Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    sbjk_d1sk

    @sbjk_d1sk

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 25

    sbjk_d1sk

    ☆quiet follow

    以前ふせったーにて書きなぐったりーはく。若干ピニャータと同じ世界観でピニャータの前の話にあたりますがそこまで意識するものはないです。あげる順番間違えました。

    119番より先に緊急蘇生を この儀式が習慣に成り下がってしまうことを許せない。許してはならない。習慣とは、同じ状況のもとで繰り返された行動が安定化し、やがてその一連の行動が自動化されていくことだ。その一連の行動は慣れと同時に意味が褪せていき、価値が失われていく。私にとってこの儀式は欠かさず行うべきものであり、決して習慣になってはいけないのだ。
     朝に目覚ましの音で目を覚まし、ベッドから降り、洗面所に向かい、寝ぼけ眼の顔を洗い、柔らかな花の柔軟剤が香るタオルで濡れた顔を拭い、ぱっちり開いた瞳で鏡越しに自身を射抜く。
     顔を洗った時だろうか。鏡周りに張り付けた付箋が濡れ、書きつけたインクが滲んでいることに気づく。ぼやけた文字を指で撫でつけ、そっと付箋を剥がす。次は油性のペンで書きつけようと心に決めた。
    「おはようドクター、今日も頼むよ」
     引き締まった、凛々しい顔の指揮者が目の前にいる。



