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    で@Z977

    @deatz977

    グスマヴェちゃんだけをまとめておく倉庫。
    🦆🐺至上主義強火。独自解釈多。閲覧注意。
    (全面的に自分用なので配慮に欠けています)

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    で@Z977

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    20230827-30さわマル展示/グスマヴェ小話。リハビリで書いてたやつです。独占欲つよつよグス、グスだいしゅきなマヴ。ア→マ風味を添えて。

    ユー・アー・マイン 流行りのナンバーが喧騒に掻き消されたバーで人混みをかき分けながら、マーヴェリックは他より少しばかり高さの足りない身長を補うように爪先に体重を預けて歩いた。ぴょこぴょこ上下する丸い頭で左右を見回す。探している人物といえば、ひとつ歩を進めれば右からも左からも声を掛けられる顔が広い男だが、陽気でよく通る声も、男を中心にした人垣も見当たらない。その長身が人の海に溺れることは多くないのに。

    「マーヴェリック」
    「……なんだ。お前か、アイスマン」
     不躾に腕を引いて声を掛けてきたアイスマンに、マーヴェリックは思わず眉を顰めた。溜息とともにあからさまな落胆の声が咽喉から溢れたのはほとんど無意識だった。力強い手のひらが、サマーホワイトから伸びる剥き出しの腕を掴んでいる。
     熱い。コールサインに似つかわしくない温度が、離されない手のひらから伝わった。アルコールが体中を巡ってこの男に熱を与えたのかもしれない。この男が普段纏っている体温なんて知るはずもないけれど。
    「子供が迷い込んだのかと思った」
     揶揄いの声に不機嫌さを見せつけて「別に」と返す。ふざけるなと掴みかからなかったのは、解放された腕に未だ燻る熱がマーヴェリックの体を雁字搦めにしているからかもしれなかった。
     クスとおかしそうに吐息を漏らすだけで様になる眼前の男の存在が、マーヴェリックの胸をざわつかせる。心技体揃った非の打ち所がない男。内心ではこの男を認めている。いけ好かないことに変わりはないから口にはしない。
     唇を尖らせたマーヴェリックを一瞥したアイスマンは、苦笑交じりに「お前の保護者なら」と顎で示した。
    「あっち。スライダーを捕まえてる」
     形の良い顎の動きを追う。
    「…………ふぅん」
     視線の先には確かに探していた男――グースがいた。駆け寄りたかった。硬い靴底が汚れた床を擦る。ジリと躊躇の音が耳障りに鳴った。
     視界に映るグースの表情にマーヴェリックは身を固くした。――旧知の仲。実際のところグースは人懐こい柔和な笑顔で今しがた出会った人とも数年来の友人のように接するものだから常と変わりない顔だったのかもしれない。
     不意に疎外感がマーヴェリックを襲った。
     グースはアナポリス出身で、軍の内部に知り合いが多い。加えて人好きのする性格だから、あれよあれよと人脈が広がる。マーヴェリックもその内のひとりで、きっとグースにとってその他大勢の誰かと同じなのかもしれなかった。
    (違う)
     それは、グースの特別でありたいマーヴェリックの胸のずっとずっと奥のほうで淀んでいた不安だった。
     きつく目を瞑り、ほぅと息を吐く。
    (おれがいないと寂しいって言ってた。だから早く来いよって、言ったもん)
     訓練を終えて交わしたグースとの会話を反芻する。優しく包み込んでくれる声はマーヴェリックの耳に馴染み、脳内で再生することなど容易なことだった。 


