「我らが領主は恋をしている」ということは、茨の谷中の妖精にとって周知のことだった。それも、今やひどく辺境に住んでいる者の耳に入るほどに広まっている話となっていた。
領主が恋焦がれているのは他国の人間の娘。魔法は使えるらしい。加えて、かつて領主が通っていた学校の後輩だということまで、妖精たちは知っていた。
茨の谷の民は領主を敬愛している。それはもう、彼が子どもの頃からずっと。そんな彼が選んだ女性であれば、妖精だろうが人間だろうが相手が何であろうとその恋を応援するつもりでいた。
しかし、領主の恋はなかなか進展しないともっぱらの噂だ。
城下の吟遊詩人は今日も歌う。振り向かぬ乙女、領主の心に雨が降る。その澄んだ歌声に乗せられた悲恋は、茨の谷の民の心を揺らして止まない。
16154