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    さめはだ

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    さめはだ

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    拓→←2♀の両片想い学パロ
    拓、一人暮らし

     女の買い物は長いとは聞くけれど、ここまでだとは思わなかった。
     設置されたソファに溶け込んでしまう勢いで、だらりと項垂れる俺の足元にはショップバックの塊が、膝の上には彼女たちのかばんが乗せられている。げっそりした面持ちで顔をあげれば、テンション高くあーでもないこーでもない言ってる泉と、そんな泉に充てられて表情を綻ばせた輝ニが見えた。プラカップから伸びたストローに口を付けて吸い上げても、ずずずっと音がなるだけでほとんど水の味。俺がどれだけ待ちぼうけを食らってるかを、手元のコーヒーが物語っている。
     ばちっと合わさった目線の後、輝ニが軽く手を降ってくるから俺も手を上げて返事を返す。それだけで口角を上げて見せるから、もう少しだけなら待ってやろうって気にもなるね。…俺、アイツに甘すぎじゃね?

     

    『明日、何か予定あるか?』
    『買い物に付き合ってくれ』

     ぽこぽこんと送られてきた内容に二つ返事で了承したのが昨日の話。待ち合わせ場所に行けば、珍しくワンピース姿の輝ニが待っていた。……その隣には、色違いを着た泉が。

    あーーーなるほど、理解した。荷物持ちってわけね…。

    「悪いな、急に誘って」
    「別に〜、予定もないし大丈夫」
    「…ん」

     いつも通り手の平を頭にぽんと置いてから、しまったと頬を引き攣らせる。今は二人じゃないんだった…。恐る恐る振り返れば、口を覆いながら隠せてないにやけ面と目があった。

    「あらあら〜見せつけてくれちゃってぇ」
    「ばッかちげぇよ!」
    「見せつけるって何だよっ!」
     
     急いで取り繕ったけど効果があるようには見えない。それどころか、にやけ顔が更に深くなった。

    「でーも、今日はダメよ?一人占めさせないんだからっ」

     そう言った泉が輝ニの腕を絡めとった。きゅうっと抱きしめた二の腕に、輝ニにはほとんどない膨らみが歪み、見ちゃいけないものを見てる気がして顔を背けた。居心地の悪さを感じながら「ほら!行くんだろ買い物!」と、彼女たちの背中を押したんだ。



    「…で、拓也は一人寂しく待っている、と」
    「……なんでいんの」

     背もたれに背中をつけ、意識を遠くの方へとやってる最中影がかかる。聞き覚えのある声がして目を開ければ、くすくすと肩を揺らす輝一が立っていた。

    「泉から連絡もらってさ、この時間からなら合流できるって伝えてたんだけど…聞いてない?」
    「…初耳」

     輝一が来ることも、言うなれば泉がいることすら聞いてない。てっきり輝ニと二人だと思ってたぐらい。
     あと、アイツがあんなめかしこんでるとも思ってなかった。

     正直、すげェ可愛い。


     俺と輝ニの関係を聞かれたらなんて答えるのが正しいんだろう。親、学校の友達、バイト先の人にだったら「友達だよ」で、こいつらに聞かれたら「……」かな。多分、こいつらは俺の気持ちには気づいてるんだろうから今更誤魔化す気はない。肝心の本人はどう思ってるかは知らないけど、間違いなく「友達以上」とは思ってくれている…はず。じゃなけりゃ、学校もちがけりゃ趣味も違う、ましてや性別からして違うのにこんなに一緒に居るわけがないだろう。「友達以上」の以上の先が親友なのか楽な相手なのかは解らないけと、頭を撫でても許されるこの距離感を失いたくない俺は、たった2文字を伝えられずにいるんだ。
     アグニモンのときに抱きしめた小学生の身体じゃなく、生身の俺で今のアイツを腕の中に閉じ込めたいって何度考えた事か。隣を歩く小さい手を握りたいって、土埃の代わりに薄っすらと化粧が乗った頬をなでたいって何回思ったか。数えることはとっくにやめた。



    「これはまた…随分買い込んでるな」
    「そうだそうだっ!言ってやれよ!どんだけ振り回すんだって!」
    「…それは拓也に対して?それとも、輝ニ…?」
    「ゔっ……」