    ―――


     訓練終わりに何とはなしに二人連れ立って飲みに行く。ルーティンのように当たり前の日常。
     この日いつもと違ったのは、ただひとつマーヴェリックに所用があったことだった。後で合流するとグースに伝えると「迎えに行こうか」と提案された。
    「いらない。おれはグースみたいにガキじゃねーし」
     軽口で断ったのはマーヴェリックだった。
    「俺もガキじゃないですーぅ! 何だよ、ひとりで来れるか? 迷子になんねぇ?」
    「なんねーよ! ひとりで行ける!」
    「寂しくねぇ?」
    「いつも寂しがってんのはグースだろ」
     寂しいから一緒に行こうぜ、と誘うのは常にグースのほうだった。
     いくら相棒とは言え、特に地上で過ごしている間はそれぞれの生活がある。当然グースに用事があることも少なくなかった。その度にマーヴェリックは「先に飲んでる」と言外に気を遣わせまいと滲ませたが、対するグースの返答は大抵「寂しいから一緒に行こう」だった。
     グースには案外子供みたいなところがあるのかもしれない。マーヴェリックがそう考えたのは、グースが「寂しいから」と理由をつけるのは決まって日が暮れて辺りが薄暗くなってくる時間帯だったり、バーやパブに行くときだったりしたからだ。ランチタイムやそこらのカフェテラスでの待ち合わせではそんな甘えを見せない。せいぜい「人目に付く場所にいてくれよ」と、恐らくわかりやすく待っているようにと言い含めるくらいだった。その注意だって以前カフェ店内の奥まった席でグースを待つ間に因縁をつけてきた男とひと悶着起こした後から始まったものだ。何にせよ、昼間のグースは寂しがりじゃなかった。
    「そうだな。ほら、俺はハニーがいないと寂しいから」
     クシャリと頭を撫でられる。グースの手のひらに触れられると、ほっと安心した心地がマーヴェリックの全身を軽くした。
     おれも、グースがいると寂しくない。
    「だから、早く来いよ。待ってるから」
     まるで暗い場所にひとりでいることを恐れる子供みたいに、

     ――グースはおれをひとりにしない。


    ―――


     そうしてグースと違って大人なマーヴェリックは、夜の香りが混じるバーで寂しく待っているであろう孤独なガチョウを救いに来たのだった。
     それなのに。
    「おれがいなくても、へーきじゃん……」
     ハニーがいないと寂しい、なんて言うくせに。
     それもそのはずだ、とマーヴェリックは思い直した。どれだけグースの言葉に縋ろうとしたって、その交友関係の広さは誰もが知るところだ。自分ひとりがいないくらい、グースにとってはその他大勢からマイナス1されただけに過ぎない。
     嫌なマイナス思考だった。常日頃では平気なことも、少しの綻びで感情が揺さぶられる。常に冷静で迅速かつ的確な判断が求められるパイロットにとって、致命的な感情の起伏。それでもこれまでは頑なに他者を拒絶することで虚勢を張ってこれたのに、グースに出会ってからはそんな虚勢も崩れかけている。
     グースの前では虚勢なんて何の意味もなかった。強がる必要さえなかった。やわらかな羽毛に包まれて、安心して身を委ねられる。薄い膜すら張られていない裸の心は、それに触れることが出来る唯一の存在による一挙手一投足で簡単に形が変わってしまう。

    「おい」
     グースに意識を集中していたマーヴェリックは、突然横から伸びてきた手にビクリと体を揺らした。琥珀色の液体が入ったグラスを両手に持ったアイスマンが、その片方を差し出してきていたのだった。首を振って応える。飲みたくないわけではない。マーヴェリックがグラスを固辞したのはグースからの言いつけがあったからに他ならない。誰かから安易に飲食物を貰わないように、と言われているのだ。
     面倒事に巻き込まれるかもしれないから。グースの言葉に「恩着せがましい奴もいるもんな」と返したのをマーヴェリックは覚えていた。
    「バドワイザーのほうが良かったか?」
     問いながら片方のグラスを一息に飲み干したアイスマンがカウンターに声をかける。唐突な問いの答えをマーヴェリックが探し出すより先に、アイスマンの手には既にバドワイザーの瓶が握られていた。
    「ほら」
     胸元に押し付けられ、マーヴェリックはこの瓶を手に入れるために自分でカウンターに声をかけるのと何が違ったのかと逡巡して受け取った。もしかしたら恩を売られたのかもしれないが、そうだとしたらあまりにも一方的な押し売り過ぎる。
    「これって面倒事か?」
    「は?」
    「言っとくけど!」
     グースの言いつけがマーヴェリックの頭を掠めた。しかし、一度受け取ったものを今更突っ返すのもバツが悪く、マーヴェリックはアイスマンに釘を刺すだけにした。
    「お前に恩を感じることはないからな!」
    「バドワイザーで買える恩があるのか」
     心底呆れた物言いが癪に障る。
    「ねーよ! 他の奴にはあってもお前にはない!」
     あったとしても今の発言で消えた。ひとり納得し、バドワイザーを呷る。

