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    tooooruuuuakn02

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    tooooruuuuakn02

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    【ハンルス】
    リクエストの「ハンとの約束を悪気なく本気で忘れるルス」
    「ルスの誕生日を間違えるハン」
    です!大変お待たせしました!
    合わせてしまいましたが前半が約束忘れたルスで、後半が間違えるハンです。
    一応、前半後半同じハンルスです。

    ルースター誕生日おめでとう!

    (なんでそれを忘れるの?な二人です。ただ本当にど忘れしただけです)

    それは大切なことなのです ルースターが来ない。
     約束の時間はとっくに過ぎて、もうじき針が一周するところだ。
     ポイント・マグー航空基地に来ていると連絡があったのは一昨日で、もっと早く言えよと悪態を吐いたのはその連絡をもらった数時間後。返信が遅れたのは、勤務をしていたのだから仕方がない。
     それに対して忘れてたと、ヘラリとした顔を容易に想像させる文面が届いて頭を抱えたのは、情けないことにいつもどおりだ。
     マメな連絡をアイツに期待するなと苦い顔で口にしたのは、長いこと友人をしているフェニックスだった。友人にはそうでも恋人には違うだろうと、高を括っていたのは果たしていつまでだったか。そのとおりでしたと負けを認めるような悔しさを滲ませながら、連絡不精なルースターと、大変に大雑把なやり取りで今までどうにかやってきた。
     それがとうとう、だ。
     然るべき時が来たのだとは思うけれど、こうして送るテキストにも電話にも全くの無反応が続いてしまうと、さすがに事故を考えてしまう。勤務中の事故であれば、各基地に随時連絡は来るだろうからそれはないだろう。となれば、移動の際に事故にあった可能性が一番高いのでは。
     何度コールしても、呼ぶだけで答えのない機械。ぎゅう、と眉間に力を入れ過ぎて少し頭痛すら感じてきて、ハングマンは不安を吐き出すように息を吐いた。
     ――大佐に聞いてみるか……? いや、フェニックスあたりのほうが知ってるかも……いや、でもな。
     画面を点けては消して。欲しい人からの連絡の一切はないセルフォンは、無言のままハングマンの指に翻弄される。念の為にと再起動までかけて、それでも連絡が届かないのだから、ルースター側に何かあったのだろう。それはなんなのか、全くわからないから不安がまた積もる。
     連絡が頻繁にないことには、慣れたくないけれど慣れようとしているのだ。それは、忘れた頃であっても意見を求める問いに対してであればその日のうちに一言返ってくるから、その安心があるから、仕方がないから我慢してやると不屈の精神で堪えているも同然。
     普段の待ち合わせにも、のんびりやってくる雄鶏だけれど、それは許容範囲の遅れだ。時間ピッタリに来る友人はそう多くないし、自分だって私用の待ち合わせであればゆっくり行くこともある。
     けれど連絡もなく予定の時間を一時間近く遅れるのは初めてで、だからこそ嫌な考えが渦を巻く。
     一言でいいのだ。寝坊したとか、混んでるとか、道を間違えたとか。この際ただの挨拶でもいいから反応をして欲しい。いっそ、嘘を吐いてくれても構わない。
     リモアの片隅にあるカフェのテラス席で、周りの客が数回入れ替わって。それでも音沙汰のないセルフォン。見つめる先は待ち合わせの場所で、彼が来れば直ぐにでも向かえる席に陣取っているのに、その機会は訪れない。
    「……クソッ、覚えてろよ」
     悪態吐きながらセルフォンを操作すれば、小さな画面には流れるように文章が作られていく。澱みなく作られるそれは、散々頭の中で練り上げたものだ。
     トン、と少しだけ爪の先が当たって音が鳴り、テキストは見えない電波に乗って、その信号を相手のセルフォンへと届けていく。
     一息吐き出しながら、机にそっと伏せたセルフォンが震えたのは、まさに置いた瞬間。少しだけ驚いて足が木の床から離れた。誰に見られたわけでもないけれど咳払いをして、なんでもないを装って。バクバクと心臓を鳴らしながら見つめたセルフォンの画面には、待ち望む相手からの返事ではなく、ついさっきテキストを送った相手からの返信が入っていた。
     送った相手は、フェニックス。
     返ってきた返事は、「ここにいるけど?」の一言。
    「……は?」
     何度目を通してもそれは間違いなく「ここにいるけど?」で、読み違いをしたわけではない。一瞬頭の中が真っ白になり何も考えつかなかったけれど、大粒の水滴を纏わせたグラスの中のアイスコーヒーを一気に飲み込んで、ハングマンはどういうことだと両手の親指で文字を作り出す。
     それが飛んで、数秒。
     震える画面に表示されたサムネイルは、待ち望んでいる相手の横顔。つまりは、写真が送られてきた。
    「……意味わかんねぇ」
     今日オフだからと、会う約束をしたのは一昨日だ。確かめるように、そう多くないテキストの会話を遡ろうとすれば、今日送った量が多くてなかなか大変だったけれど。確かに一昨日の夜に、会いたいとルースターから一文が送られている。
     その文字は今見ても表情が緩んでしまうくらい、とても嬉しいものだ。けれど頭を振って、そうじゃないと正気に戻りながらまた画面をスクロールして現在まで戻っていく。ルースターからの返事がパタリとなくなり、ハングマンのテキストだけかずらずらと並ぶ今日のやりとり。
     でも間違いなく、確かに、約束は取り付けている。キャンセルされた事実などどこにもない。
     それなのに、何故ルースターはこの場におらず、フェニックスと共にいるのか。意味がわからなくて頭痛すら感じた。
     テキストのやり取りの中に、友人と一緒になんてものもない。ハングマンの勘違いではないのだ。
     それなら尚更、どうしてルースターはここにいないのか。何故フェニックスと一緒なのか。そして何よりも、何故返事を返さないのか!