     にやりと嫌な笑いを浮かべた輝一が隣に腰掛ける。どうやら、待ち疲れな自分自身より、連れまわされている輝二の心配をしていたのを見抜かれたらしい。
     数年前に「輝ニ泣かせたら殺すよ」と脅したあと、俺をからかうことに力を注ぎだした。昔と変わらない間柄なのに泣かすも何もないだろう。女子に手を上げるような馬鹿な真似はしないし、むしろ期待させられて勝手に落胆して、枕を濡らしてるのは俺の方だってのに…。

    「…正直、今日二人きりだって思ってた」
    「あー…悪いな」
    「別に、輝一のせいじゃねーって」
    「それもそうだな、彼氏でもないしな」
    「…おー?えぐってくるねぇ」
    「そりゃね、さっさと告白してしまえよ」
    「……」

     俺の肩をとんと叩いたあと「声かけてくるね」と、勇敢にも女性だらけのショップの中へと脚を踏み入れた。輝一の姿をみて目を丸めた輝ニが、一言二言会話をして同じ顔をくしゃっと曲げ満面の笑顔を浮かべている。

    「……告白、ねぇ…」

     それができたら苦労しねーっつの。臆病者だと言われても、親兄弟を覗いて一番近い存在でいれてる筈の今を手放せない。これ以上踏み込む勇気がない俺は、柔らかい目線を別の男にむけるアイツをただ眺める事しかできないんだ。




    ***

    「やっ」
    「えっ…なんでお前がいるんだ」

     肩をとんと叩かれ誰かと振り返れば、思いがけない人間が立っていた。

    「もう…泉ー?拓也もだけど、輝ニにも伝えてなかったのか?」
    「輝ニには言ってたと思ってた…ごめんなさい輝ニ」

     なるほど、泉の呼び出しか…。しゅんとしだす姿に何もいう気も起きず「別に、構わないさ」と返事を返す。コイツの思いつきに振り回されるのは今に始まった事じゃないし、輝一がいることなんて些細な問題だ。

    「今日は一段と可愛くしてもらったんだな」
    「…うるさいなぁ」
    「似合ってるって言ってるんだよ。…拓也も、可愛いって思ってるって」
    「……そう、かな…」

     そうだといいけれど。もし本当にそうだとしたら、朝イチ家に乗り込んで来た泉におもちゃにされた甲斐があったってもんだ。
     自分で選ぶことはないお揃いのAラインのワンピースは、私の自信を底上げしてくれた。輝一のリサーチのおかげで奴の好みを把握出来るのはありがたい。いくら友達、親友だと言っても「好きな女のタイプを教えてくれ」なんて聞いてしまったら、どれだけ鈍いアイツでも気持ちに感づかれてしまうだろう。だから横流しにしてもらった情報を元に、泉に協力を仰ぎながら地道に努力を重ねているわけだ。健気だなと、自分の事なのにどこか他人事のように考える。

     兄だとしても、異性からの太鼓判に思わず頬が綻んだ。可愛いって思ってくれたらいいな、嬉しいなと、内巻きにされた毛先を指に絡める。瞬時に、らしくない態度をとってしまっていることに気が付き顔が熱くなった。まったく、この気持ちは本当に厄介な物だ。少しでも意識してほしい、その瞳になるべく映っていたい、好きになってほしい。肩を並べて駆け回る必要がなくなった今だからこそ、一緒にいれる大義名分が欲しいんだ。友達、仲間、親友じゃ足りない。だから今日も、せっせかせっせかポイント稼ぎをしているわけで。…あそこでぽけっとしてる奴の為に、ってのが腹立たしくも私を心地よくさせる。

    「さて、そろそろ王子様のもとに戻ろうか」
    「…王子様ぁ?アイツがそんな玉なわけないだろう」
    「…たしかに」

     言い出しっぺが否定したら世話ないな。

    「輝一、どっち」
    「んー…こっち」
    「わかった」

     顔を見合わせて一通り笑ったあと、微妙な色の違いがあるトップスを胸元に当てみせ選ばせた。泉からの助言も助かるが輝一からの意見も信用できる。レジまで着いてきた輝一が自分の財布を取り出した。断ろうと口を開いたが「これ着て、もーっと可愛くなれよ」と笑いかけられ、引き下がることしか出来ない。小さく返した「わかった」はちゃんと届いたんだろうか。