    ―――

     視線の先でグースを捉えたり横目にチラとアイスマンを見遣ったりしながら、マーヴェリックは手にしたバドワイザーでちびと唇を濡らす。
     完全にこの場を去るタイミングを逸した。空気なんて読めないものが存在しているような気がしてマーヴェリックは益々居心地の悪さを感じた。どうしてアイスマンと肩を並べて飲んでいるのか。「じゃあな」と一声かければいいし、何なら無言で立ち去ってもいいのに。
    「お前たちって」
     口火を切ったのはマーヴェリックだった。
     アイスマンに半歩近づく。普段二人きりになることも、ましてやこんな至近距離で話すこともない。いや、怒りに任せて掴みかかることくらいならあるけど。
     一刻も早く離れたい相手のはずなのに、マーヴェリックはわざわざ話題を探すように空中に視線を放った。否、話題はあった。アイスマンとスライダーに会ってからずっと、密かに気になっていたこと。興味、というわけではない。こんな男に興味なんてひとかけらもない。誰に聞かれるでもなく内心で否定する。
    「その、」
     アイスマンとスライダーの関係。それはマーヴェリックの悩みに少なからず解決の糸口を与えてくれるもののような気がしていた。
     問うまでもなくマーヴェリックの中で二人は「そういう関係」と十中八九当たりをつけている。あとはそれとなく探りを入れれば済む話だった。しかしトップガンで都合よくそんな話題が上ることもなければ、そもそもプライベートな話をするほど彼らと親交はない。


     あーだのうーだの口ごもるマーヴェリックをアイスマンは静かに眺めていた。不躾な質問に鼓膜が攻撃されるよりも明白に、日頃から観察しているマーヴェリックの言動だけでアイスマンは投げつけられる問いが何であるかを理解していた。何度も開いては閉じる小さな唇が劣情を煽るために動いているようで、あのまま噛みついてやればよかったか、などと頭を過った。好意を抱いているわけではない。単純な興味だった。


    「そ、ういう、関係、なのか?」
     周囲に聞かれたくなくて潜めた声とともにマーヴェリックはアイスマンに少しばかり近づいた。
    「スライダー、と、」
     途端にマーヴェリックは後悔の念を抱いた。どうして本当に訊いてしまったのか。アイスマンとはそんな話ができるほどの関係はない。全くない。
     マーヴェリックは己の行動がわからなかった。一言もしゃべらずにその場を離れてグースのもとに向かうこともできたのに。手が届かないグースの表情に臆したのか、或いは奢られておきながら無視をしてその場を離れるという決断ができないくらいにはマーヴェリックに常識があったのかもしれない。
    「……俺に恋愛相談でもしてるのか?」
    「んなわけあるかっ!」
    「ふーん。……じゃあ、俺に気がある?」
     近づいてくる精悍な顔が滲んで、しかしマーヴェリックは眼前の男から目を逸らすこともせずに薄らと張る膜に耐えた。ここで逃げるわけにはいかない。負けるわけには――
    「痛っ!!」
     途端訪れた痛みにマーヴェリックは瓶の中身をちゃぷんと揺らして仰け反った。ヒリつく額にバドワイザーの瓶をあてると少し痛みが和らぐ気がする。
    「……デコピンは酷い」
    「先に酷い質問をしたのはお前だろうが」
    「酷い冗談で返したくせに。デコピンは余分だからひとつ貸しな」
    「意味が分からん」
     はぁと悩ましい溜息がアイスマンの形の良い唇から漏れる。吐息に唇を撫でられてマーヴェリックの心臓が跳ねた。一歩退こうとして踏みとどまる。まだ駄目だ。負けるものか。
     くだらない意地だった。
    「言っておくが」
     もう数センチと言わず近づけば触れてしまう位置にアイスマンの顔を認め、マーヴェリックはついに半歩後ろに下がった。負けたわけではない、態勢を整えただけだ。自身に言い訳をしてアイスマンを睨めつけると、目の前で整った眉が片方だけ上げられた。
     怒りを買ったかとマーヴェリックは己の無礼な言動を棚に上げて臨戦態勢に入ろうとした。アイスマンの呆れた声がマーヴェリックの虚勢じみた威勢を遮る。
    「少なくとも、お前とグースみたいな関係じゃない」
    「でも、アビエイターとRIOだろ?」
    「そんなことが聞きたかったのか?」
    「……」
     違うだろう、と言外に示され言葉に詰まる。アイスマンの両の瞳に宿る青く澄んだ氷に全てが見透かされているようだった。本当に訊きたいことが、その理由が。
     アイスマンはどこまでわかっているんだろう。次の一手に二の足を踏みながらマーヴェリックは逡巡した。グースとおれの関係を、この男はどんな名前で呼んでいるんだろう。
    「おれ、さ、」
     続く言葉が出てこない。まごつく唇が、震えない声帯と肺の奥の空気を待った。
     グースとの関係に悩んでいる。グースに抱いている感情が正解なのかわからない。グースは拒絶もしないし、肯定もしないんだ。
     ――何を? 何も伝えていないのに。
     はくはくと開閉した唇が音のない二酸化炭素をかろうじて掠める。
     何度かの挑戦の後にマーヴェリックの咽喉を震わせた「あいすまん」の発音は、スペルを間違えた子供みたいに下手糞だった。
     アイスマンの喉仏が動揺を飲み干すように上下した。グラスの中身は、ひとつの波風も立てていない。
    「カザンスキー?」
     再び近づく端正な顔を上目に窺おうとして、マーヴェリックの視界は闇に閉ざされた。



