不埒「ねえ、なに考えてるの」
不意に声がして、俺は頭上の一松を見た。
俺たちは今、やっぱりラブホに居て、二ラウンドが終了した後の小休憩として俺は一松に膝枕をしてもらっていた。
「……なんにも」
「嘘」
「あぅ、ッ」
空気に晒したままの乳首を抓られて、俺は声を上げた。やだ、と小さく抵抗したけれど、簡単に跳ね除けられてしまう。短く切られた爪の先で削るようにカリカリとやられて、思わず変な声が出そうになる。
「んっ……いち、まつ…っ、ぁ、やぁっ」
「凄いねお前、乳首弄るだけで腰浮かせて足開くの、無意識でしょ」
連動してるみたいで面白いと意地悪く笑う。一松はいつもこうだ。俺に「自覚させたいから」って、えっちするときに俺がどうなってるかを実況みたいにして言ってくる。すごく恥ずかしい。乳首だって、一松が触るようになってから、色も濃くなったし、何より乳輪からぷっくりと膨れて、乳頭なんて常にぽってりと腫れてる。こんなえっちな見た目の恥ずかしい乳首にされて、それでも嬉しいと思えてしまう俺はもう狂ってしまってるのかもしれない。
「もう一回訊くよ。なに考えてたの?」
「ッ……あっ、だめ…強くしたら、いっ…あ、あ、ああ、あっ」
「カラ松」
「んぐ、っ……ぅっ、おな、っ、ほ……ッ」
「ん?」
「オナホ…っ、俺、一松の、専用の……オナホだなって」
そう答えると、一松は俺の乳首から手を離して、今度は俺の額に当てた。そうして前髪を掻き上げるようにして撫でながら、訝しげに俺の顔を覗き込んだ。
「それ、本気で言ってる?」
「……また、間違ってるか?」
俺はよく間違うから、そう訊き返した。そしたら一松は眉間の皺を深くして、黙って俺を見つめてくる。なにも言ってくれないことに俺は焦った。
「うっ、あ、あの、イヤってわけじゃないんだ……俺、便利なオナホになれてたらいいなって……出来れば長く、使ってほしいし、その……一松が気に入ってくれてるなら、嬉しいなって」
「……便利、ではないよね」
しどろもどろな感情の吐き出しを一刀両断するみたいに言われて、俺は固まってしまう。便利じゃない。確かに、それはそうだ。使用前、使用後と、両方とも洗うのに時間かかるし、慣らすのはもっと掛かる。オナホなら手軽に突っ込めるのに。同列にしたらオナホに失礼だろう。
「っ……ごめん、俺」
「何にしても手間は掛かるし、結構ワガママ言うし、アフターケアも面倒だし、お金も掛かるし、オナホとは雲泥の差だと思うけど」
全く、一松の言う通りだ。ぐうの音も出ない。
「オナニーしたいだけなら、別にお前は要らないよね? じゃあ、お前はオナホにはなり得ないよね? 解る?」
「っ……うん、そうだよな」
「あ、これダメだ、伝わってない」
肩を落とした一松はそんなことを呟いて、目を伏せる。それからゆっくり俺の前髪を漉いて掻き分けながら考え込むように黙った。やっぱり変なことを言ってしまったのか。俺は不安でドキドキしながら一松の次の言葉を待った。これ以上、フォローという名の追撃をして嫌われたくなかったからだ。
しばらく待っていると、不意に一松は柔らかく笑って、俺に向いた。
「俺ってさ、お前のなに?」
「えっ」
俺の感情をどうしようもなく掻き乱すような笑みでもたらされた唐突な問いに窮する。そんな難しいこと、言葉にしようとした試しがなかった。今度は俺が黙って考える番だ。
一松は、俺の弟で、家族で、それから──
「好きなひと……?」
つい、口から溢してしまった言葉に、俺はしまったと思ったがもう遅い。恐る恐る見上げた一松は、いつも眠そうにしてる分厚い目蓋をこじ開けて、キョトンとしていた。その顔がなんだか可愛らしくて、俺は笑ってしまいそうになるけど、口の端に力を入れて我慢する。ここは笑うとこじゃないっていうのは俺でも解る。
「……ね、今のもう一回」
掠れた低い声が落ちてくる。少しだけ、一松の目の下がじんわり赤く火照っていて、その顔はまた笑っているのに、わずかに泣きそうに歪んでもいた。
「ん……一松は、俺の好きなひと、だ」
そう言うと、一松の目が更に細まって、不安が襲う。時々、一松は俺といる時だけこういう顔をする。苦しそうな、何かに堪えているような、辛そうな顔。きっと俺がそうさせてるんだよな。多分、そう言ったら一松は「驕んな」って否定するだろうけど。そうなのかな。どうなのかな。でも、俺は馬鹿だけど、好きな人のことはよく見てるつもりだ。だから。