    ***

    「……で、なんで俺はまた待たされてるの?」

     しかも自分ちの廊下でだ。玄関入ってすぐの壁に輝一と並んでもたれ掛け、二人が消えて行った部屋への扉を睨みつけた。

     輝一が合流したあと、もう1軒だけ付き合って!と引っ張られた先が下着屋さんで、いろいろ社会的に死ぬかと思った。大慌てで踵を返して離れた位置から見守ること、に…見てはいない、見ていられない。店頭に並んだ商品たちが華が咲いたみたいにキレイで、細かい刺繍とかも着いてて、へぇ〜下着ってあんな感じなんだぁ〜って考えが出てしまった頭を抱えた。
     並んで立つ輝一がそんな俺の様子をみてけらけら笑う。「拓也ぁ…輝ニの下着、どんなのか教えてやろうか?」「いいっ!言うな!」「あ、店先の右側のやつ多分好きだぞ」「えっどれ?」「ふっ、あははは!必死じゃないか!」ってな感じ…な?遊ばれてるだろ?


    「泉の強引ささぁ、年々増してるよな…」
    「それは否定しないけど…今日ばっかりは大目に見てくれよ、輝ニの為にもさ」
    「…え?なんで輝ニの、」

     聞き返そうとしたタイミングで扉がかちゃりと開いた。満足そうな笑みを浮かべた泉がひょこっと顔を出し、俺の手首を掴んだ。

    「お待たせ」
    「おっおう…?」
    「さいッッッこーに可愛いから覚悟なさい?」
    「……へ?」

     腕をひかれるまま部屋に足を踏み入れる。神妙な面持ちの輝ニが、ベットの上に腰掛けていた。


    白いニットワンピースとかさ、嫌いな男いるの?


     華奢な身体つきがよくわかる昼間のワンピースもよく似合っていて可愛かったけど、柔らかそうな布地の上をすべる艷やかな黒髪とのコントラストが最高。ああ、あのふわふわのニットの下はあの細身が隠れてんだなと、喉を鳴らしてしまった。庇護欲が掻き立てられる。不要かもしれないが、俺に守らせてくれって考えてしまう。膝よりも丈が長いスカート部分から、座ってることによって滑らかな脛の部分が覗いているのもたまらない。

    「…うわぁ………かわいい」

     零れた言葉にバッと顔が上がった。向けられたキラキラした眼差しに気恥ずかしさが出て、誤魔化そうと口を開いたとこに輝二の声がかぶさった。

    「ほっ本当か?!」
    「……」

     嬉しそうにほころんだ表情に胸の内が柔らかくなる。隣へと腰を下ろし頭を撫で、ゆるくウェーブした毛先まで指を滑らせ目線を絡ませる。

    「…うん、すっげぇ可愛い…」
    「そ、そうか…ふふっ…そうかぁ…」

     満足げに返答をかみ砕く輝二が、自分のうなじへと手のひらを回した。照れているときのコイツの癖だ。細い首をいつものように撫でるのかと思いきや、その小さい身体がぴしりと固まった。

    「どうかした…?」
    「へッ?!いや…なんでもっ……なんでも…ない、わけじゃないんだ」
    「どっちだよ」

     おかしな物言いに吹き出しそうになったが、見上げてくる瞳が微かに潤んでいて、こいつにソンナつもりがないのは百も承知だけど期待してしまう。生唾を飲んだことが気づかれてませんよーに…。ベットのスプリング音が生々しく聞こえる。

    「あんた達~私たちがいること、忘れてるんじゃないー?」

     勢いよく振り返ってみれば、ブロンドを耳に掛けた呆れ顔と、黒髪の間から覗かせた底意地悪そうなニヤケ面が俺たちの様子に目を向けていた。

    「わっ忘れてねーって!」

     どうだか、と肩を揺らす輝一の言う通り、二人の存在を完全に忘れていた。グレーのシーツの上に映える真っ白な花弁に俺は釘付けだ。

    「じゃあ、俺たちはお暇しようかな。泉、送っていくよ」
    「あら、ありがとう!じゃあまたね」
     
     泉が閉まる扉の隙間から、小さくガッツポーズをしながら「輝二!ファイトっ」と笑みを残していったのが気にかかる。返事を返すように隣で首を縦に振るから、俺たちの間合いにいい香りが充満した。

