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    あじの平木

    @EwhpW9

    ネットの片隅に住む字書き

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    あじの平木

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    年内最後に進捗を供養
    本当は一月に出したかった話

    拝啓、某、惜春【サン武】拝啓、某、惜春


    ATTENTION!

    ・捏造と幻覚しかない。全てがご都合主義です。

    ・死ネタを含みます。とにかく暗いです。救いはあるかもしれない。

    ・原作軸ガン無視してます。リープなんて無かった世界線

    ・前半、みっちがめちゃめちゃ廃れてる




    0.Prolog

     桜並木の下を、友人とふたりで並んで歩く。
    時は4月。新学期も始まり、私の通う高校にも新入生が入ってきた。真新しい制服を身にまといながらどこか緊張を孕んだ表情を浮かべる新入生達に「私も1年前はこんな風に見えていたのかな」と擽ったい気持ちになりながら、私は先輩として心を入れ替えた。
     そして、新学期になれば教科書やら何やら色々新しくもなるということで、今私はバスの定期を更新しに態々事務所へと向かっているところなのだが。
    「もー!定期もうちょっと買いやすいところで売ってよね……何のためにバス停に売り場作ったのよ……」
    「あはは、しょうがないよ。あそこ朝しかやってないんだもん」
    「創設費無駄じゃん」
    「ほーら、ぐだぐだ言ってないで!行くよ」
    「はーい」
     友人に嗜められながら、事務所までの道のりを渋々歩く。事務所は正門を出て15分ほど歩いたところにある。もっと便利な場所に作れよと止まらない不満が喉元まで出かかったが、それを口にすれば隣の友人にいよいよ頭をしばられる気がして飲み込んだ。
    「いやー、にしても2年かー、時が経つのは早いねー」
    「おばさんみたいなこと言わないでよ」
    「おばさんもすぐそこかもね」
    「その前に受験でしょ」
    「うーわ、やなこと言うね」
    「あんたが先に言い出したんじゃん」
     軽口を叩き合い、どちらからともなく笑い合う。そんなことをしていると、憂鬱だった道のりもすぐで。着いた先の事務所で二学期分の定期を買い、バス停に戻ろうとしたその時だった。
    「あれ?」
    「ん、どした?」
    「ほら、あの人」
    「あぁ、お爺さんのこと?」
     友人が指さした先、そこには墓地が広がっていて。桜の木の下で墓石に手を合わせるお爺さんの姿があった。それ以外、特段変わったことがない普通の光景に、私は首を傾げながら友人を振り返った。
    「別に普通じゃん、どしたのさ」
    「こんな日に墓参りってなんか変じゃない?」
    「いや、墓参りくらいいつしたっていいっしょ。ほら、バス来るよ」
    「えー、なんか違和感あるんだけどなぁ」
     未だ立ちどまりお爺さんを眺める友人に「行くよ」と告げ腕を引いたその時だった。
    「あっ」
     声を上げた友人に釣られて視線を戻すと、さっきまで立っていたお爺さんがバランスを崩したのか蹲っていた。それを見た私達は急いで駆け寄る。
    「大丈夫ですか?」
    「お怪我は……」
    「あぁ、ごめんね。ダメだなぁ、歳をとると体が思うように動かなくてね」
     「ありがとう」と私が差し伸べた手を借りながら立ち上がったお爺さんはそう言ってカラカラと笑った。春の穏やかな空気が良く似合う、花が咲くような笑顔だった。そんなことを思っていたら、隣に立っていた友人が突拍子もないことを口にし出した。
    「……あの」
    「ん?」
    「どなたのお参りだったんですか?」
    「ちょ、やめなって!すみません、いきなりこんな不躾な……」
     幾ら手を差し伸べたからって初対面でいきなりプライベートに踏み込むなんて、この子はなんてことをやらかすんだと思いながら、私は頭を下げた。しかし、お爺さんはそんな私たちを見て優しい口調で語りかける。
    「いや、いいですよ。……オレも、誰かに話したいなって思ってたから」
     そう言って、どこか遠くを見るように細められた青玉の瞳は何を映し出していたのだろうか。私たちとお爺さんの間に、春の嵐が吹き抜ける。優しい声色で綴られた後半の言葉は、風の音でほとんど聞こえなかった。
    「長くなりますが、聞いてくれますか?」
    「……はい、是非聞かせてください」
     謎に食い気味な友人に誘われるように頷いた私が聞いたのは、きっと一生忘れることなど出来ないとある二人の話。
     それは、春が来る度に思い出す。儚くも美しい愛の話だった。




