題名【気づいてからは。】『キース!』
そうお前に笑顔で名前を呼ばれる度に、心がくすぐったいような柄にもない気分になる。アカデミー時代からそういうのがあったが、オレは気づかないふりを続けた。
これがなんなのか知ったのはお前がオレの前から消えてからだ――
***
「……ぅ」
のそっとベッドから起き上がったキースは二日酔いの頭痛が目覚まし代わりになっていた。ズキズキと痛い頭を押さえながらキースは最悪だと呟く。
(くっそ……飲みすぎた)
昨夜の記憶は途中までしかない。この頭痛の度合いからいくと相当な量の酒を飲んでいる。ビールの缶を何缶飲んだのかは分からないが、部屋にあるテーブルには数え切れない数のビールの缶が置いてあった。
今、少しでも動けば酷い頭痛が襲ってきそうでキースはベッドから動けない。
(……今、何時だ?)
テーブルの上にスマホがあるが動けないキースはヒーロー能力であるサイコキネシスでスマホを手元まで引き寄せた。
(本当にこの能力便利だなぁ……っと、まだ起きるまで一時間以上あるじゃねぇか)
はぁーっとため息をついたキースは痛み頭を押さえながら隣の部屋をチラッと見る。
「……すー……すー」
規則正しい寝息をたてながらディノが眠っていた。床にはまたテレビショッピングで何か買ったのか、新しい段ボールが置かれている。ただでさえディノの部屋には物が多いのに、更に足の踏み場が無くなりそうだ。
(……今日はうなされてねぇな)
眠っているディノから規則正しい寝息を聞くとキースは安堵していた。
失踪してから帰ってきたディノは前とは変わらないように見えるが、夜中に何度もうなされていることをキースは知っている。だが、それをブラッドに言う気はない。人に言いふらしていい内容ではないからだ。それに、自分だけが知っているという少しの独占欲だけある。
ディノが初めてうなされていた時、うわ言のように「ごめん……ごめんなさい」っと、言うあの悲しげな声が当分の間は耳から離れなかった。どんな悪夢にうなされているのか、それはすぐにわかった。洗脳されていたとは言え、仲間を裏切っていた行為に、人が仲間が大好きなディノには耐え難いことを。
ゆっくりと頭を押さえながらベッドから降りたキースは眠っているディノの方へ足音をたてないように歩いていく。
「ッ……いってぇ」
ズキズキと痛い頭を押さえながら眠っているディノのベッドまで行った。
眠っているディノの桜色の綺麗な髪色は、いつも笑顔でいる春のように暖かいディノに相応しい色合いだ。
「……ディノ」
ゆっくりと壊れ物を扱うようにそっとキースはディノの髪を触る。こんなにも優しく誰かに触れようとしたのは初めてで、この気持ちも全て初めてだ。
(……はぁ。これが……恋ってやつか)
あの父親とのこともあり、一生恋愛関連には縁が無いと思って生きてきたキースだが、そんなことはこのディノ・アルバーニに出会ったことによって変わってしまった。
「……好きだ……ディノ」
独り言のように眠っているディノへの気持ちを言葉というかたちにする。言葉にしてしまえば今まで抑えていた気持ちが余計に露になり、ディノが好きだということが心の中を占めていく。
「……ん……キー……ス?」
「ッ!」
「あれ?どうしたの?……ふぁ〜」
大きな欠伸をして眠そうな目をディノは擦る。ここでの言い訳など考えていなかったキースは心臓が煩いほど鳴っていた。
(やっべ……起きるとは思わなかった)
ゆっくりと起き上がったディノはキースを見るが、キースは何と答えればいいのか思考がぐちゃぐちゃとしている。
「あー……えっと。そう、お前が買った通販の段ボールが転がったから拾ってたんだよ。ほら」
咄嗟にサイコキネシスで落とした段ボールをディノに見せる。
「え、落ちちゃってたのか。起こしちゃってごめん」
ディノは起き上がって急いで段ボールを元の位置に戻す。これがうまくいくとは思っていなかったが、寝起きだったディノと、改めて自分の能力にキースは感謝をしていた。
「お、おう……。オレはとりあえずもう一回寝るわ」
「でもあと一時間くらいで起きる時間じゃないか?」
「まあ、そうだな」