    「……あいつら、なんだったんだ」
    「…まあ、後でわかるさ」
    「ふ~ん…?」

     感じた疑問をはぐらかされ、腑に落ちないまま頷いた。かくいう俺も、手を伸ばせば簡単に触れてしまう距離に心ここにあらずで。場を盛り上げようと、いつもみたいに振舞って見せた。

    「そういやさ、何買ったの?」
    「ああ、服を何着かと…し、下着…」
    「へぇ~…見せてよ」
    「下着をか?!」
    「服だわっ!!」

     そうかと、なぜか残念がりながら腰を上げる。すぐに俺は、見せてと言ったことを後悔した。

    待ってくれ。そのワンピース、後ろにスリッド入ってんの…?

     短くなくて目のやり場に困らないと安心していたのに、膝裏までばっくり開いた布地に額を抑えた。泉のセンスか最近の流行かは知らないけど、輝二が「動きやすそうだな」と選んでるとこが目に浮かぶ。さすがに足を広げて座る真似はしなくなったが、ガキの頃の癖なのか、走るは飛ぶは跨ぐはで…俺の身にもなってほしい。真っ白で噛み応えのありそうな太ももが、動きに合わせて見え隠れした。輝二が背中を向けてるこの隙に、脳みそに刻んでおくとしよう。

     そんな輝二が、壁際に置いた色とりどりのショップバック達からタグが付いたままの商品たちを披露しだす。ここが気に入っている、こーゆーの可愛いよな、似合うだろうか…、お前はどう思う?、だってさ。

     ぜーんぶ、似合うよ。輝二がどんな服装していようが、中身が好きなんだから。
     
     薄手のそのシャツを着て映画にでも行こうなと伝えれば笑顔を見せ、そのTシャツだったら体動かしに行けるなと伝えれば瞳に闘志を浮かべ、そのスカートは短いんじゃ…似合うけどと伝えれば照れ笑う。

     ひとしきり披露し終えた輝二が満足そうに隣へと戻ってきた。ぎしっと二人分の体重に軋んだ音より、今後の予定に思いを馳せるのに忙しい。

    「…あ、あのな…拓也」

     夏ごろまでの予定を脳内に浮かべ出した時、小さく深呼吸をした後、固くさせた声音がかかった。

    「ん?なーに」

     身を固くさせる緊張を解こうとなるべく優しい声音を心がける。つっても、意識しなくても出てきちゃうんだけどね。
     思案するように彷徨った目線がおずおずっと見上げてきた。あざとさすら感じるが、自然とやってるってことがわかるから困ったもんだ。汚ねぇ欲を隠す微笑みを支えてるのは仏のような心持ち。あーとかうーとか言った後、リップで潤んだ唇が開かれた。

    「その、だな…誤解、して欲しくないんだけど…私の意志に反するというか…いやっそもそもこういうことを頼んでたわけじゃなくて…相談していたのは事実なんだけども…」
    「あははっわかったわかった…ゆっくり喋れよ、ちゃんと聞いてるからさ」

     こういう時に改めて妹なんだなって感じる。とりとめのない言葉たちがぐるぐる俺たちの周りを飛び回り、必死に何かを伝えてくる姿が可愛くってその唇を塞ごうかと思った。しないけど。

    「ふぅ……ハッピーバレンタイン、拓也」
    「…ん?お、おう…」
    「…チョコの代わり、受け取ってくれるか?」

     首元まで真っ赤にした輝二の震える指先が、胸元のボタンをぷちぷちと外しだした。

    「へッ?!!」
    「…うるさいぞ、黙ってみてろよ」
    「はいッ!!」

     室内に響き渡る元気な返事をしてしまった。

    待ってくれ!!こんなご褒美いいんですか?!なんかしたっけ俺!!