     じわじわと募るような怒りに震えながら、フェニックスを仲介させることに嫌な気持ちを覚えつつ、ハングマンはテキストを飛ばした。
     返事くらいしろって、ルースターに伝えてくれ。
     これを素直に本人へ伝えてくれるのかはわからないが、見なかったことにするような性格ではないはずだ。じっとセルフォンを見つめていれば、読んだ印がポツリと表示された。
     ただ、そこから返信がない。
     読んでくれても伝えてくれたのかは当然わからないし、フェニックスとルースターのどちらからも返信がないとなれば、気にするなと笑って、互いにセルフォンをポケットに捩じ込む姿が容易に想像できてしまう。
     そうなればもう、コンタクトが取れない。二人が今どこにいるのか、ハングマンにはわからないのだから。
     舌打ちをしつつ、少し浮いた踵が行儀悪く小刻みに震える中。待ち望んだ振動が手の中に訪れたのは、送信から十五分はゆうに過ぎた頃。
     待っていたのかと思われるだろう速さでテキストを開くと、
    「セルフォン、忘れた……?」
     呆れ顔のフェニックスが半眼で打ち込んだように感じる文字が、そこにあった。
     今どきそんなことあるのか。
     自宅から近所への買い物や、通勤くらいなら忘れたと笑っても笑われて終わるだろう。でも、ルースターは今、自宅近辺にはいないのだ。少なくとも西海岸にいて、それでノースアイランドでもリモアでもない基地にいる。
     ポイント・マグーは、リモアからノースアイランドへの半分よりは多いくらいの時間で向かえる場所だ。そうだとしても、フェニックスとはどうやって落ちあったのだ。むしろ、今どこにいるんだ。
     連絡をしたくないから、嘘を吐いているのでは。そんな答えが飛び出してきて、ハングマンはセルフォンを強く握りしめた。
     少しだけ、ミシリと音が鳴ったのは聞かなかったふりだ。
    「あぁそうかよ、もういい」
     水滴のほぼ無くなったグラスを鷲掴んで、店内の返却口に少し勢いよく戻せば、白髪のマスターが飴を放り投げてきた。危うく叩き落としそうになったそれを辛うじて掴むと、マスターは自分の眉間を指で押して気難しい顔だ。
     ようは、そんな顔をしているぞと伝えているのだろう。
     そんな顔にもなるんだよと愚痴を言いたくもなったけれど、ハングマンはそれは飲み込んで。包装を開けた飴を口に放り込んで、ぎこちなく笑ってみせた。ひらりと振った手は、同じように振られた手に返事をもらう。そんな些細なやり取りで、苛立っていた気持ちは落ち着いてしまうのだから、案外単純なものだ。もちろん思い出せば、また苛立ちが勝るのだろうけれど。
     見慣れた街並みを大股で歩きながら、自宅へ戻ろうかそれともヤケ酒でもしてしまおうかと考えを巡らせ続ける。眩しい日差しに目が負けて胸元にあったサングラスをかけながら再び足を運ぶと、色合いの変わった景色が何故だか酷く寒々しく感じられた。
     慣れたサングラスで、変な傷が付いたわけでもない。それなのに、いつもと違って見える。変なこともあるものだと道路を横断し、ポケットの中で震えるセルフォンを無視してひたすらに歩いていく。正直なところ、もう目的地なんて考えていない。
     空気を蹴るようにして足を運ぶ狭い歩道は、果たしてどこに繋がっていただろうか。思い出せずに狭い空を見上げれば、向かいから来た、道を譲らない横幅のある男をギリギリで避けきれずにぶつかった。正面衝突ではないが、肩が互いに弾かれるくらいの強さ。体幹を鍛えているハングマンは微動だにしなかったけれど相手は大きくよろめいて、無駄に大きな声で汚い言葉を浴びせてくる。
     普段なら腹が立っても殴りたくても言い返したくても、ニコリと笑みを貼り付けて「sorry」の一言で終わらせるのだ。厄介ごとはごめんだし御法度だから。
     でも今は、滅多に顔を出さない、どうでもいいと投げやりになる感情が表に出ている。
     確かに笑みは浮かべたけれど、それは明らかに挑発を込めたものだった。
     スイッチを入れたかのように男の顔がカッと赤くなり、ぶるぶると揺れる肉を纏った腕を振り上げた。腰の入っていないそれは、腕の重さはあるだろうけれどそこまで警戒もしなくてよさそうな、緩いフォーム。
     その程度でこちらを捩じ伏せようとはいい度胸だ。
     腹に溜まっていたような負の感情が固まるように、頭が冷えていく。笑っていたはずの顔が表情を消したのは、なんとなくわかった。じとりと、男を睨んだのもわかった。
     振り上げた腕が奇妙な位置で止まったのは、男が顔を引き攣らせた瞬間。そんなに怖い顔をしただろうかと眉を寄せたら、背中にどすんと衝撃が走った。
     なに、と瞬時に体の異変を探るけれど、ぶつかった重い物体はハングマンに纏わりつくようにして動きを封じてきて、訳がわからない。
    「は、あ? ルースター?」
     忙しなく顔を動かしていたハングマンの目に、見覚えのある腕時計が腹の前にあるのが映り。それが右の手首とあればなかなかそういないから、これはルースターだと認識した。そうすれば腕が体を押さえ込んでいる状態だと理解ができたし、重たいのは彼の体重がかけられているからだとわかった。
    「っっごめ、ごめんっ、ハンギー! おれ、ほんと、ごめんっっ!」
     忙しなく上下する背中と、荒い息と、途切れる言葉。そして驚くほどに熱くじっとりとした体とくれば、ルースターが走ってここに現れたのだとわかる。わかるけれど、何故ここに、とまた、何故が浮かんで苛立ちも生まれた。
    「離せ。フェニックスはどうした、迷子になったか?」