     脳に焼き付けて新しいオペレーターのプロファイルと、パソコンから手元のタブレットに移した本日行う殲滅戦演習を照らし合わせる。総合テストの結果を元に、それぞれに適切だと考えた作戦記録を勧めた。その後は「良し」と口にできたオペレーターを作戦に組み込み、いよいよ実戦と言っても過言ではない奇襲部隊の迎撃演習に参加させる。同行してもらう手練れの先鋒オペレーターたちに指揮を上げてもらい、十分に指揮が高まった後に狙撃、術師、重装…と戦線を整えていく。勿論後方には医療オペレーターを控えさせて。演習とはいえ無傷で終わるとは限らない。が、新米オペレーターたちにとっては医療オペレーターが控えているというだけで精神的にもゆとりが生まれるだろう。それを緊張感が低下すると言われてしまえばその通りではあるが、過度な緊張は身動きを封じかねない。新人のうちはそれくらいの心の余裕があった方が…。
    「おっとドクター、危ないですよ」
    「ん?ぶっ」
     後方から飛んできた声に足を止めようとしたが、忠告も虚しく壁に激突する。ヘルメット越しに軽いとは言えない、ゴッという重い音が頭にも響いてきた。鈍痛を訴える額を抑えようとして、慌ててタブレットを見下ろした。よかった、画面は割れていない。視界に大きな影が落ちた。
    「自分より端末の心配ですか?」
    「リーか。すまない、忠告してくれたのに」
     見上げた先には逆光で表情が伺いにくいものの、月の光に似た金色の瞳が見えた。ロドスには大柄なオペレーターも多く所属しているが、彼もまた特に背が高い。大きな龍が背中を丸めて覗きこんでいるこの構図は、周囲から見ればどのように映るだろう。良い印象は抱かれないように思う。
    「もっと早くに声かければよかったですねぇ。まさか壁にそのままぶつかりにいくとは思わなかったもので」
    「いや、私の完全な前方不注意だ。集中すると周りが見えなくなるのを忘れて、え?」
     突然視界を覆うように現れたリーの手に反射的に後ずさってしまったが、いつの間にか背中に回されていたもう片方の手によって阻まれた。彼が自分を害するはずがないのに、私は強く目を瞑ってしまう。フードが背に落ち、優しくフェイスシールドが取り払われる。ひやりとした外気にふるりと目蓋が震えた。あぁ、と彼の子どもたちに向けるような穏やかなため息がリーの口から溢れ出た。
    「やっぱり額が腫れてますね。それに、ちょっと擦れてます。すぐ冷やした方がいいですよ」
     手袋に覆われたリーの指先は壊れ物を扱うようだった。前髪を退かして視診する視線を辿り、じくじくと痛む額を自分も指先で突いてみると、深部にまで浸食するような痛みで眉間に皺が寄った。
    「ほら、医療部に行ってください」
    「これくらいで診てもらうことはないよ。自分の部屋で処置しても変わらないさ」
    「そう言っても、自分で処置するのは大変でしょう?俺で良ければ手当てしましょうか?」
    「いいのかい?面倒くさがりな君が」
     書類仕事を頼んだ際に頭痛を理由に逃げようとした彼だ、このようなことは放置すると思ったのに。ちなみに頭痛を訴えられた時はアに即効性の薬を処方させようと通信機を片手に対抗してやった。そうしてお互いじりじりと間合いを測るように、あるいは子どもたちがおにごっこで相手の隙を伺うように、デスクの周りを動き回ってアが到着するまでの時間を稼いだ。癖の強いオペレーターを大勢相手にしてきたのだ、その程度で狼狽えるのはとっくに卒業している。余談だが、その時は何故かアは私にまで新薬を注射していった。
     取り払われたフェイスシールドを片手に、フードを私の頭に被せながらリーは苦笑する。
    「目撃者のおれが放置したら、バレた時に医療部の皆さんに怒られます」
    「それは……無いとは言えないな。それじゃあ、お言葉に甘えて」
     フェイスシールドを返してもらい、踵を返して廊下を先導する。ここからなら、執務室よりも自室が近いはず。道中すれ違うオペレーターが私を呼んだり、軽く会釈をしていく。その度に私もオペレーターの名を呼び、軽く手を振って答えた。後ろを歩いていたリーが関心したような声を上げた。
    「今すれ違った人たちの名前、全員覚えているんですね」
    「それはもちろん。私はドクターで、みんなの命を預かっている身だ」
    「作戦に直接参加しない方もいらっしゃったようですが?」
    「それを言うなら君だって。まだロドスに来て日も浅いのに、もう顔と名前を覚えてくれたのか。ありがとう」
    「礼を言われるようなことじゃありませんがね」
