お弁当の話「あれ? 多摩湖がお金なくなったんなら、西武園は大丈夫かな?」
多摩湖と多摩川からのお願いでお弁当を作っていた時に、ふと思った。多摩湖に付き合って西武園競輪場へ行くことの多い西武園。たまに多摩湖から集られている様子もある。それでライダーグッズを買えないことも少なくない。
今からでも西武園の弁当を作った方が良いだろうか。
どうせ多摩湖と多摩川の分、二つ作ることが決まっている。今更一つ増えたところで問題ないだろう。
そうと決まれば、手早く西武園用の弁当箱を出す。折角だから、西武園が喜んでくれるようなものを作ろうと包丁に手を伸ばした。
「おはよう、安比奈。なにしてんだ?」
きっちり制服を着て起きてきた新宿に「おはよう」と挨拶を返してから経緯を説明する。
先ほど多摩湖から弁当を頼まれたこと。多摩湖が弁当を必要とするのなら、西武園も必要になるだろうことも。安比奈の説明に新宿はうんうんと頷く。
「あり得るな。西武園なら。――ま、必要なかったらなかったで良いし、お前の飯、好きだから問題ないだろ」
朝飯ありがとうと言って台所を出ていく新宿を見送ってから、お弁当を作る。
西武園は、この西武の中で一番好き嫌いが少ない。何でも食べる。びっくりするくらい好き嫌いをしないのだ。他のメンバー、あの新宿でさえ好き嫌いはあるのに、である。完全に好き嫌いをしないのは西武園だけ。
――ヒーローだからな!
そう言って笑いながら完食する姿は、西武有楽町にいい影響を与えている。西武園のおかげで、西武有楽町は好き嫌いはあるものの、食事は必ず完食。大人の方が好き嫌いが多いし、残すのだ。それがないから、ついつい贔屓してしまうのは仕方ない。
「でも、好きなご飯くらい教えてくれていいのにねー」
西武園の弁当だけ気合を入れてキャラ弁にする。もちろん、西武園が途中でお腹がすくような中身の少ない物ではない。きちんとお腹いっぱい食べられるように工夫して。お腹が空いた状態で仕事するのは駄目だ。
「喜んでくれるかなー」
呟いた声が弾んでいるのは仕方ない。
***
出社する多摩湖と多摩川に弁当を渡す。それから全員が出社したのを確認してから、家事を終わらせる。これをして行かないと不安になるから。全部終わってから、時計を見て昼休憩に間に合うことを確認し、家を出た。
新宿に頼んでも良かったが、弁当が必要になるのなら買い物をして帰らなくてはならない。さすがに、弁当のおかずを作れそうな食材を頼める相手ではないだろう。
「あ、西武園!」
西武園駅の職員詰め所で駅職員と一緒に仕事をしている西武園に声をかける。楽しそうに仕事をしている彼を見ると、心が穏やかになるのはどうしてだろう。
「お! 安比奈! どうしたんだ?」
バタバタとこちらに寄ってくる西武園の向こうで、駅職員が安比奈に頭を下げる。それに倣って一礼してから、西武園に笑いかけた。
「お弁当作ってきたんだよ。多摩湖がお弁当って言うから、多摩湖に付き合ってあげてる西武園は大丈夫かなって思ってさ」
安比奈の言葉に西武園は目を輝かせた。
「マジで ありがとう! しばらく昼抜きにするところだったわ!」
キラッキラの純粋な笑顔で言われた言葉に、安比奈は「ンン?」と動きを止めた。チラリと彼の後ろにいる駅職員に視線を投げる。彼等は眉を下げながら音なく「あとで」と口を動かす。西武園は隠そうとしている様子はないが、駅職員に口止めはしているらしい。詰めは甘いが安比奈達に隠そうとはしていたようだ。
――ま、納得できないよねー
元気に走り回っている弟分が、いつも「自分は子どもだ」と目を輝かせている西武園が昼食を抜いている時がある、とは。
――こんな衝撃要らない
帰ってから新宿にも聞かなくてはならない。今朝の様子から知っているとは思えないが、元旧西武鉄道の連中に話を回しておいても損はないはず。むしろ、西武園の食生活の管理ができるから、良いことの方が多い。
「西武園。一つ聞いてもいいかな?」
「? なんだ?」
先ほどの失言は気付いていないのか、気にしていないのか。両方かと納得してから、口を開く。
「お昼ご飯食べないこと、あるの?」
西武園からお弁当をねだられることは滅多にない。どうしても欲しいライダーグッズがあったから、という事はごくまれにある。だが、基本的に真面目なこの子が昼食代がなくなることはなかった。安比奈が知らなかっただけという可能性が、今出てきてしまったが。
「……た、たまに」
ツイッと視線を横に流す西武園に安比奈は大きく溜息を吐いた。
「何で言わないの。言えば作るのに」
誰よりも気合を入れて作るのにとは言わない。
「……だって、安比奈、大変じゃん」
叫び出しそうになるのをぐっとこらえて、駅職員を見れば彼等も言葉なく叫んでいる。
――うんうん、分かるよ、分かる
安比奈達の弟分は純粋な子どもみたいでとても可愛いのだ。
***
「安比奈! なんで西武園の弁当キャラ弁なんだよ! しかも! 唐揚げ! 西武園の方にしか入ってなかった!」
返ってきた多摩湖にグラグラ揺らされながら安比奈は笑う。いつもだったら、文句の一つも言いたくなる。だが、今日は気分が最高にいいから気にならない。
「今日の安比奈は何言っても無駄だと思うから、あんまり揺らすなよ、多摩湖」
フォローを入れてくれる国分寺に多摩湖は不満そうな表情のまま従う。国分寺には今日の可愛い弟分の話をした。後は、多摩川と新宿の二人にすればコンプリートだ。可愛い弟分の話は共有してこそ気分も上がる。
嬉しそうに弁当箱を持って自席に置きに行くのを見ながら、駅職員と集まって小声で叫んだのはいい思い出。西武園を誘いに来た多摩湖にドン引きされたが気にならない。
「でもズルくね? なんで西武園だけ」
「大体、多摩湖の所為でしょ! 西武園もお金がないの!」
「貸してくれるって言ったのは、西武園だかんな!」
ぎゃいぎゃい言う多摩湖だが、悪いとは思っているらしい。徐々に静かになる。安比奈は多摩湖に文句を言われても、痛くもかゆくもない。西武園が素直でいい子なのを利用している多摩湖が悪いのだ。
「西武園はよく言えば素直で、悪く言えばチョロいから心配になるんだよな」
遠い目をする国分寺に安比奈は同意した。