「頼みたいことが…あるんだが…いいか?」
普段の物言いとは全く別のしおらしい態度。なるべく不安にさせないように柔らかく笑い「ん?」と返す。幼女を相手にしているような気分、今の輝二にはそれぐらいが丁度いい。
『生理来たんだけど、輝一の部屋行きたい。いいか?』と送られてきたメッセージ。気づくのが遅れて20分ほど経っていた。慌てて『だいじょぶ』『もちろん、』『いいよ』『大丈夫だよ』『おいで』と連投。気にしいなあの子が気を使わないように、全力で答えなければ。
『ありがと。向かわせてもらうな』
のあと、一時間足らずにインターホンが鳴らされた。
「よっ」
何が「よっ」だ。こっちはぼろぼろげっそりさせながら来ると思って身構えていたのに、案外元気そうで拍子抜けした。…多分、夜にでもこの元気はなくなるんだろうけど。呆れ顔をつくり、お泊りセット一式を受け取り中へと通す。セットといっても名ばかりで、トートバックの中身はほとんど空に近い。毎週のように泊まりに来るから、俺の部屋には化粧水やら歯ブラシ、しまいには充電器とヘアアイロンまで完備されている。軽いバックの中は明日の服と下着と、前回貸したDVDと小説しか入っていない。下着も一組だけは置いてあるから、これは”専用のやつ"なんだろう。
「お腹すいた?」
「あー…特にすいてはないかな。さっきパン食べたし」
「そっか。じゃあ俺、先にお風呂行くね。こないだ話した小説用意しといたから」
「悪いな、ありがとう」
居住スペースへと座らせてから先に電気ポットで湯を沸かす。その間に自分の入浴の準備も済ませる。湯船のことは輝二が来る直前に張り始めていたからもうすぐ湧き上がるはず。ポットからかちっと軽い音が聞こえた。この子が気に入ってる蜂蜜の匂いがするフレーバーティに角砂糖を一つ落とし、すでに小説を広げている前にことりと置いた。
「じゃあ行ってくるね」
「ああ、わかった」
そっけない返事はいつものことだ。フィクションの世界に入っていた妹の頭を一度撫で、浴室へと向かう。
今の季節、別にシャワーで済ませることだってできる。俺が使ったあとじゃなくて、キレイでまっさらなお湯でゆっくりしてほしいけどそれだと輝二が気を使ってしまう。かといって、生理中の彼女をさきに入浴させるのも本人は嫌がるし。数々の失敗を経て、輝二が部屋に来てからすぐに俺が入浴する形で話はまとまったんだ。
一人きりにする時間が長いのは心配で、20分足らずで風呂場を後にした。相変わらず小説を手に取って読みふけってる姿に安堵した。
「上がったよ」
「え?もう?」
はっとした表情に、今の今までどれだけ集中してたのかが見て取れる。半分ほど減った冷え切った紅茶が入ったマグカップを持ち、お次どうぞと促した。こくりと頷きいたあともぞもぞ動き出す。
「バスタオル」
「いつものとこ入ってるから。あとはいこれ、着替えね」
「ん、ありがと」
俺が普段着てるTシャツと寝間着代わりのハーフパンツ。スウェットでもいいんだけどそれだと裾を引きずってしまう。あとこれを履かせたら、輝二のくっきり浮き出たキレイなアキレス腱がちゃんと見えるから好き。
栞代わりにスマホを挟んでいくあたり輝二らしい。ロックもかけずに不用心だと一緒に設定したからいつでも開けれるのに。そんなことしないけど。多分輝二はそこんとこ信用と、見られても問題はないってことの現れでもあるんだろう。端末の代わりに使ってない栞を挟んでやり、そっと閉じた。
「こぉーいちぃ~~~」
なんとも覇気のない声で呼ばれる。はいはいどうしたのーとむかった脱衣所でびしょびしょのままの輝二が下着姿でうずくまっていた。
「えっ、大丈夫か?」
「悪い…ちょっと……痛い…」
顔を上げへらりと笑顔を見せてくるが頬が引き攣っている。伸ばしてくる手を引き抱きとめて、まだ水滴が伝う背中や脚を拭いてやり手早く服を着せた。
「もっと早く呼べよ…」
「…そこまで面倒かけられないだろ」
「ちゃんと身体拭けてないじゃないか…風邪でもひいたらどうするんだよ」
「そんなやわじゃないって」
そんなしんどそうな顔で言われても説得力のかけらもないぞ。正面からぎゅうぎゅに抱きしめ、すり足でその体制のまま部屋へと戻った。
この子はどうやら俺に髪を触られることが好きらしい。撫でたり梳いてやったり、今みたいに乾かしてやったりすると上機嫌に鼻歌を歌ったりする。何がそんなに楽しいのかと聞いたことがあった。「…無意識だった」と考えだす。「なんだか心地いいんだよ、お前の手って」「あと単純に楽」後の一言がなければ可愛かったのにそういうところが本当に輝二らしい。少し前にした会話を思い出しながら乾かし終わった絹髪にヘアオイルをつけてやり、完成といわんばかりに、同じシャンプーの匂いと俺の手の平からも香る匂いをさせた毛先に口を寄せる。
