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    komenotb

    スザルルともぶるるがすき

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    本日のベビ帝タグ3周年おめでとうございます!アニバーサリーと全然関係のないお話になってしまいましたが、フィン冬で暮らす業クンとベビ帝のお話です。おでん屋のジュリ◯スと意気投合したベビ帝、優しい業クンにときめくジュ◯アス。ベビ帝はこれからもフェアリーだよ!

    業とぬい【おでん屋軍師との出会い編】 フィンブルの冬に来て随分経った。
     この世界はあらゆる事象に対して超常の力が働いているようで、一般常識では測れないような怪奇現象も日常茶飯事だ。
     事ある毎に驚いていたら身が持たないと悟った俺は理解不能な事象は全て「ここはフィンブルの冬だからしょうがない」と割り切るようにしている。
    (いちいち考えるのもいい加減疲れてきたからな。それに、この世界も……)
     この世界も悪いことばかりではない。
     フィンブルの冬で出会った小さな命……自我を持ったぬいぐるみ『ベビ帝』のおかげで俺は人の心を取り戻すことができた。
     ベビ帝の存在はフィンブルの冬において理解できない事象の最もたる例だが、俺に寄り添ってくれるその命のおかげで、俺の心は救われている。
    「ぬいぬ〜!」
    「うん? この声はあいつの……」
     聞き慣れた快活な鳴き声に思考を中断される。
     その声にふっと肩の力が抜けて、同時に普段立ち入らない場所まで足を伸ばした理由を思い出す。
     いきなり駆け出して俺とはぐれてしまったベビ帝を回収するためにここまで来たのだ。
    「これは……? 毒の類ではなさそうだが……」
     ふわりと漂ってくる食欲をそそる香り。
     その発生源とはぐれた相棒の所在が一致していることに気づいたのは『それ』を視認できる場所まで近づいたからだ。
    「な、なんだ? これは屋台、か……?」
     昭和の懐かしさを感じる佇まい。
     ドラマの中でしか見たことがないような屋台に掛けられた赤い暖簾にはデカデカと黒文字で『おでん』と書かれている。
     そして、四角いおでん鍋と向き合う形でちょこんと座る物体は小さなぬいぐるみ……間違いなくベビ帝だ。
    「ぬいぬぅ〜……」
     これは一体どういう状況なんだろう。
     ベビ帝は木製の長椅子の上に逆さにしたビールケースを置いて、そこに行儀よく腰かけている。
     そうでもしないと高さが足りなくて店主と向き合えないからだろう……と、呑気に眺めている場合じゃない。
    「こんな所で何をしているんだ、ベビ帝」
     暖簾をめくってそう尋ねると、俺の姿を確かめたベビ帝はパッと表情を輝かせた。
     待っていた、と言うように。
     俺を困らせた、心配させたという意識は皆無なのかいつも以上に上機嫌で、鼻歌まで歌っている。
    「ぬぬい!」
     よっ、とベビ帝が片手を上げる。
     勝手に飛び出して心配をかけておきながら呑気なものだ。
     こちらはいきなり消えたベビ帝の安否が心配で気が気じゃなかったというのに。
     異形の怪物がそこかしこに徘徊しているフィンブルの冬は決して安全な場所ではなく、戦う力を持たないベビ帝が襲われればどうなるかなど言うまでもない。
    「単独行動は危険だと言っただろう。この辺りの怪物はあらかた片付けたが、奴らはどこから湧いてくるか分からないんだぞ」
    「ぬぅ……」
    「あまり心配をかけるな」
     怖がらせないように、なるべく優しく。
     危ない真似はしないでほしい、何かあれば俺を頼ってほしいと伝えると、ベビ帝は納得してくれたのか、こくりと頷いた。
    「ぬい」
     ベビ帝は素直な性格だ。
     つぶらな瞳で俺を見上げて「了解した」と言うように挙手したベビ帝はビールケースの上に立ってペコリと頭を下げる。
    「分かってくれたならそれでいい」
    「ぬい!」
     ベビ帝は人語が話せない。