    「違う! ナットがセルフォン貸してくれて、でも電話してもお前出てくれなくてっ! 待ち合わせ場所行ったけどいなくて、探し回ってっ」
    「あのな、経緯はどうでもいい。俺は、離せと言ったんだ」
    「やだ!」
    「やだって、子供かよ。ここは往来なんだよヒヨコくん。道行く人の邪魔になってるってわかってるか? ん?」
    「でも離したらさっさと歩いてっちゃうだろ!?」
    「そりゃ、立ち止まってる理由はないしな」
    「じゃあやだ!」
     背中から聞こえる声は体の中に反響して、何故か空腹を呼び起こすようだ。
     なんでこんなことにとため息を吐けば、腹に回る腕にはより力が込められて、苦しいと思うほど。
     ルースターの突拍子もない行動にはいくらか慣れたと思っていたけれど、こんな場所で子供のように喚くなんて予想もつかなかった。子供よりもタチの悪い大きな体をどうにか歩道の端に寄せて、ひっつき虫を背中に背負った状態のハングマンは、途方に暮れたようにまたため息を吐いた。
     ふと視線に気づいたのはこの時で、そちらに目を向ければ、なんとも言い表し難い顔で立っているあの男がいた。その顔には怒りはもう見えなくて。ただ困惑が見て取れるだけ。
     こんな状態を突然見せつけられて、どう反応したらいいのかわからないのだろう。
     聞こえない程度の舌打ちを打ち、ハングマンは悪かったを込めて会釈した。それで伝わるかどうかは相手の気持ち次第かと見やれば、男も小さく会釈を返してその重たそうな体をのっそりと反転させ、のそのそと歩いて行った。どうやら伝わったらしい。くだらないことで取っ組み合いになるところだったなと一安心して、目下厄介ごとを継続中のひっつき虫に天を仰ぐ。
    「なあ離せよ」
    「やだ」
    「……わかった、置いて歩かないから、離してくれ」
     そもそも別に、ルースターから逃げていたわけではないのだ。腹は立っているし、顔を合わせて嫌味を口にするのもまた腹立たしくて、この場から離れたいと思っただけ。
     力強い腕に触れて、優しくポンポンと叩いてでもしてやれば、ルースターは素直に腕を解いたかもしれない。けれど、ハングマンはそんな気分には到底なれなくて、自分からはルースターに触れようとはしなかった。
     それもまた、伝わったのかもしれない。普段と違う様子に、ルースターの腕は震えながら、それでも体に触れつつゆっくりと離れていく。ハングマンが逃げようとすればその服を掴むつもりなのは、体を撫でるような指先の様子でなんとなくわかった。
     後ろに立つ自分よりも大きな男が、シャツの裾を両手で握りしめて俯いている。子供が見せれば可愛らしい行動だが、実際行っているのは三十も半ばの髭を蓄えた屈強なアビエイター。果たしてこの絵面は、行き交う人の目にどう映るのか。
    「はんぎ、ごめんなさい」
     しょぼんとした声が、雑踏にかき消されそうな細さで耳に届く。こんなに近くで声を出したのに車道を挟んだ向かいから話されたような、そんな奇妙な感覚にハングマンは思わず顔を向けた。
     そこには確かにルースターがいる。
     俯いて、まつ毛を艶やかに湿らせて。
    「泣いてんのか」
     驚きのあまり、疑問よりも確認に近い声が出た。ピクリと揺れたアロハシャツを纏う厚い肩は、いつもなら泣くわけないと大きく揺れるのに、今は撫で肩がより下がって傾斜が大変なことになっている。
    「ルースター?」
    「ごめんなさい、ごめん、ごめんね」
     俯いたままの目元から、大粒の涙がぼたぼたと落ちれば泣いているのは明確だ。でも。
     ――なんでお前が泣くんだ。泣きたかったのはこっちのほうだ!
     不安に飲み込まれそうになりながら、ただ時間を過ごしたあの時。もし本当に何かあったのだとしたらと、体の内側が潰されてしまうような恐怖と一人戦っていたのだ。泣いたって仕方がないし、意味がないから泣かなかっただけで。
     それなのにルースターは勝手に泣いて、許しを乞おうとしている。
     いつもだったら、仕方のないやつだと髪をかき混ぜて頭を抱え込んで、顔を掬い上げてキスをしただろう。二度とするなと固い文句を口にして。
     けれど、今日はハングマンも簡単に許せるほど心に余裕がなかった。
    「フェニックスのほうが大事だろ。早く戻れ」
    「っっ、ちがっ! ちがう!」
     バッと持ち上がった顔は、情けないほどに涙と汗と鼻水でぐちゃぐちゃだ。すっかりと下がってしまった眉は、元に戻るのかと不安になる程。
     今さっき泣き出したわけではなさそうな目元は、何度も擦ったのか赤くなってしまっている。
     どういうことだ。訳がわからなくて首を傾げたら、反対側の歩道にある街頭に手を付く人影が目に入った。なんとなく視界に入れたその姿はフェニックスで、彼女もまた汗だくの様子が見て取れる。
     荒く息を吐きながら、緩く頭を振って。そうして首を親指で横一線。
     ヒラリと手を振る姿は、それだけで雑踏の中に紛れてしまった。
    「……フェニックス、行っちまったぞ」
    「大丈夫。あとで謝る」
    「……ふぅん」
    「今は、ハンギーに」
    「……俺よりフェニックスなんだろ?」
    「だから、ちがくて!」
    「違わねぇだろ。俺とした約束よりフェニックスと会うことを優先させたのは間違いないだろうが!」
    「ちがわないけど、ちがう!」
    「意味わかんねえ! ああクソッ! 離せ!」
    「やだ!」
    「おい、いい加減にしろよルースター!」
    「ごめん、俺が悪かったのは、わかってるから。だから行かないで、話し聞いて、おねがい……ごめんなさい……」
