ドラゴンズドグマ2「記憶」「………、………う…。」
「マスター…!大丈夫ですか、マスター!?」
聞き慣れた声に呼び戻された。
意識が朦朧として、自分が今どこにいるのかも判然としない。地面に手を付き、体を起こそうとする。まだ視界がぐらついて、焦点が合わない。
「…あ……、俺…は……」
「しっかりしてください!」
「…エリ、ノア……」
「はい、私はここにいます。」
「君が無事で、本当に良かった…」
「はい…?」
先程まで、渡り歩廊の塀を越え、身を投げようとしていた彼女が、目の前にいる。
俺は心から安堵し、彼女を抱きしめた。
「…………マスター…」
ポーンであるエリノアは、覚者イスマが己と記憶の中のある女性とを重ね、あるいは錯覚し、意識混濁の状態であると瞬時に悟った。
こういったことは、一度や二度ではなかったからだ。
エリノアはそれ以上の言葉をつぐみ、主の背に手を回すと、あやす様に擦った。
こんな時、一体自分はどうしたら良いのだろう。主の記憶の中の彼女を、演じるべきなのだろうか…しかし、どう足掻いたとて、主が求める、本当の彼女には決してなれないのだ。彼女を知らないのだから、なりようがないのだけれど…。
何も言わず、ただ寄り添うことだけが、自分にできることなのだろう…、そう頭の中で整理する。
しばらくして、意識混濁が徐々に治まると、主は体を離し、その手を額に当て、申し訳なさそうに言った。
「…すまない、また君に迷惑を…」
「いえ、迷惑だなんて…。もう、大丈夫なのですか?」
「…ああ。」
ようやく意識がはっきりして、自分が今どこにいるか把握した。
ここは…、そうだ。
ハーヴ村の洞窟から続く海底神殿を進んでいたところだった。
初めて訪れた場所だ。しかし聖域と呼ばれるこの場所が、何故か初めてとは思えなかった。
夢が正夢にでもなったというのか…最初はそう思ったが、違う。俺はこの場所を知っている…。
朽ちた牢獄を抜け、謁見の間のようなホールに出た時、その既視感に軽い目眩がした。
その辺りから、ポーンのエリノアに良く似た女性が、脳裏にちらつき始め、奥の螺旋階段を上り、城と離れの塔を繫ぐ渡り歩廊に差し掛かると、その女性が身投げしようとしている光景がノイズのように目に飛び込んできた。
彼女を助けなければと強く心が揺さぶられ、先へ進むと、胸の奥が疼きだし、何かを拒む体とは裏腹に、更に先へ進みたい衝動に駆られた。
目先の塔に入ると、先程の女性は窓辺に立っていて、微笑みながら俺を呼んでいた。
そこまで来ると、よりいっそう激しい頭痛と目眩が襲い、そのまま意識を失ったのだった。
思えばこの剣を授かった時からだ。
世界の王、界王であり、現在は狂王と呼ばれたかつてのヴェルンワースの王から授かった魂魄の剣。
この剣を手にした時から、胸の奥がざわついて、激しい焦燥感に襲われている…。
「立てますか、マスター…?」
「……、…ああ…。」
ポーンに支えられ、ゆっくりと立ち上がった。
そうか…、俺はまた……
……そうだったのか。
導き手やドラゴンすらも知らない、干渉できない、それは俺がこの地に降り立つ以前の遠い記憶。
魂に刻まれた、記憶───。
確信はない。だが、どこかでわかっている。
覚者となり、初めてリムでポーンの彼女を呼び出した時、何故その姿、声の君を、俺は無意識に呼び出したのか、今理解した。
「マスター、私に望むことがあれば、何でもおっしゃってください。私はあなたのポーンなのですから。」
「…………うん、ありがとう。」
ポーンの彼女の声を聞いていると、不思議と安心した。彼女の頰に、手を伸ばそうとして、俺はその手を止めた。
もう、手遅れかもしれない…、俺は、重大な罪を犯してしまった。
君を、ここへ呼ぶべきでは無かった…。
きっと、君を傷付けてしまうだろう、
いや…、もう既に…。
君に、望むこと…
これ以上、君に感情が芽生えなければいい…そう思ってしまう自分がいる。
自分の気持ちが、…恐ろしい。
無垢な輝きのその瞳は、きっと、初めてみるものではない。記憶の中の彼女と重なっているからだろう。
しかし彼女はこの地で出逢った、たった一人のポーン、唯一の存在だ。記憶の中の彼女とは違う。…そう自分に言い聞かせる。
俺は止めた手を、彼女の頭にぽんと乗せた。
「マスター?」
「うんん…、さあ、先へ進もう。」
「はい。」
俺は、この宇宙と時空を彷徨い続け、探し望んでいるのだろう…
いつか、偽りのない本当の世界でもう一度、
…君と、出逢えることを──…