知らないフリ「…きちんと学んでいますか…?」
突然頭上から声が聞こえて来る。
「急に話しかけないで下さいよ。驚くでしょうが」
今日ももうそんな時間か…。この城の城主であり私の保護者でもある死神ゾグゾは、毎日決まった時間に部屋を訪れる。部屋には鍵がかかっているが、黒魔術とやらでヌッと突然現れるのでプライバシーもなにもあったもんじゃ無い。
「また一日中寝ていたのですか?ずっとこの城に居ることになりますよ」
「逆に居てくれないと困るのでは…?あなたの良き慰め役でしょう?」
「慰めって…そんな下品な言い方は辞めて下さい…」
生娘のように顔を逸らし耳を赤くするゾグゾを見て、内心いい大人が何を恥ずかしがっているんだと悪態をつく。
単刀直入に言うと、ゾグゾと私は身体の関係を持っている。ひょんな事から私は定期的にゾグゾと交わって彼の"性"とやらの抑制を手伝っているのだ。
きっかけはある満月の翌日の夜、いつものように私の部屋に入ってきたかと思えば全身返り血で染まり項垂れる死神が目の前に立っていた。
流石に放っておくわけにもいかず、首からジャボを引き抜き、仮面についた血を拭って、いつも寝具として使っている椅子に座らせた。
見るところ罪人を狩るという性に逆らえず見境なく刃をふるってしまったのだろう。満月の夜は抑えが効かなくなると言って城を空けるので大体の事の顛末は想像がつく。
黙って椅子に腰掛けていたゾグゾがぽつりぽつりと話し出す。
「…我慢できないのです…罪人を狩る衝動に、快感に、逆らう事が出来ない…こんな状態ではいつかあなたも…あなただけは…手にかけたく無いのに…」
そう力なく呟く死神に少しでも同情してしまったのがいけなかった。
椅子の上で項垂れ、私に縋って、涙ぐむ死神が、私には愛おしく思えてしまったのだ。
「私は悪魔憑きです。他の魂と違ってそんな簡単にあなたに斬られたりしませんよ…。満月の夜に衝動が爆発してしまうなら、その前に少しでも発散するのはいかがでしょう。微力でしょうが協力しますよ…」
「発散…でも、どうやって…私の衝動は生理現象のようなものですし…。あっ」
「…どうしました?」
「セックスで発散というのはどうでしょう!人間は興奮した時にその方法で身体の火照りを冷ますと本で読みました。私が得た知識では最低2人必要なようなので、協力して…」
バッ!と顔を上げて私の肩を掴み、名案だとばかりにまくしたてる私より歳上の若造にどうしたら良いのか分からない。
協力??どうやって…?私が下になるのはごめんですよ?!
「まてまてまて、オイ、正気ですか???セックスの意味分かってます?!」
「分かっているつもりですが…。少しでもこの衝動を抑える事の出来る手段があるのであれば、一度で良いので試したいのです。ダメですか…?」
真っ直ぐ見つめられ、懇願されて、私は頷く事しか出来なかった。
彼が酷く苦しんでいたのは知っていたし、元々面倒見の良い性格の私には、そんな彼を放っておく事など出来るわけがないのだ。
その結果、私は彼に抱かれたわけで。ええ、下でしたとも。死神で、身体も若くて、力も強い彼に勝てるわけないのです。
肝心の衝動を抑える事に役立っているのか…正直分からない。
今でも満月の夜は城を空けているし、そのあいだ何処で何をしているのかも私は知らないのだ。
それでも、この行為は彼の心に大変効果があったようで、二人で時たま身体を重ねている。
「私はあなたの事を慰めの為の道具だなんて、一度も思った事はありません。」
「…そうですか。はて、今夜はどのような授業を開いてくださるんでしょう」
「はぐらかさないで下さい。私は…」
「辞めろ。それ以上言うな。」
「…」
「…死神と迷える魂。その関係は永遠に変わりません。」
では、これだけは許して下さい…と、死神は仮面を外し、私に口付けた。
怖い。
彼は私に抱いてはいけない感情を抱いている。
分かっている。彼の気持ちなんてわざわざ言われなくても知っている。
でも、知らないフリをしなければならないのだ。生前の身勝手により多くの子供達を傷つけ、挙句逃げたこの私に、そんな神聖な感情を向けないでくれ。そんな切ない目で見ないでくれ。
私は死んでなお懲りずに罪を作り、日々その罪から逃げ続けているのだ。
「…では、今日はこちらの本を…」
ゾグゾは何事も無かったかのように本を差し出し、私が天に召される為の教えを説く。
私はそれを半分聞き流しながら、この曖昧な日々がいつまでも続く事を願うのだ。