     往来で、大の大人がボロボロと泣いている。これが目立たない訳がない。まだカメラを取り出す者がいないだけマシだと、ハングマンは盛大に息を吐き出してルースターの腕を掴んで歩き出した。
     突然の力に驚きながらも素直に着いてくるルースターは、アロハシャツの肩口でグイグイと目元を拭っているようだ。それでは目元がより赤く腫れてしまうだろうに。
     人通りの少ない路地を適当に進んで、自転車や徒歩の人しか通れなさそうな小さなロータリーに出れば、そこは誰もいない空間で。あつらえたようにベンチがあって。少し強引に、ルースターをそこに座らせた。
     隣に座らず前に立っていれば、何故座らないのかと困惑の目が見上げてくる。でも、今はどうしても、ほんの少しでも距離を空けていたかった。だから、促されてもそこを動こうとはしない。
    「で、話しって?」
    「あ、うん、あの……本当に、あの、」
    「ブラッドショー大尉、簡潔に」
    「っ、あ! ……た、他意なく、忘れてました」
    「……はあ?」
     この男はなんと口にした。
     録音していない会話が恨めしいが、聞き間違いでなければ「忘れていた」とそう言ったのか。そんなことあり得ないだろうと、天を仰ぎ。ハングマンは先程、カフェで遡って確かめたテキストのやり取りを頭に思い返す。
     一昨日の夜に、会いたいと送ってきていた。一昨日だ。一週間前でも二週間前でもない。昨日の昨日だ。
     他愛のない会話の流れの中で、あそこに行きたいなど口にしたのであれば忘れても構わないけれど、ハングマンに向けて確かに抱いていた気持ちを打ち明けたその言葉を忘れるなんて。そのあとに立てた予定の一切も忘れるだなんて。
     それがまだ、ポイント・マグーにいるのなら許してもやれただろう。でもルースターが今いる場所は、リモア基地のすぐ隣の街だ。
     会うのを予定していたのもこの街だ。
     ここへ来たのに思い出すこともせず、セルフォンを忘れ、呑気に友人と会っていた。
     街の片隅に、約束を取り付けた恋人を放って。
    「信じられるわけねぇだろっ!」
    「ほ、本当なんだって! 嘘じゃない! ちゃんと一昨日、会いたいってテキスト出したの覚えてるよ!」
    「そのあと立てた予定はっ!」
    「お、覚えてる」
    「ならなんで今日ここに来たのに思い出せないんだよっ!」
    「わかんないだってば! リモアに行くんだって楽しみにしてたのは覚えてるけど、来たらなんで来たんだっけってなって……」
     そのタイミングで偶然にもフェニックスに会ったのだと、ルースターは震える声で必死に伝えてくる。
     苛立ちのおかげでどれも嘘にしか聞こえないけれど、それでもルースターは人を傷付ける嘘は吐かない。たとえ、自分が傷付いたとしても。
     そんなことあり得るのか。忘れた内容は、鍵をどこに置いたかわからないとか、そんなレベルではないのだ。その日の予定を丸ごと忘れるなだなんて、想像もできない。
     病院に行けをはじめとして、口をついて出てきそうな酷い言葉のどれをも、なんとか飲み込んで。ハングマンは深く長く息を吐いた。それは怒りを抑えているようにも見えるだろう。半分くらいはそうなので、どう捉えてもらっても構わないけれど。
     脳に酸素を送れば、目の前のルースターが非常に困惑している様子がはっきりと見えた。
     どうしたら信じてもらえるのか。
     どうしてこうなってしまったのか。
     彼自身も訳がわからなくて、でもハングマンにしてしまったことを、このままではまずいと思ったから。だから、街中を走って探し回ったのだろう。
     信じたい気持ちはある。こんなことで関係を終わらせるのなんてごめんだ。
     けれど、こうなった原因はルースターの連絡不精が根底にある。積み重なったその不満は、まるで炎のように燃え上がってしまって収拾がつかない。
     心配していたのに、その間、楽しく笑っていたのか。
     不安だったのに、その間、呑気に会話をしていたのか。
     ぐるぐると巡ってしまう考えは、どうしてもお前が悪いんだという答えしか出さなくて。必死に落ち着け、ちゃんと考えろと理性が踏ん張るけれど、不満の燃料を注ぎ足される心の中はもう酷い有様だ。
    「ごめん、ジェイク。どうしたら許してもらえるかわからないし、……許してもらえないかもしれないけど。でも、俺、別れたくない……」
     震えて音にならない声なのに、不思議としっかりと聞こえた。
     全身で訴える言葉だったからかもしれない。
     それだけは嫌だと、そう言っている。
     俺だってそうだと思うのに、言いたいのに、「別れたほうが楽だって」と甘い囁きが聞こえてきて頭が痛い。
     こんな思いをまたすることになる。
     もっと辛いことがあるかも。
     それを我慢して耐えて、お前にメリットはあるのか。
     勝手に生み出される自問自答に、ハングマンは顔を上げた。
    「メリット、デメリットで付き合ってんじゃないんだよっ」
    「え?」
    「ルースター、ブラッドリー・ブラッドショー!」
    「は、はい!」
    「お前は俺に甘えすぎだ! なんでも許してやると思うな! 好きでいてもらいたいなら努力しろ!」
    「ご、ごめっ」
    「俺も頑張ってんだよっ! ……頼むから、一緒に頑張ってくれよ……っ」
     声が裏返って、悲鳴のような細い声が出た。
     辛うじて泣かなかったのは、懸命に堪えたからで、奥歯を噛み締めすぎてこめかみが痛いほどだ。