     荷物番の見返りは、待ち合わせ場所に現れた時点でもらっている。あんな可愛い姿の輝ニを見れて満足で、バレンタインなんてはなから期待していない。今年も、泉に渡すついで感満載の既製品の友チョコをもらえたら御の字だなと思っていたのに。いまいるところはベットの上で、目を潤ませながら真っ赤になった好きな子がすぐそばにいて。別に付き合ってはいないけど。どうせ適当にお店とかで捨てることになるだろう童貞をこの場で…?!

    なんて、そんなわけねぇーよなぁ。だって俺と輝二だぜ?ナイナイ…夢見過ぎだな…。

     この現状が自分にとってあまりに都合よすぎて勘違いを起こしそうになる。隠れて肩をすくめていたところに「おい」と声がかかった。

    「…こういうの、好きなんだろ?」
    「……これは夢、なのか?」

     広げた胸元の間から白いキャミソールがのぞいている。薄目で捉えた寄せられた谷間には赤いリボンが結われていた。

    「いやっ…待ってよ…え、好きってなんの話…?」
    「…違うのか?…輝一からこういう定番?が好きだって聞いたんだけど」
    「て、定番…?」

     なんの話だと記憶を遡ってみて、心当たりにたどり着いた。回し読みしていたヤンジャンのグラビアページ、時期がクリスマスってこともあり、サンタっぽい水着を着たアイドルの豊満な胸元には真っ赤なリボンが結ばれていた。その横には「私がプレゼント♡」なんて言葉と共に。それを、見てひぇーすっげぇのって隣にいた輝一に見せたのを思い出した。にっこり笑う顔に嫌な予感はしたけれど、そのあとに「残念、あの子だったらこんなきれいに胸に乗らないな」とか「輝二で変換とかするのか?」って続いてそれどころじゃなくなった。なんて兄貴だ。

    「下着の上から縛ってるだけだから、別にほどいてもなんにも問題ないぞ」
    「えっとえっと…」
    「変な趣味してるんだな…人に巻かれたリボンをほどきたいって…それの何が楽しいんだ?」
    「誤解しかないじゃんッ!!」

     随分と大きな誤解を抱いた輝二が、若干引き気味で、あとは心底不思議そうにしながら身をよじった。

    「…んっ」
    「なッなに…どした?」
    「いや、悪い…このリボン結ばれるとき何かを巻き込んでたみたいで…背中にこすれてかゆいんだよ…」
    「へぇ…そ、うなんだぁ…」

     不快感を感じながらも、俺のためにってやってくれてることが嬉しくて、あとはほぼ肌着姿の輝二に夢中で考えがまとまらない。えっちな声もだすしさ…勘弁してくれ…。

    「早くほどいてくれ」
    「……」

     何でもないように言ってのけるけどさ、それってお前の胸元に指をつけることになるんだぞ。わかってんのかなコイツは…絶対わかってないじゃん。身体がかゆいから早くって…AVみたいなこと言わんでくれますか、俺のベットの上でさ…。

     何回でも言うけど、どうせ他意がないんだ期待するだけ無駄だなと、意を決してその胸元に指を伸ばした。指の先が肌をかすめ、輝二が小さく息をのむ。シュルルとほどけたリボンを引き寄せ手に握った。

    「と、とれたぞ」
    「ん…ホント、なにが楽しいんだよそれは…」
    「たの、しいってか…」

     別にリボンをほどく作業が楽しいんじゃなくて、巻かれたリボンを解いた後に待っているアレコレが楽しいんですよね…。それを伝えるのは、好きの二文字を言うよりもハードルが高すぎる。
     
     乾いた笑いでなんとかごまかしながら、生々しい温もりが残ったリボンを脇に置こうと目線を向けた。

    「ッは、はぁああッ?!」
    「ッ、うっせェ!いきなりなんだよ!!」
    「ごっごめん!やッごめん待って!」

     慌ててそのリボンを背中へと隠す。輝二が訝しみながら、ずいっと手を差し出してきた。

    「なんだ、何を隠してる」
    「ホントにこれはだめなやつだから…っ!輝二には早すぎるって!!」
    「はぁ?…泉が、拓也に渡せっていってたぞ。なんでお前には伝えられて、私が知らないんだ」
    「あッあいつ、なにしてくれてんだよ…ッ!!」

     悲痛な声をあげる俺に怪訝な顔つきをされる。むくれてる、かわいーとか思ってる場合じゃねぇのに…!