「じゃあ、早起きしちゃったし何か話でもする?」
「え?今から?」
「うん。どうせあと一時間くらいだしさ」
「えー……一時間あれば少しは寝れるだろ」
「それで寝過ごしたらジュニアにめちゃくちゃ怒られるぞ」
「……ジュニアの怒鳴り声が今きたらキツイな……。はぁ。仕方ねぇから話でもするか」
「やった!」
嬉しそうな顔をしたディノはポンポンっと優しく自分のベッドを叩き、ここに座ってと合図をする。
(隣……意識しちまうな)
だが、ここで座らずに立っているのもおかしい。キースは諦めてディノの横に腰を下ろした。
「じゃあ、何から話そうか?」
「何からって言われてもな」
「アカデミーの時とか?最初のキースは俺を避けてるような感じだったよな」
「あれは、お前がグイグイ来るからだろ。あんなに来たら誰だって警戒心が出るぞ」
「だってキースと友達になりたかったんだ」
「オレと友達になりたいって言うディノは変わり者だよな。色々良くない話は聞いてただろ?オレの」
「うん、聞いてたよ。でも、それは俺がちゃんとキースを見て知ったものじゃないから信じてなかった。で、友達になったら言われてた事とは全然違ったしな」
陰で言われている事を信じずに、本当の自分を見ようとしてくれたディノに心を許した。それからその気持ちが恋になったのもディノの性格に惹かれたのもある。
ただ、今のキースは友達という単語に心はモヤッとする。友達であるのは事実で否定しようとは思わない。
キースは未だにディノにこの気持ちを伝えてはいない。この関係が壊れてしまう可能性に内心は怯えているからだ。
(友達なら側にいれるが……ディノはオレの気持ちを知らないんだろうな)
楽しそうにアカデミー時代の話をするディノをキースは黙って見つめている。
失踪した年からキースの生活は色々と変わり、春の季節の花である桜を見るのが好きではなくなっていた。元から花が大好きというわけではないが、春に咲く桜は綺麗だとは思っている。ただ、桜を見ると同じような髪色のディノを思い出し、あの時に何か出来なかったのか、もっと前に気づけなかったのかと、何度も自分を責めてしまって見るのが辛かった。
「――キース聞いてる?」
「ん?まーぼちぼち」
「それ、絶対に聞いてないだろ。もう、せっかくキースがかっこいいって言ったのに」
「オレがかっこいい?」
「うん!キースが戦っている姿かっこいいなーって思って。ほら、決める時はちゃんと決めてくれるだろ?にひっ」
かっこいいと言う言葉を笑顔で言ってくるディノが眩しい。そして、その言葉にドクンっと胸が鳴る。
「……ディノ」
ゆっくりとディノの頬に手を伸ばしたキースは、ディノの海色の瞳を見つめた。
「キー……ス?」
もう少し距離を詰めればキスが出来そうな距離だ。
こんな風にキスをしたくなるのは、男同士でも可愛いと思えてしまうのはディノだから。
「ディノ……オレは」
「おい!!キース!!」
あと少しのところで勢いよく部屋のドアを開けてジュニアが入ってきた。
「っ!?」
一瞬でキースはディノと距離を取ったが、心臓が今にも飛び出してしまいそうだ。
「ジ、ジュニア?どうしたんだ」
「とっくに起きる時間を過ぎてるだろ!!てか、ディノもいたのか。クソメンターだけかと思ってたぞ。おい、二人ともとっとと支度しろ」
それだけ言うとジュニアは部屋を出ていったが、後ろにいたフェイスは二人をじっと見る。
「な、なにフェイス?どうしたの?」
ディノがぎこちない言い方をすると、何かを察したのかフェイスは口角を上に上げた。
「ふ〜ん……まあ、ジュニアに怒られない程度にしといたほうがいいよ。あと、朝から熱いね」
「……な、なんのことだよ」
「さぁ?俺も行くねキースは早く言えるといいね」
「なっ!?おい、ちょっと待て!」
慌てたキースはフェイスを追いかけて部屋を出てしまった。部屋に残されたディノはぽかーんっと口を開けたままだ。
「ッ……キースの馬鹿」
耳まで赤くなったディノは腕で顔を覆う。
ディノもキースと同じ気持ちを抱いているが、その想いを伝えていない。
お互いの気持ちを知るのはもう少し後の話し。