    1.例えるならそれは、桜のような

     桜のような人だった。オレの持つ貧弱な語彙で彼を表すとなれば、そうなる。
     出会いはオレが二十歳くらいだったっけ。確か、3月の終わり頃。近くにある学校の周りに植えられていた桜の木が咲き始めていたから。
     オレがホームセンターに行った帰り道。手にぶら下げたビニール袋をプラプラと振りながらボロアパートに向かって歩いていた時、彼を拾った。拾ったと言えば誤解を生じるかもしれないけれど、嘘偽りなく拾ったのだ。彼はボロアパートの手前、ゴミ出しをする場所に血塗れになってぶっ倒れていたのだから。
    「え……は?」
     思わず立ち止まってしまった。咄嗟に辺りを見渡すが、人っ子一人居ない。明らかに怪しいし危険だし、逃げるというか見なかった振りをするのが良いのかもしれないが、ここでそうすれば絶対寝覚めが悪い。と言うか、後が普通に気になって仕方がない。
    「…あの、お兄さーん、生きてますかー?こんなとこで倒れてたらゴミになっちゃいますよー?」
     声をかけるが、応答がない。
     こうなったら仕方がない。救急車か警察でも呼ぼうかとスマホを手に取り電話番号を打ち込もうとしたオレの手が何かに強く掴まれた。直後、下から地を這うような低音が響く。
    「呼ぶんじゃねぇ!!」
    「ぅわ!生きてんのかよ!!」
    「勝手に殺すなクソが……てか大声出すんじゃねぇよ頭に響く……」
     のそりと起き上がった血塗れの男は、そのエメラルドの瞳をキッと吊り上げながらオレを睨んできた。何でだ、オレはオマエを助けようとしたのに。
    「あ、そうですか。じゃあオレはこれで」
    「?怪我人放ってどこ行くつもりだおい」
    「元気そうなので家に帰ります」
    「怪我の手当くらいしろや」
    「救急車呼ぶなって言ったのは誰ですか!」
    「それとこれとは別だ」
    「あーもうめんどくせぇ!分かりましたよ!連れて帰ればいいんですね!?」
     それが、オレと彼の出会いだった。
     第一印象は、言ってしまえば最悪。血塗れだし、口は悪いし、上から目線だし。でも言ってしまった言葉を今更取り消すことも出来なかったオレは、そのまま彼を自室へと招き入れたんだ。
    「うわ……ゴミ屋敷かよ」
    「さっきから文句ばっか……さっさと上がれ」
    「てめぇこんな部屋によく住めんな」
    「あ、が、れ!!」
     渋々という様子で足を踏み入れた彼に続き部屋に入ったオレは、手に持っていたビニール袋を部屋の隅に放り投げる。そして、食器棚からここ二年ほど使われていなかったコップを取り出してお茶を注ぎながら未だ玄関に立っている彼を振り返った。
    「取り敢えず風呂でも入ってこいよ」
    「掃除はしてんのかよ」
    「どこまでも失礼だな!?毎回掃除してます!!」
     出会って三十分も経っていないのに何でこんなに仲が悪いんだ。もしかしたら細胞レベルで噛み合わない男なのかもしれない。風呂から出て手当をしたらさっさと追い出そう。そうしよう。風呂に向かう背中を見送りながらそんなことを考えていたオレだったのだが、その思考はものの15分で崩れ去った。
     ガチャっと部屋のドアが開く音に「上がったならそう言えよな」と文句を垂れかけたオレは、そこに立つ人物にあんぐりと口を開けたまま何も言えなくなってしまった。
     だって、今まで散々険悪な態度を取っていた男があまりに美しかったから。いや、「美しい」だなんて言葉如きが語れるものでは無い。血と泥で汚れていた髪の毛は、汚れが落とされたことで本来の桜の花びらのようなピンクが顕になった。腰まで伸ばされたその髪は、部屋の照明に照らされキラキラと輝いている。陶器のように白い肌と、彫刻のように整った顔面。長い睫毛は、瞬きをする度に音を立てそうなくらいだった。そして、その奥に鎮座するエメラルドの瞳。オレと男の間に、天と地の境目でもあるんじゃないかと思ってしまう美しさ。そう、それはまるで天使のような……
    「……」
    「ンだよ」
    「…いや、なんと言うか……」
    「モジモジすんなよキメェな」
    「っ!!やっぱなんでもないです!!」
     目の前の美しさに反して、口を開けば相変わらず飛んでくる罵詈雑言に、一瞬でも天使だと思ってしまった10秒前の自分を殴り倒したくなった。違う。断じて違う。この美しさに騙されてはいけない。オレよ、心を強く持て。
     苛立ちと決意を込めて力強く、お茶の入ったコップを男の目の前に置いた。
    「どうぞ。これ飲んで手当したらさっさと出てってください」
     そうだ。オレ、このまま追い出すんだ。そしたらオレはまたいつもの生活に戻って、それで──
     しかし、そんなオレの想像は、次の瞬間強烈な否定とともに打ち砕かれた。
    「要らねぇ。あと、2週間くらいここに居させろ」
    「は?むりで…」
    「てめぇに拒否権はねぇ」
     「じゃ、そういう事で」と此方の事情を露ほども気にかけない残酷な天使は部屋の隅に散らかされたゴミを退けるとそこにしゃがみこんで目を閉じた。もう、オレが何を言っても聞きませんという態度である。
    「はぁ〜???」
     喉奥から出たのは、不満と疑問と苛立ちが込められた声だった。しかも、自分でも驚くくらいの声量。隣の住人から壁を殴られる音が聞こえたが、そんなこと気にする余裕もなかった。
     いや、2週間?ここに居座ると?こんなに噛み合わないと分かっているのに?コイツはオレ以上にバカなのか?
     部屋の隅で目を閉じる彼を見下ろす。口は悪いが、その姿はやっぱり彫刻のように美しくて。
    「はぁ……その美しさに免じて、今日くらいは許してやる」
     名前も、年齢も、何の職業に就いているのかも。どうしてあそこで血塗れになって倒れていたのかも。オレは、彼について何も知らないけれど、今日くらいは。
    「オレも寝よ」
     それが、オレと彼が共に過ごした14日間、その一日目の出来事だった。