     でもそうしなければ情けなく泣いてしまって、きっと二人揃って泣いて全部有耶無耶になってしまうと思った。だから、泣くものかと堪えたのだ。
    「ジェイク、本当にごめん。心配かけて、不安にさせて、嫌な気持ちにさせて、ごめん」
    「それをさせないようにする努力は」
    「する。ちゃんと連絡する。頑張るから。お願い、俺から離れないで、嫌いにならないで」
    「……次やったら知らないからな」
    「……わかった」
     ポタポタと溢れる涙を拭もせずに、ルースターは真っ直ぐにハングマンを見上げている。
     彼がどれだけ後悔したのか、本当にこの先努力して少し変わるのか、それはわからないけれど。それでも、掴み取る努力をしない男ではないのも知っている。
     悠長に構えていたら逃げられる可能性を知ったのだ、本当に離れてほしくないのなら、それなりの努力で引き留めてみせろ。
     流れ落ちる涙を手のひらで拭えば、驚いた顔が、ゆっくりと笑顔に変わった。
     大好きな顔だ。
     単純なもので。
     その顔を見てしまえば、燃え盛っていた炎は途端に鎮火されて落ち着きを取り戻していく。ざわつく気持ちはあれど、吹き出すような激情はもうない。
    「ジェイク、ありがとう」
    「……何もなくてよかったよ、ブラッドリー」
     ようやく抱きしめた体はまだ熱を放つように熱くて、それでもまるく息が吐き出されるくらいに、安心できた。





     ぽこん、と可愛らしい音を上げたセルフォンに手を伸ばしたルースターは、考えることなくそれに目を通している。
     自然な、当たり前というような動きは誰でも行うものだろう。
     いちいち、手に取って画面をタップして、なんて考えるわけもない。考えなくても動く体は、当然のようにテキストを表示させてそこに目を通している。
    「……うん?」
     ただ、表示されている内容を、考えもせずに理解するのは少し難しくて。三度目を通して、ゆっくりと首を傾げた。
    「どうしたの」
     向かいに座っていたボブが、同じように首を傾けてパンを口に放った。それを目の端に捉えながら、ルースターは少しだけ迷って、セルフォンの画面を向ける。反射して見えづらかったのか、ボブが体を屈めて。そうしてまた首を傾げた。
    「変なことが書いてあるようには見えないけど?」
     おめでとう。
     そう口にして、もぐもぐと咀嚼するボブに曖昧な笑みを浮かべるルースターは、ありがとうと呟きながらもテキストの内容にどうしても首が傾いてしまう。
     何がそんなに不可解なのかと、やはりボブも首を傾げるものだから、周囲の仲間たちもまた妙な顔つきになっていく。
     それを切り裂いたのはトレイを片手にルースターの隣に座ったフェニックスで、苦笑いを浮かべているのはボブの隣に座ったコヨーテだ。
    「何してんの? 儀式?」
    「え、なんの?」
    「食事前の?」
    「もう食べてるよ」
     もぐもぐと口を動かすボブに肩をすくめたフェニックスは、何処と無く浮かない顔を見せていたルースターに目敏く気がついて。そうして「どうしたの?」と怪訝な顔つきで訪訊ねてきた。
     ランチがほとんど減っていないことに、食欲を妨げるものがあったのかと、そんな様子だ。
    「特に変なことはないと思うけど、ルースターはなんか引っかかってるみたい」
     ボブの言葉に、フェニックスとコヨーテの視線が向いた。
     でも、二人にそれを打ち明けていいものか。でもボブには見せたし。
     緩やかに考えて、ルースターは画面が二人にも見えるように、セルフフォンをテーブルの上に置いた。そこには、先程ボブに見せたテキストがある。
    「何これ」
    「……あぁ、ハングマンからか」
    「アイツ、早ければ今日の夜には戻るんじゃなかった? 我慢知らないわけ?」
     ふふ、と笑うコヨーテと、呆れた顔のフェニックス。
    「あ、そっか。すぐ会えるのにテキストで言ってきたから、変なのって思ってたわけか」
     納得のいったボブは頷いて、よかったねとそう告げてくる。
    「まあ、うん、そうなんだけど」
    「……なに、歯切れ悪い」
    「早く会いたいならそう言ってあげたら? めちゃくちゃ喜びそう」
    「そんなこと言われたら、このあとの飛行でバカみたいに飛ばすだろうな」
     笑う三人に倣って笑うけれど、ルースターの表情は晴れやかではない。
     これは何かあるなと真っ先に気づいたのは、付き合いの長いフェニックスだった。ルースターの手の中で、微動だにしないセルフォンをもう一度覗き込んで。そうして最終的に文面を口に出した。
    「Happy Birthday 今夜には会えるぞ」
    「うわ、音読やめて恥ずかしい」
    「どうせ、普段はもっと恥ずかしいこと言われてんでしょ? ……で、これの何がそんなに引っかかるの?」
     これだけの文字に、気になる点は見当たらないのだろう。フェニックスは不思議そうに首を傾げている。向かいのボブもまた首を傾げ、コヨーテは頬杖をついた。
     確かにこの文からは、今夜には会えるのところが引っかかるかもしれない。もっと早く会いたいとそんな無茶な我儘を言いたくなって我慢していると、惚気にも似た態度に苦笑が浮かんでしまうのかもしれない。
     でも、そうではなくて。
     ルースターは、ようやく。重たく口を開いた。
    「俺、誕生日、明日なんだよね」
     その瞬間、フェニックスは目をまん丸にしてルースターを見上げ、ボブはパンを口一杯に詰め込み、コヨーテは手のひらの上から顎をずり落とした。
     なんだアイツの勘違いか!
