「会いたかったっ!」
そう言って、髪を纏めてる昔プレゼントしたバレッタと同色のロングスカートがひらりと舞った。飛びついた相手は彼氏の俺ではなく、あいつの実兄、輝一なのって…こんな話ある?
久々の休日デート。一緒に住んでたら改まったデートなんて月2、3回あればいいほうで、事実今日も3週間ぶりの二人でのちゃんとした外出だった。俺はもちろんのこと輝ニ自身も流行りとかにはてんで疎く、こいつの外出着はもっぱら泉のコーディネートだ。輝ニに任せていたら、ジーパンにぺったんこの靴、シャツにカーディガンってシンプル1択。それでも様になってるんだから、顔が良いってほんと得だよな。
緩くひとつに纏めてられた艶髪に輝く、水色の髪留めに合わせたふわっとしたロングスカート。流行りのマーメードスカート?を履かせたいみたいなんだけど、よくわからんそれより俺はこういうスタイルが好み。だからこっそり、泉にお願いしてたりしてなかったり。ローヒールのローファーからレースの白い靴下が覗いてるのも、女のコらしくてこれもすっげェ好き。上は、スレンダーな彼女のボディラインがわかるぴったりしたブラウスで、その襟元には花の刺繍が散りばめられている。薄い肩に羽織られた…なんだっけ…まあ布ね、軽いのに暖かいそれを輝ニは大層気に入っている。泉、今回もとても良い仕事をしてくださりました。
可愛く着飾ったこれまたかわいー彼女が抱きつく相手は俺であれよ。そう考えてることが可笑しいんじゃないかってぐらい、緩みきった表情は別の男に向けられていた。
「わっ!…もう、こないだ会ったばっかりだろ?」
「こないだって先週じゃないか」
待って、俺それ知らないんだけど。
「一週間空いたんだ、会いたくもなるよ」
「ー…うん、そうだね」
背中へ腕を回し、頭を撫でながら視線が俺へと向けられる。気まずそうな顔。オカマイナクーもう慣れました。
「こーじ〜、輝一困ってるぞ?そろそろ離れてやれよ…」
「は?そんなわけないだろ」
「…当たりつっよ」
首根っこを掴んでむりやり引き剥がせばぎろりと睨まれた。…俺って、貴女の恋人でしたよね…。頬がひきつりそうになったが、掴んだ首元に昨日付けたキスマークが見えてなんとか持ち堪えることができた。崩したシャツを整えて、「それじゃあ」と言葉を続ける。
「腹減ったし、店入ろうぜ」
こっから始まる地獄のような時間を考えると頭が痛くなる。
***
「あっ、これお前好きだろ」
「当たり、一緒に食べる?」
「もらう」
「このストールいいね」
「だろ?温かいし、気に入ってる。泉が選んでくれたんだ」
「すっごく似合ってるよ、可愛い」
「っふ…こーじ、口の端着いてるぞ」
「へ?…ふふっ、輝一もな」
「えッ?…うっわはずかし……」
「………」
ごんっと、2杯目のジョッキをテーブルに置く。少し音が大きかったはずなのに目もくれない。こんなん見せられて酔っぱらえるわけもなく、直ぐにまたあおった。
輝一の視線がこちらへとむけられる。
「悪いな、デート中だったんだろ?」
「気にするな輝一、私が会いたかったんだから」
俺がセリフ言うとこじゃねーの?てかなんでお前は当たり前に俺じゃなくて輝一の隣に座ってんだよ。近いってもんじゃない、磁石みたいにぴったりくっついて。知ってるからな、二人して手が降ろされてるとき輝一の脚の上で手を繋いでることを。しかも恋人繋ぎで。俺だって、ベットの上でしかしたことないのになんなんだよお前は!
なんて言えるわけもなく「俺もお前の顔見たかったし、ついでだよついで」とへらりと笑った。
実際、気のしれた友達に会うのは楽しいしなにも問題はない。年々加速する、主に妹のほうのバグりまくった距離感は面白くはないけど。輝ニのこの嬉しそうな顔に心底弱い俺は、デート中の「輝一、この近くにいるらしいぞ!一緒にご飯食べていこうぜ」という提案を跳ね除けることは出来なかった。
「邪魔しちゃ悪いなって思うけど、俺も輝ニたちに会いたかったからさ…悪い」
「輝一…私も会いたかった…」
「……」
…ホント、俺は何を見せられてるんだ…?