    「え、男最低じゃん…どこが桜……?桜要素季節しかなくない?」
     て言うか、このお爺さん、この墓に入っている人と14日間しか一緒にいなかったの?
     そんな疑問が頭の中に浮かんだけれど、何となく言うのが憚られて口を噤む。
    「うーん、言われてみれば性格とか口調とか、桜とは真逆かも?でも、確かにオレにとっては桜だったんだよ」
     私も友人も、その言葉に何も返せなかった。だって、そう告げるお爺さんの瞳がとても優しかったから。きっと、この話を最後まで聞いたとて私たちには到底理解しきれない、二人の間にだけ横たわる感情が幾つもあるのだろう。だから、軽率に言葉は紡げないのだ。
     それっきり黙り込んだ私を見て、どこか焦ったように友人が口を開いた。
    「…あ、そう言えばお爺さんの名前、伺ってもいいですか?私は瀬尾まつりです!」
    「私は如月優です!」
     焦って名前を名乗る私たちに、お爺さんはまたカラカラと笑った。「ごめんね、もっと気楽に話せたらいいんだけど」と告げるとゆっくりと深呼吸した後、春の澄みきった空のような、どこか暖かくて柔らかい青の瞳を開いて、その名を名乗った。
    「オレの名前は、花垣武道っていいます。お二人さん、もう少しだけお付き合い頂いても?」





    2.余命12

     耳障りな電子音が、意識を強引に夢から現実へと連れ戻す。目を開けば、幾度となく目にしたシミの付いた天井が視界いっぱいに広がった。重苦しい身体を起き上がらせた所で、昨日の出来事を思い出す。
    ──そうだ、あの男は…
     その美しい顔面を差し引いても尚気分を害する口の悪さを持つ、あの男。出来ることならば目覚めた直後にエンカウントしたくないので顔を合わせる前に逃げたい。そう思ったが、やはり世の中そう上手くいかないらしい。
    「よぉ、クソヘドロ。やっとお目覚めか?」
     聞きたくなかった声が部屋の隅から聞こえてきて、ただでさえ寝起きで最悪だった気分が地の底まで落ちた。視線を向けると、そこには昨日最後に見た位置と全く同じ場所に座って此方を眺めるエメラルドの瞳。
     やっと、て言ったってまだ七時だし。
    「……まだ居たのかよ」
    「あ?昨日言っただろ、2週間くらいいるって。鳥頭かよ」
    「オレ許可してねぇよ!!」
    「てめぇに拒否権ねぇんだよ!2回も言わせんな!!」
     あぁ、何が悲しくて朝っぱらから成人男性二人で言い争わなきゃいけないんだ。
     だが、コイツと口で戦ったところで勝てる気が一切しない。ならば、オレが諦めるしかないのだろう。生憎、諦めることに関してはこの人生で慣れっこなんだ。ため息を一つ吐き、口を開く。
    「……はぁ、分かりましたよ。2週間ですからね?それ以上居座るようなら蹴ってでも追い出す」
    「っは、頼み込まれても居座らねぇよ」
    「誰が頼み込むか!!」
     馬鹿にするように笑う男に中指を立てたくなる衝動を抑えながら、顔を洗いに洗面台へと向かう。鏡に映った自分の顔は辛気臭い顔をしていて、なるべく見ないように蛇口を捻って顔を洗った。
    「じゃあオレは出て行くので。どっか行くなら勝手にどうぞ」
    「どこ行くんだよ」
    「バイト」
    「へー。てめぇ使いモンにならなそうだな」
     脱ぎ捨てていたパジャマ代わりのトレーナーを部屋の隅に向かって放り投げ、部屋を出た。昨日から上から目線でズカズカと自分の中を踏み荒らしていく男に苛立ちが募る。でも、それ以上にムカついたのは。
    (なんっで何も言い返さないんだよ!!)
     あの男に何も言い返せなかった自分だった。苛立ちをぶつけるように勢いよく閉めたドアが音を立てる。その音を聞いて一瞬冷静になってしまったオレは、ものに当たってしまった事と、その時言い返す言葉一つ浮かんでこなかったことに気が付いて泣きそうになる。でも、ここで泣いちゃいけない。ささくれだった心を落ち着けるように、深呼吸をひとつ。何があってもこれで切替える。そうやって、これまで生きてきたんじゃないか、オレ。
     さぁ、最後のバイトへと向かおう。


