。まあ、ここはタダ飯なので助かってますけど」
「私は働かないガキと詐欺師の男が嫌いなんだ」
「さらっとオレもディスるのやめてくんね?」
それから俺達はどんどん秘密を吐いていった。ブラックが政治家の情報を流してた、やら、ジョーカーが首領と父親を脅かす存在を抹殺した、とか。俺が組のトップで、大勢で人を殴り飛ばした(金を奪った)…まあそんな感じで。
気づけば夜になっていた。
【おやすみ】
「ふあ…眠い」
「流石に四徹はまずいな」
「死ぬ気かよ」
「死ぬ気でキミの友人を守ってやったんだよ」
「親父の友人な」
布団にくるまって川の字になる。
一人はすでに寝息を立てている。結局、コイツの名前は『影巻 朱(かげまきしゅう)』になった。理由は裏工作員というのもあるが、夕暮れや炎と似た朱色の髪が決め手だった。
『コブラ』というコードネームは、本人が蛇のように生に執着し、欲しいものは全て奪いたい…とかくだらない願望から。
ふと思ったことが一つ。
「オレらのコードネーム、超絶ダサくない?」
「ああ、もっと派手な方がいい」
「そういう問題じゃねえ。むしろ地味でいいんだけどさ。リストに名前載るじゃん、呼ばれた時、恥ずかしくなるわ」
「勝手に決められたから仕方ないが…」
ピエロみたいで嫌なんだよな、親父の掌で転がる道化みたいな。彼はオレの方を振り返って呟いた。
「まあ、本名で呼ばれるよりはマシかな」
「平仮名の『とうり』くんだったら可愛げがあったかも」
「ちっとも可愛くないね」
「おい!」
ふい、と顔を逸らされる。暗闇じゃなければ頬を引っ張ってた。
「お前、何でそんなに自分の苗字嫌いなの」
「黒が好きじゃないから。って言ったら朱くんに怒られちゃうか」
「私服があれだしな」
夕方のファッションを思い出す。惨劇だった。
「うん、なんていうか、兄さんが黒を怖がっててさ。例えば、夜の海、ベッド、ドーナツ、トンネルとかね」
「どういうこと?」
「先の見えないものが怖いってこと。暗い場所や空洞、虚空って不安になるじゃない。明るければ終わりも見えるし、怯えなくて済む」
「へえ…」
派手なものを好むのは、それと似た理由なのかもしれない。取り繕えば、余裕を持てるから。いつも真面目で変なのに、繊細だからな。
「やっぱ面倒だわ、お前」
「ハハ」
乾いた笑い声が響く。
「今は平気なの、暗いけど」
「心配してるのかい。優しいね、盗利くんは」
「泣いたら慰めるのが怠いからなあ」
「素直じゃないんだから」
秒針の進む音がする。リラックスして瞼を閉じた。
「キミ、『自分のことが大好き』とか言ってたのにね。あれは見栄を張っただけか?」
「名前は嫌いだけど、自分自身を愛さなきゃ、生きてても死んでんのと同じじゃん」
オレは笑顔で言った。
⚪︎
続く