ケモ耳尻尾キツネうどんの効用で生えたゴウの尻尾は真っ黒で、太さこそあるものの僕のそれのようにカールしてるわけではない。重力に負けたかのように、椅子のすき間からはみ出して力無く垂れている。
「ゴウのスケベ」
人払いのすんだ部屋の中、僕は低い声で不満を告げた。頬杖をつき、全身で苛立ちを表現する僕に対し、スケベ呼ばわりをされた当のゴウは頭を抱えて机に突っ伏している。液体なの?ってくらい真っ平ら。
「…ちがう…」
何かに叩きのめされたゴウから、掠れた声が絞り出された。黒い尻尾が力無く揺れる。
「じゃあ、どうしてこんなことになってるんでしょうねぇ」
こんなこと。とは、今の状態。
ゴウの「トキオと二人だけにして」というお願いのもと、ようやくまみえることの出来たケモ耳尻尾のシゲル君はサトシ君と一緒に部屋を出た。…というか、ゴウを心配して付き添いたがるサトシ君をなだめすかして連れてった。
待ちに待ったシゲル君のいわばコスプレだというのに。網膜に灼きつける勢いで見倒すつもりだったのに。ゴウが僕以外の人間に退室をお願いしたことで、かなわなくなった。
これが現状。そして、僕の不満の原因だ。
たぶん、シゲル君はゴウの反応を「多すぎる音」に対する恐怖からくる拒絶反応だと思ってる。だから人払いして、音源を少なくしてほしがったのだと思ってるし、僕もそう言ってサトシ君に退室をお願いした。
大まかには間違っていない。
でも、僕にはわかっちゃった。僕はシゲル君ほど純粋じゃないし、ゴウがサトシ君を好きなことも知ってるし、ゴウが僕と同じくらい純粋でないことも知っている。
だから、わかっちゃった。
「むっつり」
黙ってられなくて、何度目かの恨み言。
ゴウが小さく息を吸い込んだ。
「…言わなかったじゃん」
「…何を?」
「あんなに、…息まで!ハッキリ聞こえるなんて、言わなかったじゃん!」
ガバと起き上がってゴウが噛みついた。
涙目で、唇までわななかせた様に、何というか。面食らってしまった。僕に対してさえ庇護欲をかき立てる、媚薬のような要素があったから。
何というか。そう、他に誰もいなくて良かった。
「息ぐらい、そりゃするよ。生きてるんだから」
「あ、あんなに、はっきり。生々しいなんておもわな…。こう、声を出すときの…」
「唇を開くときの音って、やらしいよね」
僕の言葉はとどめになった。ひゅっと息を吞み、泣き顔になったゴウがそのまま三角耳を押さえて突っ伏した。
想像通り。ゴウはサトシ君に欲情してただけ。
音だけで興奮するなんて、見事なむっつりスケベだ。
「…もう、サトシに会えない」
「極端だよ!」
スケベなのか、ピュアなのか、どっちなんだ。こうまで悲しそうな姿を見せられると、弱い。ロコンなシゲル君を見たいと私利私欲で怒っていた僕も、慰めざるをえなくなる。
「慣れだから!僕だって、この耳でシゲル君と喋ってたの、見てたでしょ。見ていて、普通だったはずだよ。大丈夫、慣れればスルー出来るから!」
言ったら不機嫌になるだろうから言わないけど、シゲル君も音の多さに戸惑いながらも順応出来ていた。ゴウに出来ないはずがない。
「わかってるけど…。一度意識しちゃうと、聞こえてくるんだよ」
ああー。それもカクテルパーティ効果。雑音の中でも、気になるワードや音を拾えちゃうやつ。
「トキオは?気にならなかった?」
救いを求めてゴウが再び顔をあげた。
「ならないわけ、ないじゃん」
そりゃあもう、鮮明に聞こえましたとも。シゲル君の吐息をはじめ、シゲル君周りの音という音全て。気付かれないようにはしてたけど、こちとら尻尾の先までビリビリに興奮してた。
「でも、普段から妄想してたからね。ゴウにもバレてないなら隠蔽成功」
ふふんと鼻高々に言ってみせると、ゴウの表情が固まった。
「え。…普段から…シゲルの…想像してた、の…」
「え…。しないの?するでしょ。好きな人の声とか、会話のシミュレーションとか」
「会話の、はするけど、呼吸音のシミュレーションなんかしないよ!」
「うそ!会話の流れで浮かぶでしょ?照れた時とか、笑う前に一瞬息を吸い込む動き!重要萌えポイント!」
「想像が具体的すぎて怖い!」
かぶりをふるゴウの表情に怯えが混じりはじめていることには気付いたけれど、逆にちょっと面白い。
「そうだ!ゴウもやってみれば?サトシ君の息づかい、妄想して慣れてみたらいいよ!」
「はあああああ?」
遠慮会釈のない拒絶反応。
「ゴウ」
人差し指を立てて唇の前にかざすと、ゴウが両手で自分の口を覆った。そう、聴覚が発達しちゃったのは向こうも同じ。気をつけないと。
「言っておくけど、それはもう、変態だからな。俺のことスケベって言ったけど、トキオのは、スケベがグレードアップした変態だから!」
わざわざ顔を寄せて言うことかなぁ、それ。