     そう意気込んだまでは良かった。けど、オレはやっぱりどこまでもオレで。
    「花垣さーん、何回言ったら分かるんですかー?」
    「…すみません」
    「はぁ…まだ先週入った高橋君の方が使い物になりますよ。いい加減にしてくださいね」
     棚の奥で申し訳なさそうに此方を見ている高橋君に、申し訳なさと恥ずかしさとが入り交じった感情が湧いてくる。その頃には、来る前に抱いていた苛立ちが自己嫌悪を呼び起こす劣等感へと変貌を遂げていた。
    「……あの、店長」
    「まだ何か?」
     振り向いた店長の顔は、見れなかった。いや、見なかったと言った方が正しいか。見なくても、どんな表情を浮かべてるかくらいの予想はついたから。
    「オレ、今月でここ辞めさせていただきます」
    「……そうですか。て言っても花垣さん、今日が今月最後ですよね?」
    「はい。なので、今日で最後です」
    「…分かりました。では、お疲れ様でした」
     そう言って何事も無かったかのように仕事に戻った店長に、心にぽっかり穴が空いたような空虚な感覚に襲われる。その感覚が、何から来ていたのかはオレにも分からない。自分に対する諦めなのか、絶望なのか。すると、その様子をじっと見ていた高橋君がオレの元に駆け寄ってきた。
    「あ、あの、花垣さんお疲れ様でした。短い間でしたけど……」
    「高橋君」
    「は、はい!」
    「これからも頑張ってね」
    「ぁ…」
     これ以上高橋君の顔が見たくなくて、その場から背を向けた。八つ当たりのように投げかけた言葉はどう捉えられたのだろう。貼り付けたような笑みはどう見えただろう。考えたくもなくて、オレは仕事が終わるまでただ無心で作業をした。
     バイト終わりの帰り道。自己嫌悪と劣等感に苛まれるのはいつもの事。もう生きていたくないと思ってしまうのだって。こんなことを思う癖に死にそびれて、一体何年が過ぎたかなんてもう分からない。
    「ほんと嫌になるなぁ……ん?」
     ふと夜空を見上げた時、目に入った自分の部屋に電気が点っていることに気が付いた。一瞬強盗か、と心臓が冷えたが、その直後に昨夜から居候となった男がいることを思い出した。万が一強盗でも、自分の部屋に盗めるものなどひとつも無いことは明白だろう。
     ガチャリと玄関のドアを開ければ、久しく見ていなかった明かりのついた部屋。誰かのいる家に帰るなんて何年ぶりか。まぁ、部屋にいるのは可愛い彼女でも和やかな家族でもなく、昨日会ったばかりのどこの誰とも知らない口の悪い男だが。
    「帰ってきたか」
    「……」
    「辛気臭ェ顔してんな、クビにでもされたか?ま、ヘドロだもんなァ」
    「……」
     朝だったらきっと怒りが湧いていたであろう言葉も、今となっては何も心に響かなくて、自分の空虚さに呆れを通り越して笑いが込み上げてきた。
    「クビにされたんじゃないです。辞めてきたんですよ、自分から」
    「おーおー、それはご苦労なこった。自分から邪魔だと理解して消えようとしたのか?」
    「それもあるかもです。だって」