     言葉の代わりに小さな体で精一杯謝意を示しているのを見れば、これ以上叱責する気にはなれなかった。
    「いい子だ」
    「ぬいぬい!」
    「……うん? ここに座れって?」
     姿勢を正して座り直したベビ帝が自分の隣をポンポンと叩く。
     視線とジェスチャーから察するに俺に「座れ」と促しているらしい。
    「ベビ帝。お前がいきなり飛び出したのはここに来たかったからなのか?」
    「ぬいっぬ!」
    「おでんなんて、ここでは珍しいからな。匂いに惹かれたか」
     丸みを帯びた手がメニュー表を指す。
     手に取ったそれを開いてみると、そこにはおでんの具と値段が記されている。
     しかし各種1000円とはぼったくりもいいところで、とてもじゃないが気軽に食べられるような価格設定じゃない。
    「この値段は高すぎるだろう。おい、店主は……ッ!?」
    「なんだ、新しい客か」
     おでん鍋とテーブルを挟んだ向こう側。
     そこで姿勢を低くして作業していたらしい店主が腰を擦りながらぬっと顔を出す。
    「!?」
    「ん? 私の顔に何かついているか?」
     カッと目の前が赤くなった。
     店主と思しきその男はブリタニアの意匠を凝らした漆黒の衣装にピンクエプロンという、アンバランスな装いをしている。
     おでん屋、なんてのは嘘だ。
     紫水晶をあしらった眼帯が顔の左側を覆っているが、その顔は俺が誰よりも憎んでいる男のそれと一致していて……反射的に刀の柄に手をやった俺はベビ帝に服の袖を引っ張られて我に返った。
    「ぬぬいっ! ぬい〜ぬぬ、ぬい!」
    「ルルーシュじゃ、ない……?」
    「ひいっ……!」
     こいつはあの男じゃない。
     いきなり敵意を向けられたことに驚いた店主は怯えきって青ざめている。
     両手で頭を守るようにして身を縮こまらせる情けない姿に殺意を削がれて刀を鞘に収めるも、ルルーシュと同じ顔をした男は「殺さないでくれ」と震えて半ばパニックに陥っていた。
    「ぬい!」
    「あ、あぁ……すまん。ベビ帝、お前にも怖い思いをさせてしまったな。ところで、その男は……」
    「ぬい。ぬいぬ〜ぬ!」
     立ち上がったベビ帝がビールケースから飛び降りて男の方へと回る。
     そっと歩み寄って「もう大丈夫」と言うように彼の頭をポンポンと叩いたベビ帝は物騒な真似をした俺を叱るように鳴くと、大きく頬を膨らませた。
    「おい、ぬいぐるみ皇帝。その枢木スザクは俺の知るスザクではないようだが……」
    「ぬぅぬ。ぬぬい、ぬいぬぬぬいぬ!」
    「やはりそうか。この世界は様々な世界と繋がっているのだな。だからこそ、私のような紛い物も存在できる……」
    「ぬぬい! ぬぬいぬぬ、ぬいぬぬぬい!」
     驚くことに会話が成り立っている。
     基本的に「ぬい」しか語彙がないベビ帝は人語を解することはできても話すことはできない。
     それは共に行動する俺も例外ではなく、俺はベビ帝の身振り手振りからその意思を汲み取ることでコミュニケーションを図っている。
     しかしこのルルーシュそっくりの男はベビ帝の言葉を理解しているようで、初めて見るケースなだけにさすがの俺も驚きを隠せなかった。
    「ぬいっぬぬぬ」
    「あ、ああ……そうだな。私の名はジュリアス・キングスレイ。シャルル皇帝のギアスによってルルーシュの中に植え付けられた仮初の人格……だった存在の成れの果て、とでも言っておこうか」
    「やはりルルーシュと無関係ではなかったか。お前はベビ帝の言葉が分かるようだが、特別な力でもあるのか?」
    「さあな。何となく理解できるだけだ。どういう原理なのかは分からんが」
     片手を腰に当てて天を仰ぐ男。
     複雑な事情を抱えているらしいが、ナルシストじみたポーズを決めたその立ち姿は確かにルルーシュと重なるものがある。
    「……で、その仮初の人格とやらがなぜこんな所でおでん屋なんかやっている?」
     ベビ帝に引っ張られながら元の場所に座り直す。
     お冷を一杯飲んで喉を潤し、一息吐いたことで漸く落ち着いた俺は素朴な疑問をストレートにぶつけた。
