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    まる焼き

    @engawa_u

    色々置き場として利用

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    まる焼き

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    とあるキノコをきっかけにほんの少しだけ関係が近づく二人のお話

    初心者×2 「これはもうダメそうですね」
     放課後の植物園でバインダーを片手にジェイドは小さくため息を吐いた。
     というのも最近育て始めたキノコの成長がどうにも芳しくないのだ。
     ハミイガ茸というこのキノコは切り立った崖に生えるキノコで、色は白く笠の直径は5㎝ほどでその名前の通り手を伸ばしたものに食いつくように立派な毬が生えているのが特徴だ。
     氷柱キノコの育成に成功した事もあり、次はまた違ったものをと思い手を出したがやはり一度で上手くいくものではなかった。
     萌芽期までは無事こぎ着けて3㎝ほどの大きさに育ったもののその姿は理想としていた姿には程遠い。
     真っ白なはずの姿は全体が茶色くくすんで毬も所々欠けて、折れた部分は乾燥して黒く変色してしまい見栄えも良くない。
     このまま萎れてしまうのも時間の問題だろう。
     おが屑で出来た菌床を膝を抱えて覗き込んでいたジェイドは体を丸めたまま生育経過をまとめたバインダーをめくる。
     菌床の状態も湿度も問題はない、可能性があるとしたら日焼けが問題だろうか。崖で育つキノコであるから日の光は気にしなくともいいと思っていたが、やはり寒冷紗も必要だったのかもしれない……形のいい眉を眉間に寄せながら改善できそうな点をメモしているとふっと紙面に影が差した。
    「珍しく難しい顔してるな」
    「おや、トレイさん。サイエンス部の活動ですか?」
     声のした方向へ頭を向ければそこには部活動の一環で植物園に来たのであろうトレイがそこにいた。
     白衣にゴーグルを首にかけた姿はトレイが自身で管理している果樹の手入れの際によく目にする姿だ。
    「まあそんなところだ」
     はちみつ色の瞳が柔らかく弧を描く。人に安心感を与える穏やかな笑みはジェイドにとって少し特別な物だった。
     なぜかと言えばそれは至極単純で、ジェイドはこの一つ年上の上級生に淡い恋心を抱いていた。
     何が切っ掛けというわけではない。例えば少しおせっかいなお人よしかと思えば実は意外と合理的だったり、美味しいお菓子を作ることが得意だったり、上げ始めたらきりがないが「いいな」と思った出来事が積み重なって気が付けばそれは”恋”というものにきわめて近い形になっていたのだ。
     けれどジェイドは己の気持ちを相手に伝える気はない。なんせ相手は”普通の人間”であるトレイ・クローバーだ。
     こうやって話をするのもトレイにとって特別なものではなく、単に後輩に挨拶しているようなもので相手がだれであっても今ジェイドに対しているのと同じように的確な距離感でもって世話を焼いている。
     だから人魚でましてや男であるジェイドからそんな感情を向けられているなんて夢にも思っていないだろう。
     正直なことを言えばジェイドとしては告白して驚く姿が見たくないわけではない。
     だが思っていた以上に好意を抱いている相手から拒絶されるのを想像すると予想外に胸が苦しくなってしまうもので、好奇心の獣とも例えられるジェイドにしては珍しく実行に移すことはできなかった。
    「ふふ恥ずかしい所を見られてしまいました。実は新しいキノコを育て始めたのですが失敗してしまったようで」
     だからこんなふうにちょっとした会話をするのはとても貴重な時間だ。トレイと話をする時、ジェイドの胸は喜びと緊張でいつもより少しだけ鼓動が早くなる。
     出会ってから殆ど一緒の時間など過ごした事は無いと言うのにこんなにも感情を揺さぶられる。甘く疼く心臓もコントロールできない感情も陸に来たからこそできた経験だと思えば存外悪くない。
     思わず感情の波に溺れそうになる。だがそうなる前にジェイドは自身に釘を刺す。「これもきっとこの一年限りのものだ」と
    「これから片付けようと思っていたところです」
     ジェイドは薄く笑って眉を下げる。
     今年三年生であるトレイは来年にはインターンで殆ど学園にはいなくなる。
     そうなれば寮の違うただの後輩であるジェイドにはもう接点がない。物理的に合う事がなくなればこの感情も落ち着く事だろう。
     考えるだけで胸がキュゥッと縮むような痛みすら感じるが、そんな感情の揺れを顔に出す事もなく、ジェイドはいつもと変わらない様子で腰を上げて白衣の裾を払った。
     そして一歩横にずれると身体で隠れていた菌床をトレイに見えるようにする。
     今にも萎びてしまいそうな小さなキノコ、それがジェイドにはまるでこのまま萎れていくだろう自らの恋心のようにも見えた。
    「もしかして”ハミイガ茸”か?」
    「えぇ、この状態ではもう”だったもの”と言った方が正しいかもしれませんが……トレイさんがご存知とは思いませんでした」
    「たまたま授業で取り上げられたことがあってな。印象深くて覚えてたんだ。それ育成記録か?」
     良かったら見せてもらえないか。そういって差し出された手にジェイドは対反射的にバインダーを差し出していた。
     放課後の植物園に人は少なく、聞こえるのは紙のこすれる音くらいだ。
     静かな植物園の一角でトレイはジェイドの記した記録を一枚ずつ丁寧に目を通していく。
     少しずつ日が傾き始めた西日がトレイの横顔を照らす。
     文字を追う事に集中しているせいか、いつもは温和に見える目は鋭さを増していて凛々しく、目が離せなくなる。
     穏やかな光を湛えるはちみつ色の瞳が真剣にジェイドが綴った文字を目で追っている。それだけでジェイドは自分の心拍数が上がるのを感じた。
     頬がいつもより若干熱く感じるのもきっと日が当たっているせいだけではない。
     しばらくして記録を読み終わったのか顔を上げたトレイと目が合う。
    「なにかおかしな所がありましたか?」
    「いや、育て方自体に間違いはないと思うぞ、けどもしかしたらー……」
     きっと赤くなってしまっているだろう顔がどうか気づかれませんように、夕日で紅に染まる植物園でジェイドはトレイの言葉に耳を澄ませた。