    「オレ、自殺するんです。そろそろ死のうと思って」

    「へぇ」
    「……リアクション薄」
    「他に何言うんだ。止めて欲しかったのか?」
    「まさか」
     止めて欲しかった?そんなわけが無い。
     「考え直せ」や「後悔するぞ」なんて言葉を投げかけられたなら、その瞬間目の前で首を掻っ切ってやろうかと思ってしまうくらいにブチギレる自信がある。オマエにオレの何がわかるんだと。
     そんな軽々しい言葉では引き止められないくらいに、オレは自分の人生に絶望しきってしまったのだから。
    「ま、テメェが死のうが生きようが興味ねぇよ。ただこの部屋を貸してくれたらそれでいい」
    「言っときますけど、流石に他人がいる空間で死のうと思うほどぶっ壊れてませんから。予定では昨日…は無理だったから、今夜死のうと思ってたんすけど、計画変更です。二週間後、君を追い出してから死ぬことにしました。遺品整理とかしなくちゃいけないし。冷静にしてくれてありがとうございます」
    「……どこまでもムカつくヘドロだな」
    「お互い様でしょ」
     だって、自分とこの男は細胞レベルで噛み合わない男なのだから。肩にかけていたリュックサックを床に投げ捨てて、シャワーを浴びる。
    「あぁそれに、まだやり残したこともあるんです。君から家賃も貰ってないし」
    「金持ってねぇ」
    「知ってます。だから、その代わりにオレの『やり残したこと』に付き合ってもらうことにしました」
    「は!?」
     部屋の隅から聞こえてきた素っ頓狂な声に、込み上げてきた笑いを噛み殺した。いつだって表情一つ変えずに罵ってくる美しい男を出し抜けたことに、達成感に似た感情が湧き上がってくる。でも今笑ったら、きっととんでもない罵詈雑言が飛んでくるだろうから。
    「取り敢えず今日は寝ます。疲れたんで」
    「おい聞いてねぇぞ」
    「そりゃ今決めたんで」
     必死に平常を装って、起きた時からそのままになっていた布団に潜り込み、寝たフリをする。これ以上話をする気はありません、というアピールは昨日されたことの仕返しだ。
     未だに背後で聴こえる声に、今日一日の苛立ちや鬱憤が少しだけ晴れた気がした。

     これが、男がやってきて二日目の出来事。
     男が出て行くまであと12日。そして、この日数がオレの自殺までのカウントダウンだ。



    3.何もない
    「で、聞いてやるよ。やり残したことはなんだ」
    「また随分と上からですね……」
     バイトを辞めたからか、いつもより少しだけ気分良く起きられた午前10時。オレは男と向かい合っていた。
     そんなオレのボソリと呟いた言葉が聞こえたのか「?」と睨まれる。微塵も興味が無いが、この男が血塗れで倒れていたのは自業自得なんじゃないかと思えてきてしまった。この態度、絶対誰かから恨みを買っていたであろうことが伺える。と言うか、どうやってこの社会を生きてきたのかが気になる。他人に頭を下げたことなんてあるのだろうか。
    「なんでもないです、独り言です。あっそれはそうと、名前教えてくださいよ。意外と不便なんです、呼び方分からないと」
    「……」
     思えば、この男と出会って三日目。にも関わらず、自分はこの男の職業は疎か名前すら知らないことに気が付いた。二週間も居座らせてあげるんだ、名前くらい聞いても許されるだろう。だと言うのに、オレの質問に対してこの男、沈黙である。
     しかし今更だが、年齢不詳職業も不詳、名前すら聞いていない血塗れの行倒れた男を家にあげるなんて……オレの危機管理能力笊じゃないか?
    「あー、分かりましたよ。どうせクソヘドロに呼ばれる名前はない、とかでしょ?」
    「…三途」
    「さん、ず?」
    「……」
    「『さんず』ってあの三途?三途の川の?」
    「ああ」
    「珍しい苗字っすね。初めて聞きました」
     教えられたとおりに「三途君」と呼べば、美しいエメラルドがちらりと此方を向いた。どうやらこの呼び方でいいらしい。
    「あ、オレは」
    「花垣武道」
    「え……なんで知ってんすか?」
    「それ」
     三途君が指さした先、そこには机の上に積み重ねられたままの郵便物があった。その宛先には、当たり前だが『花垣武道』の文字。
    「あー……」
    「おいてめぇ今失礼なこと考えてただろ」
    「いやまさか。ストーカーとか疑ってませんよ」
    「クソヘドロのストーカーしてる暇ねぇんだわ」
     いやだって言ってもないのに一方的に名前知られてたらビビるだろ普通。
    「で?」
    「え?」
    「え?じゃねぇ。何すんだって聞いてんだ。碌でもない事だったら付き合わねぇからな」
    「そもそも付き合おうという気があったことに驚きです」
    「死ね」
    「三途君が出て行ってくれたら死にますよ」
    「クソが」
    「んー、取り敢えず便箋と封筒を買いに行こうかなって」
    「話聞けや」
     三途君から飛んでくる文句を右から左に流しながら、適当に服を見繕って出かける準備を始める。
     街まで出るのは久しぶりで、お洒落でもしようかという考えが一瞬頭をよぎったけどそんな服はこの家には当然なく、結局近所のコンビニに行くような格好になってしまった。無地のパーカーと、よれたジーンズ。それを見た三途君がまた眉を顰める。
    「ダセェ」
    「うるさいっスよ。ほら、早く立ってください。行きますよ」
    「はぁ」
     ズボンのポケットにスマホと財布という必要最低限のものを突っ込んで、玄関を出る。見上げた空は出掛けるにはもってこいの晴天だった。
    「天気良くて良かったっスね」
    「大体あの部屋、なんでテレビがねぇんだ」
    「金が無いんです。テレビ無くてもニュース知るならスマホで事足りるし」
    「可哀想だな」
    「そんな可哀想な奴に居候させてもらってる気分はどうですか?」
     駅までの道のりを軽く言い争いながら歩いていると、通りすがりの人達から何だか変な目で見られていることに気がつく。大方、恐ろしく顔のいい三途君と私服のセンスがダサくて平々凡々な顔立ちなオレが並んで歩いていることに疑問を持ったのだろう。なんかすみません、と自分でも訳の分からない謝罪を心の中で呟いた。
    「どこまで行くんだ。便箋と封筒買うだけなら近くでもいいだろ」
    「折角なら一人で行けないとこに行こうかと思って」
    「は?」
    「三途君、口は悪いけど顔だけは良いので。都会に出ても三途君が横にいたら無敵になれる気がして」
    「シンプルにディスってくるし、てめぇは都会をなんだと思ってんだ」
    「えー……魔界……?」
    「バカかよ」
     行先までの切符を二枚。券売機で買って、片方を手渡す。渡された切符をつまらなさそうに眺める三途君と降り立ったホームには平日の昼間だからだろうか、人は疎らだった。
    『間もなく電車が到着します。白線から離れて──』
     特段急いでいる訳でもないので丁度今来た電車に乗り込む。車両には、オレ達以外誰もいなかった。
    「貸切ですね」
    「オマエが暇人ってことだろ」
    「三途君、言葉には気をつけてくださいね。そろそろ誰かに刺されますよ」
     それっきり、目的の駅に着くまでオレと三途君が口を開くことは無かった。二人っきりの車内に、ガタンゴトンと電車の揺れる音だけが響く。あれ程言い争っていた相手なのに、何故だろう。オレと三途君の間に落ちた沈黙は心地悪いものではなくて、寧ろ心が落ち着くような、どこか不思議な感覚だった。



