「こーっじ」
「なん、ッぉあっ!」
ベッドに放り投げてからすぐに愛する兄が待ってる部屋へ戻ろうと思ったのに、拓也の熱くなった手の平がそれを阻止してきた。半ば強引にベッドへと引きずり込まれくっつけられた枕へと頭を並べる。至近距離で向き合い、申し訳無さそうな表情を浮べて手を握ってきた。
「ごめんなあ…俺、風呂…」
外出、それも居酒屋に行った後そのままにベッドに上がったことを言っているのだろう。身綺麗にしないでベッドに上がってほしくないって言葉をどうやら覚えていたらしい。部屋に入るやいなや部屋着へと着替えさせたし、何より酔った状態のコイツを風呂にいれるのは面倒くさい。どうせ「1人じゃ入れませ〜ん」「一緒に入ろうぜ♡」とか駄々をこねるんだから。輝一がいないんだったら別によかったけども。
「まあ今日はいいさ、許してやるよ」
「あははっ!…うん、ありがと」
破顔させ、髪、額と口が寄せられる。
「っふ、ふふっ…酒くせぇ」
「べろ突っ込んでやろうか?」
「ヤだ。こっちまで酔っ払う」
「…じゃあ普通のは?」
「いつしてくるんだろうなって思ってた」
「ありゃ、お待ちでしたか」と笑いながら唇が重ねられた。数度合わせて離れるだけの触れ合いに何方ともなく笑いが溢れる。
「風呂入って寝てるかと思ってた」
「…こないだ買った入浴剤、使いたかったから」
「あ、色凄そうなやつ?あれ俺も入りたい!」
「だろ?お前と楽しみたかったし、今日とか丁度いいって思ってな」
半分閉じかかってた瞼が徐々に上がっていき、まん丸になったかと思えばじとりと睨まれる。
「…何でもっと早く誘ってくんねーの」
不機嫌になられても困る。お前がなにも準備していない部屋に輝一を連れて来やがったせい、いや、おかげなんだからな。尖らせる上唇を口ではさめば一瞬驚いた目をさせてそのまま背中に手が回ってきた。
「風呂はまた今度な、一緒に入るだろ?」
「もちろん。…どんな色になると思う?」
「そうだな…名前に負けないような宇宙みたいな色じゃないかな」
「あー、渦巻きそう」
ふふっ、ふふふっと至近距離で笑いあげて沈黙が流れた。目線を絡ませ、引き寄せられるように唇が重なる。アルコールの匂いがする舌が唇をべろりとなめ、閉じられた隙間を叩いてきた。
「…やっぱり、ちゃんとちゅーしたい」
「だめだって」
「じゃあさ…ここ、跡つけていい?」
「…そのぐらいなら…いいけど」
心臓あたりをとんと突かれゆっくりと頷いてみせる。ふっと笑みを漏らしたあと背中に回っていた手で距離が詰められ、もう一方の手がパーカーのジッパーをおろしにかかった。ジジジ…と金属音がしたあと寄せた谷間へと唇が当てられ、ちりっとした痛みに息を詰める。
「っ、ん」
「……申し訳ないんだけど、ムラムラしてます」
「はっ…はあ?!…サイテー、さっさと寝ちまえよ」
「ねぇこうじぃ〜…触るだけっ!ほんとすぐ終わっから!」
「……」
コイツは…!私がその表情に弱いってわかってやってるだろ絶対!