    「私がこうなった理由を知りたいのか」
    「お前個人に興味はないが、俺やベビ帝に仇なす者なら相応の対応をしなければならない」
     見たところ貧弱で腕っぷしは弱そうだ。
     ギアスの類の力を持ってさえいなければ、おかしな真似をされても力付くで制圧できるだろう。
     その辺は問題ないとして、身なりからして人を扱き使う側の人間にしか見えない男がおでん屋なんて営んでいるのは妙な話だ。
     敵対するなら容赦はしない、と牽制の意を込めて下から睨み上げるとジュリアスは何を思ったのかフッと口元を歪めて皮肉げな笑みを浮かべた。
    「ここでは既存の権力や地位など何の役にも立たない。頼れる護衛も使える部下もいない……天才軍師と呼ばれた私も堕ちる所まで堕ちたということだ」
    「見たところそれなりの地位にあったようだが、そんな人間がおでん屋など……」
    「……私にも分からん。ただ、魂に刻まれていたのだ。思い出せない、大切な誰かと一緒におでんを……うぐっ!?」
     おたまを手に力説していたジュリアスが『大切な誰か』というワードを口にした途端に苦しみ出し、胸を抑えてその場に崩れ落ちる。
    「おい、どうした!?」
    「み、水……水をくれないか……」
    「ぬいぬ〜ぬぬ!?」
     いきなりに何が起こったのか。
     突然のことに呆気に取られていると、すくっと立ち上がったベビ帝が地面に降り立つ。
     ジェスチャーでテーブルの上のグラスを指しているのは「それをよこせ」と訴えているのだろう。
    「あ、あぁ……」
     ベビ帝にグラスを持たせる。
     しかしベビ帝のサイズではグラスを抱えるような形になっていてかなり危なっかしい。
     手を出そうとするも、それを拒むようにブルブルと首を横に振られたので見守るしかなかった。
    「おい、ベビ帝。無理はするな」
    「ぬいぬ、ぬいぬ……」
     大丈夫だろうか。
     水を運ぶベビ帝の様子をハラハラしながら見守っていたが、ふらついていたベビ帝は案の定バランスを崩し、蹲ったジュリアスの前で盛大に転倒した。
    「あっ」
    「ぬい〜〜っ!?」
     咄嗟のことに反応が遅れてしまった。
     宙に浮いたグラスの水がジュリアスの頭にかかり、濡羽色の髪からポタポタと水滴が滴る。
    「……大丈夫か?」
     まずは倒れたベビ帝を起こしてやる。
     派手に転けた割に怪我はなかったようで擦り切れたり汚れたりした様子はない。
    「ぬぬい!」
     ベビ帝がジュリアスに駆け寄る。
     ジュリアスは潰れた蛙のように倒れたまま、起き上がる気配がない。
     必死に揺さぶっても反応は芳しくなく、自分の失態に責任を感じたベビ帝の目元がじわじわ湿っていく。
    「大丈夫か、ジュリアス」
     膝をついて耳元で囁く。
     すると、俺の声に反応したのかジュリアスの体がビクンと跳ね上がる。
     ジュリアスは一気に覚醒したと思うと顔を真っ赤にして後退り、何が気に入らなかったのか声を裏返らせながら喚き散らした。
    「ええい、耳元で囁くな! その、お前の声は……心臓に悪いんだ……!」
    「俺はお前の知っている枢木スザクではないんだがな。ほら、これで頭を拭け」
    「ん……あ、あぁ……」
     持っていたハンカチを雑に投げて渡す。
     親切にしたつもりなどないのに、俺を見上げるジュリアスの目は潤んでいてまるで恋する乙女だ。
     別人とはいえ、なまじルルーシュと同じ顔なだけにそんな反応をされると居心地が悪い……というか気持ちが悪い。
    「ぬぬい……」
    「いい。謝るなら売上に貢献しろ。私を餓死させたくはないだろう?」
    「ぬいっぬ!」
     ジュリアスの言葉に強く頷いてビールケースの上に戻ったベビ帝はメニュー表を眺めて暫し考え込むと、いくつかのおでんを指差した。
    「おい、待て。1つ1000円なんだろ。そんなに食べられたら支払いが……」
    「ケチくさいことを言うな、スザク。お前の財布事情が厳しいならツケにしておいてやる」
    「価格設定を見直さないと客が離れるぞ」
    「貧乏人はこちらから願い下げだ」
