埋まらぬその差を愛おしいと思う「そういえば輝石の国では18歳以上が飲酒可能だったね」
キミはもう飲んだのかい
店内でワインを楽しむ夫婦に目を奪われてそう口にすると、目の前のトレイは「まさか」と笑った。困ったように片眉を上げる、見慣れた彼の笑顔。その頬にクラブのスートがないことだけが、どうにも見慣れなかった。
まんなかバースデーという考え方は進級直前にケイトから教わったものだった。マジカメで流行っているからと彼に言われるまま算出した恋人のトレイとのまんなかバースデー当日は日曜日。そうと分かればなにかしら恋人らしいイベントをしたいと考えるのは当然と言えた。
そんな訳で、新学期が始まりエースの誕生日も終えたなんでもない日。リドルは闇の鏡を抜けてインターン参加中のトレイに会いに、輝石の国へ向かったのだった。
「18歳とはいえまだ学生だからな。」
他のインターン生では飲んでいる奴もいるかもしれないかもしれないが、飲酒は卒業してからにするよ。
「ふん、当然だね」
合流してすぐに連れて行ってもらったレストランはこちらに来て1ヶ月経たない人間が知っているにしてはあまりにも素敵な店で、それをトレイに告げれば「インターン先で聞いたんだよ、デート向きのお店を知りませんかってな」と照れ臭そうに笑う。
彼の、少なくともリドルに対して誠実で真面目なところがリドルにとって好ましかった。飲酒だってこのツイステッドワンダーランドにおいて年齢以外の制限はないのだ。自分はその場面を見ていないが、レオナ先輩が学内で酒を嗜んでいると聞いたことがある。それでも未成年の寮生が口にしないよう酒類の管理を徹底していれば、彼の飲酒行為を責める理由はリドルにも教師陣にもない。それなのに学生の身だからと自らを律するトレイの姿勢は、守れる規律やハートの女王の法律はできる限り遵守したいリドルにとって心地よいものだった。つい先ほどだってハンバーグを頼もうと決めた後で今日が火曜日でないことを確認した自分をトレイは突っ込むでもなく笑って見守ってくれていた。
前菜を食べ終え、運ばれてきたハンバーグを堪能する。口の中に溢れる肉汁にこれを選んで良かったと幸福を噛み締めていると、トレイが「ああでも」と言葉を繋げた。
「料理用のお酒が買えるようになったのは嬉しいかもな」
今渡して荷物になるのは悪いかと思ったけど、と彼が鞄から差し出してきたのはマドレーヌがたくさん詰められた袋だった。
「風味づけに生地にお酒を入れてあるんだ。しっかり加熱してアルコールは飛ばしたからリドル達が食べても問題ないぞ」
楽しみにしててくれ、と誇らしげに笑うトレイの顔はNRCで、そしてチェーニャと三人で遊んだあの頃にもよく見た顔だった。お酒という大人の代名詞を購入するトレイに自分と違う大人らしさを実感するのも束の間、こういう子供らしい顔もするから、一学年上、誕生日的には1年と10ヶ月も年長の彼をリドルは“かわいい”と形容せざるを得なくなるのだ。
ほぼ常に2歳差のトレイとリドルにとって、二人の誕生日の間の2ヶ月間、二人の年齢差がようやく1歳差に縮まるその期間の折り返し地点こそが今日この日だった。
メインを食べ終わり、デザートと食後の紅茶が運ばれてくる。デザートに選んだのは輝石の国におけるりんごの名産地、豊作村のりんごをふんだんに使ったというアップルパイだった。他寮の後輩の顔を思い浮かべ、二人して即決したそのパイの断面は大きくざく切りにされたりんごが占めていて、見ただけで自然と笑みが溢れる一品だった。
もしケイトがこの場にいればマジカメ用の撮影に勤しんでいたことだろう。しかしリドルもトレイもあまりマジカメや写真にはこだわらない側の人間だ。トレイの方はパイを観察しながら既にフォークに手を伸ばしていた。それを「待って」と一言制してティーカップの持ち手に指をかける。
「まだちゃんと祝っていなかっただろう」
そう言うと、トレイはすぐに合点がいった顔をして、自身もリドルの真似をしてカップを掲げた。
今日はなんでもなくない、トレイとリドルのまんなかバースデー。努力で追いつくことができない二人の間に設けられた隔たりが縮まるわずかな期間。明日からはトレイと1歳差でいられる期間の後半が始まる。
「ボク達のまんなかバースデーに、乾杯」
まるでワイングラスで乾杯するように、掲げられた二つのティーカップがぶつかり小さく音を立てる。
一年後、いやリドルがNRCを卒業した後、今度は共に成人した身でワイングラスで乾杯しようとリドルは密かに心に決めた。