変身 彼女にとって、その日はいつもと変わらない日のはずだった。
いつも通り学校へ行き、いつも通り授業を受け、いつも通り部活に顔を出す。3年生が引退して以降は綾奈たち2年生が主となって活動をしているのだから気合も入るというものだ。それに、3年生になってしまえば今度は高校への進学の問題がちらついてくる。エスカレータ―式のためそうそう心配はないが、それでも意識せざるを得ないだろう。
それらを忘れるように部活に没頭し、帰路につく頃にはそらはすっかり暗く、吐く息に目を凝らせば白いものが混まじり始めていた。
冬の訪れを感じさせるものの、まだ多少の肌寒さを感じさせる程度だ。
足早に歩きながら、綾奈はふと、とおりかかった公演の時計を見上げた。
「しまった……」
見上げた時計の時刻は18時をいくぶんかまわっている。あいにく携帯電話を家に忘れてしまったせいで親に連絡を取る手段もない。帰れば怒られるのは覚悟しなくてはならないだろう。
となれば少々不気味ではあるものの、公園の中を突っ切っていくべきか、と彼女はわずかに逡巡し、公園の中へと足を踏み入れた。
公園の中は木々が目隠しになっているせいか正確な広さはわからない。
休日ともなればバーベキューやピクニックなどができる程に広いそこは、昼間とは打って変わって人気がない。
日中であれば木々が多く、中央の池をぐるりと取り囲む遊歩道もあった犬の散歩やジョギングなどで賑わっているそこも、ぽつりぽつりと街灯が灯る程度であり、風が木々を揺らす音は嫌に大きく響いた。
とにかく早く帰らなければ。早く通り過ぎれば大丈夫。何も起こらない。
そう心の中で呟きながら不自然なほどひとけのない遊歩道を進んでいった。
ざっ。
靴底が地面を擦る音に、思わず足が速くなる。ただの通りすがりの人かもしれない。ただの偶然であり、自分の思い過ごしなのだ。
それであれば十分な距離をとっただろう、と、綾奈はほぅ、と歩みを緩めた。
その時だ。
「……!」
後ろから現れた何者かが、彼女の口をふさぎ、繁みへと引きずり込む。
植木の小枝が肌をひっかき、ストッキングに穴をあけた。
だが、綾奈にとってはそれどころではない。
「誰、――!!!」
何者かの手を振り払い、声を上げる。だが、それは最後まで言葉になることなく、再び口が覆われ、もごもごとした意味の通らない叫びとなった。
その次の瞬間、耳元でぶつぶつと何かが呟かれる。
なにか冷たいものでも浴びせかけられたかのようにぞくりと、嫌な予感が綾奈の背筋を伝ったが、それが何かを判断する前に彼女の意識は闇の中へと落ちていった。
ひやりとした冷たいコンクリートの感触で綾奈は目を覚ました。
とはいえ、視界は暗く、周囲の状況を掴むことはできない。どうやら目隠しをされているらしい、と気が付いたのは、顔にかかる違和感からだ。
身をよじれば後ろに回された両手が重い。軽く引っ張れば千切れるようなものではなく、じゃらりと鎖の重たい音が鳴った。
どこにいるのかは、分からない。
だが、妙に埃っぽい匂いから先ほどまでいた公園でないらしい、ということだけはわかる。
室内、だろうか。
そう思い、身を起こす。
「お前は、女王だ」
ふいに飛び込んだ男の声に、綾奈は内心、首を傾げた。女王、と呼ばれることに心当たりは全くない。
「何のこと? 誘拐? 家に帰してほしいんだけど!」
声の主は綾奈の問いに答えることなく、制服の襟へと手をかけた。
「っ!!」
自由になる足で、綾奈はやみくもに蹴り飛ばす。
時折何かに当たる感触がするので、成功はしているのだろう。
だが、男は意に介さず、彼女の足を掴むと引き倒し、足を大きく開かせた。
ここまでされればいかに鈍い少女だろうとイヤでも何をされるか想像がつく。足を縛っていないのは、そのためなのだ、と直感した。
「いやっ! やだ……っ!!!」
力任せに引きちぎられたシャツから白い膚がのぞく。
腹から胸にかけて、まだ未成熟な少女の肉体が、手を後ろに回しているせいでより強調するような格好となって男の眼下に晒されていた。
「やだっ!」
身をよじり、逃げようとする綾奈を押さえつけ、スカートの中へ手にした小さなナイフを滑り込ませた。
