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    sbjk_d1sk

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    腹の探り合いを済ませればあとは親しみとお節介が残る

    同じ釜の飯を食う 消毒の匂い、清潔さを保たれた部屋、天井やカーテンは乳白色。生理食塩水が満ちた点滴パック。ベッドサイドはモニターに溢れかえり、目覚ましは規則正しい心電図と心拍数を告げる機械音。ぼうっと心電図を眺め、飽きた頃に深く息を吸うと、外からカーテンが引かれる。そちらを見やれば、柳緑色の慧眼がこちらを見下ろしていた。
    「こんなに大層なことをしなくてもよかったのに」
     美しい瞳の中に映る、顔色の悪い人間の顔を見つめればフェリーンの女医…ケルシーはひどくゆっくりと見える瞬きをしてみせる。
    「確かにこの事態は君の不摂生が招いたとも言える。しかし君の不摂生の根底には作戦指揮官としての責任が伴う行動が付属してくる。君はなすべきことをなすための努力を怠るつもりはないのだろう。ならば私がいくら忠告したところで、これは避けられないしこれからも繰り返される。君が覚悟の上でそうしているのなら、私は医者として、これからも君を生かし続ける」
    「もしかして、慰めてる?」
    「君がそう受け取りたいのなら、そう解釈するといい」
     そう言ってケルシ―はこちらに背を向け、カルテに何かを書きこんでいく。おそらく意識が戻った時間と、現在のバイタルだろう。それにしても点滴はやりすぎじゃないか、と言うのはやめておいた。患者の勝手な憶測を、医者は何よりも嫌うのだから。