「あ〜、ドリンク頼んどいて。ちょっとタバコ吸ってくる」
「わかった」
素っ気ねェ〜!いつもだったら「さっさと戻ってこいよ」って眉毛下げてちょーっと寂しそうにしてくれるのに見向きもしねェ!
自分の卓でこの居心地の悪さなのに、このご時世飲みの席でも禁煙だったりするから尚の事肩身が狭い。…あれ、俺今日彼女と久々のデートのはずだよな…。なんっで1人寂しく星空睨みつけながらタバコ吸ってんだろ。
一応、思い当たる理由はあるんだ。同棲して暫くたつし、もうそんな頻繁に性行為をするわけでもない。元からそこまで積極的な方じゃない輝ニをその気にさせて、ぐずぐずに甘やかして啼かせて悦ばせて俺も気持ちよくなって。さて2回戦目と意気込んだときにストップがかかったんだ。『明日あるから、今日はもう無理。』物足りなさはあった。けど口には出さないが、輝ニ自身ちゃんとしたお出かけを楽しみにしてくれてることを知っていた俺は了承したんだ。正直まだ抱きたかった、正直ね。
遅めの朝ごはんを食べてから共に家をでて、映画のあと、家具を見たりゲーセン行ったり輝ニの下着選んだり、ぶらぶらとだけど俺たちらしいデートを楽しんで、外食して締めようと思ったらこの有様だ。
「…あーーーーしんど」
見慣れた光景なはずなのに、今日は随分と堪える。こないだ終わった輝ニの生理が移ったのかなぁ…。そんな馬鹿な事を考えながら吸い殻を灰皿の下へと落とした。
***
「……こういちー、こいつ酒飲んだ?」
「………飲みました」
「…まじかぁ…」
兄は枠だが妹は下戸も下戸、缶チューハイでべろべろだ。だから外では一切飲まないし飲ませない。なのに、だ。なんでもう出来上がってるの…この10分足らずでなにが起こったんだよ…。
「悪い拓也、俺が目を離したばっかりに…」
「いや別に、幼稚園児じゃないんだから」
「…拓也のグラス開けちゃったんだよね」
「ッえ、はあ?!あれ飲んだの?!」
ちなみに俺が頼んだのはテキーラサンライズ。色味が気に入ってるし、気分転換がてら甘いものが飲みたくて頼んでいったのに…。細いカクテルグラスがもう空っぽだ。
「…たくがわるいんだろーが、わたしもこういちもわるくない」
「えぇー…理不尽…」
甘くてもテキーラはさすがにだめだろ、こいつには強すぎるって。カシスオレンジでも飲んでなさい。特大のため息をつきながら二人の正面へと腰をおろした。あれほど飲むなって言ったのに、俺の言う事なんかちっとも聞かないんだから。
とろりと溶けた飴玉みたいな目を向けながら、その腕を輝一の腰へと回していく。
「ちょ、こーじッ?!」
いつもの触れ合いとはどこか違う気色に輝一がたじろぐ。なにがそんなにおかしいのか、いたずらっ子のようにくすくす笑いながら飲酒で真っ赤になった顔面を兄の耳へと寄せていく。笑えねー。
「なあしってるか?」
「え、えっと…なにが?」
「こいつ、こーんなこわいかおしてるけどな…ふふっ…えっちのとき、すごくかわいーんだぞ」
「ッへあ?!」
へそを曲げだした、かんッぜんに油断しきった俺の耳が拾った言葉は正気とは思えない話題だった。
待って待って!彼女の家族兼自分の友達に床事情を聞かれてるなんて、どんな地獄だよ!!
「ふざけんなッてこのバカ!」
「だあってろよ、ばか」
「舌も回ってないくせに余計なこと言うなッ!」
「よけーなことぉ?…おっぱいでるかなあ~っていったこととか?」
「〜ッ!!!」
最初からホームラン級のネタぶち込んでくんなよ!横見てみろ!同じ造形の顔がにやにや嫌な笑い浮かべてやがる!