    「へー、結構種類あるんスね」
     辿り着いたのは、駅の近くに聳えていた大型ショッピングモールだった。そこに入っている文具屋で便箋を吟味しているオレを、三途君は横目に見ながら「早く選べ」と急かしてくる。
    「三途君はせっかちなんすか?」
    「ほっといたら便箋ひとつ選ぶのに何分かかンだてめぇは」
    「もー遺書書く便箋なんですから。慎重に選ばせてくださいよ」
    「遺書?初耳だわ」
    「あれ?言ってなかった?」
    「聞いてねぇよ」
    「そっかー」
    「はぁ……遺書ならこれでいいだろ」
     そう言って三途君が差し出してきたのは一番安くて大量に入っている、飾り気のないものだった。
    「……えー」
    「何が不満だ」
    「面白くないじゃん」
    「てめぇは遺書に面白さを求めてんのか?」
     確かに言われていることはその通りなのだが、如何せん周りに展示されているものが華やかで目移りするのだから仕方がない。季節柄、桜をモチーフにした煌びやかなレターセットが多いのだ。
    「まぁ、いっか。ミスったら書き直せるし」
     そう独りごちてレジに持っていこうとしたオレの視界に、何人かの高校生集団が映った。卒業式終わりだろうか、制服の胸ポケットに花を挿し、楽しそうに文房具を眺めながら盛り上がっている。
    「……」
    「何見てんだ」
    「……なんでもない」
    「学生か」
     『学生』──その言葉に、胸に何かが刺さったような鋭い痛みが広がった。その痛みに見て見ぬふりをしてレジに向かう。
    「400円です」
    「現金で」
    「レジ袋はどうされますか」
    「お願いします」
     機械のように決められた言葉を述べただ黙々と仕事をこなすアルバイトは、数日前までの自分を見ているようだった。たったそれだけの事で、喉の奥から苦味を纏った劣等感が込み上げてくるのだから、オレは本当に生きることに向いていないのかもしれない。
    「ありがとうございます」
     逃げるように店から出たオレに、三途君は何も言わず着いてきた。
     帰り道の沈黙は、行きと打って変わって気まずいものだった。学生がチラホラいる電車に乗り込んだことが失敗だったのか、最寄りまでの時間は何時間もあるような体感だった。

