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    あんず

    @apric0tchan

    マレレオとトレリドが好き。

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    あんず

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    トレリドwebオンリー開催おめでとうございます!
    トレイの妹視点で兄がリドルを連れてくるのを聞かされる話です。

    #トレリド
    traceride

    ハッピーホリデー クローバー家では、ホリデーが終わってからがホリデーの本番になる。
     ケーキ屋という家業のせいで、ホリデーに入るまで数週間前から当日まで馬車馬のロバだってこんなに働かないという位に動き回り、日付が変わる前にサンタを楽しみにする間もなく泥のように寝てしまう。
     疲れで一歩も動きたくなくても、重たい瞼をこじ開けて目をしょぼつかせながらリビングに向かうのは、家に飾られた控えめなツリーの下にたくさんのおもちゃとプレゼントが置かれているからだ。そのせいでホリデーが近づくと憂鬱半分、期待半分という複雑な気持ちに毎年襲われる。
     そんな人気のケーキ屋であるクローバー家の長女として生まれたが、一番上の兄が家業を継ぐことが約束されていたので、ホリデー前以外は責任もプレッシャーもなくのびのびと幼少期を過ごせていた。歯磨きを忘れたとき以外は優しい兄と、子分でもある陽気な弟と、優しい両親のお陰で不満はなかった。
     そんな兄が進学で家を出たばかりの頃は寂しくて、家に帰ってくるように毎年サンタに頼んでいた。年齢を数えるのが両手で足りなくなってからは、その願い事をしなくても叶うものだと理解して、いつしか頼むのをやめた。その数年後に兄が学校を卒業し、家に戻ってきた。
     帰ってきた当初は喜んだものの、すぐに離れて住んでいた頃の兄を恋しがった日々を懐かしく思うようになった。大人の数は少なければ少ないほど子ども側は気楽なのだ。
     成長期の子ども二人と大人三人が住まう家では一人になれる空間もないし、活動範囲が広くなっていけばそちらに意識が向き、何も変わり映えのない家の中のことは少し面倒だと思って手を抜くと家族ならではの遠慮のなさで強く咎められる。
     人との距離感や付き合い方に敏感になる年頃に成長していたので、弟との喧嘩に加えて、兄と両親への反抗期で家は気が休まらない場所になっていた。

     兄が帰って来て一年、季節が巡って秋になり、木々の葉が黄金色に変わる時期に、兄は再び家を出て行った。
     自分が原因ではないかと心配になって理由をそれとなく聞いたところ、シェアハウスをするのだという。
     相手を聞いて耳を疑った。シェアメイトはリドル・ローズハート。直接会ったことはなかったが、馴染みのある名前だった。
     この一帯に住んでいる子どもはローズハートという名前の医者に生まれた頃からお世話になっている。小児科にはもっと優しい老年の医師がいるが、彼だけで手が回らないときに彼女に診察を受けることがあるのだ。兄がそのローズハート医師の子どもと住むと言ったとき、両親は驚き、動揺し、心配していた。
     自分の知っているローズハート医師は、とにかく怖い人という印象しかない。直接怒られたりした経験も記憶もないが、言動のひとつを取っても、子どもでも許さない大人という印象が強く、彼女に問診を受けると自然と背筋が伸びた。
     子どもでも、いや、子どもだからこそ、逆らってはいけない大人というのは見分けがつくものだ。両親や兄は逆らっても許してくれるが、ローズハート医師はまず間違いなく許してはくれない。
     その見立ては当たっていたようで、両親が驚いた理由は兄の幼少期のエピソードで明らかになる。自分たちが物心つく前に、ローズハート医師が兄の行為に対して両親にクレームを申し立てたことがあったらしい。
     理由は甘い物を厳しく制限していた我が子リドルに菓子を与えたことで、客商売である以上、両親は平謝りするしかなく、兄もその後熱を出して寝込んでしまうほどの衝撃だったという。
     父親がローズハート医師の真似をして語り聞かせる内容に、弟は腹を抱えて笑っていたが、兄は終始苦笑いを浮かべていた。本気で困っているとき、兄は怒るでもなく悲しむでもなく、笑うところがあった。
     父親の物真似に笑い続ける愚弟の頭を叩くと、叩かれた弟が笑うのをやめて怒ってきた。掴み合いにまで発展した喧嘩でその話はうやむやになったが、兄のその顔が妙に印象に残っていた。
     家を出てからも、夕方に学校から帰ると店には兄がいた。しかし夜には必ず徒歩十五分の場所にある集合住宅に帰っていくので、晩御飯の席には兄の姿はなく、就寝前にしつこく歯磨きを促されることもなくなった。
     カレッジに進学してから一人分ぽっかりと空いて埋まりつつあった穴が再び開いてしまったような気持ちになった。兄の卒業後には一度は埋まったものの、もう二度と埋まることのない空席だと何となく理解していた。