初めは酔っぱらった姿にとまどっていた輝一が、にゃんにゃん猫みたいに甘えられて次第に嬉しそうにでれでれしだす。片手で輝二を撫でながらもう一方でその顔面を覆い隠し、肩を小刻みに揺らしている。
「ふだんはーひんにゅひんにゅってばかにしてくるのに…すきすき〜って、あまえんぼうしてるんだ…ふふっ、ほんと…かわいーやつだろ?」
「あらら…とんだ酔っぱらいになっちゃったな…」
ひとしきり笑った後、改めてこの惨状をみてそうもらした。相変わらず宥めるような手つきにムッとはするけど、それよりも暴走する輝二をいかに止めようか頭を悩ませる。
「…おおぉぉ……そいつ、黙らせてくれぇ……」
「妹の性生活聞かされてる俺の身にもなれよ…。…ぷっ、それにしてもお前、胸好きすぎるだろ」
「……男はみんな大好きだろ」
「俺は脚派〜」
「…さいで……」
頭を撫でられ嬉しそうに目を細めた輝ニ(俺の彼女です)は、飼い主に甘えるようにその胸にすり寄る。
「なーあー、きいてるのかぁー?」
「はいはい、聞いてるよ〜?」
「聞かないでぇぇ……」
なおも続く上機嫌な声にきしむ胸の内を誤魔化すように、新しく頼んだアルコールを流し込む。
「あとは〜」
「いい加減にしろよ…」
「ははっほら、そろそろちゃんと座ろうね」
熱くなった耳を隠すように手を添えて壁の方へと顔を向ける。面白くない俺の感情を察した輝一が、べたべたべたべたくっつく引っ付き虫に居直るよう促した。
「…まじで酒癖悪ィ…」
「もお、なんだようるさいなあ…。
そうだみてくれこーいち、あたらしいしたぎ。すごーくかわいいから、かわいいっていって?」
「っへ?!」
「………?」
これ以上やらかすことはないと踏んでいたのに、事もあろうにその場でブラウスのボタンをぷちぷちと外しだす。薄い肉を集めてあげた膨らみが、テーブルの上の電球に晒されそうになり俺は、
「ふッッッざけんなぁ!!!」
と、大声で叫んでいた。
まさか脱ぎだすとは思わなかった。固まったままの輝一がその声量に驚き振り返る。
は?いやいやいや、意味わからんから。確かに、先刻一緒に選んだからどんなものかは知っている。けど、付けたとこは見てないわけじゃん。試着室で、店員のお姉さんにキレイにつけてもらえたのがよほど嬉しかったのか、その場でタグを切ってもらい、ふんす!と息巻いて出てきたのを思い出した。
大好きでたまらないことは理解してるけど、俺より先に見せようとする姿にさすがに堪忍袋の緒が切れた。怒りでどうにかなってしまいそうな頭を冷やそうと、フーフー息巻く俺の耳に「ッズ」と水音が届く。
「…なん、だよ……」
「……なんだよじゃねぇだろ…」
「…たく……おこらないで…」
「怒ってなんか……っておい…泣くなよぉ」
そこから糸がぷつりと切れたかのように、綺麗な瞳からぼろぼろ水の玉が流れ落ちていった。呆気にとられた輝一が俺と輝ニを交互に見てくる。
そうか、輝一は“この“姿知らないんだ…
外で酒を飲ませたがらない理由の1つはこれ、泣き上戸なんだよ輝ニって。泣き顔なんて滅多に見せないのに(お涙頂戴物の映画とかはすぐ泣く)、酒が入ったらその瞳から簡単に涙を零す。ズルい、そんな姿を見せられたら強く言えないじゃん…。
「あーもう、怒ってない怒ってない」
「おこっ…てる、じゃないかっ…ひぐっ…おこんなっ…っやだぁ…!」
狼狽えだす輝一が、どうしようと目線で訴えかけてくる。がしがし頭をかき、息を吐ききった。
「ほら!こっち来い!」
今度は犬かよ。でもそれで鼻をぐずつかせながら頷いて「…いく」と従ってくれるんだから、今ばかりは俺のかわいーわんちゃんであって欲しい。シラフのときに言ったらぼっこぼこだろうけどな。
席の外へ脚を放り出しよたよたと移動してくる。数歩の距離が遠く感じた。広げた腕の中へとちまっと収まり、抱え込む感じで背中へと手を回した。そのまま引き寄せて、上書きするように頭を撫でる。
「…おこってない?」
「怒ってないって、信じて?」