     そんなこんなで帰ってきたボロアパート。もう三途君を放っておいてさっさと一人死のうかという気になってきた。別にオレが今死んだとて泣いてくれる家族も友人もいないのだから……さっき見た楽しそうな学生達の光景が、瞼の裏に浮かんではザクザクと心を突き刺してくる。
     あぁ、今日はダメな日だ、と直感が働いた。こういう日は、何もしないに限るんだ。買ってきた便箋にさっさと書いて今日は寝ようと心に決める。
    「ほら、三途君もどうぞ」
    「は?いらねーわ」
    「こっちも一人でこんなに要らないんスよ。勧めたの三途君でしょ」
     オレがそう言いながらレターセットから便箋と封筒を一枚ずつ抜き取って手渡すと、三途君はこれまた渋々受け取った。遺書なんて必要ないと言いたげな顔だ。
    「人間、いつ死ぬか分からないんスから」
     こんな台詞、自ら命を絶とうとしているオレが言うのも可笑しいかもしれないが。封筒の表にデカデカと『遺書』と書けばドラマやアニメでよく見る定番のものになって、それが今手元にあることになんだか興奮した。
    「何書こうかな……親への感謝、は一応書いておくか。ここまで育ててくれたし。あとは……理由?うーん……」
    「決めてなかったンか」
    「元々は遺書も遺品整理も、何もしないつもりだったんで。三途君を見つけた夜だったって言ったじゃないスか、死ぬつもりだったの」
    「あーそんなことも言ってたか?」
    「鳥頭はどっちだよ……」
     この三日間で薄々感じていたがこの男、何処までも他人に興味が無いらしい。オレは、はぁと溜息をついてペンを置く。
    「三途君を拾ったのはホームセンターの帰り道。持ってたレジ袋にはロープが入ってたんです。首吊るための」
    「へぇ」
    「でも、目の前で血塗れの男が倒れてたから声掛けたらこんな事になったんですよ。本当に想定外です」
     間違いだらけの己の人生。最後の最後でこんな間違いを犯すなんて、本当にオレはどうしようもないんだな。神様なんてもんがいるなら、オレは相当嫌われているらしい。
    「死ぬ理由なんて、他人からすればくだらないものでしょ。遺書にわざわざ書く必要もない。『何となく』自分の事を嫌いになって、『何となく』生きたくないなぁって思うから死ぬんですよ。どちらかと言うと『死にたい』より『消えたい』に近い感じ」
    「分かんねぇな」
     ツン、とそっぽを向いて一刀両断した三途君に、オレはそれもそうかと思った。そりゃオレと違って顔も良くて要領も良さそうな三途君だ。口は悪いけど。底辺の人間の気持ちなんてわかる訳がないだろう。寧ろ、そんな簡単にわかって欲しくないとすら思ってしまう。わからないなら、わからないままでいい。無理に理解しようとして、的はずれな解釈をして、わかった顔で「辛いね」なんて言って欲しくない。いや、三途君は天地がひっくりかえってもそんなことしないだろうけど。
     でも、だから、だろうか。三途君にはありのままの自分で接することが出来るのは。息が苦しくないのは。自分のドロドロした感情をどれだけ見せたとしても、三途君は絶対にそれを受け止めることも拒絶することもないと分かっているから。
    「それに、オレなら他人の死にたい理由よりも生きたい理由の方が気になりますよ」
    「は?」
    「だって、この世の中辛いことばっかじゃないですか。なのに、なんで皆笑って生きてんですか?『生きてりゃいいことあるかも』なんて、本気で信じてるんですか?」
     はぁはぁと肩で息をする。無意識に力を込めてしまっていたのか、手元の便箋は皺ができていた。これは、もう使い物にならない。
    「……すみません、取り乱しました」
     便箋をクシャクシャに丸めてごみ箱へと投げ込んで、先程から無言を貫いている三途君へと詫びた。幾ら態度が悪いからって勝手に八つ当たりしてしまうのは違う。物にも人にもすぐに当たって、そんな自分が嫌で、また勝手に涙が浮かんでくる。込み上げてくるものを俯いて必死に堪えていると、三途君がぽつりと言葉を零す。
    「……生きてていい事があるかは知らねぇけど」
    「え?」
    「死んだら何もねぇよ」
     その言葉は、これからお守りにして生きていくには余りにも不明瞭で身勝手な言葉。でも何故だろう、空っぽでズタズタなオレの心をグサリと貫くような、そして貫いたところから温かいものが溢れてくるような、感じたことの無い衝撃をオレに与えた。
    「死んだら…何もない……」
     三途君はそれ以降特に何も喋らなかった。オレも、その言葉が頭をグルグルと回って遺書なんかを書いている余裕がなくて、結局寝ようという結論に至って布団に横になった。
     こうして一日目と二日目の騒がしさが嘘のように静まり返ったオレと三途君の三日目は、時計の針の音が響く部屋と共にただ静かに過ぎ去っていった。




