月が照らす幸せ私は一人真夜中の湖のそばに立っていた。
今日はアルストリアとレコルドを繋ぐムーンロードがかかる日だ。
サイラスさんと結ばれてからはじめてレコルドに帰る。
サイラスさんは自分も一緒に行くと言っていたが急遽任務が入ってしまいそれが叶わなくなってしまった。
「次では駄目なのか。一人で行くのは危険すぎる」
出発直前のシュヴァル教会。仕事で立ち会えなくなったアレックスさんを除いてシュヴァリエのみんなが見送りに来てくれた。私の手を握りながら心配そうな顔でサイラスさんはそう口を開く。
きっと女性が一人で、その人物が自分の恋人ならそう心配するだろうな、と納得してしまう。しかしレコルドには職場に書類を取りに行く目的もあるため、日にちをずらすのは難しい。
「サイラス。気持ちはわかるけど彼女は仕事も兼ねて戻らなきゃだし」
私の心を代弁するかのようにサイラスさんの隣りにいたエミリオさんがふふ、と笑いながらそう言ってくれた。恋人同士になって間もない頃、私達の関係を最初に教えるのはエミリオさんにしよう、とサイラスさんと話し合った。実際に行動に移した時はエミリオさんは我が事のように喜んでくれて「いつかはもっと嬉しい報せを聞きたいな」と私達の顔が赤くなるのを楽しんでいた。
「そうだよサイラス!!可愛らしい恋人を困らせないように!!」
ハリエットもサイラスさんの背中をぽんぽんと軽く叩く。いつの間にか私達の関係を知ったハリエットはシュヴァル教会中を「ここに愛が芽生えた!!」と声高らかに言いながら歩き、時には飛び、アレックスさんから注意されていた。
ハリエットの言葉でもサイラスさんはまだ顔に不安を浮かばせている。私はサイラスさんが少しでも安心できるように、一旦自分の手をサイラスさんの手から離し、サイラスさんの首に回した。 急な行動に驚いてもサイラスさんはすぐ抱きしめてくれた。
「大丈夫です。すぐ帰ってきます」
「……お前の言葉を信じる」
壊れ物のように、でも離さないといわんばかりの力で抱きしめてくれる。
私だけに聞こえるような、それでも力強い声。
最初は恐れも抱いていたが、今は愛しくて仕方ない人。本当にこの人と思いが通じてよかったな。
冷たいはずの夜風はなぜか温かみを帯びていて。優しく、それでも明るい月が私達を照らしてくれた。
「まさかルージュさんがアルストリアにいたなんて。どうして早く教えてくれないんですか」
アルストリアからレコルドに架かるムーンロードを歩きながら私は隣りにいるルージュさんに声をかけた。
「ごめんねぇ。本当は着いた瞬間に教会に寄ろうと思ったんだけど、ふらりと立ち寄った酒場のお酒が美味しくてさあ」
「気づいたら身ぐるみ剥がれそうだった!」と続けるルージュさんはいつも通りで、なんだかまだレコルドに着いていないのに、もう帰ってきたような感覚だ。
「それにしてもハリエットがルージュさんがアルストリアにいたのを知っていたのはびっくりでした」
「そうそう。偶然会ってさ、エマちゃんがレコルドに帰るって言うから一緒について行ってくれって。本当はサイラスも一緒に来る予定だったんだよね?」
「え!?いつのまにそんな事を言っていたんですか!?」
驚いて声を上げてしまう。私達の関係は隠すものでもないし、今回の帰省で月渡りのみんなに伝えようとは思っていた。だがそれよりも早く知られていたとは。
それがきっかけのようにいつの間にかいろいろ根掘り葉掘り聞かれながら私達はムーンロードをひたすら歩く。
「エマちゃん」
ふと、私の隣を歩いていたルージュさんが歩みを止める。
「どうしたんですか?」
私は一、二歩進んだ状態で止まり、ルージュさんに振り返った。
「オレはね、二人が幸せで嬉しいよ」
「ルージュさん……?」
「エマちゃんは好きな人といられて幸せ?」
その問はさっきまでの根掘り葉掘り聞いてきたときと声色が違うものだった。この問いに私ははっきりと答えられる。
「はい…!私はサイラスさんのそばにいられて幸せです」
私の答えにルージュさんは少し驚いた顔をしていたけれど、すぐにさっきの優しい顔になって何か言葉を発した。でもいきなり来た強い風の音にかき消されて聞こえない。
「ルージュさん!なにか言いましたか!?」
「何も〜。さぁさぁ、もうすぐレコルド!張り切っていこう〜!」
「えええっ!?教えてください!知りたくなっちゃいますよ!」
適当にはぐらかされてしまった私はいつの間にか追い抜いて歩き始めるルージュさんの背中を追いかけた。
彼女の笑みは本当に心の底から幸せに満ち溢れている。
ここにはいない、無口で不器用で、そして彼女を愛してくれる優しい騎士の顔を思い浮かんだ。
「よかったね、サイラス。君の思いが通じて」