     彼は謙遜するが、簡単なことではない。それとも職業柄、顔や名前を覚えるのは得意なのだろうか。なんにせよ彼は普段の言動とは裏腹に、注意深く観察しなければ気づかないような細かいところにまで気が効く人だというのは間違いない。今だって、背の高さも違えば足の長さも大きく違うというのに、彼が私を追い越したり置いていくことがない。歩幅を私に合わせてくれてる紳士的な一面も兼ね備えているのだ。
     優しい人だ、と思う。そしてそんな彼と彼が愛する子どもたちを戦場に送る自分の、なんと罪深いことか。戦争屋に罪なき者がいるはずもないが。
    「おっと。ここが私の部屋だ」
     少し待ってくれと言いながら、カードキーをかざす。短い電子音の後に錠が開く音が鳴った。
    「一応散らからないように気を付けてはいるが、汚かったらすまない」
     部屋をぐるりと見渡したリーが何か言いたげな表情をしていた。執務室はともかく、自室は休息に使用するので過ごしやすさを重視しているはずだが、いかんせん他人の部屋を知らないため比較もできない。自分は満足しているが、もしかしたら汚部屋に分類されるのかもしれない。そんな部屋に招いたことへの申し訳なさに謝罪するが、リーはいいえとこれまた優しい声で否定した。
    「あぁ、違いますよ。逆です。随分と物が少ない部屋だと思いまして」
    「そうかな?必要な家具や道具は一通り揃っていると思うが。救急箱を持ってくるからその辺に腰かけて待っていてくれ」
     ロドスに所属する者に割り当てられる部屋には、最初から生活必需品となる家具は揃えられている。オペレーターたちはそこから各々、私物や好きなものを配置するなど模様替えを行っているのだろう。私はこれで十分過ごせている…そう言おうと思ったが、リーのどこか寂しさを覚えたような横顔に口を噤んでしまった。なんだか悪いことをしたような居心地の悪さに、たまらずその場を離れた。しかしリーはくつろぐことはせず、棚の奥に仕舞い込んだ救急箱に手を伸ばす私に口を開いた。
    「ドクター、タオルはどこにありますか?まずは冷やしましょう。洗面所をお借りしても?」
    「何から何まで悪いね、リー。タオルは洗面所にあるよ。そこの廊下を出てまっすぐ行った、すりガラスの扉の先」
     背中越しにリーの気配が遠ざかったのを感じながら、目当ての救急箱を両手で掴んで引きずり出した。蓋を開けて中身をざっと確認してみたが、不足している物は無さそうだ。そのままテーブルの上に救急箱を置いた時、視界の端にくるりと丸まりかけている付箋が映った。気づいた瞬間、まずいと背筋が凍る。弾かれたように廊下に飛び出し、長くはない距離を駆け抜けた。
     油断していた。自室に人を招く事態は何度もシミュレートしてきたが、あくまでそれらは前もって約束を交わした上での来訪だった。軽率だった。アレを見られてはならない!
    「リー!」
     しかし廊下に既に彼の姿が時点で遅かったのだ。洗面所に駆け付けた私の努力も虚しく、リーは洗面台の鏡…正確にはその周りにびっしりと張り付けられた付箋の数々を目撃した後のようだった。
     「お前はドクターだ」「ロドスの指揮官である」「オペレーターたちの命を預かっている」「常に冷静であれ」「私はロドスのドクター」「救出作戦での犠牲を忘れるな」「作戦中は心を止めろ」「ドクターであることを忘れるな」「頭を動かせ、それがお前の存在する意味だ」…似たような文章が綴られた夥しい数の付箋が、リーと私を見ていた。冷や汗が伝う。このような、鏡に己を問いかけるような真似をロドスのドクターがしているなど、幻滅するに違いない。ロドスのドクターは作戦指揮の天才であり、常に冷静で、正確かつ的確な指示をどのような状況下でも下せる人物でなければならないのに!
     不幸中の幸いなのはこれを目にしたのがリーであることだろうか。必死にこの事態を打開するために脳が模索する。彼はロドスの常勤オペレーターというわけでない、ロドスは彼の探偵事務所と協力関係を結んでいる。彼はあまりいい顔をしないだろうが、言うならばビジネスの関係だ。ならば、口止め料を払えば黙認してくれるだろうか。可愛いアーミヤにこのようなことがばれてはならない。ケルシーも駄目だ、こんなものを見られたらカウンセリングを勧められかねない。唾を飲み込み、私が震える唇を叱りつけて提案するよりも早く、リーが声を上げた。
    「タオルはこれで大丈夫ですか?」