     血液検査からCTにMRIまで潜ったというのに貧血と低血圧以外は専ら健康のお墨付きを受け取り、鉄剤の詰まった袋を片手に執務室へと戻っている道中、くぅと腹の虫が鳴いた。そういえば朝食はゼリー状の完全食だけで、昼食と夕食を逃していたなと本日食堂のキッチンに立っていたであろう料理人を思い返し、惜しい事をしたと肩を落とす。今日は常勤ではないリーがロドスに訪れており、後方支援の大勢に食堂に連行されていく姿を午前中に見かけている。きっと彼が本日の料理人だったろうにとそこそこに嘆き、過ぎてしまったものは仕方がないと割り切った。余り物が冷蔵庫に入っていたらいいな、という淡い期待を胸にドクターは食堂へと進路を変更した。
     目的地が目前にまで迫り、しかし食堂から僅かな光が漏れていることに気づく。もしや先客か、冷蔵庫漁りの共犯者の痕跡らしき光にドクターは喜んだ。ケオべならば甘いもの、イーサンならば肉全般、なんにせよ口止め料として何かしらにありつけるに違いないとうきうきした気分で食堂の中を覗き込んでいると、思わぬ先客にえっと声が零れてしまった。
    「リーだ、珍しい」
    「うおっ」
     心底驚いたのかのらりくらりとしているリーからあまり聞かない、腹の底からせり上がってきたような声音にドクターは目をまんまるにして凝視した。本当に珍しいものを見たし聞いたな、と思っていたが、その手に持たれた木の器へと興味はあっという間に移っていった。薬で膨らんだ袋をガサガサ言わせながらリーに近づくと、彼は手に持っていた器をカウンターの向こう側へとドクターの目が届かないように置いてしまった。しかしそれごときで引き下がるドクターではなく、可愛らしく体ごと首を傾げて大袈裟に尋ねてやった。
    「リー先生、それなぁんだ?」
    「にやにやしながら言うんじゃありません、あなたが食べるようなもんじゃありませんよ。……こんな時間まで仕事ですか?」
    「違うよ。さっきまで点滴を受けていたんだ」
    「ハ?」
    「あっ」
     空腹のせいだろうか、普段より軽くなっている口をフェイスシールド越しに思わず手で塞ぐ。リーのきんいろの瞳が今この瞬間のドクターを構成する全てを解体して検分しようとする。心に引き出しがあるとしたらその全てを引っ張り出され暴かれているような心地になる視線が、ドクターの手に下げられた袋に移る。その袋に乱暴に突っ込んだままの検査結果の記された数枚の診断書を止める暇もなく抜き取られた。
    「プライバシーの侵害だ。返してくれ、見るな、えっち!」
    「馬鹿言わないでください。なんですかこの体重とBMI値は。あなたちゃんと肉ついてます?…鉄欠乏性貧血、低血圧。あとは軽い脱水と寝不足ってとこか」
     遥か高くに掲げられてしまった診断書にはドクターの指先さえ届かない。悔し紛れにリーの脛を蹴っ飛ばしてみるがびくともせず、逆にドクターの足の甲が痛んだ。
    「は?鉄板仕込んでる?」
    「あなたが貧弱なんです。今まで点滴してたんなら、腹に何も入れてないってことでしょう?食欲があるならなんかこさえましょうか」
     もともとそのつもりでさっきまであなたを探し回ってましたからね、という言葉にドクターはたった今まで抱いていた不機嫌さが弾けるように消し飛んだ。リーの手料理にありつけるのはこのロドスでは幸運で幸福なことだ。しかし今のドクターはリーがありあわせの食材で作る手の込んだ夜食よりも、リーが先ほどドクターから遠ざけた器の中身が気になって仕方がないのだ。すっと指さして器へリーの視線を誘導する。
    「リーと同じやつが食べたい」
    「え、あれですかぁ?行儀悪い食いモンですよ」
    「君は食べてるじゃないか」
    「……はあぁ。後で文句言わないでくださいね」
     席を立ったリーは苦い顔をしていたが、ドクターは意気揚々と適当な席に腰を下ろし乱雑に薬の詰まった袋を置いた。すると圧倒的速さでリーはキッチンから戻ってくる。トン、と目の前に置かれた同じような木の器に満たされたものに、ドクターは首を傾げた。
    「おかゆ?これのどこが行儀悪いものに?」
    「おかゆとは違います。ねこめしですよ」
    「ねこめし」
     熱伝導を抑えるために木の器を使っていたのだろうか。おそらく夕食で余った白米に、極東ではポピュラーな味噌汁と呼ばれるスープを浸したものに見える。温め直したのかほかほかと立った湯気から、優しいブイヨンの香りがする。いや、極東や炎国などではダシと呼ぶのだったか。ドクターは真夏に食欲が減退しすっかり固形物を摂らなくなってしまった時に、リーが出してくれた茶漬けなるものを思い出した。食欲が無かろうが胃が荒れていようが、不思議なことにこのダシを使ったものは優しい味がして非常に食べやすく好印象だった。やや水っぽいおかゆや過去の茶漬けと同じに見えるが、リーが言うのならば違うものなのだろう。
     しかし行儀が悪いとは何故だろうか。味噌汁の具材らしきキノコに、散らされた青いネギの色が夜食にしてはと贅沢な気分にさせた。
    「あー……と。諸説ありますが、残飯飯みたいに見えるって言う人もいるんです」
    「えぇ?変な人もいるんだね。ちゃんと食べるために組み合わせているんだから、残飯なんかじゃないのに」
     さっさとフェイスシールドを脱ぎ、器と同じく木のスプーンを手に持ってドクターはリーを見上げた。観念したのか自身も手を付けようとしていたねこめしの入った器を持ってドクターの向かいに座るリーが、どうぞと目で促してきた。未知の料理にドクターが適量掬ったねこめしに息を吹きかける。過去のドクターはケルシー曰く口腔内で即席麺を調理できたらしいが、現在のドクターにそれを実行する勇気はないので、念入りに熱を冷ました上で頬張る。
     深み、というべきか。奥行というべきなのか。優しいダシの味がじんわりと舌に染みる。キノコの独特な香りを嫌う人もいるらしいが、ドクターは食べられないものがあまりない(ゲテモノ食いにおいては右に出る者はおらず、サバイバルでは毒さえなければ誰よりも抵抗なく物を食べていける自信さえある)。良い香りとさえ思うキノコの、弾力ある歯ごたえを楽しみながら味噌汁を吸って柔らかくなった白米を噛みしめる。夢中でしばらくがっついて、半分ほど胃に収めたところで一度手を休めた。目の前で自身の器には手を付けず、頬杖ついてドクターの様子を眺めていたらしいリーにドクターは大層ご機嫌の笑顔を贈る。
    「君が探偵をやっているのが世界のバグなんじゃないかってくらい美味しい!」
    「褒め言葉ですよね?」
    「世界一美味しいってこと。でも君がこういうご飯を食べているイメージはなかったかも」
     リーからの視線は子どもを見守る父親のそれだ。温かな湯気に頬を染めながら、差し出された時よりもふやふやになった白米を掬う。これは胃を悪くした時でも食べられそうだなと不健康なドクターは考えた。
    「おれだってたまにはこういう手抜きの飯だって食いますよ。前日の余りモンとか、寧ろおれ一人で食うんだったらこんなもんです」
     ドクターの反応に満足したのか、リーは冷ますのもそこそこにねこめしを口に運ぶ。茶もそうだが、もしや炎国のオペレーターは皆口腔が熱いものに耐性をもっているのだろうかとドクターは羨んだ。熱々が美味しい、という言葉があるのだから、いつか自分も熱々の状態で味わいたいものである。
    「これだって十分美味しいよ。でも、うん。ちょっと安心した」
    「何がです?」
     ドクターにしては早いペースで器の中身を減らしていきながら、ふにゃりと目尻を下げて笑う。
    「リーって、何でもそつなくこなすイメージがあるからさ。私と同じ人間なんだなぁって」
     探偵が必要とする対人技能、独特なオリジニウムアーツ、決してひけらかしたりはしない商才、料理、人情、家族への惜しみない愛。それらのなにもかもが卓越していて、まるで違う生物を目にしているようだった。いっそフィクションの人物、作り話そのもの、ドクターのみている夢か幻覚と言われた方が納得できる。完璧な人の前にいると自分がとても醜く矮小な存在に思え、ドクターは時々身を縮こませて透明にでもなれたらとまで考えてしまう。完璧な人の隣にいるのは、同時に多少の息苦しさもあった。もちろんそんなことはリーに言ったことはない。言えばこの男は今まで以上の道化を演じるのだろう。ドクターは息苦しさを感じるものの、今までのリーの存在が好ましいのだ。
     彼は詐欺師でも奇術師でも演者でもなく、探偵なのだから。
     すると目の前でリーが急に笑い出し、ドクターは椅子をがたつかせながら驚いた。急に何?と座り直しながら聞けば、リーはドクターと同じように柔らかな目尻で笑うのだ。
    「おれも、同じことように思っていましたよ」
     製薬会社におわす戦闘指揮官様とやらがどんな方か、そりゃあ最初は腹の内の何もかもを掻っ攫うつもりで疑いましたとも。そう言われドクターはえぇ?と素っ頓狂な声を上げた。
    「そんな風には見えなかったよ」
    「伊達に探偵やっちゃいませんよ。でもあなたときたら、知れば知る程ズボラで不健康不摂生のくせに無茶するしおまけにワーカーホリックで完璧とは程遠くて、」
    「馬鹿にしてるね?」
    「でも、絶対に諦めないしタダでは倒れない、誰よりも仲間思いすぎる指揮官だなぁと認識を改めた訳です」
     ずらずらと並べられたマイナスに偏った印象を睨み付けていたドクターが急に落ち着きなさそうに俯いて、テーブルの下で爪先同士を擦り合わせる。褒められ慣れていない人の反応そのものだ。大した量を掬えていないスプーンを口に運び、必要以上に噛み続けている。
    「どんだけ知っても駄目なところはとことん駄目なんですがね」
    「喜んで損した」
     スン、と上がっていた口角が下がりあっという間に無感情の顔になる。もう不機嫌なことすら悟らせまいと努めている様子がおかしくて、リーはまたにやりと笑ってドクターを眺めるのだ。すっかり空になった器を両者テーブルに置いて。ドクターにのっては飲みやすい、リーにとってはぬるい茶を啜り、一息つく。
    「まぁ、とりあえず」
     ドクターが器を持って立ち上がったのと、リーも同じように器を持って立ち上がるのは同時だった。椅子と床がそっくりな音を立てる。
    「私も君もガサツな一面を互いに知ったってことで、おかわりで乾杯でもする?」
    「あなたにガサツって呼ばれるとなんか傷つきますねぇ」
    「あ?」
     耐えきれず不機嫌なのを丸出しに精一杯腹の底から出したであろう低い声は、子猫のようになぁんにも怖くなく、リーはにこにこしながらすみませんねぇと諂う。腹の底は尽き、腹は温かなズボラ飯で満たされた。
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    Replies from the creator