「………」
「…お前、それ絶対鼻水つけてるだろ…。悪いな輝一、迷惑かけて」
「いや別に構わないけど…俺、そんな輝ニ初めてみた…」
だろうな。これは俺だけの秘密、恋人としての特権なんだから。ぴえぴえ涙を零す輝ニの特等席へと化した俺の気分は右肩上がり、むしろニヤけそうな顔をどうにか抑えてるぐらいだ。
「…おこられたくないぃ…おこ、るなぁ…」
「輝ニが悪いんでしょーが」
「やぁ!…ちゃんと、なでて……」
犬は嘘、やっぱりこいつは猫ちゃんです。気まぐれにすり寄ってきてその気にさせて、満足したらけろっとどっか行っちゃうくせに。一緒にいる時間が長くなってから学んだこいつの習性。わかっていても抗えないのは惚れた弱みってことで。
「…ズッ…」
「あーもう、輝一びっくりしてるぞ?いいのかよ、大好きな兄さんほっぽり出して」
これは半分嫌味、妹全開ブラコン輝二ちゃんへの。
「なん、っで…んなこと、いうんだ…ばか!たくのっばか!」
「…今の見た?ちょー可愛くね?」
「なんて反応したらいいんだよ…すんごく居たたまれない…」
「ねぇやだっ!こっちむけ!むくの!」
鼻をすすりながら縋ってくる姿が可愛らしくて、あと意地悪も込めて知らんぷり。返事を返さずスマホのレンズを向け録画を回しだす。
「……」
「すまほおいて!やぁっ!」
端末を取り上げるという思考には至れない輝ニが、目をとろんとさせながら俺の太腿を握った拳でぐっぐっと押す。仕草が猫そのものだ。余計な声を入れたくないのに、込み上げた笑いが数度息となって録画に乗った。
「…たくっ…たーくっ!…おいっ、たくやっ!…なあたくやぁ…たーくーやぁ…かんばらぁー?………たぁくん」
「ぅえッ?!」
「あ、こっちむいた」
してやったり、そんな表情。反対側からの視線が痛い。違うんだ、断じて違う。輝二と俺の名誉にかけて言わせてもらうけど、普段隠れて「たぁくん♡」なんて呼んでもらってるわけじゃない。もっぱら「拓也」か「お前」だから。…あとは、お気づきかとは思いますが「たく」ね。
ちょっといいなってのは言葉にしなかった。これはとんだお宝映像が取れたぞ…今度こいつとバトッた時突き出してやろう。
「あはは…こりゃすげぇや…」
「むしするおまえがいけないんだぞ」
「はいはい、たぁくんが悪かったですよ~」
悪ノリ全開なのに気づきもしない。それどころか「わかればいーんだ」と勝ち誇った顔をするんだから笑ってしまう。録画を止めた端末をテーブルに置き、蚊帳の外だった輝一のほうを向く。
「…んだよその顔は」
「いや……さすがにたぁくんはちょっと…」
「呼ばせてないからな?!輝二のアドリブ!」
「なんだよかった…拓也ならあり得るなって思って」
「…お前は俺をなんだと思ってるの?」
「大事な妹をかっさらった男?」
「……」
反応に困ることを言わんでください。「冗談だよ」ってけらけら笑うけどあながち嘘じゃないだろ…。
しびれを切らした細い指が俺の頬を突き刺した。ぷに、じゃないぐさッ!だ。加減をしらないのか。
「えい」
「…こうじさーん、めり込んでますよー」
「おなかいっぱい…ねむいぃ…」
「自由すぎんだろ…こんなとこで寝んなよ…?」
「ねない!…ふろはいりたい……たく…おふろ、はいろ?」
「痛い痛い、兄貴からの視線が痛い」
このままここに居たら、兄からは視線の暴力が、妹からは物理の暴力が振りかざされそうだ。わざとらしく「そろそろ帰っかなぁ!」と口にした声は裏返っていた。
「そうだな…一緒に?お風呂入らなきゃいけないもんな?」
「…カンベンシテクダサイ」
会計札をぶんどり、隣の酔っ払いのでこをはたく。
「いった!なにすんだばか!ばーか!」
「子供かよ…ほら!帰るぞ~」
「かえる?」
「えーなんで疑問形なんだよ…」
椅子から追い出した輝二が小首をかしげながら見上げてくる。このポーズに弱いんだろ?知ってるからなって副音声が聞こえてきそう。まったくもってその通り、だけど今はめんどくささが勝つ。…帰ってからもう一回やってもらおう。
