「ちょっといいか?」
ちょんと、手の甲を突かれる。顔を上げたら風呂あがりで頬をほんのり赤くした輝二が傍に立っていた。
取り決めたわけではないけど、金曜日の放課後は決まって俺の部屋に来るようになった。二人で買い出しに行き、当たり前に夕飯も共に食べ、たまにだけど一緒に入浴もして。なのに今日は「先にお風呂入ってくれ」だ。別々に風呂に入ることのほうが多いから、それは特に不思議じゃない。だが頑なに後で入ると譲らない。ホストは俺だし、客人の立場な輝ニより先に風呂に入るのは気が引けて。渋る背中をいいから!と押されて仕方なく従ったんだ。交代で浴室へ消えていった輝ニが30分ほどで戻ってきた。彼女にしては珍しい。まるで子供のように浴槽で遊ぶときもあればご婦人のようにぼぅっと湯に揺蕩うこともある、一時間ほど帰ってこないのなんてざらだ。一緒に浸かってるときは大抵ゆで上がってしまう。もういいだろ〜と真っ赤になった俺を指さしてケラケラと笑うんだ、酷いよなぁ。
「随分早いお戻りですね」
羽織られた俺のパーカーがでかいのか、袖口からは指先しかでていない。その指を握る。少し冷たい。平熱が35度半ばだけど、風呂上がりでこの冷えはおかしいだろ。体調でも悪いのかと、不安と心配を含ませた目線を送る。
「…どうかしたの」
「え?…ああ、別になんでもないよ」
何でもないわけないだろ。何で隠すんだと曇らせた顔の前に、ビニールで包まれた長細い袋をチラつかせてきた。
「これ、頼む」
「…なにこれ?」
軽いそれは手の平に乗るほどの大きさで、水色のパッケージに見覚えなんてなかった。頭上に疑問符を浮かべた俺は続いた言葉にさらに頭を捻らせる。
「タンポン」
「たん、ぽん…?」
って、なんだ…なんだっけ…。どこかで見覚えがある文字面に記憶をたどる。どこで見たんだっけ……そうだ、薬局、薬局で見たことがあるんだ…どこだっけ、どの棚だっけ…。
「今日生理」
「あーそれだ!」
一緒に行った薬局で、この子が吟味してるスペースの隣に展開されていたのを見たことがある。後学のために、輝ニが普段どういう基準でどんなものを選んでるのか教えてもらってる最中目に入ったのを思い出した。その時は、妹のためだとしても男子高生が女性のデリケートな物が並んだ所にいることが心苦しく、あと輝ニがあーだこーだ説明してくれる話を理解するのに必死で気にもとめなかったんだ。実際輝ニもそれについては何も言ってこなかったしね。
それが、だ。今、俺の手の平に乗っている。
「頼むって…え?俺が何かするの?全然わかんないんだけど…」
「それをな、ここにいれるらしい」
そういって絡んだ手をへそよりしたへと持っていく。
「…お前さぁ……何でこう、たまにとんでもないぐらい馬鹿になるんだろうな」
「はぁ?」
これ見よがしに頭を抱えため息をつく。心外だと言わんばかりに睨みつけてくる妹の脇の下を持ち上げ膝の上へと座らせる。抱えるようにお腹へと腕を回しさすってやり、スマホを手に取った。
「えっとぉー?やり方やり方っと…」
絶対に他人には見せられない検索履歴を残してインターネットに問いかけた。可愛らしい文字とイラスト、動画まで上がっている。
「………これを、俺がお前にすればいいの?」
「そうだ、よろしくな」
何でそんなに偉そうなんだ。正直俺の頭はキャパオーバーなんだけども…。
「今回痛みは少ないけど量が多くて、万が一布団汚したらいけないからな」
「別にそのくらい構わないのに…」
「お前が構わなくても私が気にするから!」
苦痛に顔を歪めてるのを見たことはある。曰く「重たい日と重たくない日がある」月のものは、どうやら下着に引くタイプのもの以外にも使える物があるらしい。机へ転がしたビニールの中に包まれているプラスチックの筒を、この片割れの、中に、入れろと言う。まじか…まじなのかぁ…もうほんと、どうしよう…。
「これ使うの初めてなんだ」
「…」
「自分じゃ怖いからさ、輝一が入れてくれ」
「……まじかぁ」
セリフだけ聞いたら夜のお誘いでしかない。可愛くて本当におバカだ。本当に、おバカ。
「…なんだその顔は」
「…なんでもない。はぁ、もう…ここでいいの?入れるから脱いで」
かく言う俺の返事もどうかしている。でもまあ、やることやってるのに知らん顔するわけにもいかないか。恥じらいもなしに、ベッドの上で四つん這いになってお尻を向けてくる姿に頭が痛くなる。
「はやく、いれて」
「尻が寒い」って続かなかったら確実に突っ込んでたな…。もう一度だけため息をついて、ビニールの口を破いた。