     それから半月後
     ジェイドはあの日と同じようにサイエンス部の活動で植物園に訪れたトレイと談笑を交わしていた。
     話題はもちろん前回ジェイドが育てるのを失敗してしまったあのハミイガ茸についてだ。
     「ありがとうございます。頂いたアドバイスのおかげで無事育てる事が出来ました」
     ジェイドの手には立派に笠を広げたハミイガ茸が並んでいた。
     前回はかわいそうなくらいに小さくみすぼらしい姿だったそれは、今回はすっかり見違えている。
     通常5㎝ほどの全長はその倍以上大きく、笠に生えた毬もまさに相手に食いつかんばかりに立派に育ち名前通りの姿でそこにあった。
    「そんな、たまたまだよ。いっただろ生態が面白いから妙に頭に残ってたんだ」
     生育の記録を見せるせたあの後、トレイが伝えたアドバイスは至極端的な物で、曰く「笠に埃が溜まらないようにした方がいい」というものだった。
     もともとこのキノコは渓谷のそれも切り立った崖に生える事が多いキノコである。それはジェイドも調べており極力近い環境を再現していたつもりだった。
     だが、このキノコがその場所に生える一番の理由はあらゆる方向から風がランダムに吹いていることが重要だったのだ。
     毬と毬の間を風が吹き抜ける事で埃が飛ばされキノコはいつも清潔な状態が保たれる。
     対して植物園で育てていた際は湿度や気温こそ再現できたとしても風までは再現していなかった。そのため細い毬の間に埃が溜まってしまいそれが原因で前回のように黒くしぼんでしまったのだ。
     だからジェイドは今回育てるにあたり風魔法を用いてランダムに風を送り塵や埃の堆積を防ぎ、また付着した汚れは刷毛を使い丁寧に取り除いてやった。
     そして無事このキノコを大きく育て上げる事に成功したのだ。
    「しかし隙間に埃が溜まってそこからダメになってしまうなんてなんだか虫歯みたいですね」
    「ははっだよなぁ俺もその事があって妙に頭に残ってたんだ」
    「そういえばトレイさんは歯磨きに並々ならぬ情熱があると聞いた事がありましたが余程お好きなのですね」
     クスリと小さく笑うジェイドにトレイは困ったように眉を下げて頬を掻いた。
    「一体だれからそんな話を来たんだ……好きというか実家が実家だからつい気になっちゃうんだよ」
     実家が菓子屋だからさ、と目を細めて笑う顔にジェイドは釣られるように頬を緩める。
    「歯磨きしてあげないといけないキノコ……さしずめこの子はハミガキノコといった所でしょうか」
    「ハハッなるほどな、色も白いし響きもなんとなく似てなくもない」
    「えぇ、それにトレイさんのお気に入りですし」
    「おいおい」
     なんてことない言葉遊びなのにそれだけで胸が暖かくなるのは何故だろう。
     なんてことない時間がもっと続けばいいのに、そんな下心がそっとジェイドの背を押した。
    「この子達がここまで立派に育ったのはトレイさんの助言のおかげです。何かお礼をさせてください」
    「俺は口を出しただけでそこまで育ったのは君なんだかからお礼は言葉で十分だよ。それにジェイドならすぐに答えにたどり着いてただろ」
    「たとえ自分で見つけられたとしてもその分時間はかかっていました。陸では時は金なりという言葉もあると聞きます。それに何もしていないと寮長に知られればお小言をいただいてしまいます」
     どうか助けると思って、しおらしくトレイの方を見れば少しだけ困ったような顔をして考え込んで、それから何かを閃いたのかそれならと一つ提案した。
    「ジェイドは紅茶に詳しいって聞いた事があるんだが、ブレンドについて教えてもらう事は出来るか?」
    「一応ラウンジでお出しする物を用意することは有りますが、よくご存知ですね」
    「ケイトから聞いてな、うちでも定期的に飲む機会があるしせっかくなら茶葉もお菓子に合うものをと思って」
    「なるほど、趣味に鱗が生えた程度のものですがお役に立てるようでしたら喜んで」
    「決まりだな」
     ほっとしたようなトレイの笑顔にトクンとジェイドの心臓が音を立てた。
     