    4.やっぱり

     それから三日間を、オレは三途君と「やり残したこと」をしながら過ごした。学生以来のカラオケ、食べ放題、ゲームセンター。どこか必死にも見えるその行動は、ここ数日で心にぽっかりと空いた穴を埋める為だろうか。らしくない、そんなことは自分が一番よくわかっている。自分を慰めるような真似をすれば、余計惨めな気持ちになることも。
     一日一日が過ぎるごとに、自分が本当にやりたかったことが分からなくなっていく。寧ろ、「やりたいと思っていたこと」が実際やってみたら大したことがなかったと痛感させられるような。例えるならば、サンタさんがいないことを知った子供のような気持ち。泣くほど悲しくはないけれど、「あぁ、そういうもんなんだな」と夢から覚める感覚に似ていた。
    「満足したか」
    「してるように見えますか」
    「さぁな」
     自分が思いつく限りの「やり残したこと」を全て熟したと感じた三日目の帰り道。この三日間、三途君はただひたすらにオレの後を着いてくるだけだった。それも、何も言わず。拾ったあの日の荒くれ様は何だったのか。でも、それを疑問に思うほどの心の余裕はオレにはなくて。無言の三途君につられるように、オレも何も喋らなかった。傍から見ればとても滑稽だったろう。なんたって、アミューズメント施設に二人で来てひたすらに沈黙なのだから。こちらをチラチラと伺うような視線が向けられていたのは心配か、それとも警戒心からか。それは、今となっては全く意味をなさない疑問だが。
    「結局、オレは何がしたかったんですかね」
     赤く染まった夕空と、どこか遠くで烏がなく声を背に、誰に聞かせるでもない呟きがぽろりと喉の奥から零れた。その呟きが発端だった。モヤモヤした感情は、一度口から零れてしまうとダムが決壊するように次々と溢れ出してくる。
    「やりたいと思っていたこと、やったはずなんスけどね…何でだろう。やればやるほど、叶えれば叶えるほど、どんどん心が空っぽになるんですよ。……ねぇ三途君、なんででしょう?」
     言葉と共に流れ出した涙はこれまで耐えていた分も相まってか、とどまるところを知らない。しゃくり上げながら自分でも纏まりきらない気持ちを吐き出すオレを、三途君はやっぱり何も言わずに見つめていた。
    「なにも、なにも感じなかったっ……楽しいって感じれるかなって思ってたのにっ……虚しくなるだけでっ!!!!」
     ボロボロと零れる涙が、頬を伝ってアスファルトへと滲んでゆく。歪む視界の端に捉えた三途君の表情はどこまでも無表情で、それでいて今までで一番美しかった。美人の真顔は怖いというけれど、全然そんなことなくて。今のオレにとって三途君は、ただそこに居てくれるという絶対的な『救い』にも似た存在になっていた。
    「……三途君、オレやっぱり死にてぇよ」
    「……そうか」
    「死にたいっ……生きてたくないんだ……」
     閑静な住宅街に、オレの啜り声だけが響き渡る。嗚咽混じりのそれは次第に慟哭へと代わり、最終的には言葉にならない叫びとなった。



     涙と叫びで今までの不満を全て吐き出したオレは、どこかスッキリとした気持ちでボロアパートへと帰ってきた。だが、この感情はきっといい意味での『スッキリ』ではない。言ってしまえば『絶望』を通り越した『諦め』なのだろう。矢張り、人間諦めてしまえば後はどこまでも堕ちるだけなのだ。今にもバラバラに砕け散ってしまいそうな心を抱えながら、シャワーを浴び、寝る支度を始める。
    「明日から遺品整理始めます」
    「……そうか」
     笑顔は無理なく作ることが出来た。むしろ、今までで一番心の底から笑えたような気もした。自分ではそう思っているが、他人から見たら痛々しい笑顔なのだろうか、などと自分を客観視してしまう。そんなオレを引き止めるでもなく問いただすでもなく、ただ肯定してくれた三途君に「はい」と返し眠りにつく。

     三途君と出会って六日目の夜。それは今までで一番心が楽な夜だった。
     残り八日。長いような短いようなその日数に、オレは絶対に死んでやると決意に似た覚悟を決めて目を閉じる。

     眠りに落ちる直前、頭の奥で聞こえた「死んだら何もねぇよ」の声に、オレは「もう何もなくていいよ」と返した。

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