ざくりと布の切れる嫌な音に、綾奈の顔が青くなる。足をばたつかせ、それ以上の無体を働かせまいとするが男は構うことなく股間を覆う布を取り去った。
「嘘でしょ、私、何かした?!」
無遠慮な男の手が、綾奈の皮膚の上をまさぐり、胸を掴む。その痛みに悲鳴を上げ、顔をしかめれば男は彼女の顔をはたいた。軽く、ではない。その証拠に、彼女の頬は赤くなり、ジンジンと痛み始める。
「った……!?」
脳が揺らされる衝撃と、痛みと、混乱で綾奈の目を覆った布がかすかに濡れる。
綾奈が静かになったのを見計らって男は今度は彼女の割れ目へと手を伸ばした。
当然、潤っているはずもないそこを指の腹で探り、目的の場所を見つけると無理矢理指を突っ込んだ。
衝撃と痛みで綾奈の腰が跳ね、再び逃げようと腰を捻る。
「騒ぐな」
「……!」
ぴたり、と頬に当てられた感触に、綾奈は思わず息をのんだ。
この男がナイフのようなものを持っているのは、下着を切り裂かれたことから分かっている。だとすれば、これは。
「……ないで。ころさ、ないで……」
震える声で紡がれた言葉を男は鼻で笑い、男は再び彼女の股間へと手を伸ばす。
足を閉じないよう押さえつけ、まずは指で何の侵入を許したこともないそこを犯していく。まだ狭いそこは慣らさなければ男のモノを受け入れることはできないだろう。そのうえ、怯えているせいで全く濡れる気配がない。そのめんどくささに舌打ちすると、男は乱雑にナカを掻きまわすと諦めたように勃起した自身をあてがった。
「ぇ」
その熱と質量がなにか、見えずとも分かったのだろう。綾奈は小さく身じろぎすると小さく声を漏らした。
男は彼女の腰を掴むと、無理やり自身を押し込んでいく。痛みで逃げようとするため腹を殴ればおとなしくなった。貫いた時に傷つけたのか、抽送を行えば、男根に血が絡みつく。そのせいか、それとも彼女の体が本能的に反応しているのか、次第に滑らかになる動きに、男は無言で腰を振っていた。
「っ、っ」
声を漏らさないよう、綾奈は唇を噛み、涙を流す。
痛みと、屈辱と、恐怖で体が思うように動かないのだ。
逆らえば、殺される。殺されなくても、痛いことをされる。それはどうやら間違いないらしく、殴られた腹も、はたかれた頬も熱をもってそれを主張した。
痛い。怖い。誰か。
男の手が、綾奈の首に回される。
ぎゅう、と指先に込められた力は気道を圧迫し、すぐに彼女の顔は赤くなり、空気を求めてはくはくと口を開く。
そんな様子に満足を覚えたのか男は何度かのピストンを繰り返し、あっけなく彼女の中へ自身の精を吐き出した。そのおかげで滑りはさらに良くなり、2度、3度と同じことを繰り返す。
すっかり反応のなくなった綾奈の体を放り投げ、男は萎えた自身を取り出すと、先ほどまで処女だったはずの彼女の割れ目から、精液がこぼれた。薄く胸が上下しているところを見ると、まだ生きているのだろう。
必死に呼吸を繰り返す綾奈の髪を掴むと男は薄く開いたその口へと自身のイチモツを捻じ込む。そのまま喉を犯せば、既に逆らう気力もないのか、彼女は精液を吐き出し、げほげほと咳混んでいた。
男はぐたりと倒れ込んだ彼女の目隠しを外す。
ぼろぼろになった制服をかろうじて身にまとい、足の間からは処理されない精液が零れ落ちる。哀れとしか言えない格好だ。
時間がたったせいか、顔や腹、首といった個所は青黒く変色を始めている。
「たす、け」
そう呟いた綾奈の顔を、男はもう一度殴った。綾奈の口の端が切れ、血が流れてコンクリートに染みを作る。
どうやらそのまま気を失ったらしい綾奈を見下ろして男は舌打ちをするといずこへかと立ち去って行った。
それで終わりならばよかった。
けれど、それから数日、男による凌辱は続いた。綾奈にとっては永遠にも等しい時間ではあったが、ある時ふと目を覚ませば家のベッドで目が覚めたのだ。
夢なら、よかった。
だが、狂ったように嘆き、離れなくなった母の様子から何もなかったと断ずることができる程綾奈は愚かではなかったし、体にはしっかりとその痕跡が残っていたのだ。
腫れた顔に、体のそこかしこに残った痣。それらを他人に見られるわけにはいかないとはいえ、病院に行かないという選択肢はとれなかった。
ただでさえ数日間の行方不明で警察に届けられていたのだ。何があったのかを聞かれるのは当然のことだろう。