「出来たよ」
「…毎度のことだが、それって何か意味あるのか?」
「意味?…別にないけど」
「むずがゆいんだよ…」
ここで照れた顔したらもっと可愛くて愛らしいのに表情筋は微動だにしない。逆にこっちが恥ずかしくなってきた…。誤魔化すように「さてと、夕飯の支度しなきゃ…」と声を発し退散させてもらおう。
食事も済ませ、俺はコーヒー、輝二はさっきと同じ紅茶を飲みながらだらだら映画を見る。まさに至福の時、この子に相手が訪れるその日まではこうやって過ごしていたいなと、繋いだ手に目線を向けた。肩に乗せられた頭があくびを噛み殺す反動で動く。
「眠い?今日はここまでにしようか」
「ん…そうだな…ふぁ……」
今度は隠そうともしない大あくび。鎮痛剤のせいか、いつもより大分早いおねむな顔をした片割れの頭を撫で、ベッドへと連れて行こうと立ち上がった。
「あっ、ちょっと待って輝一」
裾を引かれ振り返る。壁際に寄せた鞄のほうへ移動した輝二が何かを手に取りもじもじしながら戻ってきた。
「…これ」
「ん?なにこれ…」
長方形の柔らかいパックには”ソフト タンポン”の文字。聞いたこともないそれに疑問が溢れる。パッケージには”多い日用”とも書いてあり、なんとなくだがこれが何なのかは理解した。でもなんで俺に披露してきたのかはわからない。口ごもりながら唸る輝二の手を引いて、ベッドに腰かけた上へと座らせる。
「何か俺にできることあるの?」
兄さんに教えてくれる?
諭すように優しく問いかける。着ている俺のTシャツをくしゃりと握り、小さい口が開いた。
「頼みたいことが…あるんだが…いいか?」
「ん?」
「それ、を……いれてほしい…」
しりすぼみになっていく声に比例してじわじわと頬と耳が赤くなっていく。
いれるって…なんだ?
頭上の疑問符が見えるのか、これ以上赤くならないだろうってぐらい真っ赤になった輝二が再び口を開いた。
「そのっ…あの、だな……今回、血の量多くて…汚したくないから…」
「うん」
「こういうのもあるって、聞いて…けど、自分でやるの怖くて…」
「うん?」
「くそっ……血がでるとこに!入れてくれって言ってるんだ!」
血がでるとこって……膣に入れてくれってこと…?
理解するのにワンテンポ遅れたせいで不安げな眼差しがおりてくる。
「…汚いし、嫌だよな…」
「あー違う違う!嫌なんて言ってないだろ?」
「だって輝一、困った顔してるし…」
そりゃね、だって初めて見たものを大切な妹の通常よりデリケートなそこに入れろって言われたら、失敗とか考えて怖くもなるだろ。輝二の顔つきがだんだんと暗いものへと変わっていく。慌てて「お前の経血なんて平気だよ」と声をかけるが表情は曇ったままだ。
いつものこの子だったら「嫌なのか?なんで?」とさも当たり前のように持ち合わせの双子持論を開いて見せるけど、体温と共に下がったメンタルがそうはさせないみたい。
肩へと細腕を回させ、その後頭部を引き寄せた。こつんとでこ同士をすり合わせる。
「そんな顔するなよ…嫌なわけないだろ?」
「…でも…だって……」
「輝二のものならなんでもいいよ。汗でも尿でも舐められるし、あー吐いたものは衛生的に食べるのは厳しいけど触る分にはなんにも問題ないよ」
「ッ、は?!」
さらりと言いのける俺の言葉に一度息を飲み、声を荒らげた。不安に揺れていた顔が再び真っ赤に染まる。
「え?おしっこかけてみる?喜んで受け止めるけど」
「バカ!ほんとバカ!!」
大声を発し足をばたつかせ、いつも通りに戻った反応に笑みをもらす。だがその動きが短い悲鳴とともにすぐに止まった。
「どうしたの」
「……ち、でたぁ…」
今度は俺が息を飲んだ。敷かれた太ももの上で経血が広がっているんだ。視界にとらえたわけでも直接感じたわけでもないのに、胸の内がざわつく。触れあってる脚の部分が熱を持ってるようで気が気じゃない。
今、俺の手の内にいる少女の身体が大人になる準備を着実に進めてるってことに、言いようのない感情が顔をのぞかせる。払拭するようにわざとらしく咳ばらいをした。
「もう眠たいだろ?ちゃんとやってあげるから、風呂場行こうか。歯磨きもして、一緒に寝ようね」
「…うん」
真っ赤になった顔とは真逆で、冷えてきた指先を両手で包み込み風呂場へと誘う。兄らしく手を引き妹らしく付いてくる、そんな構図がたまらなく愛おしい。
怖いから顔見ながら入れて欲しいって言ってくるからいろいろきれるかと思った。駄々をこねだす前に「違います、痛くしないために後ろからお願いします」と説き伏せて壁に手をつかせたはいいものの、今度は経血を指に着けながら「ここ。にいさん、おねがい」と振り返ってくるから、俺が鼻から血を出すとこだった。