     光りが遮られたと同時にマーヴェリックが背中へ感じたぬくもりは、よく知ったグースのものよりもほんの少しだけ熱かった。それが明確にわかるほどにはもう幾度となくグースの体温を感じている。グースはいつだってマーヴェリックを優しくハグした。子供に無条件の愛情を与えるみたいに、無防備な安心でマーヴェリックを包み込む。
     そんなグースによって齎された暗闇など、マーヴェリックにとってはちっとも恐ろしくないものだった。そのうちに瞼をやさしく覆っていた手のひらが離れることさえ名残惜しかった。くるりと体の向きを変えられる。向き合う形で腕を回されて、正面から抱きしめられるように額と額がくっついた。心がぴょこんと上向く。瓶の中で跳ねたバドワイザーの音は聞こえない。
    「マーヴ、なんで俺のとこに来ねーの。ひとりで寂しく待ってたのに」
     唇を尖らせるグースに嬉しくなる。グースの態度ひとつ、言葉ひとつで簡単に直る機嫌に気づかれまいと同じように拗ねてみせる。
    「……うそつき」
    「嘘って何がだよ?」
    「スライダーと楽しそうにしてただろ」
     見てたもん、と尻すぼみになる。先刻の情景を思い出せばその時に感じた悲しさや空しさまで襲ってくるようだった。潤みそうになる瞳を隠そうと目を閉じる。額に押し付けられた柔らかなものが目尻までなぞった。
     ばーか、と甘やかな響きがマーヴェリックの鼓膜を撫でる。
    「マーヴのこと自慢してたんだよ。俺のパイロットはすごいだろ、ってな」
    「……んだよそれ。子供みたい」
    「そ。俺は子供だからマーヴがいないと寂しいし、相棒のことは自慢してーの」
    「ふぅん」
     グースの巧い言葉に唇の端が上がりそうになるのを堪えようとして頬が痛い。その努力を褒めるようにグースの唇がマーヴェリックの頬に甘さを持って触れた。胸の中がふわふわする。或いはふわふわしているのは頭なのかもしれない。
     抱きしめられる力が強くなり、グースの胸板に頬を押し付けられる形になり、マーヴェリックの胸いっぱいにぽかぽかとした気持ちが広がる。
     あたたかさに身を委ねる中、甘さの減ったグースの声がマーヴェリックの頭上を飛んだ。