検査を受け、そこでわかったのは腹の中に犯人である男の子がいる、という事実だ。
「っ」
こみ上げる吐き気を、耐えられるはずもない。
そう、病院で聞いた瞬間、綾奈は崩れ落ち、胃の中身をすべて吐き出した。それでもなお吐き気は収まらず、胃液すら吐き、喉を焼いて咳き込んだ。
「赤、ちゃん?」
「えぇ。12週未満であればまだ堕胎はできますが」
「堕ろしてください。この子はまだ中学生何ですよ? それに、レイプした男の子なんて……!」
「それなりにリスクはありますから」
そう言いながら差し出されたパンフレットを、母親は奪い取るように掴み、目を通すことすらせずに言い放つ。
「堕ろすに決まってるでしょう! ねぇ、綾奈?!」
「うん」
綾奈は頷き、そっと腹を抑える。
ここに、いる。あの男の、子が。
ぎちりと指をたてれば、肉に指が食い込んでいく。
気持ち悪い。気持ち悪い。なんだかわからない肉の塊が、体内にある。吐き気がする。あの男のものが、中に。いやだ。嫌だ。厭だ。イヤだ。
「……手術は、いつなんですか」
「では手続きは別室で行いますので」
女医は頷き、ぼんやりと宙を見つめる綾奈の目の前で手続きは滞りなく進んでいく。
あぁ、気持ち悪い。
「私が、女だから……?」
ぽつりとこぼれた言葉に、手続きを進めていた母親と看護師の視線が、綾奈へと集まる。
「女だから、こんな目にあうの?」
「綾奈」
「だったら私、女でなんていたくない」
瞳からこぼれた涙が、膝の上に置かれた手に落ちる。
一度泣き始めれば堰を切ったように頬を濡らしていった。
「男も嫌! みんな嫌! どうしたらいいの……?」
ひくりと喉がひきつり、鼻を鳴らす。
「もう全部、漫画の中の登場人物みたいならいいのに」
肩を震わせ、顔を覆った彼女の目の前で大人たちはただ粛々と手続きを進めることしかできなかった。
まだ中学2年生の少女が経験するには重すぎるのだから。
ふぅ、と綾奈は鏡の前で一つ息をついた。
新しく仕立てた制服は男のものを用意した。幸い、学校としても現代にあわせるべくどちらでもいい選択制をとっていたのが幸いした。
髪を切るのは母親が泣いて反対をしたため、ウィッグをかぶった。頭は重くなったが、女性らしらはだいぶ消えた。
最近の補正下着は便利だな、と胸を抑える。成長し始めていたふくらみは抑え込まれ、ほとんど凹凸はない。
「俺……いや、僕、かな。うん。僕だ」
鏡に映った姿を見て、綾奈はにこりと笑んで見せた。
いつもと違う姿であるせいか、この姿であれば男性に脅えることはぐっと減った。よほど近づいたり不用意な接触がなければ学校生活に支障は出ないだろう。何があったかは幼馴染たちすらわからないはずだ。
両親と顔を合わせれば綾奈の格好に母親は思わず息をついた。
「本当に、大丈夫? 学校へは説明してあるけど」
「僕は大丈夫だよ。お母さんには心配かけるけどさ」
すぅと呼吸をして、綾奈は父親の肩へと手を乗せた。わずかに震えが見えるものの、顔を合わせただけで悲鳴を上げていた時より、かなりマシだ。それでもまだ、綾奈自身よりも体格のいい人間に対しては反射的に及び腰になるのだが。
「ほらこの格好なら、お父さんにも触れる」
「無理はするな」
「大丈夫だって。それにいつまでも引きこもってるわけにいかないし」
他人に対してそこまで関心のない幼馴染たちもさすがにそろそろ不信感を抱くだろう。海外の親せきの家に突然留学とか、本気で信じているとは思えない。
「いってきます」
玄関の前で、綾奈は一つ、深く呼吸をした。
大丈夫。
外はもう、防寒具がなければ耐えられない寒さだろう。あのときは目を凝らさなければわからなかった白い息は今でははっきりとわかる。
綾奈は朝の明るい光の下へとゆっくりと歩き出していった。
化粧は鎧だという。
であるならば、自らを守るためにする装いは綾奈にとって間違いなく鎧だ。
女でいたくない。なぜなら女であるせいで、あんな目に遭ったのだから。
男でありたくない。なぜなら男にあんな目にあわされたのだから。
なら、そのどちらでもない、理想の人間になるしかないではないか。
そんな奇妙な理屈を作り上げて淡藤綾奈は淡藤綾奈となったのだ。