甘えるようにすり寄られ、でもその瞳の奥がギラリとひかっていて行動と態度のギャップに腹の奥底が疼いてしまいそう。
はあぁぁと、これ見よがしに特大のため息をついてから小さく頷いた。
「えっちは、しない。絶対にしないからな。したらコロス」
「しませんしませんっ!そんな勃たねぇし…ほら、興奮してんのにふにゃちん」
「……」
私が揺らいでたら世話ないな。手を持っていかれた股間はとても熱く、でもそれだけで硬さは皆無だった。揉むように力をこめてみるがなんの反応も返ってこない。思わず「…かわいい」と声が漏れてしまった。
「これで遊んでてもいいか?」
「嫌ですね。…そんなキラキラさせた目で見んなよ」
「ふにゃふにゃのちんちん、かわいい」
「勃起不全みたいな言い方やめて…」
さっきまでの勢いを削いでいった拓也が、不貞腐れながらそっぽをむいてしまった。
「拗ねたのか?かわいー」
「……俺、怒ってるんだからな」
「悪かったって、たくのちんこカッコイイよ」
「ばーかその話はもういいの!けどありがとう!」
じゃあなにが原因なんだ…?うじうじしやがって、はっきりしろよ。
「……俺も、言ってほしい…」
「…ん?」
「だーかーらぁ…あーんって言って、やってほしいの!」
「……みみっちぃ」
「みみっちい?!」
ぐるんと向き直った拓也の頬が膨らんでいる。つつけば研がれせた口からひゅるると空気が逃げていった。
「ホントに嫉妬してたんだ…」
「…してるさ、いつもな。…お前、輝一のこと好きすぎなんだもん…」
あ、これ本気で酔っ払ってるぞ。普段絶対に声にしない輝一への負の感情に胸の内がきゅうっ♡と締め付けられた。…私の彼氏、かわいい。
「ふっ、ふふっ……お前、輝一に嫉妬してるんだ」
「何度も言わせんなよ……どうしたらいい?いっそのことさ、アイツの前でお前抱いてみようか」
「っうぇ?」
乾かしてもらった髪をさらりと流しながら目線で射止められ、変な声をだした私は動けないでいる。なおも言葉は続いた。
「この脚限界まで広げてさ、俺のちんこ咥えられてるとこ見せつけようぜ…。…俺のもんだって、輝ニは…俺のなんだって…絶対見せたくないのに、知られたくないのに…」
「はっ…ぇ…やだ、まって…」
「ぐちょぐちょにして、たくさん泣かせて喘がせてさ……この身体に、教え込んだのは、俺なんだぞお前じゃないんだって…自慢したくて、教えたくて仕方ないんだよ……なあ、どうしたらいい…?」
流し込まれてくる掠れた声音が聞いてられない事をつらつら並べ続ける。どうしたらいい、と問いかけておきながら眠気半分な言葉たちは止まってくれない。
「最近、胸だけでもイケるようになったしな…たくさん、たぁくさん可愛がりたい…指と、口で、気持ちよくさせてェ……可愛い…大好きだよ、こーじ…」
髪を撫でていた手がやんわりと膨らみを押してきた。締まりのない顔をしながら頬に触れ、再び頭を撫で付ける。
「…たく…や…っ!」
「ナカ、泡立つぐらいまで突いて…潮吹かせて…ふふっ…どんな顔すんだろなぁ、お前の兄さん……」
「やッ…とまってっ…しゃべんなっ!」
「何回イケるかな…なぁこーじぃ…大好きな兄さんに見られながら、たくさんイッてくれる…?たくさん、イッて……俺が気持ちよくさせたげるから…お前が、好きなことぜーんぶ…やってあげる…」
「だまれッ黙っとけよホントさ!!」
「照れてんの…?かわい……すげぇね、抱きたい……ナカ締めながら…好き好きって、して?…ね、お願い……気失っても犯し続けてェな…ぐちゃぐちゃに抱きたい……ごめんなぁ…お前のこと、すっげェ好きで…」
「あっ…ゃっ、ぅああぁ……」
「……ふあぁ……だめだねっむ……」
そう口にしてから顔の脇にすとんと腕が落ちてきた。
寝た、寝た寝やがった。このタイミングで。ふざけるな本当に。は?いやいや…はあ…?!
「…ああくそ………濡れた……」
お預け食らわされるとは思わなかった。
***
「来ないかと思ってた…って、大丈夫か?顔真っ赤だぞ」
「もうイヤだホントやだ、信じらんねェ殴っとけばよかった」
律儀にテーブルについたままの輝一が、姿を現した私に驚きつつ手招きをする。そのまま手元のグラスをカラリと鳴らしながら一度あおった。呼ばれるまま近づき、その首元に腕を回して指摘された顔色を隠すようにすり寄った。
「どうした?…あ、情事ごと以外なら話聞くよ」
「以外も何も、なにもなかったんだから」
「なら、」
「あんな饒舌に語っておいて寝落ちやがった…!その気にさせておいてありえないだろっ」
「……その気」
気まずそうな顔をみてしまったと口を覆う。どうしよう、輝一にヤラシイ子とか思われたら…首を括ることも考えよう。
「あんまり、拓也困らせちゃいけないよ」
「…なんで私が原因だと決めつけんだよ」
「そりゃあ…輝二が可愛いからかな?」
そんな雑な誤魔化し方されても…嬉しいけど。……拓也も、このぐらい真正面から言葉をくれてもいいだろ、たまにはさ。だめだ、腹が立ってきた。
「…ムカツク」
「えっごめん」
「違う、拓也にだ。…なぁ、今日一緒に寝てもいいか?」
「それは構わないけど…俺、ソファ借りるつもりだったんだけど」
「目一杯くっつけるな」
我ながらなんて名案なんだ、天才的発想。合法的に輝一にくっついて眠れるなんて夢みたい。この流れに持って行けたのは拓也のおかげだな。拓也の…拓也、の……あの、変態の。
「今のうちに息の根止めておくか…」
「やめてやめて」
「ふふっ冗談だよ。あ、朝これでご飯食べに行こうぜ?おいしいコーヒー出すお店があるんだ。きっと気に入るよ」
そう言って、部屋に脱ぎ捨てられたジーンズから拝借してきた黒の財布をひらつかせる。コーヒーの味の事なんかわからないが、アイツが一口飲んだあとぱああっと顔色を明るくさせ喜んでたから間違いないんだろう。…くそう、私だって豆の違いがわかるぐらい飲めたら胸を張って輝一に勧められるのに。アイツからの情報を横流しするしかないんだ。
苦笑いを浮かべた輝一が頭をぽんと叩いてきた。
「巻き込んでほしくないんだけどなぁ…まあいいか。俺とのデートだね」
素晴らしい、なんて素敵な響きなんだ。朝から輝一とデートだなんて…最高じゃないか!