    sbjk_d1sk

    DOODLEAisおめでとうございます圧倒的敗者俺!!!!!!!!!どうなってンだよ勤務スケジュール!!!!!!!!


    と言う思いを込めて書いていたかつての駄文。こっちにも載せておきたい勿体無い精神。
    無題 空腹を訴える腹を無視して、胃薬と共に鎮痛剤を流し込んだ。少しすれば薬という神が頭から悪魔を追い払うだろう。神を遣わした偉大なる医療部に感謝を捧げるべく、ドクターはデスクに向き直った。詰み上がったファイルと、散らばった作戦記録と、思いついたことを片っ端から書き殴ったノートが広がっている基礎むき出しな無秩序の箱庭だった。デスクの引き出しから手探りでビスケットタイプの完全栄養食を取り出し、バリッと両手で封を開ける。流し込むように袋から直接口に入れ、噛むのもそこそこに常温に戻ったペットボトルの水で腹に流し込んだ。一息ついてパッケージを見てみれば、ココア味と書かれていた。味も確認せず、味わうこともせず噛み砕いて流し込んだクッキーを、今度は一枚一枚摘んで食べてみる。唾液を吸いみるみる膨らむクッキーは、味はたいしてココアといった感じはしない。カカオの強いビターチョコレートのように少しの苦みと酸味がする。これは若者の口には合わないかもしれないなと一息に水を呷り無理矢理クッキーを胃へと押し流した。
    1979