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    ちゃむ提督

    @hamaru_ososugi

    🐲👻ちゃんがどちゃくそ大好きな者です!

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    ちゃむ提督

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    もうすぐ大台になりそうな🐴パロの第9話。
    視点は🐴🐲さんに戻ります。
    やっと🐲さんが立ち直ってくれて一安心です

    When your heart's cry reaches you(9) 怖かった、何もかもが。
     あれからどうやって控え室まて戻ったのかすら、覚えていない。ただずっと控え室の椅子に座って、ぼうっとしていた。もうすぐウイニングライブの時間なのに身体が重いままで、何も出来ずに時間だけが過ぎていった。
     頭にはずっと、浴びせられた沢山の罵声が響いている。

    「勝ちたかった、だけなのに……」

     視界がどんどん滲んでくる。オレにとって初めてのG1制覇だった。夢にまでみた、初めての頂だった。
     こんなはずじゃなかった、こんなはずじゃ──

    「オレ、どうして勝ちたかったんだ……?どうして、何で……」

     一人なりたくて、トレーナーにもまともに顔を見せられなかった。ちゃんとやれるって伝えなきゃ、きっと、心配させる。
     ほら、念願の初のウイニングライブのセンターだ。少しでも良いステージにするために、準備しなきゃだろ?
     だから、立って……立たなきゃ──

    「……バナさん。キバナさん!」
    「あっ……」
    「あの、キバナさん……大丈夫ですか?」
     
     そこには眼鏡を掛けた小柄なウマ娘がいた。ぼうっとしていたオレをいたく心配そうに見つめていた。
     しかし、彼女が纏っている深いグリーンとイエローの勝負服を見て、背筋がピンと伸びる。
     彼女は一世代上の先輩──しかも、秋の三冠を獲った格上のウマ娘じゃないか!
     どうして、オレなんかのところに?内心激しく動揺していると、彼女はオレに向かって深く頭を下げてきた。

    「えっ!?あ、すんません。気付かなくて!って、なんでここに……」
    「すみません、ノックはしたんですが勝手に控え室に入ってしまって……」

     小柄な身体をさらに小さくして謝ってくる。もしかしたら、彼女とこうして話すのは初めてかもしれない。ひとまず、控え室にあった予備の椅子を持ち出し、そこへ座るように彼女を促す。
     何度もレースで対戦はしているが、所属チームも学年も違う。オレはレース中の威風堂々とした力強い姿しが見たことが無かったが──

    「あの、本当にすみません!……思えば、プライバシーにも何も配慮が無かったですよね。ごめんなさい……」

     それがこんな姿になって……彼女は立派な秋の三冠ウマ娘だぞ?
     そんなもの気づかなかったオレが悪いし、オレの方が年下な筈なのに、それでもずっと低姿勢で謝り続けていた。

    「いやいや、悪いのはオレですから!顔上げてください!……仮にも秋の三冠ウマ娘が、オレなんかにそんなことしないでくださいよ!」
    「いえ、そんな!私、その……今日のレースが本当にすごかったです!だからどうしても、貴方と最後にお話したくなって……」
    「最後……?」
    「はい、今日が私の引退レースでしたから」

     その言葉に血の気が引く思がした。何の信念もないオレが、何も考えずに突っ走って勝ってしまった。
     どうしよう、そんな最後のレースだったのにオレは泥を塗るような真似をしたってことだ。
     どうして、オレはとんでもないことを──!