     だって、輝二に巻かれていたリボンには可愛らしい女子の字で『EAT ME♡』って書かれたコンドームが張り付けられていたんだから。

     異世界でみんなのを先導していた小5の時と比べて、ヘタレと不名誉な呼び名をもらっている我が身にこのビニール袋は荷が重すぎる。顔面を手の平で覆いながら天井を見上げ唸り声を出した。

    「っ、〜〜〜くっそぉーーーー」

     どうした、どこか悪いのか…?って声がかけられ、その後に続いた「私に出来ることはあるか?」にすら行動を起こせない俺は、ヘタレ以外の何者でもない。

     無理だって。手、出せないって。

    「……こーじぃ」
    「ん?なんだ」

     隠蔽するかの如くゴムを握り潰した右手に、心配そうな表情を浮かべた輝ニの両手のひらが乗せられた。他意はない他意はない、他意はないぞこれは。覗き込むようにするから自然と上目遣いだけど他意はないんだよ。他の!意味は!ないんだってば!!

    「…ふぅ……これ、さ……。…いや、やっぱなんでもない」
    「…言えよ、気になるだろう」
    「……」

     ごくりと唾を飲み込んだ。冷や汗に交じって期待が溢れてきそうだ。

    「………なんでもない」

     ヘタレでいいです。

    「…たくやァ?何を隠してるんだ、言ってみろ」
    「だから〜輝二には早いって言ってるじゃん」
    「よしわかった、喧嘩売ってるんだな」

     キラキラがのった瞼がすごんでくる。ミットに見立てた片手に、自分の拳を叩きこんだ乾いた音が部屋に響いた。

    「売ってない売ってないっ!」
    「お前がわかって私が知らないってのは不公平だろうが、早く見せろって」

     青筋すら浮かべた怒り顔は子供のころと変わらない勇ましいもので。でも、チークがのった陶器みたいな頬や、物騒なことを言ってのける唇が美味しそうなハリと色味を乗せていて、着実に綺麗になっていく姿に息を呑んだ。
     ずりずりと後退する俺に合わせて輝二が距離を詰めてくる。まずい、ベッドの淵がすぐそこだ。下りて逃げてしまおうと腰を浮かしかけたとこに、俺の太ももを挟むように細い両腕が両側へつけられた。

    「ッひ!落ち着けってこーじ!」
    「なんだよ、怖気ついたのか?」

     なんでそんな喧嘩ごしなんだよ!顔をずいっと近づけて睨みを利かせてくる。

    …あ、ピンクっぽいアイシャドウなんだ…まつ毛なげぇ……。

     握りこんだままの右手を天井に伸ばし、それを奪い取ろうと躍起になった輝二の上半身がしなやかに伸びる。

    胸…当たりそう…ッ!!

    「ばかっ諦めろって!」
    「気に食わないな…観念しろよっ!」
    「ちっ近い…!ついちゃうって…!」
    「あっ、悪い」

     きょとんとしながら隙間が開けられる。俺にこすれだしていた膨らみが離れていき、安心半分落胆半分。輝二が「メイクしてたの忘れていた、すまない」って。そうじゃない。気にするところはそこじゃない。

     油断していた。一難去ったと胸を撫でおろしたのがいけなかった。

    「今だっ!」
    「うわッ!」

     戯れる猫のように飛びつかれた俺は、おてんばさんに巻き込まれながらベットに勢いよく押し倒されてしまった。
     ぎしりと音をたて沈んだベットの上、見上げたのはいつも見てるオフホワイトの天井でもまん丸の電気カバーでもない。視界いっぱいに広がった黒、黒、黒…。
     息がかかる距離で、長いまつ毛が縁取った大好きな瞳が、大好きな笑い顔を浮かべていた。

    「捕まえた」

     そんなの、とっくの昔に捕まってるって。滑り込んだ電車の中で目が合った時か、落ちてくエレベーターで不安に揺れた時か、鉄の棒を振り回しながら助けに来てくれた時なのか…何時からなんて俺が一番わかっていない。

