酔っぱらいは手に負えない ホリデーウィークのとある日。Lucaが夜のランニングから帰宅すると、普段Luxiemの皆で過ごすその空間は混沌と成り果てていた。
Mystaはソファにくたりと横たわり、帽子に向かってむにゃむにゃと何やら話しかけているし、Voxはその縁に座って彼の尻をリズミカルにペチペチと叩いている。IkeもIkeで、自らの眼鏡を赤子のごとくタオルに包んだものを抱きながら「僕の眼鏡どこ??」なんて言っている。
どうやら俺のいない間に酒盛りをしていたらしい。ずるい、俺だって皆と楽しく飲みたかったのに!
そうLucaは内心憤りながら部屋に足を踏み入れると、途端に脹脛にまとわりつくものがあった。
「うわっ!! ……シュウ?」
それは先ほど部屋を見回した時に目視出来なかったShuだった。どうやら入り口の地べたに寝転がっていたから見えなかっただけのようだ。
ShuはLucaの足にしがみついたまま俯いている。不思議に思ってしゃがみ込むと、彼はぱっと顔を上げた。
「るかくん」
「うん?」
「どこいってたの」
「えっ、わわっ!?」
目線を合わせたかと思うとその大きな瞳が突然潤んだ。Shuの持つ鮮やかな紫が深みを増し、ぼたぼたと大粒の涙が頬を伝っていく。
「ぼく、ぼく……るかくんとお酒飲もうって、たのしみにしてたのに……なんでおいてったの」
初めて見る彼の姿に焦ったLucaは助けを求めようと周りを見たが、当然仲間達は皆潰れており頼れない。ランニングシャツの裾を掴んだShuに揺らされながら数秒右往左往した後、勢いづけて彼をハグした。
「ご、ごめん! 走りに行ってたんだ、おいてったわけじゃないよ!」
「ほんと?」
「ほんとほんと!!」
「……んへ……」
必死に弁明をするLucaに、やがてShuはふにゃりと頬を緩める。その表情は安心しきっており、幼い子どものようにあどけないものだった。
普段の彼からは想像が出来ない。
普段、何処となく俺達の間には一枚壁があるような気がしているのだ。一緒にいて楽しいけど、一線はしっかり引いている、というか。俺は少しだけ寂しくて、だけどそれが正しい距離のような気もして、複雑で……
けど、今はそれがない。酔っ払っているからなのか。今のShuがすごく……なんていうのか、かわいくて、なんだか変な気分だった。
「るかくんも飲も? ぼくがお酒いれてあげる」と、思考の渦に沈んだところに舌足らずな声が誘うので、はっとLucaは顔を上げる。Shuはニコニコしながら彼の瞳を見つめていた。
「あー……い、いいけど、でも、シュウはこれ以上飲まない方がいいんじゃない? もうだいぶ酔ってるみたいだから」
「みゃーお?」
小首を傾げておかしな鳴き声を発するShu。Lucaが宥めるつもりで頭を撫でようと左手を上げると、頭まで辿り着く前にぱしっと指を掴まれた。
「わっ、な、なに?」
「………たとぅー」
「?? あ、これ……?」
何をじっと見ているのかと思えば、人差し指と中指に入ったタトゥーだった。ふにふにと指先で擦りながら、「痛かった?」と尋ねてくる。
「入れるのが? うん、まあそれなりに……でも想像してたよりは痛くなかったよ」
「ふうん……」
「……シュウ? ちょっ……」
じっと見つめられるうちになんだか嫌な予感がして声を掛けたが、遅かった。Shuは何を思ったのか、タトゥーの入った指をぱくりと口の中に迎え入れたのだ。
「わーーーーーっ!? ちょちょ、ちょっと待ってシュウ!! 何!? なんなの!?」
「あひふうおあとおおっえ」
「そのまま喋んないでよ! うわぁ、ちょ……だ、だれかー!!!」
助けを呼ぶも虚しく、他の三人はいつの間にかすやすやと眠りに落ちている。Lucaは必死に引き剥がそうとするが、線の細い彼を力任せに押し返したら怪我をさせてしまうかも、という不安があり上手く力を入れられなかった。
「し、シュウ~! 頼むよ、やばいってこんなの!」
「んあむ~むむ」
「もお~!」
結局そのままShuが寝落ちるまで指しゃぶりは続けられ、やっと解放された時にはなんとも言えないそわそわとした感覚をLucaは覚えてしまっていた。しかもこの様子では、おそらく明日になったら記憶を飛ばしているに違いない。
混沌とした空間で一人になったLucaは、Shuにしゃぶられていた指を数十秒間見つめ――
「…………もう一回走ってこよう」
そう呟き、その場で踵を返して再度外へと出て行くのであった。