    「す、すみません!オレ、最後なんて知らなくて……!」
    「な、何で謝るんですか?」
    「だって、オレ何も考えてなくて……ただ勝ちたいと思って走って……まさか勝って、しまって。誰も望んでないのに」
    「止めてください!」

     彼女のらしくない大きな声にびくりと震えてしまう。見れば、彼女は顔を真っ赤にして此方を睨むように見てくる。
     そうだ、やっぱり怒るよな。最後のレースで、オレみたいなウマ娘が出てきて──

    「どうして、オレなんかと卑下するんですか?貴方は誰よりも今日のレースに勝ちたいと願っていた筈です。ならば、その結果を恥じることはありません。堂々勝ち取った勝利ではありませんか」
    「そんな……オレはっ!」
    「なら、何故先行策を取ったんです?……それが、あのダンデさんに唯一勝てる作戦だと考えたのでしょう?」
    「それ、は……」

     勝ちたかった、それはその通りだ。
     でも、それを皆は望んでいなかった。オレさえいなければ、誰も嫌な気分にならなかった。

    『あんたなんて、勝たなきゃ良かったのに──!』

     脳内にまたあの声が響く。そうだ、オレはあの時勝つべきじゃなかった。
     それこそ、目の前の彼女みたいな立派な戦績を持ったウマ難しいがなすべきことだったに違いない。

    「勝ちたかったのは、本当です。でも、あの後……皆がっかりしていて……オレが勝たなきゃよかったのにって言われて……何のために、オレは……」
    「後悔してるんですか?勝ったことを……」

     ここで、頷いてしまいたかった。レースの後、ずっとそのことを考えていた。
     でも、本当に勝てたことが嬉しかった。しかも、あのダンデに勝てたんだ。
     誰よりも前で、誰の背を見ることもなく駆け抜けられたことは本当に久しぶりで──
     この感情を、喜びを頷いたら否定してしまうことになる。それだけは、したくなかった。

    「私はね、ずっと英雄になりたかったんです」
    「……え?」

     何も言えずに俯いたままでいると、彼女が唐突にそう呟いた。

    「変だと思ったでしょう?……私はずっとこの夢のために走っていました。物心ついた頃からずっとです」

     彼女の名前の由来はスコットランドの英雄から貰ったものだった。彼女はその名に恥じぬ英雄になりたかったのだと語った。
     やはり、彼女はオレとは違うのだと思った。オレには彼女のような信念等なかった。ただがむしゃらに走っただけだった。
     彼女の語り口とは裏腹に、自分がどんなに浅はかだったのかを思い知る。

    「……すごいな、何かのためにずっと走れるのって」
    「だって、情けない結果を出したら憧れの英雄に申し訳ないですから。……夢のために、ずっと走りました。三冠をとって、叶えられたと思ってた。後悔はありません」

     彼女とは何度もレースを走ったから、その強さは十二分に知っている。秋の三冠は言わずもがな、掲示板には必ず載って安定した成績を残す程に優秀なウマ娘だ。大敗することも多かったオレに比べたら、羨ましい程の戦績で、オレにとって彼女こそ英雄そのもののように映った。

    「……ですが、私は夢しか見ていなかったのだと、今になれば思うんです。夢ばかりを見て、私は目の前のレースに真摯に向き合えていなかった。それが、このレースで八着だった私の敗因です」
    「なっ、何でだよ!そんな訳ないだろ!」
    「違うんですよ。……私、いつの間にか英雄になることが目的になっていたんです。本来なら、英雄という存在は周囲に認められて、称されるものですもの」

     何処か諦めたような表情を彼女は見せる。どうしてそのような顔をするのだろう。
     オレよりも余程立派で、華々しい成績を出しているのに。

    「……どういうことですか?」
    「今日、私はやっと英雄の姿を見ることが出来たんです。誰だと思いますか?」
    「ダンデでしょう?……あいつは凄いウマ娘だから」
    「違います。……貴方ですよ、キバナさん」

     その言葉に目を見開く。彼女を見れば、強い意思を湛えたような碧の瞳が此方をじっと見つめていた。

    「どうして、オレが……」
    「英雄は、見る者によって色を変えるんです。私の敬愛する英雄は、義賊なんです。富める者には富を奪った悪役、貧しい者には自分らを救ってくれたヒーローでした。……そして、現在は英雄として語り継がれています」

     彼女は何を言いたいのだろう。そんな立派な人間とウマ娘のオレはあまりに違う。英雄なんて程遠い。
     今だって、怖くて怖くて……そんなオレの手を彼女は包んでくれた。