    「アイスマン、悪かったな。スライダー借りて。返すわ」
    「別に。俺のものじゃない」
     グースの声が背後のアイスマンを捉えると同時に、マーヴェリックは一層強くグースの胸に押し付けられた。香水とアルコールとグースの匂いが混じって鼻腔を擽る。深く息を吸い込む。グースの匂いが恋しい。大きな手のひらに頭を撫でられ、許された行為に安堵する。
     お馴染みのカラッとした声色でアイスマンと話すグースの声が若干の軽薄さを醸す。マーヴェリックの耳に届いた微細な違和感は、ぼうっとする頭まで届かない。
    「おいおい、アイス。何拗ねてんだよ」
     ははっと乾いた笑いが頭の上を通り過ぎる。
    「だーいじょうぶだって! スライダーもお前のことベタ褒めだったから!」
    「は? 当然だろう。あいつは俺のRIOだ」
    「あらあら、お熱いことで~」
     軽い物言いとは裏腹に、マーヴェリックを守る腕は堅牢だった。
    「……暑苦しいのはお前たちだろう」
     呆れた声が投げられる。グースとアイスマンの会話に置いてけぼりになりながら、マーヴェリックはぼんやりと二人の会話を耳にしていた。甘えるように身じろぎをしたところで腕の力を緩められる。
    「あっ! ハニー、乾杯前に飲んじまったの?」
     咎める声とともにバドワイザーの瓶がマーヴェリックの手のひらから奪われた。
    「えっと、その……うん、……悪い」
     歯切れの悪い答えになった。ふとマーヴェリックの脳裏をあることが過った。
     ――グースの「言いつけ」を守らなかった。
     悪いことをしたわけではないのに。いや、他の人から飲食物を貰うのは悪いことなんだっけ。グースから教わったことを頭の中で思い描きながら、不必要な言い訳を探す。
     見つからない答えに差し出された助け舟はバランスを欠いていた。低く通る音が後ろから波を立てる。
    「悪いなマザーグース。俺が押し付けた」
    「……へぇ、アイスが? なんで?」
    「バドワイザー一本奢るのに理由が必要なのか?」
    「単なる興味だよ。お前ら顔を合わせるとやいのやいの言い争ってるだろ。どういう風の吹き回しかなって」
     荒波から逃れる術を探すように、マーヴェリックの心はひたすら焦燥に駆られていた。グースの言いつけを破った。アイスマンからの証言も手伝って、もう弁解はできそうにない。
    「グース、おれ、」
     何か言わなくちゃ。
     焦るマーヴェリックを取り残したまま、グースとアイスマンの言葉が往復する。野生の勘が不穏さにアラートを鳴らす。マーヴェリックがグースのシャツをクシャクシャにしたのは無意識だった。安心して頼れる相手はグースしかいない。
    「お前たちは揃って俺に興味津々だな」
     グースの手のひらに宥められ、警戒心が解けていく。このまますっかりグースに甘えてしまいたい。
    「そこでガキみたいにしがみついてる奴も、俺のこと気にしてたみたいだからな」
    「マーヴが?」
     突如呼ばれたコールサインにマーヴェリックは体を震わせた。
     アイスマンに興味があったわけじゃない。否定したいのに上手に伝えられる自信はまるでなかった。違うんだ。そうじゃないんだ。想いを込めてハグする力を強める。マーヴ、と窘めるグースの声に、小さく「ちがう」と絞り出した。
     頑張って伝えようとしているのに。
     氷の刃が言葉を裂く。
    「あぁ、そうか。悪かったなマーヴェリック」
     全く悪びれていない声音。常よりも飄々としたアイスマンの声が背中を刺した。酷い。致命傷だ。
    「俺に相談したかったことって、グースには内緒だったんだな。バドワイザーでチャラにしろよ」

     ビクッ!

     マーヴェリックの全身を動揺が巡った。僅かに遅れて怒りも駆けた。
     アイスマンを弁明に協力させるべくマーヴェリックは憤慨した勢いのまま拘束から体を翻そうとし、けれどそれはグースの力強い抱擁に咎められた。
    「――――」
     店内の騒々しさに掻き消されたアイスマンの声は不明瞭で、マーヴェリックの耳には上手く届かなかった。きっと他愛もない別れの挨拶だった。アイスマンは彼を待つRIOの元に向かったに違いない。

    ―――

     ぐーす。
     くぐもった声でマーヴェリックはグースの胸元を擽った。
    「うん」
    「……くるしい」
     訴えれば簡単に離れる腕がちょっとだけ寂しい。
     それでもマーヴェリックにはグースと向き合った状態できちんと説明しておきたいことがあった。言いつけを破ってしまったこと、アイスマンに興味を持ったわけではないこと、それから、グースに内緒にするようなことなんてひとつも無いということ。
     バラバラな思考を手繰り寄せていく。
    「あのな、えっと、」
    「マーヴ、お前の言い訳はあとでゆっくり聞く」
    「ひぇ」
     真正面からじろりと寄越された視線は、しかしすぐに柔らかなものになった。下がる目尻にほっと胸を撫で下ろす。瞳が隠れてニッと白い歯が溢れる。いつものグースだった。
    「まずは乾杯からだろ」
     カウンターに声をかけたグースから真新しいバドワイザーの瓶を手渡される。
    「あ、グース、そっち。飲みかけだから、おれ、」
    「いーの。お前はそれ飲めって。こっちは俺が飲むから」
    「……うん?」
    「ほら」
     マーヴェリックがちびちび飲んでいたバドワイザーの瓶がグースの手で傾けられる。
    「乾杯。マーヴ、今日もお疲れさん」
    「グースも。おつかれさま」

     手にした新しい瓶を傾ける。
     賑やかな空間で二人だけに届く音が鳴った。



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