     それから数年後。
     弟と自分は兄と同じく国外のカレッジに進学していて、ホリデーの帰省で衝撃の事実を告げられた。
     兄の婚約。しかもその相手は、シェアメイトだったリドル・ローズハート。
     これまで一度も会ったことのなかったシェアメイトは恋人になり、そして人生の伴侶になる予定らしい。
     両親はもう驚くのに慣れたといった様子で、いつ彼が来るのかを兄に聞いた。まだ新鮮に驚いていた自分と弟は置き去りにされてしまった。
    「ホリデーの翌日だよ」と兄が答えた。
    「リドルさんは大丈夫なの?」
     母親が聞くと、兄が困ったように笑った。
    「正直今は人手が足りなくて忙しいから、俺も落ち着いてからで良いって言ったんだけどな。でも、両親には挨拶はちゃんとしておきたいし、謝りたいって言ってたからさ」
    「リドルさんって父さんと母さんになにかした?」
     弟の無邪気な質問に、ばか、と言葉が喉まで出掛かった。一度も自分達が顔を見たことがないくらいに関係の薄い彼が、唯一持っている接点といえばあの事件しかない。
    「あんな前のこと、しかも謝らなくてもいいのに」
     同じくすぐに思い当たった父が驚いたように言う。兄はやっぱり困ったように笑って、けれど表情が和らいで、穏やかなものに戻った。どことなく、父が母に向けるものと似ている表情に重なった。
    「俺も言ったんだけど聞かなくって、……そういうことだから、ホリデーが終わってからもキッチンを使いたいんだ。材料は全部用意するから」
    「もちろん、好きなだけ使っていいとも。必要なものがあれば追加でサムさんに注文しよう」
     長年の付き合いがある卸業者のサムも、きっと兄の婚約には仰天するだろう。そして一番良いものを卸してくれるに違いない。
    「リドルさん、甘いもの大丈夫なんだ?」
     意を決して聞く。兄は一瞬だけきょとんとした表情に変わり、破顔した。その変わりようになにかおかしいことを言ったのかと狼狽ると、「悪い悪い」と宥める声が飛んできた。
    「そんな笑わなくても良くない?」
     笑われた恥ずかしさに、思わずいじけたような声が出てしまう。
    「いや、だって……リドルは誰のパートナーになったと思う?」
     したり顔で笑う兄の言葉に、壁に並ぶトロフィーへと視線が向かう。
     この地域で一番のケーキ屋という枠を超え、有名になったパティシエール・トレイ・クローバーのパートナーが、甘いもの嫌いというのは確かにあり得ない。
     得意げな顔が妙に幼く見えて、ふと頭の中である光景を想像してしまう。
     数年前からプレゼントのために起きることもなくなって、早朝の誰もいないリビングに、兄のケーキが置かれているのだ。ケーキの入った箱を取るのはもちろん、リドル・ローズハートその人だ。顔もまだ知らない自分たちの義理の兄となる彼はぼんやりしたシルエットだが、とにかく喜んでいるのが分かる。それ対して、プレゼントに目を輝かせていたときと同じ表情を浮かべる兄が傍に佇んでいる。おとぎ話のような光景は、甘いケーキに負けず劣らず甘いに違いない。
     案外悪くないホリデーになりそうな予感に、憂鬱半分、期待半分の気持ちが、やや期待の方に傾くのを感じていた。
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