    「貴方は持てる手段を全て尽くして最強のウマ娘を敗りました。まだ人々の目には英雄を負かした悪役のように見えるかもしれない。……ですが、後々にどう語られるかはまだ決まった訳ではありません」
    「どういうことですか?」
    「……どう語り継がれるかなんて、後世の大衆が決めるものなのですよ。最強の英雄を破ったヒーローか、最強の勇者を挫いた悪役か……どう物語に味を付けるのかは、まだ決まった訳ではないということです」

     その言葉にハッとする。そうだ、まだ次がある。
     正攻法でダンデに勝てずとも、この先で真っ正面で立ち向かえば、人々の目は変わるかもしれない。
     そうしたらオレは、正々堂々とダンデに勝てたと言える。まだ全てが決まった訳ではないんだ。

    「……オレ、なれるかな?その英雄って奴に」
    「なれますよ。少なくとも私にとって、無敗の王を討った英雄そのものでしたから」
    「……そっか。そうだよな、オレにはま」

     その瞬間、控えめなノックの音がドアから聞こえてくる。

    「すまない、開けていいだろ……」
    「キバナ!」
    「おい、いきなり入っては……!」
    「えっ、ダンデさん!?」

     入ってきたのはトレーナーのワタルさんとダンデだった。勢いよく入ってきては、オレの前に立った。

    「なっ、なんだ……」
    「強かった!」
    「よ……って、は?」
    「今日のキバナは本当に強かった!これ程までに胸が躍るようなレースは初めてだった。差し切れなかった、追い抜けなかった……次は何のレースに出る?大阪杯か?春の天皇賞か?」

     捲し立てるようにダンデが言葉を続ける。こいつ、こんな話す奴だったのか?オレはレースの中の姿しか知らなかったが、彼は目を輝かせながら言葉を紡いでいた。
     それはそれは本当に楽しそうで……まるで子供のように純粋な瞳をしていた。

    「いや、まだ何も決めちゃあ……」
    「じゃあ、今決めてくれ!……次は負けない。今度こそ、負けない!」
    「いやいや……待ってくれよ!」
    「……ふふ、では凱旋門はどうですか?今ならドバイやオーストラリアにも注目が集まってますし。そこで勝てば……日本どころか世界を塗り替えられるかもしれません」
    「いいな、凱旋門!至高のレースが出来そうだ!」

     オレを差し置いて勝手に話が進んでいく。まさか、先輩の彼女までも悪ノリをしてくるとは分が悪い。
     まあなんとも、ダンデはかなりはしゃいでいる様子だった。
     本当に走ることが好きなのだろう。何だか、色々ごちゃごちゃと考えていたことが馬鹿らしくなってくる程に。
     そうか、理由なんて何でもいいんだ。ただ走りたいから、勝ちたいから。走る理由なんてそれだけで、ウマ娘にとっては十分なんだ。

    「……世界、か」
    「ああ、そうだ!やはり、凱旋門賞か!?ならば、俺も出よう!」
    「いや、違う」

     凱旋門じゃ駄目だ。こっちの馬場との違いもあって本領発揮が出来るか厳しい。もっと、他のウマ娘が出たことがないレース──
     もっと世の中の注目が集まって、もっと世の中を塗り替えられるような──

    「……ドバイだ」
    「おい、何だと!?せめて、トレーナーのおれを通してだな……」

     あーあ、言ってしまった。ワタルさん、驚いてるし。またいきなりの相談になるから、今度こそしこたま怒られるかな。
     でも、いいや。オレは今走りたくて堪らないんだ。オレこそが世界で一番強いんだって世の中に見せ付けてやる!
     これこそがオレのやり方。これがオレだけの──

    「次はドバイで世界を塗り替えてやる……!」

     今は胸を張って言えなくてもいい。
     オレの、キバナの物語はここから始まるんだ。
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