     なかなかふてぶてしい性格のようだ。
     いや、あのルルーシュの中に生まれた人格でなのだから、まともな人間であるはずがない。
     ふん、と鼻を鳴らしたジュリアスは注文されたおでんを皿に盛ると、注文数より明らかに多い量のおでんをベビ帝の前に置いた。
    「ぬ〜い!」
    「おい、いくらなんでも盛り過ぎだろう」
    「私は気に入った客には手厚くする主義なんだ。ありがたく食せ。なに、サービスってやつさ」
     ジュリアスはおたまを魔法のステッキのように振り回すと、今度は俺が食べる用のおでんを勝手に皿に盛り付けて押し付けてくる。
    「おい、俺はまだ……」
    「私の厚意を無下にする気か? それとも日本男児ともあろう者がおでんの美味さも知らないのか?」
    「こんなぼったくり価格の店に金を落としたくない」
    「妥当な価格設定だ」
     有無を言わせず目の前に皿を置かれる。
     恥ずかしい話だが、家無し職なしの俺は金銭的に余裕がない。
     野宿で自給自足のギリギリの生活を送る身である以上、金の使い道に慎重になるのは当然のことで……とはいえ、そんな背景をこの男に話すのも気が引ける。
    「ぬいっ、ぬいっ♡」
    「美味いのは当然だ。このジュリアス・キングスレイが自ずから作ったのだからな」
    「ぬいぬい!」
    「うむ、もっと褒めていいぞ」
     考えたところで既に手遅れだ。
     腹が減っていたらしいベビ帝はこちらの懐事情などお構いなしにおでんを頬張って美味いとばかりに歓喜の声を上げていて、ジュリアスはジュリアスでご満悦な様子で小さな客を見守っている。
     ふと皿の中を見れば大根やこんにゃく、卵からちくわまでベビ帝が食べやすいよう小さくカットされていて、配慮の細かさが窺えて何だか悔しい気持ちになった。
    「ちっ……」
    「ほら、お前も冷めないうちに食え。今日は特別におでん各種100円、ということにすればお前も文句はないだろう?」
    「……食えばいいんだろう、食えば」
     観念して箸を手に取る。
     手元でホカホカと湯気をたてる大根は蕩けそうなほど柔らかく煮込まれていて、それを口に運ぶとじゅわっと汁が口の中いっぱいに広がった。
    「美味い……」
    「当然だ。私の料理はそこら辺の素人のそれとはレベルが違うんだ」
     出汁が染みてまろやかな味わいだ。
     あまりに美味なものだから思わず率直な感想を呟くと、ジュリアスは得意げに胸を張ってふんぞり返った。
    「ぬいぬい!」
    「ん? おかわり? 小さい体でよく食べるな。そもそもぬいぐるみに消化器官など備わっているのか?」
    「ぬい! ぬ〜い、ぬい! ぬいぬ、ぬぬい、ぬんぬん!」
    「たまご、ちくわ、はんぺん……ほら、熱いから火傷しないようにな」
     皿を掲げておかわりを催促するベビ帝はすっかりおでんが気に入ったらしい。
     追加注文を受けたジュリアスは皿の上におでんの具を盛り付けると「おまけだ」とごぼ天を付け足した。
    「ぬいっ!」
    「ああ、ゆっくり味わうがいい。スザク、お前も遠慮せず……」
    「……この味、懐かしい味だ」
     何故か懐かしさが込み上げる。
     不遜な男の手で作られたとは思えない優しく家庭的な味のおでんは驚くほど舌に馴染んで、俺は自分でも気づかないうちにおでんに舌鼓を打っていた。
    「いつもここで店をやっているのか?」
    「フィンブルの冬で遊び呆けている連中に見つかると色々面倒だからな。奴らが巡回している時は店は閉めている」
    「連中と浅からぬ縁があるのはお前も同じということか。お前も大変だな」
    「まあな。だが、悪いことばかりでもない。この世界ではジュリアス・キングスレイが肯定される。私はここで初めて自由というものを知ったんだ」
     嬉しそうな、寂しそうな。
     なんとも言えない表情で呟いたジュリアスは一心不乱におでんを貪るベビ帝を眺めながらクスリと笑った。
    「ジュリアス、お前は……」
    「また食べに来いよ。貴重なお客様だからな」
    「ぬいぬ〜ぬぬ?」
    「なっ……寂しくなどない! ぬいぐるみのくせに生意気だな!」