     リーは洗面台の脇に設置されている棚、その上に畳んで積まれたタオルを手に取って尋ねる。想像とは全く異なる問いかけに、私は困惑してしまい「あぁ」としか声を出せず、情けないくらい身体を硬直させて動けなくなってしまった。そんな私と対照的に、リーは手袋を外して蛇口を捻り、さっとタオルを冷水で濡らしていく。沈黙の部屋の中に、水の音が大きく響く。くるりと振り返ったリーが手袋とタオルを片手ずつに持ってこちらに歩み寄ってきた。私はというと、やはり反射的に後ずさってしまう。
    「ほら、部屋に戻りますよ。腫れが酷くなっちまいます」
     彼は、リーは。何も見ていないかのように言った。あの夥しい自己暗示の付箋の数に、自分がリーの立場であれば即座に心配の声をかけたり、カウンセリングを勧めるだろう。しかしリーはそうは言わなかった。あくまで額の怪我を心配するだけで、今の私はそれにたまらなく安堵してしまった。早く早くと急かすように二人の距離を縮めるリーと同じ距離だけ来た道を戻り、そのままスツールへと腰を下ろす。続くようにリーも向かいにスツールを少しだけ動かして座り、高い背を丸めて私の額を見下ろした。触れますよとひとこと断りを入れ、冷えたタオルがじんわりと熱を帯びた額に押し当てられる。そうしてじっとしていると、冷えたタオルのおかげか出かけてしまっていた冷静さが戻ってきた。恐る恐る、視線だけでリーを見上げる。
    「リー」
    「ん、強く押し付けすぎましたか?」
    「何も言わないの、君は」
     付箋と言う主語をすっ飛ばした問いだったが、きちんと伝わったらしい。空いてい片手を顎に当て、少し考えるような素ぶりを見せた。しかしそれは素振りだけで、彼の中ではとっくに答えなど決まってるのだろう。
    「別におかしいことじゃありませんからね。少々度が過ぎている気はしますが、自己暗示の手段としては有効でしょう。洗面台という場所も理にかなっています。朝起きてからほぼ必ず立つ場所で、自分を見つめられる場所ですからね」
     気まずさから、上げたばかりの視線を下へ下へと下げてしまう。やがて視線はすっかり下がりきり、膝の上で組まれた指を見つめていた。きっと今度は頭ごと動いてしまっていたが、リーは止めることもなく頭の動きに合わせてタオルを当ててくれている。
    「あなたにとって、あの鏡と向き合うことは大事な習慣なんですね」
    「違うよ。習慣って、慣れてしまうことを言うんでしょ。自動化された行動じゃ駄目なんだ」
     習慣とは、同じ状況のもとで繰り返された行動が安定化し、やがてその一連の行動が自動化されていくことだ。そうであってはならないと、何度も己に言い聞かせてきた。意味が褪せてはならない、価値が失われてはならない。
    「私がドクターであるための、あの儀式は、習慣にしてはいけないんだ」
     自分の存在する意味を、自分の命の価値を、誤ってはならない。
     私を救出するために犠牲になったオペレーター。私の指揮で負傷したオペレーター。私たちの止めることできない歩みの中で命を落としたオペレーター。彼らによって、私はドクターとしてこの舟に搭乗することを許されている。私は彼らのために、私の戦場で戦わなくてはならない。私は、ロドスの指揮官、ドクターでなければならない。ドクターでない私に価値はなく、命を落としていった彼らの意味が失われてしまう。それだけはあってはならないのだ。朝が来るたびに、心に刻み込まなければならない。そのために、この儀式が習慣に成り下がることがあってはならない。
    「以前に遠く及ばないとしても、私はみんなが望むような完璧なドクターでいたい」
     組んだ指を解き、握りしめる。握りしめた拳は白く染まり、爪が掌に食い込んだ。
     慣れてはいけない。自動化してはいけない。意味と価値を損なってはいけないのだ。
    「そうですか」
     頭上から暖かな声が落ちてくる。その声に落胆や失望と言った音は乗っていない、気がする。
    「じゃあおれはその秘密を共有する、共犯ってことで。ひとつ貸しですね」
    「…え」
     十分に冷やされた額からタオルが離れていき、それと同時に私は顔を上げた。
    「医療部に言いつけないの?目撃者が放置して、バレたら怒られるんでしょ?」
    「だぁから共犯って言ってるじゃないですか。あなたも次から人を部屋に呼ぶときは気を付けてくださいよ」
     リーが濡れたタオルを差し出してくる。おそらく持っていろということだろう。無言のまま受け取ると、リーは空いた両手で救急箱からガーゼと消毒液を取り出した。慣れた手つきで、ガーゼに消毒液を染み込ませている。
    「おれみたいな大人は見栄だとか、かっこつけだったり、要は自分に酔っていたりするんですが。あなたはオペレーターの皆さんのために頑張っているんですね」