「嫌だったか?」
「……んーん……やっぱり解んないか」
赤くなった鼻を啜りながら、一松が言う。
「ねえ、俺がさ」
「うん」
「もし、何にも言わなくても俺の気持ちをお前には解ってほしいって言ったら、我儘だと思う?」
「テレパシーみたいに?」
そう訊くと、一松は吐息だけで笑って「うんそうそう、それ」と肯いた。
テレパシーか。何にも言われなくても気持ちが伝わってくるような、そんな力があれば。俺は考える。そうだな、俺は察しが悪い方だって前にトド松から言われたから、そんな能力が芽生えたら助かるかも。あ、でも。
「一松が何にも喋ってくれなくなるのは嫌だな。俺、一松の声、好きだから」
この心地の良い低音を延々と聞いていられるなら、一日中ずっと布団の中で過ごしたっていい。一松はシャイで無口なヤツだから家族でも声をなかなか聴くことがない。それを一日中聴けるなんてことがあれば、ものすごい贅沢だ。
「……すごいね、お前」
「えっ、なにが?」
「これ以上ないと思ってたのに、平気でそこを飛び越えてくる」
一松の言葉の意味はよく解らない。だけど、褒められているのは解ったから、俺はちょっとだけ誇らしくなった。ふふ。予想の斜め上から来る男、なんて、すごく格好いいじゃないか。
「さっき、お前が」
一松は話し始めると同時に、俺のお腹をさすりと撫でた。擽ったくて、身を捩るけど、それは許してもらえずに掌で制される。
「ん、っ」
「俺のこと、ただのディルド代わりだとか、もし言ってたら」
「ぁ……ぅ、や……い、ちまつ」
「腹は立つけど、それはそれで収まりがいいかも、とも思ったんだよね」
下腹のあたり、ちんちんの付け根の上らへんをグッと押されて、変な声が出る。
「オナホとディルドって、鞘と刀みたいで、丁度いいと思わない?」
さっき、散々ナカから擦られたそこを、今度は外から刺激されると堪らない。脳みそが溶ける。思考が真っ白に焼き切れるほどの快楽がデジャブして、飢餓が波のように押し寄せる。だめだ、いちまつ、だめ。俺は、俺……。
「そう言えば、お前は丸め込まれてくれるかなって。まあ、杞憂だったけど」
「っ……いち…っぁ、んんッ、っ、はっ……いちま……いちまつ、いち……いち、まつぅ」
普段のときなら恥ずかしくて死にたくなるような、そんな甘ったるい声が出てしまう。俺は俺の声をとても愛しているけど、それでも俺みたいな男らしい声をしたやつがこんな情けない変な声を出したら、きっと気持ち悪いだろうと思う。だから唇を噛み締めて我慢しようとした。それなのに、一松はいつも「声、我慢しなくていいよ」と俺の耳に囁き掛ける。今もそうだった。一松は俺の好きな、ちょっとだけ意地悪そうな顔をして笑って、それで。
「俺もお前の声、好きだから聴かせてよ」
「ッ…! んぁっ、あぁ…ッ、やっ、あ、ぁっ……!」
「そう、いい子だね。カラ松」
弟に宥められ、慈しまれる。その行為自体が、ひどく気持ちよくて、俺は涎を垂らして悦んだ。はしたない、浅ましい。そう思っても、一松に褒められて、頭を撫でてもらったら、もう止まらない。
「んぅ…っ、ッぅ、もぉ、おれ、ムリぃ…いちまつぅ、もう…がまん、するのやだぁ…っ」
「我慢してる?」
「んっ、うん、うんっ、がまんしてる…っ! おれ、ずっとがまんしてるんだっ」
「そうなんだ。なにを我慢してるの?」
「いちまつに、ちんちん入れてもらうの…っ、もうずっとがまんしてる、おれっ、もう…ここが、ずっとさびしい…、っ」
精一杯、足を開いて、自分の手で尻の肉を持ち上げた。早く、早く、早く。そんな言葉しか浮かんでこない。この空腹を満たすことしか考えられない。この身体が少しの隙間もなくなるくらいに一松で埋めてほしい。
「いちまつがほしい」
その瞬間、膝枕が崩れて俺の頭はシーツの上に落ちた。なにが起きたか解らない間に足を掴まれ、胸の上で折り畳まれる。びっくりして目を閉じてしまっていたけど、それでも解った。一松の、濃い匂いがするから。俺は歓喜に胸を震わせた。
「いいよ……してあげる。ずっと、お前の好いように」
可愛い弟。俺の一松。多分ずっと、お前は他とは違った。トクベツの好きをあげたかった。幸せにしてあげたかった。俺をこんなにも、幸福で埋め尽くしてくれるお前を。
