試されているのは俺のほうですホラー苦手なくせに、後輩の手前、肝試しを辞退するっていう選択肢がないのは普段「男前」で通ってる夜久だからこその悩みかもしれない。
「そんな熱烈にしがみつかれると、歩けねえんだけど」
うるせえ、って声も普段の威勢の良さは鳴りを顰めて、砂利を踏む音に掻き消えそうに頼りない。俺の腕を痛いくらい握りしめて、形のいい額はめり込むんじゃないかってくらい背中に押しつけられている。一刻も早くこの場を後にしたいだろうに、密着し過ぎたせいで自ら動きを制限する羽目になってる矛盾を、考える余裕はまるでなさそうだった。
俺としては、好きなやつとふたりきりで、なおかつ密着してるこの状況は願ったり叶ったりではあるけれど。掴まれた腕に伝わる指先の微かな震えを見てしまえば、それがあんまり可哀想で、そしてほんの少しの、いや、半分くらいは下心で、いつもと違う夜久の姿に悪いことだと思いながら浮き足立ってしまう自分もいて。
「幽霊ってさ」
「っ急に耳元でしゃべんな」
怯えて足取りがおぼつかない夜久に合わせてゆっくり歩きながら、なるべく脅かさないように、俺が話してるってわかるように夜久のほうを向いた俺の気遣いは一刀両断された。まあ、いいけどね。
「幽霊ってエロいこと苦手らしいし、俺らもなんかしてみる?」
「…………は?」
それでもめげずに言い切ってしまえば、それまで背中に押し付けられて見られなかった夜久の顔が上げられて、ようやく目が合った。
俺としては、せっかくのふたりきりだし、夜久の気が少しでも俺に向いてくれればよかったし、そうすれば夜久の恐怖心も多少は紛れるかなって考えもなかったわけじゃない。比率的には9対1くらいで。あわよくばの気持ちはもちろんあったけど、まあ相手は夜久だし。しかもこんな状況だし。
だけど、夜久の大きな目を前にして自分の浅慮をすぐに後悔した。懐中電灯しか明かりがない暗がりでも、不安気に揺れる猫目の威力は健在だった。しかも今は普段の強気の代わりに怯えが滲んで潤んでさえいて、俺の理性に容赦なく殴りかかってくる。
「据え膳」なんて俺だけに都合いい言葉が脳裏にチラついて、喉を鳴らして思わず食い入るように見てしまってから、慌てて目をつぶった。こんなんじゃ研磨じゃなくても俺の気持ちバレバレだな、と思うけれど、いつもは聡い夜久もそれどころじゃないらしく、目を開いたときには不審そうな顔をしていた。
「あー……やっくんさ、」
「それもそうだな」
「へ?」
だだ漏れになりそうな気持ちをなんとか誤魔化すべく、その場しのぎの俺の言葉を遮ったのは夜久だった。一瞬だけ迷うように目が伏せられたが、再びこちらを見据えた瞳には先ほどの戸惑いや怯えの代わりに、腹を括ったときの真剣さが乗っている。
夜久の瞳に見入って一瞬動きを止めた俺を、次の瞬間動かしたのも夜久だった。
俺の腕を握り締めていた両手が伸ばされ、両頬を掴むと遠慮ない力で下に引かれる。急なことに俺は体勢を崩しかけて思わず目を瞑ったところで、くちびるに温かくてやわらかな感触。
ちゅっ、とやけに可愛らしい音が響いたところで目を開けると、下から見上げてくる夜久と目が合った。
え、待って、いまのって、まさか、そんな。
「これでいいか?」
混乱する俺を他所に、大胆な行動とは裏腹に不安気な上目遣いが見つめてくる。両手は再び俺の腕を抱き込むように掴んでいる。
「これでいいって、」
何が、と言いかけて、数分前の己の発言に思い至り、頭を抱えたくなった。
――幽霊ってエロいこと苦手らしいし、
「……ヤバいかも」
「はあ?お前が言ったんだろうが、詐欺かよ!?」
俺はせっかく魔除けに!ヤバいってなんだよ!この嘘つき野郎!!散々罵っても暗闇で1人になるという選択肢はないらしく、罵詈雑言は俺の背中からぎゃんぎゃん聞こえるが、正直俺もそれどころじゃなかった。
高校生にもなって咄嗟に考えつくエロいことがそれかよとか、もっとちゃんと顔見とけばよかったとか、ていうか俺とキスするの抵抗ないのかよとか、初めてはちゃんと恋人になってからしたかったのにとか、まさか誰にでも同じこと言われたらやるのかよとか、言いたいことは山程あるけど、とりあえず目下の課題はこんなのでめちゃくちゃ嬉しくなってしまっているゆるみきった自分の顔をゴールまでにどう整えるかだった。
黙り込んだ俺に対して、駄目押しのように後で覚えてろよ…!って恨みがましい夜久の声が聞こえて来る。うん。忘れたくても忘れてなんてやらないから、それについては安心して欲しい。