     と、ならないのは、送り主がハングマンであるからに他ならない。
     あの優秀だと自負する男が。
     ルースターのことで提示されている情報を知らない訳がないだろう、あの男が。
     よりにもよって、恋人の誕生日を間違えるのか。
    「待って、アンタたち付き合って何年経った?」
    「三年」
    「過去二回? の誕生日は?」
    「……やっぱ、今日、二十六日におめでとうって来てた……」
    「それを今まで訂正しなかったのか?」
    「ハングマンか俺か、どっちかが海の上だったから……」
     日付の感覚が狂ったのかもしれないとか、時差の読み違いとか、翌日では電波がなくなるからとか。そんな、かもしれないは確かに全員経験済みだから、そこで言い出せよとは誰も言わなかった。納得のいかない何かを、無理矢理飲み込むような違和感に、眉は大きく寄っていたけれど。
     互いのIDを見る機会は何度もあっただろうし、生年月日くらいは軍のデータベースで見ることだって可能だろう。それでも、情報に触れられる場所にいて確認は可能だったとしても、信じ込んでいたら確認もしないかもしれない。
    「時差……とか?」
    「サンディエゴは同じ時間だ」
    「楽しみすぎて明日のカレンダー見てんじゃない?」
    「……夜には会えるって言ってるから、違うだろうな」
     コヨーテがボブとフェニックスにそれぞれ答えて、ぼんやりとセルフォンを見つめるルースターの手を叩いた。気遣うようなそれはとても優しい。
    「あれだ、アイツのことだから、明日が楽しみすぎて先に言っちまったんだよ」
     それはちょっと無茶、とボブの小さな声はもちろん聞こえたけれど、ルースターは小さく笑って頷くだけにとどめた。
     誰と間違えたの、と。
     口に出してしまったら、自分が崩れてしまいそうだったから。


     リモア航空基地から数名の飛行士がノースアイランド基地へ呼ばれ、何やら飛行に関することをしている。その数名の中にハングマンが含まれていると判明したのは、ルースターが研修のために二週間リモアに訪れることがわかってからで。大いに膝をついたハングマンの姿は見ものだったと、画像付きでフェニックスが教えてくれた。
     二週間同じ基地にいるのに、会える期間は少しだけという事実にちょっと残念とルースターも実際は眉が下がったけれど、研修の終盤には自分の誕生日がある。予定が早まらなければ、ルースターはまだリモアに居る期間だ。ハングマンのスケジュールがどうにかなれば、一緒に過ごせるかもしれない。
     付き合って三年目。初めて一緒に過ごせる誕生日かもしれないのだ。
     そのことが嬉しくて待ち遠しくて、そうならないかなと浮き足立っていたのはきっと、多くの人に筒抜けだっただろう。
     でも。
     そんなふわふわとした気持ちは、例のテキストであっさりとなくなってしまった。
     勘違いだ。アイツだって人間なのだから、間違えることくらいある。コヨーテの言うとおり、気が急いて文面がおかしくなったのだ。
     懸命に自分にそう言い聞かせるけれど、必ず最後に「あのハングマンが?」と、冷静になる言葉が頭を駆け巡る。
     そんなこともあるだろうと思いたいのに、普段の彼の振る舞いがそれを否定してくる。
     なら、誰と間違えたのか。
     甥っ子とか姪っ子じゃない? と口にしたのはボブだったか。
     でもコヨーテが違うと首を横に振っていた。
     なら、ご両親か兄弟は? フェニックスの問いにもコヨーテは首を横に振って、「アイツの大事にしてる犬も違う」なんて、そんなことまでも教えてくれた。
     セレシン家に詳しいんだな、と少しだけ羨ましく感じたのは口にしなかったけれど、顔には出ていたのかもしれない。「アンタが知りたがらないなら、余計な押し付けかもって思ったんじゃないの」とフェニックスが告げた言葉は、おそらく半分以上正解だろうから。苦笑の混ざった笑みを浮かべたコヨーテは、その辺りのハングマンの気持ちも知っているのかもしれない。
     それでもコヨーテは「今度聞いてみたらいいと思うぞ。きっと大喜びで、一に対して十以上で返ってくるから覚悟したほうがいい」なんて、楽しそうに分厚い唇を弓なりにして見せた。
     そういう、プライベートなことに踏み込んでもいいのかと少し驚きつつ。ルースターは手にしていたセルフォンに指を走らせた。打ち込んだ文字は「ありがとう。楽しみだな!」なんて当たり障りのない言葉。俺の誕生日は明日だと告げないそれに、三人は何を思ったのかはわからない。
     でも、ぽんぽんと優しく手や腕を叩いてきたその温かさは、大丈夫だと言ってくれている気がした。何に対してかはわからないけれど。
     そうして、ハングマンは確かに、数名の飛行士たちと共に夜遅くにリモアの基地へと帰ってきた。彼らは明日はオフで、でもルースターは研修がある。
     それでも、できればすぐに会いたいと思ったから。ルースターは宿舎に帰らず、基地の片隅でずっと待っていた。
     悶々と間違えた理由を考えて、自分なりにきっとこうだと答えを出して。でも違っていたらどうしようかと落ち込んで。それでもきっと聞いたら答えは出るはずだから、帰りたくなる気持ちを捩じ伏せていた。
     あと数分で日付は変わる。
     ルースターの、本当の誕生日が来る。
     日付が変わってから会えば目の前で、おめでとうを誕生日の日に言ってもらえるだろう。遅くなったが、なんて一言が入るだろうけれど。
     それでもいいかな、と。問いただしたい気持ちが萎んで、なあなあにしてしまいたい臆病な気持ちが顔を出す。
     これで、前の恋人の誕生日と間違えていたなんて聞かされたりしたら、両親が祝福してくれた大切な日が悲しく思えてしまう。どうすることが正解なのか。笑って、明日なんだけどと言える強さが欲しいと、ため息を吐いた。
    「ルースター?」
    「あ、おかえり」
    「ただいま。こんな時間まで何してるんだ? 居残りか?」