穴を弄る時は、最初は舌。その後に指。指も中指、薬指、人差し指、ってちゃんと順番がある。お尻の中は勝手に濡れたりしないからって、差し入れた舌先から唾液を塗りつけて、尻穴の窄まりを解すように舐められる。俺はこれが一番苦手で、いつもされると泣いちゃうんだけど、一松はいつもやめてくれない。けど、その代わりに気が紛れるようにと一緒にちんちんや玉を触ってくれることもあった。
一松のやり方はいつも強引で、だけど心地いい。俺の反応をちゃんと見て、上手く調整してくれている感じがする。
「さっきまで入れてたから、まだしっかり開いてる」
親指で穴の窄まりを広げられるのを感じる。そこに一松のちんちんの先っぽを当てられて、俺は思わず身を捩った。
「はっ……すごい……ひくついて、ぱくぱくして、早くちょうだいって強請ってるみたい」
「っ……ぁ…ぅ、やぁ……っ」
「欲しいよな、早く……俺も、早くお前の中に入りたい」
硬い先っぽで穴の口をグリグリと嬲られる。どうして挿れてくれないんだろう。俺はもう、ちゃんと欲しいって言ったのに。
「カラ松、ちゃんと目ぇ開けて見て」
「はぇ…っ?」
言われて、俺は目を固く閉じていたことに気付いた。ゆっくり開いた瞳の真上に、一松の瞳が在る。俺を映したその目は、完璧に性欲に支配された雄の色をしていた。
「俺のこと、ちゃんと見て。お前を抱いてるのが誰か、ちゃんと解った上で、抱かれてよ」
「ぅ……いちまつ…おれ、いちまつだって、わかってる…っ、だって、いちまつのちんちんしか欲しくないもん…!だからぁはやくっ、いれてくれよぉ…っ」
もう全部ぐずぐずだ。一松がそうした。一松がこんな身体にしたんだ。俺の身体ぜんぶ、一松にしか反応しないし、一松しか欲しくない。だから、だから、もう、責任取って。
「はぁ……ほんっと…そういうの何処で覚えてくる、わけ…!?」
「っッ!?ぐぅ──ッッ!!」
一気に奥まで貫かれ、全部白く塗り潰される。
「っ、きた、きたぁっ、ァ、あっ、ぁっ、ッ」
「キッ…つい……っ」
「あっ、あぁ…、いちま、ぁああ、あ、 、ッ────!!」
「はっ、ぅっ…やば……めちゃくちゃ、締まる…あんま、保たない、かも…ッ」
まるで誂えたかのように、きちんと一松のちんちんにフィットする形になってる俺のお尻の中で、硬いそれがビクビクと震えるのを感じた。まだダメだ。終わらないでほしい。そう思うのと同じくらい、俺の中にいっぱい一松の精液を出してお腹の中を充してほしいと思ってしまう。気持ち良すぎてもうダメだった。全部ほしい。全部、同時にこの願望を叶えてほしくて堪らない。
折り曲げられた膝を胸にくっつけるようにして、俺はひっくり返されていた。その膝裏を掴んだ一松の手に体重が掛けられて、俺は身動きが取れない。お尻の下にはいつのまにか枕を敷かれていて、尻の高さが一松の股間の高さに合うように調節されていた。凄い、こないだまで童貞だったとは思えないほどの技能だ。
「ひっ……ぁ、ぅ、やぁ…やだぁ…抜かないで、やだ、やぁ…っ!」
急に腰を引かれて、俺の尻から一松が退いていく。思わず懇願すると、ふっと笑う声が聞こえた。と、同時。
「ガッッ──っ〜〜──ッあ、あっぁ、ーー…、っ」
まっしろになる。
「いっぱい奥、突いてあげるね」
「ぎっッ!?っづぁ、ッおっ、ッっ!?」
「捏ねるのも、好きだよね。こっちもちゃんと可愛がるね」
「ぁッ、っぅお、ッ、っ、ッいく、いぐぅ、っいくいくいくッッ〜〜──!!」
「きもちい?」
「っづぉ、ぁい、いいッ、いっ、ぎもち゛いッ、もっ、イっ…死んじゃう…っ、イクっ、死んじゃうっ、ッ…!!」
「この体位に飽きたら、次はちゃんとチューしながらオッパイいじめられる体位で奥突いてあげるね。カラ松、こっちも好きだもんね」
「ンァっ!!」
膝裏を掴む手を少しだけ伸ばして、乳首を引っ掻かれる。途端に、電気が走るように快感が身体中を駆け巡った。こんなの、全部同時にされたら、されちゃったら、俺、もう。
「一緒に天国いこうね、カラ松」
それでも、俺は一松にそう言われたら肯くしかない。俺、近いうちに死ぬのかも。死因は多分、精力尽きての腹上死か、幸福を過剰摂取した末の窒息死。きっとそんなところだろう。
愛してるよ、一松。俺の可愛い子。どんなに恥ずかしいおねだりの台詞は言えても、これだけは言えない。ああ、そうか。テレパシーが使えたら、きっとこれも伝えられたのか。やっぱりお前は、頭が良いな。一松。ようやく少し、解った気がする。