ニキぬいと潮干狩り それほど日差しが強いわけではないが天候に恵まれいくらか新しい季節を告げ始める空気の流れる初夏、ニキぬいは潮干狩りに来ていた。
「んぃっ、んぃっ」
小さなスコップで賢明に貝を拾うニキぬい。砂抜きという作業が必要であるという事を知らないニキぬいは捕れたての貝を使った夕飯の事で頭がいっぱいだった。
そんな時、いたずらな風が吹き荒れゴム紐をしっかりと通したはずの帽子が飛ばされてしまう。
「んぃ~~~~っ!!」
慌てて帽子を追いかけたいが拾った貝が持ち去られてしまったらという不安からオロオロしているとニキぬいの頭にぽふ、と馴染みのある感触が被さる。
「ん~ぃちゃんっ」
飛ばされたはずの帽子と共に被さるニキぬいの大きな頭どころか全身よりも大きな手。そして投げかけられるやんちゃさの中に優しさのある声。
「んぃっ♡」
帽子を届けてくれたのは燐音だった。その声にニキぬいは器用に帽子に通されたゴム紐をハートの形にして答える。
「きゃはっ、ずっとその形にしてりゃ帽子も飛ばねェんじゃね?」
「んぃんぃ~♡」
大好きな旦那さまの登場にニキぬいは気分が高揚するがニキぬいは燐音には内緒で潮干狩りに来ていたはずだ、どうして燐音がこの場にいるのだろうと不思議に思い燐音の大きな手のひらにこすこすと頭をこすりつけるのをやめ、顎に手を当てんぃ?と首をかしげる。
「俺っちがんぃちゃんの行き先知らないわけがないっしょ。どうせなら二人で楽しい事しようぜ」
本当は燐音と行きたかった潮干狩り。しかし燐音はアイドルの仕事が忙しい、そんな燐音の手を煩わせてはいけない、せめて燐音に美味しい採れたての旬の食材を食べてもらおうと決行した内密のお出かけのはずだったのだが燐音には全てがお見通しだった。
いい感じの空気をぶち壊すが如く再び潮風が吹き荒れる。今度は帽子どころではない、ニキぬいの体をも浮かせる程のものだった。
「んぃ~っ!」
「……っと」
飛ばされそうになりじたばたと短い手足をバタつかせ自然界に抵抗するニキぬいを両手で救い上げるようにキャッチする。
「んぃ~……んぃっ♡」
燐音に掴まれきゅるっとした表情を向けるが燐音はつい笑みを零してしまう。
「ふはっ……ンだよその顔」
「んぃ?」
相変わらずあざとく首を傾げるニキぬいを水面に近づけ鏡代わりにし自身の姿を見せてやる。
「んぃ……んぃ~~~~っ!!!!」
そこに映っていたのはぺろんと捲れ上がった前髪。丸出しの額に恥ずかしくなったニキぬいは慌てて前髪を直そうとするがニキぬいが焦れば焦るほど前髪は直らない。
「んぃ~……」
「んぃちゃんはどんな髪型でも可愛いから平気っしょ」
燐音は口元をキュッとさせながらむくれているニキぬいの前髪を直してやる。
「さっきそこの出店で可愛いのが売ってたンだよ、んぃちゃんはこういうのより食い物のが好きかもしれねェけど」
そして優しく前髪を撫でてから貝殻で作られたヘアピンをニキぬいの前髪につけてやった。
「んぃ♡」
水面に映る姿は波打っていてヘアピンの細かな部分まではよく見えないが、それでも燐音から貰ったヘアピンを付けているというだけで今まで以上に十分きゅるんぃになっているという自信があった。
「んぃんぃ」
ニキぬいはなにかを思い出したかのように拾った貝の入った水色のバケツに誘導する。
「おっ、いっぱい捕れたなァ……ってオイ、これ真珠じゃねェか」
「んぃ?」
ただたくさん取った貝を自慢しつつあわよくば褒めてもらおうという魂胆だったのだが燐音は少しばかり違う反応を示していた。
貝と一緒に拾っていたよくわからない白い玉。何やらこれは貴重な品らしい。
「すげェなァ、さっすがんぃちゃん俺っちの最高のお嫁さんだわ」
「んぃ~~~っ♡」
「あとで指輪にでもすっか……ってんぃちゃん指ねェか。んじゃ可愛いアクセでも作ってもらいますか」
「んぃっ♡」
いい感じの空気ができたとこで燐音とニキぬいはもりもりと潮干狩りを再開した。
燐音の運転で海辺ドライブをしながらの帰宅、本当ならば素敵なホテルで一泊と行きたいところなのだがせっかくの戦利品が無駄になってしまう。
「もぉっ!二人してこんな遅くまでどこ行ってたんっすか……ってなんっすかこの大量の貝!」
「んぃっ」
クイクイっと腕を振りニキにクーラーボックスを開けさせるとニキぬいはニキにこの貝を調理する権利を与え更には少しばかりの施しもくれてやると言うのだ。ニキぬいはここぞとばかりにドヤっと貝を差し出すが9割は燐音が拾ったものである。
「凄いじゃないっすか~!んぃちゃん様には本当に頭が上がらないっす!」
「おいおいおい、燐音くんには感謝なしかよォ」
「アンタは今までの借金があるからまだマイナスっす」
燐音を軽くあしらいニキは早速下拵えを始めようとするがその前にしなければいけない事がある。
「んぃちゃん様の砂抜きもしないとっすね、それじゃお風呂行くっすよ~」
ニキはひょいっと砂と海水で薄汚れたニキぬいを持ち上げるとニキぬいはいやんぃ!と鳴きながらニキの髪の毛を引っ張る。
「んぎゃっ!んぃちゃん様痛いっすよ~、何するんっすか!」
「んぃっ、んぃんぃっ!んぃ~っ!」
「え、今日は燐音くんと入るんっすか?分かったっす。じゃあ僕はお風呂の準備だけしてくるっすね」
なんとか髪からニキぬいの手を剥がし、ニキぬいを燐音に預けニキは風呂場に向かう。
「んぃちゃんとのお風呂、久しぶりだなァ」
「んぃっ」
普段は召使いであるニキがニキぬいを風呂に入れているのだがたまに燐音と入る時がある。そういった時は少し特別な日だ。
「ん~ぃっ♡」
口元に手を当てニキぬいはきゅるきゅるとした表情で燐音を見つめる。
「そんじゃ今日の風呂上がりのパジャマは俺っちが選んでやんよ」
「んぃ~♡」
浴室には予めニキが用意したパジャマが用意してあるのだろうが燐音が用意してくれる方が当然嬉しい。
「んぃちゃん様~、お風呂の準備できたっす。人間用は沸くまでもうちょっと時間かかるっすけど」
「いや、構わねェよ。それじゃ行くとしますか」
「んぃ!」
風呂仕度が終わるとニキはクーラーボックスを抱えて台所へと向かう。
「今日はお風呂長くなりそうっすかね?」
食のこと以外ではあまり頭の働かないニキだがさすがに長年共に過ごしていると分かることもある。ニキぬいが燐音と一緒に入浴する時は時間がかかるのだ。
「燐音くんんぃちゃん様洗うの下手なんっすかね~ああ見えて意外と丁寧?」
ニキは知らないのだ、風呂の中で燐音とニキぬいが時間を掛けながら何をしているかを……