    「…ははっ…捕まえちゃったかあ…」

     例えるなら煮詰めた砂糖のような。コトコトコト、俺の中で丹精込めて育ててしまった感情が声にのる。腕の中にすっぽり収まりそうな存在に触れてもいいものか…勝ち誇った笑みを浮かべる頭を撫でるぐらいはいいだろう。手の先まで回ったそれ、伝わってくんねぇかなーとおすそ分け。癖なんかないさらさらな黒髪をとん、とんと撫でた。指の隙間からさらりと絹糸が零れ落ち、手触りの良いそれをずっと撫でていたくなる。

    ……頭を…撫でる、この手は……?

    「って、ーーーッ!!」
    「さぁて、何を隠していたんだか…」

     空っぽになった手中に部屋を轟かさんばかりの悲鳴を上げる。兄貴と同じ意地の悪そうな笑みを浮かべる可愛い垂れ目とかち合った。

     そして、輝二の細い指がゆっくりと開かれた。


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    Replies from the creator

    さめはだ

    DONE成長拓2♀
     これが何度目のデートなんてもうわからない。ガキの頃からの付き合いだし、それこそ二人で出かけた回数なんて数えきれないぐらいだ。良く言えば居心地の良さ、悪く言えば慣れ。それだけの時間を、俺は輝二と過ごしてるんだしな。やれ記念日だやれイベントだとはしゃぎたてる性格はしていない。俺の方がテンション上がっちまって「落ち着け」と宥められる始末で、だからこそ何もないただのおデートってなりゃお互いに平坦な心持になる。

     でもさ……。

    『明日、お前が好きそうなことしようと思う。まあ、あまり期待はしないでくれ』

     ってきたら、ただの休日もハッピーでスペシャルな休日に早変わりってもんよッ!!



     待ち合わせは12時。普段の俺たちは合流してから飯食って、買い物したけりゃ付き合うし逆に付き合ってももらう流れが主流だ。映画だったり水族館だったり、行こうぜの言葉にいいなって返事が俺たちには性が合ってる。前回は輝二が気になっていたパンケーキだったから、今日は俺が行きたかったハンバーグを食べに行った。お目当てのマウンテンハンバーグを前に「ちゃんと食い切れんのか」と若干引き気味な輝二の手元にはいろんな一口ハンバーグがのった定食が。おろしポン酢がのった数個が美味そうでハンバーグ山一切れと交換し合い舌鼓を打つ。小さい口がせっせか動くさまは小動物のようで笑いが漏れ出てしまった。俺を見て、不思議そうに小首を傾げる仕草が小動物感に拍車をかけている。あーかわい。
    1780

    さめはだ

    DONEモブ目線、成長一二。
     鍵を差し込んで解錠し、ドアノブを回す音が聞こえてきた。壁を隔てた向こう側の会話の内容までは聞こえないが、笑い声混じりの話し声はこのボロアパートじゃ振動となって伝わってくる。思わずついて出た特大のため息の後、「くそがァ…」と殺気混じりの呟きがこぼれ落ちた。

     俺の入居と入れ違いで退去していった角部屋にここ最近新しい入居者が入ってきた。このご時世にわざわざ挨拶に来てくれた時、俺が無愛想だったのにも関わらずにこやかに菓子折りを渡してくれた青年に好感を持ったのが記憶に新しい。

     だが、それは幻想だったんじゃないかと思い始めるまでそんなに時間はかからなかった。


    『あッ、ああっ…んぅ…ぁっ…!』

     
    「……」

     ほーら始まった。帰宅して早々、ぱこぱこぱんぱん。今日も今日とていい加減にしてほしい。残業もなく、定時に帰れたことを祝して買った発泡酒が途端に不味くなる。…いや、嘘です。正直、めちゃくちゃ興奮してる。出会いもなく、花のない生活を送っている俺にとってこんな刺激的な出来事は他にない。漏れないように抑えた声もたまらないけど耐えきれず出た裏返った掠れた声も唆られる。あの好青年がどんな美人を連れ込んでるのかと、何度想像したことか…。
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