昼と夜の舞 ウルダハの地方都市でバザーがあるから、3人で行こう!という事になり遊びに来たはいいけど、主催が大慌て!
「あんた達冒険者だな?!助けてくれ!」
滝のように流れる汗を拭う主催に捕まり、話を聞く一方的に聞かされれば、どうやら演し物の演者で欠員が出て困っているそうな。
「面白そうだから良いぞ!」目をキラキラさせたナルが言う。
「どんな演し物だ?」渡されたプログラムを見ながらザルが言う。
『冒険者』ではない2人は既に請負った気でいる。当の冒険者は、ちょっとだけ遠い目をしたが、すぐに思考を切り替えた。どんな事象も、楽しまなければ意味がない。今後おそらく無いであろう珍事に、笑って引き受けた。
──ああ。でも、そうだ。
一つ、思い至る。
せっかくだから。ザルには前回の罰を、今回、受けてもらうことにしよう。
◇ ◇ ◇
多くの人が賑わうバザー。多くの出店が軒を連ねる広場の一角に作られた特設ステージ上に、竪琴を持った女が一人。顔の半分を隠す布地のせいで表情は見えないが、この辺りでは見ない顔だとは分かった。おそらく流れの冒険者か吟遊詩人か。人と店が大いに賑わうバザーの噂を聞きつけて、やって来たのだろう。この時期にはよくあることなので、他所者であっても街の人間はあまり気にしなかった。
砂と石畳が擦れる雑踏の音。店の売り子の威勢のいい呼び声。
空席ばかりの広いステージは、あまりにも虚しい。女一人が小さな竪琴だけで音楽を奏でるには、あまりにも喧しすぎる環境だ。それでも女は腕を動かし、弦を爪弾いた。──途端、『音』が、空気を震わせて走り抜ける。幾人かの耳のすぐそばに、それを届けた。
ポロン。ポロン。
柔い音に引き寄せられて、人が集まる。
小さな音だ。雑踏に紛れてしまう、繊細なものだ。なのに、何故か。
聞こえた者を引き込み、放さない。
ゆっくりと、広場に人が集まり始めた。
一人。二人。五人。
十も満たない人間が集まった時。転調と共に、舞台にパッと光が溢れた。
竪琴ではない派手な音。宝石を模した幻影が宙を、キラリ、キラリと舞い踊り、その合間を色とりどりの花がリボンと共に弾ける。
ひらり ヒラリ
ぽん キラリ
光と音の乱舞を目にした誰もが驚き、わっ!と歓声を上げた。
音がさらに増える。
弦楽器。打楽器。笛。混ざり、溶け合い、響き合う。
曲に合わせ、プリズムが舞う。壇上の人間は一人だけなのに、一体どういうことだろう。
ステージで行われる不思議な演し物を見よう、聴こうと、多くの人が詰めかけ集まった。
壇上の女の口が、何かを紡ぐ。刹那、閃光が観衆の目を眩ませた。
曲が、途切れる。
〝双つ神よ、この地に降りて恵みを授けん〟
ついで耳に届いたのは、馴染み深い詩歌。ウルダハの民のほとんどが知っている、神を讃える詩。砂と共に生きる者たちの、祈りの詩だ。
ダダン! ダダン!
力強く床を踏み鳴らす音に、観衆はハッ息を飲んだ。
壇上に、人がいる。
楽を奏でる人はそのままに、赤と青をそれぞれに纏った男が二人。いつの間にか、そこにいた。
曲に合わせ、詩歌が続く。詩歌に合わせ、男たちが踊る。
それぞれの手に持つ赤と青の薄い絹が宙を翻り、風を切り、躍動にはためく。
青が赤を捕まえ、離れ。回る。
赤が青を手招き、手を取り合って舞い踊る。
床を鳴らし。宙を跳ね。引き寄せて。離れて。腕を絡ませ近付いて。また離れ。
互いの布を巻きつけ、捕らえて、また逃げて。逃げたのに、また指を絡ませ引き寄せ合う。
縁を。円を。描く。
繋いで。断ち切り。また描く。
踊りで『何』を表しているのかを。
彼らは観客の心に刻ませた。
◇ ◇ ◇
鳴り止まない拍手と歓声。再度を願う、カーテンコール。
舞台袖にはけた三人に届けられたそれに、神と人は晴れやかに笑い合った。
「もう一曲、謳えるか?」
炎髪の踊り子の言葉に、奏者は水を口に含んでから頷いた。
「まだ踊れますか?」
イタズラな色を隠しもしない声色で奏者が男たちに問いかける。
「踊らせてみせよ」
薄群青の髪の踊り子の珍しくも挑発的な言葉に、奏者の瞳に炎が宿った。
三人は拳を突きつけ合い、歩き出す。
ステージの熱量が、一段間、上がった。