     気づけば過剰とも言えるほど消毒液を染み込ませたガーゼが摘み上げられている。
    「ドクターはすごいですよ。ですが」
     傷に消毒液が染みる、ピリリと痺れるような痛みと共に鼻をつく消毒液の匂い。
    「今のおれは、目の前のあなたを知っています」
     どこまでも優しく、包容力があり、何もかも許してくれるようなあたたかで心地の良い声が心にするりと入り込んでくる。消毒液のせいではない痛みが、今度は鼻の奥を刺していく。
    「痛いでしょう?」
    「…なにが?」
    「額の擦り傷です。歳はとりたくねぇや。手元が狂って消毒液をガーゼに多く溢したせいで、沁みるでしょう?目も痛くないですか?」
     手元のタオルを指さされる。四つ折りされたまま、額に当てていた部分が僅かに冷たさを残していた。
    「痛いですよね?」
     彼が何をさせたいのかを理解、できたと思う。彼は私に隙を見せることを許してくれている。他でもない、私の秘密の儀式を知る唯一の彼。ドクターではない私を。そう思ってしまった途端、ぼろりと大きな雫が目から零れ落ちそうになり、慌ててタオルで両目を覆った。僅かばかりの冷たさが残されたタオルが湿り、ぬるくなっていく。
    「痛い」
    「そうですね」
    「苦しくはないんだよ。アーミヤも、ケルシ―も、オペレーターのみんなのことが大切なんだ。戦場は怖いけど、私よりずっと危険な場所で戦うみんなを守れるかもしれない頭があるのは、とても嬉しいことなんだよ」
    「はい」
    「でも、彼らが繋いでくれたドクターの命なのに、時々…本当に時々ね?身動きも呼吸もままならないくらい、重く感じてしまうんだ」
     眠っている時、真っ暗な部屋の中。上も下も、寝そべっているはずの自分さえわからず、自分が立っているのか座っているのかすら見失う時がある。闇に融けていく。無邪気に、あるいは尊敬、あるいは畏怖、友愛…いろんな色を湛えた瞳がこちらを見つめて「ドクター」を呼ぶ光景が焼き付いて離れない。彼らが望む「ドクター」に関する資料は少なく、アーミヤとケルシ―は多くを語らず、私の中で「ドクター」と私が混じり合わず乖離していくようだった。遠のいていく「ドクター」と、宙ぶらりんな私が歪を作り出す。ずれていく。「ドクター」が崩れていく。みんなが帰還を望み、期待を向ける「ドクター」が消えてしまう。それではいけないのだ。あの日、私を救うために失われてしまった命のために。理想のために死んでいった人々のために。私がドクターでなくてはならない。だから「ドクター」の痕跡をかき集めるたびに、それらを書き連ね、重ねるように貼りつけていった。あの鏡に映る顔が「ドクター」であるために。
    「私は彼らを愛している。彼らはドクターに応えてくれる。彼らのためにも、完璧なドクターにありたい」
     たとえその果てに私が不要に成り下がり、彷徨うことになるとしても、今この私は彼らに尽くしたいのだから。彼らと共に前に進むことを選んだのだから。
    「    、でしたよね?」
     ポツリと、枯れた大地に雨粒が落ちるように。それの名を呼ばれた。その名が私の名前であるということを飲み込むのに、少し時間をかけて、タオルを退けて顔を上げる。龍のきんいろの瞳が、やわらかな色を湛えて私を見ている。
    「おれの前にいるのは、オペレーターの皆さんのことを大切に想っていて、一度集中すると周りが見えなくなって壁に激突して…昨日に満足せず頑張って生きている、あなたですよ」
     いつの間にかガーゼはゴミ箱の中に放り込まれ、絆創膏を額に貼られる。そのまま手袋が外されたままの彼の手が、私の頭に乗せられた。大きな彼の手が、髪の上を往復していく。頭を撫でられている。不思議と子ども扱いされているとは思わない、慈しみに満ちた手だ。
    「あなたはえらいですね。それはとても、すごいことなんですよ」
     惜しみない称賛、ではない。ただ純粋にできたことを優しく褒めてくれている。それがたまらなく嬉しく、最も私が欲しかったものだと、彼はわかっているのだろうか。私は「私」の隣に寄り添ってくれるだけの、肩書のないただの人を求めていたことを。何度か撫でた後に、優しくリーの手が頭から離れていく。その熱と優しさを覚えておきたくて、私は自らの頭に手を添えた。だらしなく頬が緩んでいる気がする。嗚呼、とリーがため息を溢した。片付いたテーブルに肘をついて、頬杖ついたまま月の光の色をした瞳が微笑んだ。いい表情をしています、と。
    「今のあなたの顔を見れば、きっとあなたは自分自身を許せます」