「寝よう、今すぐ寝よう!」
「…一緒に寝るならそれ、隠してくれよな」
「どれ…?」
ん、と自らの胸をとんと突く輝一を見てカァッと血がのぼってきた。しまった、跡付けられたのを忘れていた…!
「こ、こういち…恥ずかしくて死にそう…」
「…さぁて、お風呂借りようっと」
「ヤダヤダ!一人にしないでくれ!着いていってもいいか?!一緒にいてよ!!」
「やめてくれ!」
輝一に対して体裁もへったくれもない。腰にまとわりつきながら脱衣所まで無理やり着いていった。上半身裸になるまでは一緒に居てもらえたが「これ以上はさすがに無理」と締め出されてしまった。
このまま一人の時間が長くなったら越えてはいけない一線を超えてしまいそう。だって、あんな、本能のまま求める言葉を聞かされてさ。いつもは絶対こっちのことを最優先させる、行為中は優男のアイツがだぞ。あんなこと思ってたんだ、考えてたんだと…。
名前を口にして、下着の中に手を伸ばしてしまいたくなる。
「あああぁ…輝一ぃ…はやく戻ってきてくれぇ…」
頭を抱えながら寒い廊下で正座した。頭を冷やさねば…。
……下着、変えたい。
『ごめん』『今』『起きた』『いまどこ?』『昨日は俺がわるかた』『悪かった』
ブブッ、ブブッと連続したバイブがとまる。変わって輝一の端末が、私の比じゃないぐらいの通知を知らせだした。
「…うわぁ」
「アイツなんて?」
「…見て」
『ヤバイ』『やらかした』『輝二の機嫌どんな感じ?』『一緒にいんだろ』『おい』『おい』『見ろよ』『いや、ごめん』『俺が悪かったって』『伝えて』『輝二が喜びそうなもの食べさせてやって』『俺の財布持ってるだろ』『クレカはやめてね』『使うならほどほどに』『鍵見当たんないんだけど…』『家出れないじゃん』『迎え行けない』『早く帰ってきて』
「…えげつないな」
「…だな」
軽く引いた。でも、既読をつけない私じゃなく矛先を輝一に変えたのは賢明な判断だ。湯気を揺蕩うカップに口をつけ、カフェオレが喉を通っていく。鍵がないのも、こうしたら追って来れないだろうと持ってきたんだから。鞄へと詰め込んだ2つを思い浮かべた。反省してろ、ざまぁみやがれ。
テーブルの脇に伏せていた私の端末が再び震えた。性懲りもなく何を送ってきたんだか…。
「私のほうにも何か来たぞ」
ふふんと鼻を鳴らしながらそのまま輝一へと突き出した。どうせ情けない感じの『ごめんなさい』が映ってるだろうから兄と一緒に笑ってやるんだ。そう思っていたのに、正面に座っている輝一がため息をついた後気まずそうな顔を浮かべた。
「ちゃんと自分で見て」
「…なんだよ」
首を傾げながら画面を自分へと向ける。
「ッひ」
ここが店の中じゃなかったら叫んでいた。少しは言葉にしろとは言ったが、するならワンクッションを置いてくれ。合図をしろ。
『愛してる』
「…帰ろうか、拓也のいる部屋へ」
「いや…待ってくれ、絶対に嫌…ムリ、だってぇ…」
行儀悪いとわかっているが今ばかりは見逃してほしい。背もたれへ背中をベタ付けて、顔を両手で覆い隠した状態でずるずる落ちていく。鼓動が早く落ち着かない。
こんなラフな格好で輝一の隣を歩けるわけがないよな。ほらっ、気に入ってる香水も、輝一のために買ったスカートも履いてないんだから。ホントはこのまま奴の金で大好きな兄との逢瀬を楽しみたい、ホントに。でもだって、リップすら塗ってないんだぞ、ただでさえ血色わりぃって言われるんだから…アイツに。じゃなくて、とにかく完璧な状態で並びたいだけだ。だからな、仕方なく。ほんとーーーに仕方なく、な!!
「……帰る」
ああああ、帰りたくない!!
プレートの上にのったウインナーへ、湧き上がった感情を込めたフォークを力いっぱい突き刺した。