「輝一ごめん、こいつ引っ張ってくからあと頼んでいいか?」
会計札と財布から取り出した万札2枚を輝一へと渡す。「いやいや、多いって」と難色を示すから、いいからと突っぱねた。
「どうせ毎回こいつに奢ったり貢いでんだろ?わかれって…恰好つけさせてよ」
「…えぇー…じゃあお言葉に甘えて…ありがと、ごちそうさま」
「いーえ~」
男二人のやり取りなんか気にもとめてない、てか気づいてない輝二がいつの間にか席に座っていた。
「待って、なんでまた座ってんの?!だっる!」
「…あるけない」
「あーはいはい!ほら!抱っこしてやるから!」
「…いや」
「…わがままちゃんめ」
後ろで輝一が吹き出した。
「苦労するね~」
「まったくな…ホント」
まあ、嫌だとは言ってないけどな。普段が聞き分け良すぎるぐらいだから、たまのダダは聞いてやりたい。これも惚れた弱みってか?うるさいな、わかってるってそんなこと。
「おぶれ」
「お前今スカート履いてるじゃん。おんぶはさすがに…」
「…だって…だっこ、は…きのう、のえっちおもいだすから、や…」
「わーッ!わーッ!」
マジでやめてくれこんなとこで!!
これ以上爆弾を投げないようにと、兵器のような口を手で抑える。もがもが言ってるが構ってられない。聞かれたんじゃないかと恐る恐る振り返れば、ちょうどレジの方へと歩いていくところで耳に届かなかったみたいだ。詮索するような奴じゃないのは解ってるけど俺のメンタルがもたない。ちなみに言うけど、別に昨日こいつを持ち上げてセックスしてたわけじゃないからな。普通に正常位。ぎゅうって抱きしめながらイクと喜ぶから、それを言ってるんだと思うんだけど…。焦った、まじで焦ったわ。駅弁したことがある手前、本気で冷や汗が止まらない。
***
ふわふわのスカートで助かった。タイトスカートだったら捲し上げる羽目になるからな。店を出てすぐにおぶった輝ニが「ねる…」と言ってから、背中ですよすよ寝息を立てている。人の苦労も知らないで気持ちよさそうに寝やがって…。帰ってから、荷物は明日整理するとして、風呂沸かしてこいつ入れて、どうせ風呂上がりに「…少し、お腹すかないか?」って言い出すだろうから軽食も準備して…やる事が山積みだ。
「貴重なものみれたって感じ」
「まじでごめんな…」
「ううん、別に大丈夫だから。また3人で飲みに行こうよ」
「…今度は家で飲むかなぁ」
「あーあれはさすがに…」
明後日の方向へ目線を泳がせながら気まずそうに口を開く。やっぱり、どれだけ仲がよくても女兄弟の下着姿は罪悪感が湧くらしい。ちょこっと優越感。俺が知ってる、輝一が知らない姿が1つ増えた。
「じゃあ俺、電車で帰るから」
「おーわかった。またな〜」
手をひらつかせた輝一が、駅の方へと脚を進ませるのを見送る。人一人をおぶったまま電車に乗りたくない俺は、タクシーを捕まえようと大通りを目指した。やだね大人って、こうやってすぐ楽しようとするんだから。普段だったら輝ニが「電車まだあるんだから、わざわざ金使うな」って手厳しく跳ね除けるんだけど、今は大人しくすぴすぴ言ってるから構わないだろ。
嘔吐するような飲み方はしないから安心して車内へと押し込められる。住所を告げ、窓ガラスに頭をぶつけないように肩へと持たれかけさせてから、やっと一息ついた。…今日一日ってか、夕方からしんどすぎじゃね…?
ケツポケットがブブッと震え、メッセージが届いたことを告げる。パッと明るくなった画面に、車内じゃなきゃ叫び声を上げていたことだろう。
『今日はほんとご馳走さまでした』
『あんまり輝ニに変なことさせんなよ』
ばっちり聞こえてんじゃねぇかよ…。
釘を刺され、生きた心地がしない俺のことなんかお構いなしに気持ちよさそうに眠る輝ニ。アルコールのせいではない頭痛を感じながら、酒が抜けてきたのか、普段より冷たい手を温めるように指をそっと絡めた。