     



     

     
    「という事があったんですよ!!」
     部屋に戻るなりフロイドのベットに齧りつくように語り始めたジェイドにフロイドはまた始まったと興味なさげに生返事を返した。
     これはもうジェイドがトレイに想いを寄せるようになってからしょっちゅうで、初めこそ取り乱す自ジェイドの様子を面白おかしく見ていたフロイドも今ではもうすっかり飽きてしまっている。
     やれどんな会話をした、やれ今日もどこが素敵だったそんな事を満足するまで訥々と語って見せるのだ。
     ジェイドの言い分としてはトレイ本人に聞かせるつもりは無いがだからと言って吐き出さずにはいられない。そんな胸の内に降り積もる感情を言語化して吐き出すことで落ち着きを取り戻しているのだ。とのことだかフロイドにとってはいい迷惑である。
     今のフロイドの優先順位としては聞き飽きたジェイドの話を聞くよりも新作のポテチを味わいたい欲求が勝っている。
     ベットに転がったままポテチの袋を開けて、スマホをいじりながらぱりぱりと咀嚼していく。
     新作のサワークリームコットンキャンディ味は名前のわりに味は悪くなかった。
     明らかにおざなりな対応である。だがジェイドとしては特に意見を求めているわけではないのでフロイドが聞いていようがいまいが問題ではない。
     適当な相槌も気にせずただただあふれる感情を口から吐き出していく。
    「まさかトレイさんとキノコについて熱く語れる日が来るとは思いもしませんでした。それに今日は連絡先まで交換して、次は二人で茶葉のブレンドについてお話することになったんです。どうしましょう、僕どうなってしまうんでしょう…ひぇ、もうトレイさんからメッセージが!」
     素っ頓狂な悲鳴を上げて自身のスマホをを凝視するジェイドはいつもラウンジで見るような落ち着いて大人びた立ち振る舞いは影も形も無い。
     先ほどまで怒涛の勢いで語り倒していた勢いはどこへやら、今度は檻の中のクマよろしくしばらく部屋の中をうろうろ歩き回ったかと思えば自分のベットにちんまりと足をそろえて膝を抱えるようにしてスマホの画面とにらめっこしていた。
    「どうにもなんないでしょ、ってか副寮長同士で連絡先とか交換してねぇの」
    「副寮長は寮長の補佐が仕事とはいえが主な業務は寮内の事柄がメインですから、寮長以外とは意外と接点は無いんです」
     スマホの画面から視線を外さず応えるジェイドの表情は真剣そのものでまるでこれから奇襲をかけるタイミングを窺うがごとくである。
     が、その実メッセージの内容は至極さし障りのない内容だ。普通の男と自称する男の普通から外れずかつ後輩としては親しい……そんな不自然にならないポジションを得るためジェイドなりに必死なのだ。
     余りにも熱心な様子で語るものだからフロイドは一度いっそ告白すればいいと言った事もあった。キノコの事と言いフロイドの片割れは一度ハマるとそれはもう熱心に報告してくれるものだからくっつくなり玉砕するなり結果が出れば落ち着くだろうと思ったのだ。
     けれどジェイドはそれを聞くや否やそれまで百面相していた表情を引っ込めて一言「きっと今だけの感情ですから」と目を伏せた。
     ある意味臆病なウツボらしい姿を思い出してフロイドははぁと息を吐いて片割れをちらりと見た。誰に嫌われようと我が道を行く我の強いキョウダイがまさか一人の人間にどう思われるかをここまで気にする日が来ることがあるとはきっと海の魔女だって想像できなかっただろう。
     あの表情を見てフロイドはもうそれ以上いう事はできなかった。
    「ならよかったじゃん」
    「えぇ、そうですね」
     ふわりと緩んだ口元のなんと幸せそうなことか。
     この器用そうに見えて不器用な片割れの恋心が最終的にどんな形になったとしても後悔するような結果にならなければいい。とそんならしくもない事を考えながらフロイドはポテトチップスを口の中へ放り込んだ。
     