    「評価Aなので?」
    「ははっ! さすがだな! なんだ、じゃあ俺に会いたかったのか?」
     ん? と伺うように首を傾げるハングマンの顔は、自信に溢れた憎たらしい顔だ。
     答えはそうなのに、違うと反射で返したくなって無理矢理口を噤めば、察したハングマンはニヤニヤと笑って近づいてくる。
     下がる理由もないルースターはただそこにいて、目の前に立った顔をじっと見つめた。何も言わず身動きもとらないルースターに、違和感はあるのだろうか。久しぶりの再会に笑顔すら見せないことを、怪訝に思ったのだろうか。形のいい眉が少しだけ歪んだ。
    「どうした? 会えたのに嬉しくないのか?」
    「嬉しい、けど」
    「……ああ、そうだ! 言い忘れてたな!」
     パッと表情を明るくしたハングマンは、息を吸って口を開く。
     飛び出すだろう言葉は予想がついて、ルースターはその口を慌てて右の手で塞いだ。
     ベチン、と少し痛そうな音が鳴ったのは気のせいではないようで、困惑と怒りを混ぜたような目がジロリとルースターを睨めつけてくる。
     手のひらの下で動く口とくぐもった声がルースターを呼んでいて、離せと言うように口は動くけれど、ルースターは手を離さず。こうなってしまってはもう仕方がないと、意を決したように。深く、息を吐いた。
    「あのさ、ハンギー」
     クイ、と器用に片眉が上がる。
     何と答えるようなそれに少しだけ笑って、今度はゆっくりと息を吸い込んだ。
    「俺の誕生日ね、二十七日なんだよ」
     ポツリと呟いた声は、目の前のハングマンに届かないわけがない。反応は鈍いけれど、その目は確かにパチリと大きく瞬きをして、何を言っているのかと不思議そうだ。
    「なんか、その、二十六日だと思われてるみたいなんだけどさ」
     逸らしたくなかった目は、勝手にハングマンから離れてしまう。
     それでも彼の目は未だ真っ直ぐにルースターを捉えていて、言われた言葉の意味を理解しようとしているようだった。
    「……えぇと、さ、その、なんで間違えたのかわかんないんだけど、今日はまだ、おめでとうじゃないんだ」
     遠回しの言い方だろうか。ストレートに、誰と間違えていたのか言えと、強気に出たほうが良かっただろうか。
     正解のわからない言葉は不安に揺れるけれど、ルースターの手はハングマンに掴まれて大きく揺れた。
    「今日じゃない? 本当に?」
    「……嘘吐いてどうすんのさ」
     顔から離された手は未だに掴まれたまま。少しだけ口の周りが赤くなっているのが見えて申し訳なくなったけれど、もう帰宅するのだろうし問題ないだろうと思いたい。
     伺うようにチラリとハングマンを見れば、未だに信じられないといった面持ちで瞬きをしていた。
    「いや、だって……」
    「……母さんが命懸けで産んでくれた日を、無かったことになんてしないよ、俺」
     ポケットの中になおざりに入れていたIDを手にして、ハングマンの前に。公的身分証明書のそこに印字されている生年月日は、06/27/1984。
    「……本当だ」
     パッと腕時計を確認するハングマンは、困惑しながらもルースターの手を両手で掴んで、悪い、と細い声で口にした。
     自分でもなぜ間違えたのか理解できないのか、IDがかざす真実に狼狽えるようにして、必死に何かを考えている。
     言い訳なのかもしれないし、勘違いした原因を思い出そうとしているのかもしれない。そのどちらでも構わないけれど、辛い事実だったら嫌だなと、ルースターは眉を下げて力無く笑った。
    「ルー、」
    「やだな、もう間違えないでくれたらいいよ」
     理由なんて言わなくていいと、無理矢理に笑って見せる。
     胸の奥は痛いし泣きそうな気分だし、できるならもうこの場から去りたかった。でもそれは手を掴まれていて叶わず、何よりも温かな手に触れている喜びは確かな幸せだから、離したくなくて。
     何も気にせずに飲み込んで忘れて、そんなこともあったよなと笑い話しにしたほうが円満解決だと、ルースターの中でようやく決着がつく。
     大したことはない。一日間違えていただけだ。たった三回、間違えていただけだ。これからの長い年月を考えれば、やはりただの笑い話しでいいのだ。
    「ルー! なんで間違えてたのか、わかった」
    「いいよ、言わなくて。俺そんなことで怒らないし」
     三十半ばの誕生日なんて、大したことないだろ。
     そう言ってヘラリと笑えば、あっさりと手から離れる体温。それを寂しく思う間もなく、両頬が包まれた。
    「お前が生まれた大切な日だろ。この日に生まれなかったら、会えなかったかもしれない。俺の大切な人の、大切な日を、大したことないとか……本人でも言うな!」
     パチ、と瞬きをして見つめる先の顔は、いつになく真剣で。怒っているわけではなく、心からの本心を真摯に伝えてきている。
     いくつもの透明な言葉の欠片は優しくキラキラとしていて、真っ直ぐにルースターに降り注いでは次々と吸い込まれていく。
     まるで、ふんわりと、心にキスをされたようだった。
     膨れるように広がる気持ちは、誤魔化しようもない幸せ。
     ストンと肩から力が抜けて、ルースターは温かな手のひらに知らず頬を寄せた。
    「ありがとう」
     たぶん、他にたくさん言いたいことはある。
     でも、今はこれが精一杯。
    「あのな、……ああダメだ説明はあとだ!」
     穏やかな声が突然弾けて、温かい手の中でうっとりと目を閉じていたルースターは息を呑んだ。慌てて開いた視界には、距離を詰めたハングマンの顔。理解するよりも先に唇に触れる柔らかさ。
     ピピ、と静かな電子音が、日付が変わったことを教えてくれる。
     離れた唇が、息のかかる距離で言祝いだ。
    「誕生日おめでとう、ブラッドリー」
    「……うん、ありがとう」