     美味しいおでんを存分に満喫したベビ帝は「ご馳走さまでした」のポーズで行儀良く手を合わせると、横に置いたバッグからゴソゴソと何かを取り出す。
    「ぬいぬい!」
    「!? クレジットカード……お前、いつの間に俺の財布から……!」
     職なし家無しの人間がなぜクレカを所持できているのか、という野暮な質問は受け付けない。
     慌てて財布の中身を確認するが、カードは抜き取られておらず、よくよく見てみるとベビ帝が取り出したカードは俺名義ではなかった。
    「……?」
     名義欄には『BABY TEI』と記してある。
     堂々と掲げられたそのカードをひったくると、ベビ帝は抗議するように短い手足をバタつかせた。
    「ぬい〜!」
    「ベビ帝、お前は未成年だろう! カードを持つのは成人してからにしろ。くそっ、口座まで……」
    「ぬぬい!」
    「とにかくここは俺が払う! そのカードはしまっておけ!」
     マジックテープの財布にカードを押し込んできつく命じると、破裂しそうなほどに頬を膨らましたベビ帝は「ぬい!」と一声鳴いて、拗ねるように俺のマントの中に潜り込んでしまった。
    「まったく油断も隙もない……」
    「ふっ、そのぬいぐるみの面を見れば誰をモデルにした生き物かは一目瞭然だ。そいつは一筋縄ではいかないぞ」
    「……知ってる」
     マントの裏に隠れたベビ帝を摘み上げて肩にのせると、短い間にすっかり意気投合したらしいジュリアスは嬉しそうに顔を綻ばせた。
    「そのぬいぐるみは私と戦略論を語り合えるほどの知恵者だ。また今度、機会があれば話を聞かせてほしいものだ」
     とりあえず会計を済ませる。
     クレカ決済も可能とのことだが、持ち合わせがあったので現金で支払った。
     紙幣を数えて「これで何日か食べていけそうだ」と呟くジュリアスはその日暮らしのギリギリの生活を送っているのだろう。
    「……ベビ帝の相手をしてくれた礼だ」
    「えっ」
    「これは施しじゃない。俺なりの感謝だ。受け取れないと言うなら置いていく」
     ほんの少しだけ色をつけて金を渡す。
     俺も同じような生活を送っているので、ジュリアスの苦労は分からなくもない。
     またね、と手を振るベビ帝は大層ジュリアスを気に入ったらしく、甘えたような鳴き声で別れを惜しんでいて、そのことから彼と過ごす時間が楽しかったことが伺えた。
    「……すまん、助かる」
     ルルーシュはプライドが高い男だった。
     奴と同じ精神の持ち主であるなら、他者からの施しなどありたいどころか屈辱でしかないかもしれないと思ったが、意外なことにジュリアスは金を受け取ると素直に感謝の言葉を口にした。
    「ベビ帝はお前のおでんが気に入ったようだ。気が向いたらまた来る」
    「ぬい!」
     マントを翻して屋台を後にする。
     名残り惜しそうなベビ帝は俺の肩の上で何度も振り返ってはジュリアスに手を振っていて、ジュリアスもまた同じように軽く手を振り返していた。
    「またな、スザク」
     愛しそうに俺の名を呼ぶ声にハッとして振り向くと、もじもじと指先で前髪を弄りながら視線を泳がせるジュリアスがいて、その顔は遠目からでも分かるほど赤みを帯びていた。
    「? 何なんだ、あれは……」
    「ぬいぬ?」
     ジュリアス・キングスレイ。
     まだまだ謎めいた部分の多いその男は、俺に対してどんな感情を抱いたのだろう。
     好意を持たれるほど優しくした覚えはないが……と首を捻っていると、俺の動きに合わせてベビ帝も顎に手を当てながら首を傾げる。
    「まあ、お前が気に入ったということは悪い人間ではないということか?」
    「ぬいぬ!」
     俺の問いかけに「そうだ」と言わんばかりに頷いたベビ帝が空を仰ぐ。
     そこにあるものは昨日も今日も、そして明日も変らないのだろう。
     フィンブルの冬に浮かぶ怪しい月はこの世に住まう全てを見張るように、静かに俺たちを見下ろしていた。
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