それよりこれでしょ さみしい。
そう言葉にしたら、会いに来てくれないだろうか。
何度も眺める手の中のセルフォンは、この数時間とても静かで。誰からのコンタクトもない事実を、ありありと突きつけられているようだ。
ソファにゴロンと寝転んでも、目を閉じても、それは変わらない。
さみしい、から。
「なんか、気分アガる写真送れ」
親指が文字を作る。それは口にした文言で、鼻で笑ってしまうような内容だ。
文字を作り終えれば、指は自然な動きで送信を押そうとして、それだけはどうにかとどまった。
こんなことを送られても、だから? とか、意味がわからないと返事がくるのがオチだ。それを受け止める気力は今はない。
だから押さずに削除を押した。はずだったのに。
言うことを聞くつもりがないらしい親指は、勝手に送信ボタンを押していた。昔は送信したが最後のメッセージアプリだが、今は見られる前なら消せるのだ。
心臓をバクバクとさせながら取り消しを探し出すと、こう言う時に限っての即既読。
「おおい、嘘だろ」
なんなのお前、と酷いことを思いつつ。ハングマンは盛大にため息を吐いた。どんな返事がくるのか。少しの期待と不安を抱いて、セルフォンを凝視する。手のひらが汗をかいて、じっとりとした。
「……なんなんだよ!?」
五分、十分。待てど暮らせど返事はなく。ただ付いただけの既読マークが、反応しづらいと告げているようで顔に熱が集まった。
「送るの間違えた」
冗談だとか、色々と言い訳は思いつくけれど選んだのはよりにもよって、他の誰かに送ろうとしていると取れる文面。両親とか姉とか、苦しい言い訳はできない。仕方ない、犠牲になってくれコヨーテと独りごちて。誰と間違えたんだよと返事がきた時のことを先に頭にまとめた。けれど、未だに音沙汰のない画面。今度はすぐに既読は付かず、メッセージの横には見ていないと言う証。
なんなんだよ! なんてまた声をあげても当然返事はないので、再び無言を貫くセルフォンをソファに放り投げた。ボンボンと音を立てて跳ねるそれをなんとなく見ていたら、モーターのような低く、耳に引っかかる音が聞こえた気がした。
大慌てで座面に伏したセルフォンを拾い上げると、メッセージの受信を告げた痕跡がある。差出人はルースターだ。
どこか急くようにして指先がタップした画面には、先程ハングマンが送ったメッセージと、そこに続く彼からの言葉が続いている。
――これ美味いよ。
目で追った文字が頭の中で再生された。それは自分の声だったが、どこか話し方はルースターで少し気恥ずかしい。もう一度読み直して、画面をスクロールすれば出てきたのは一枚の写真。
「食いもん……」
ふは、と自然に笑いが込み上げてきて、緩く頭を降りながら目尻が下がるのを感じる。
そこにある写真は食べかけのハンバーガー。某有名チェーン店のではないそれは肉厚で、焦げ目が目立つが一層に香ばしさを感じた。
「……どこのだよ美味そう、だ、」
口にして親指が文字を打つ。先程と変わらないそれは中途半端に止まって、再び写真に戻った。ピンチアウトしてよくよく見たそこには、店の名前と小さく小さく支店名があって。
派手な音を立てて、テーブルに脛をぶつけながら立ち上がったハングマンの耳に、軽やかな来訪を知らせる音が届く。
もう一度目にした写真の、ハンバーガー以外の部分。それは、見覚えのある建物だ。
ソファにぶつかり、テーブルに踵をぶつけ。痛がる余裕もなくドアを開くと、そこには腹の減る匂いを纏ったルースターがいた。
「な、なに、なにして、」
「気分アガった?」
「……食いもんでアガると?」
「だよなー。だから、来ちゃった」
「いや、来ちゃったで来れる距離じゃないよな!?」
「そうだな。急に休み入ってさ」
それで、来ちゃった。
へへ、と笑った顔はいたずらが成功した子供のようなあどけなさがあって、何を言いたかったのかもわからなくなる。唯一出たのはため息。それでも、顔が浮かべたのは笑みだ。
「連絡は大事だぞ、ブラッドショー」
「サプライズだし。仕方ない」
「っとに……」
体をずらして招き入れれば、肉のいい匂いを漂わせる大きな体が嬉しそうに揺れた。
「なあ、俺の分は」
「俺は偉いので、ちゃんとある」
「でも普通な、先に食わないと思うぞ」
「だってめっちゃいい匂い! 腹減ってたから我慢できなかった!」
悪気なんて一つもない顔で笑って、食べかけのハンバーガーと、他の品が入ってるだろう紙袋がテーブルに無造作に置かれる。そうして振り向いた体は長い腕を広げた。
「俺が気分をアゲてやろう!」
さあ来い! なんてふざけた口調。それでも、じゃあ遠慮なくと腕の中に飛び込めば、ルースターの香りと香水と、肉の匂いに包まれる。
思わず笑ったら、不思議そうな顔がすぐそばに見えた。
「美味そうな匂いさせやがって」
「じゃあ、食べようよ」
腹減った、と続ける口に噛み付けば、少し脂っこい感触が伝わってくる。予想通り味までハンバーガーで、抑え切れない笑いがどんどん溢れてくるから困った。だから、やっぱりキョトンとした顔のルースターの唇に、もう一度齧り付く。
寂しかった気持ちはもう微塵もなくて、今はただ溢れんばかりの幸せがあった。