     この儀式が習慣に成り下がってしまうことを許せなかった。習慣とは、同じ状況のもとで繰り返された行動が安定化し、やがてその一連の行動が自動化されていくことだ。その一連の行動は慣れと同時に意味が褪せていき、価値が失われていく。私にとってこの儀式は欠かさず行うべきものであり、決して習慣になってはいけないのだ。私を信頼する人々と、いなくなってしまった人々の想いを絶やさないために。
     朝に目覚ましの音で目を覚まし、ベッドから降り、洗面所に向かい、寝ぼけ眼の顔を洗い、柔らかな花の柔軟剤が香るタオルで濡れた顔を拭い、ぱっちり開いた瞳で鏡に映る自身を見つめる。夥しい数の付箋は、あれから変わらずここにある。しかしあれから数が変わることはなく、不変と沈黙を貫いている。深呼吸をした後、まっすぐと鏡の中の瞳と向き合った。
    「おはようドクター、今日もよろしくね」
     少し目尻の下がった、微笑む私が映っていた。









    「ところで、共犯になってもらった対価は何を払えばいい?やっぱりお金?」
    「人を守銭奴みたいに言うのはやめてくださいよ。そうですねぇ」

    「まずはこの部屋に置いておく茶器でも買いに行きましょうか」
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    🙏🙏🔄💕🙏😭😭😭😭💗💗💗💗☺☺💖💖💖😭🙏💞❤❤❤❤❤❤❤❤
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    sbjk_d1sk

    DOODLEAisおめでとうございます圧倒的敗者俺!!!!!!!!!どうなってンだよ勤務スケジュール!!!!!!!!


    と言う思いを込めて書いていたかつての駄文。こっちにも載せておきたい勿体無い精神。
    無題 空腹を訴える腹を無視して、胃薬と共に鎮痛剤を流し込んだ。少しすれば薬という神が頭から悪魔を追い払うだろう。神を遣わした偉大なる医療部に感謝を捧げるべく、ドクターはデスクに向き直った。詰み上がったファイルと、散らばった作戦記録と、思いついたことを片っ端から書き殴ったノートが広がっている基礎むき出しな無秩序の箱庭だった。デスクの引き出しから手探りでビスケットタイプの完全栄養食を取り出し、バリッと両手で封を開ける。流し込むように袋から直接口に入れ、噛むのもそこそこに常温に戻ったペットボトルの水で腹に流し込んだ。一息ついてパッケージを見てみれば、ココア味と書かれていた。味も確認せず、味わうこともせず噛み砕いて流し込んだクッキーを、今度は一枚一枚摘んで食べてみる。唾液を吸いみるみる膨らむクッキーは、味はたいしてココアといった感じはしない。カカオの強いビターチョコレートのように少しの苦みと酸味がする。これは若者の口には合わないかもしれないなと一息に水を呷り無理矢理クッキーを胃へと押し流した。
    1979