誰かのことが好きなハイネくんのことが好きでぜんぜん諦めるつもりがない23「ハイネさんが好きなんですよ、わかるでしょ、だからオレとコンビ組んでくださいよォ」
「あのさー、そういうならもっとこう、楚々としててくれない？　そういうのが好みなわけ」
「へぇ。嘘つきだ。ハイネさんが好きなのはさ、絶対に振り向いてくれないタイプでしょ」
青年がなんとはなしに軽く口に出した言葉のあとで、少しだけ間があいて、やがて帰ってきた「なんで？」と問うその声にはたしかに怯えがあり、かすかに語尾が震えていた。
「ん？」
あーあ、言っちゃった。言ってやった。
わかりやすくとぼけてみせた青年はいま、どこまでも加虐的な気分でいた。
恋心はいい加減錆が出始めたのかもしれなかった。しかしそこに、このなかなかお目にかかれない怯えた顔という油がさされれば、諦め悪く、簡単にまた燃え出す。（やっぱり、オレの好きな人は、すごくかわいい顔をしてる……）
ハイネが叫ぶ。「何で知ってんの！」
「何で、知らないと思ってたの？」あー、オレの惚れた男ってやっぱカッコいい、綺麗だ、こんな引き攣った顔だっていいもんなぁ……たぶん三割くらい欲目なんだけど――「普通、気付きますよ。えぇ、うッそォ、あんた誰にも気づかれてないと思ってたのっ、オレずーっと知ってましたよ。耳貸してくださいよ」返事も聞かずにぼそぼそ男の名前を人の耳にささやいて、そして、さらにゾッとした顔をするハイネに、にやにや笑いかける。嬲る獣の顔で、とびっきり嫌味に見えるように。
「信じらんない…お前、それ知ってて、ずっと、ずっと……ずっと待ってんの」
「ええ、あなたみたいにね」でもね、オレにはお鉢が回ってくるんですよ。あんたには一生回ってこない順番が！　その意地悪は飲み込んだ。あまりにやりすぎだった。だってハイネはもう立っているのもやっとだから。「かわいそうに。アンタは最後はオレのものになるのにね」確信もない、実のところは何度となく諦めかけたことを、それらしく言ってみた。ここで本心を見せたら終わりなのだから。自分は蹂躙するものでなくてはいけない。とびきり意地悪く、男を翻弄するミステリアスを演出しなければ、ここで首輪を引かなければ、この男は一生振り向いてはくれない！
実際のところ、ハイネがあの男に執着して、それを目で追うよりずっとずうっと強烈な、独占欲と愛情を、自分はたちの悪い熱病のようにこじらせているのが、青年にはよくよくわかっていた。もう、腐った臓器と血を捨ててしまうか、それとも愛したひとにそっくり移してしまうか。その二択よりほかに楽になる方法なんかない。――舐めるな。オレは人生かけてあんたにぶつかってんだ。バカにすんな。あんたは選ぶ立場じゃない。あんたはオレを愛するより他にない！　とっとと諦めちまえ！　その目を、心を、体を、初めから終わりまで、寄越せ、こんなめにあわせた責任を取れ！――もはやプラトニックな愛情も、あの時の青い親愛も、尊敬もないのだ。ただ独占欲と情愛に塗りつぶされ、執着になって心底に溜まっている。凶悪な思いのたけをいつだって吐き出したくてたまらない。”早く楽にしてくれ！“もう、彼にはそれしかない。もはや捨て鉢だった。実のところ、この粗雑な初恋さえ終わるのなら、もはやその終幕の形は、どうだって良くて、ここに至るまでのすべてを台無しにしたって構わないのかもしれなかった――死ぬから一緒に舞台から飛び降りてくれ。でも死なないでくれ。どうかその羽で浮かび上がって、地面に叩きつけられるこの体を見ていてよ。「好きだよ。信じてないの？」殊勝を装ってあざとくしてみせても、動揺しているハイネは不必要な糾弾すらせず、ただただ騙されて、傷つけられた顔をした。
　ああ終わりだね。いま、心が動いたでしょう。いい加減、不毛な恋にすら満たない愛なんて捨てちまえよ。「好きじゃなかったら、わざわざねェ、ドレスデンまできませんよ」「わ、わかってるから、わかったから……」よたよた足をもつれさせたかわいい人を抱きとめて、その耳にまた囁いてやる。「アンタを幸せにする鳥はオレですよ」と。