     言葉を紡ぐ口がさわさわと触れて、髭が柔らかく上唇の輪郭をなぞる。
     くすぐったそうに笑うのは二人ともで、それを閉じ込めるように柔らかな赤を触れ合わせた。
     時折聞こえるエンジン音や、移動する車の音。夜番のチームの話し声。
     昼間よりは静かで、でも夜中にしては賑やかなこの場所は秘めやかな逢瀬には不釣り合い。
     残念そうに笑って離れた二人は、それでも手は離さずに触れたまま。
    「ルー、あのな、間違えた理由なんだが」
    「あー……、あんまり聞きたくないかも」
    「いや、多分な、笑うと思うから」
    「……本当に?」
     疑うように向ける眼差しに、気まずくも真面目に頷くハングマンは、できれば聞いてほしいとそんな面持ちだ。
     辛い気持ちにならないというのであれば、聞きたいとは思う。少しだけ怖いような気もするけれど、ハングマンが笑うというのであればきっと大丈夫だろう。
     グッと手に力を込めたら、同じ力が返ってきて、ルースターはしっかりと顔を向けた。
     離せと、少しだけ顎を上げる。
     受け取ったハングマンは頷いて、そして、少し言いにくそうに視線を彷徨わせ。何処と無く赤くなった顔で、小さく単語を呟いた。
    「……はい?」
     タイミングよく響く、飛行機のエンジン音にかき消された声は聞き取れず。大きく首を傾げるルースターへ、ハングマンはヤケになったように口を開いた。
    「スティッチ!」
    「……すてぃっ、ち?」
     なんだそれ。
     頭の中にある単語と、その言葉が一致するものを高速で探すけれど、何も引っかかってくれない。けれどハングマンは知らないのかよというように顔を歪めていて、恥ずかしさにどんどんと顔を染めていく。
    「……マジかよ」
    「ん、待って? もしかして、あれか? アニメの、青い妙な生き物」
    「そう、それ」
    「……それが、なんで?」
    「ソイツの記念日が今日……じゃなくて、昨日。二十六日」
     どこかバツが悪そうに口を尖らせて話すハングマンは、時折チラリとルースターを見上げてくる。反応を伺うような様子はなんだか珍しくて、少し嬉しくなった。
    「誕生日じゃないのか」
    「誕生日は別の日」
    「……え、すごい詳しいのな」
    「姪がな、ものすごく好きなんだよ。ハワイに帰港した時の土産頼んでくる電話すごいんだぞ」
    「へぇ……でも、え、なんでそれで間違えるの」
     当然ながら訊ねるルースターに、ハングマンは俯きながら長く息を吐いて。そうして、ゆっくりと顔を上げた。その顔にはもう照れや恥ずかしさは見当たらないけれど、バツが悪そうな様子はまだ少し見え隠れしている。
    「よくよく思い出せば、もう何年も前に、確かにお前の誕生日は二十七だって何かで見たんだ。でも、そのタイミングで姪が二十六はスティッチの記念日だからね! って刷り込むみたいに言ってきて……ああそうだ、誕生日は二十一日だからそこもお祝いだよって言い出して、なんなんだって思ってたら混同したんだよ!」
     頭を振ってそう吐き出したハングマンは、しっかりとルースターを見つめて。そして、悪かったと口にした。
     事情を知ればなんてことのない、情報過多による混乱。笑うことはなかなか難しいけれど、過去の恋人の誕生日ではなかった事実は安心する以外に何も生んでこない。
     ほっと肩から力を抜いて。ルースターはハングマンをしっかりと抱きしめた。
    「ルー?」
    「良かった」
     ふふ、と笑えば、すっかりと穏やかになった気持ちが伝わったのだろうか。ハングマンも腕を回してきて、フーッと、長く息を吐いている。こちらも、落ち着いたのだろうか。
     ただ抱きしめあって佇む二人は、また聞こえてくるエンジン音にやはり笑って離れて、そうして手を繋いだまま歩き出した。
     繋がれた手はどこか恥ずかしげに笑うルースターが勢いよく振って、それに上半身が振られたハングマンがやり返して。ニヤリと笑う二人は声を顰めて笑いながら、ぶんぶんと繋いだ手を勢いよく振って歩く。
     大股で歩く二人の姿は、監視カメラだけが見ていて。その手は、どれだけ振っていても体が倒れそうになっても、離れなれることはなく。
     そしてそれは、基地を出るまで映像の端々に映り込んでいたとか。いなかったとか。
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    tooooruuuuakn02

    DONE【ハンルス】
    リクエストの「ハンとの約束を悪気なく本気で忘れるルス」
    「ルスの誕生日を間違えるハン」
    です!大変お待たせしました!
    合わせてしまいましたが前半が約束忘れたルスで、後半が間違えるハンです。
    一応、前半後半同じハンルスです。

    ルースター誕生日おめでとう!

    (なんでそれを忘れるの?な二人です。ただ本当にど忘れしただけです)
    それは大切なことなのです ルースターが来ない。
     約束の時間はとっくに過ぎて、もうじき針が一周するところだ。
     ポイント・マグー航空基地に来ていると連絡があったのは一昨日で、もっと早く言えよと悪態を吐いたのはその連絡をもらった数時間後。返信が遅れたのは、勤務をしていたのだから仕方がない。
     それに対して忘れてたと、ヘラリとした顔を容易に想像させる文面が届いて頭を抱えたのは、情けないことにいつもどおりだ。
     マメな連絡をアイツに期待するなと苦い顔で口にしたのは、長いこと友人をしているフェニックスだった。友人にはそうでも恋人には違うだろうと、高を括っていたのは果たしていつまでだったか。そのとおりでしたと負けを認めるような悔しさを滲ませながら、連絡不精なルースターと、大変に大雑把なやり取りで今までどうにかやってきた。
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