雨の日は傘をおれは今、ナックルのレコードショップで雨に降られている。最近なぜか今の空みたいに気分の晴れない日が続いていて、購入したレコードを濡らさないよう抱きしめながら、店先の庇に落ちる雨音をぼんやり聞いていた。
気分が落ちている原因は、自分でもよくわからない。それが厄介だった。どこからともなく湧きあがっている落ち着かなさから目を背けようと、目蓋を閉じホワイトノイズに耳をすませる。そうしてしばらくシャワーズみたいに意識を水に溶かしていた。
「あれ?ネズじゃん」
突如名前を呼ばれ、聞き覚えのある声の方を見れば、昼休憩だろうか、通りがかりのキバナがそこに居て驚いた。
「もしかして傘ねぇの?」
「……ロッカーが傘なんかさすわけないでしょう」
「はぁ?聞いたことねぇよさせよ」
「冗談です忘れただけだよ」
スパイクはアーケード街だから、傘を持ち歩く習慣がないのだ。雨の予報の日に傘を忘れる人間の半分はスパイク民だろう。そんなことを思っていると、やたらでかい傘がずいと差し出される。
……貸す、ということか?しかしキバナだって予備を持っているふうでもない。戸惑っているうちにでかい手で片手を取られ、傘を握らされてしまった。持ち手にヌメイルのチャームが揺れている。
「いいから。疲れてんだろ?顔色良くないぜ」
「え?」
「なぁ見ろよ、オレさまの脚。スゲー長いだろ」
「は?」
「だからジムまですぐ着くんだわ。それにこのパーカーには、ほら、立派なフードもある」
そうおどけながらフードをかぶり、紐をきゅっと引っ張る。特徴的なギザギザの部分がぱたりと内側に倒れた。ああ、それそうなんのか、と気を取られているうちに、また週末飯の時にでも返してくれたらいいからと、そのままひらひら手を振って小走りで去っていった。
「……は?」
本当にいつも騒がしいやつ。あんなに自己肯定感高く一方的に捲し立てるやつがあるか。遠慮する暇すら与えないやり口に舌を巻くよりない。
しかしまぁ追いかけて返すのも変だし、ありがたく借りておこうかね。
さらさら小雨の降る中、ナックル大通りの跳ね橋を行く。少し水嵩を増した水路はざあざあと音を響かせて、暫し覗きこむと、何処からか落ちたオレンジ色の花弁が花筏になって下っている。
「……」
また週末。か。
明後日、スパイクで飯をと誘われている。変な話だが、ここ最近ずっとだ。手元に目を落とすと、ヌメイルの小さなチャームがゆらゆら揺れている。
──オレのヌメイルがヌメルゴンに進化したのは、こんな雨の日だったんだぜ。
以前、雨の日にそう聞かせてくれた太陽みたいなピカピカ笑顔の図体のでかい男。傘まで特注サイズらしいのに、ずいぶんと可愛らしいものを付けているものだ。おかしくてつい口もとが緩む。週末はこのチャームの話でも聞いてみてもいいかもしれない。
……また週末、ね。
ととと、と傘を叩く雨音を聴くうち、いい感じのメロディも降ってきそうな気がする。おれは思い浮かぶまま鼻歌を雨に織り交ぜながら、再び歩きだした。それにしてもあまりに大きな傘だ。わざと雨樋の下を通って、ざざざあと水をかぶってみても平気。この傘の中はずいぶん自由らしい。
「ふふ」
なんだか楽しくなってきて、まっすぐ帰るのも少しもったいない気がする。手元には、愉快に揺れるヌメイル。キバナのヌメルゴンとは違って、たぶんこの子はうるおいボディだろう、おれの塞いでいた気分は雨ですっかり回復してしまったようだ。
それじゃあこの子のスウィングに合わせて、のんびりお散歩して帰りましょうか。