     
     
     
     
     さて、時間はジェイドが自室で悶えていたころから一時間ほど前に遡る。
     

     
     所変ってハーツラビュル寮では植物園での部活動を終えたトレイが自室のベットにジャケットも脱がずうつ伏せに倒れ込んでいた。
     極度の緊張そしてそれ以上の達成感からトレイは思わず大きく息を吐くともぞもぞと手だけ動かしてスマートフォンを取り出す。
     使い慣れたそれには先ほど交換した後輩の連絡先が追加されていた。
     我ながら自然な立ち振る舞いだったのではないだろうか、そう胸の内で呟いたトレイの心臓はいつもよりやや早い鼓動を刻んでいる。
     喜びから頬が自然に吊り上がってしまうが幸い副寮長は一人部屋だ、どんな表情をしようととやかく言うものはいない。
     今日ほど副寮長特権に感謝する日は無いだろう。
     けれど仕方がない事だろう、誰だって片思いの相手といい感じに会話をしてあまつさえ連絡先までゲットできたのだ嬉しくないわけがない。
     そう、トレイ・クローバー18歳にして一つ年下の人魚相手に恋に落ちていた。
     もちろんトレイとて今まで異性と付き合った事もあった。だがこんな気持ちになったのは生まれて初めての経験で、浮かれている自覚はあった。
     らしくない、ケイト辺りに知られればいいおもちゃとして揶揄われる決してスマートな立ち振る舞いではないだろう。
     それでも止める事が出来ないのが恋心という物なのだとジェイド・リーチという存在を前にしてトレイは身をもって実感していた。
     何故あの一癖も二癖もありそうな相手にこうも心を惹かれたのか、あえて理由を挙げるなら俗に言う一目惚れというものになるのだろう。
     普通であれば一歩引いて安全な距離感を保つのに件の相手に関しては知れば知るほどいいなと思ってしまうのだから質が悪い。
     悪いと思いつつも惹かれる気持ちを止める事は出来ない。
     トレイは一度自嘲するように乾いた笑いを漏らしてそれでもなお「けどやっぱり好きなんだよな」とひとり呟いてトレイはメッセージアプリを立ち上げた。
     相手はあのオクタヴィネル寮の副寮長を務める人魚だ。ただの人間である自分に振り向く事などあるわけがない。
     無いとわかっているがそれでブレーキをかけられるなら苦労はしない。
     鉄は熱いうちに打てと言う言葉もあるし次に会う予定は早々に決めておくべきだろう。
     うつ伏せていた体を起こしたトレイはずれたメガネの位置を直してメッセージアプリを起動する。
     さて書き出しはどうしようか。
     下手なことを言って警戒されたくはない。これでも後輩には優しい先輩で通っている、その印象は崩したくはない。
     先ほど頭によぎった悲観的な考えはどこへやら、普通の健全な青少年であるトレイは恋の衝動に身を任せ巡ってきたチャンスをものにするべく慎重に浮かれて文面を考える。
     時間にして30分考えるだけ考えて送信できたのはなんてことないアポ取りのメッセージ。
     それでも今日という日はトレイにとって今まで時々挨拶する他寮の後輩だった相手に少しだけ近づく事が出来た特別な日となったのだった。
     
     
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