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どうやら、うたた寝していたようだ。
昼飯で腹が膨れ、適当な本を選び、ベッドで横になったのがいけなかったのか。見回した部屋の中はまだ明るいので、さほど陽は沈んでなさそうだ。
思うように身体が動かせず、起き上がれない。意識がはっきりとし、視線を下げて違和感の正体に気づいた。
「おい、起きてるのか?」
ブレが俺に、覆い被さっている。横で寝ていることはよくあるが。
動かせた手のひらでブレの肩を叩き、呼びかけるが返事はない。耳をすませば、微かに寝息が聞こえてきた。ここで寝るな、重いだろ。無理矢理剥がそうにも、やりにくい。ブレの手は俺の服をぎゅっと握り締め、抱きつかれていたからだ。
「起きろ。夜、眠れなくなるぞ」
呆れた声になるのは仕方ないだろう。何度呼んでも返事がないので、どうしたものか。
ため息をこぼしながらブレを見て、思い出したことがあった。思わず俺の唇がにたりと歪むが、止められない。これならどうだと、稲穂色の髪から覗く尖った耳に手を伸ばした。
決して乱暴には掴まず、ひとつの指で優しくなぞるだけ。
「ん……?」
すぐに反応が返ってきたことに、笑みを深めてしまう。
思った通りだ。形を確かめるようにゆっくりと指を滑らせ、耳環のところは爪でお邪魔する。俺のものとは少し違うが、瞳の色によく似た青の耳環を軽く引っ張ったりもした。
続けているとぴくりと身体が動き、聞こえてくる声も増えてきた。
「まだ起きないか」
「んん……?」
ブレがこんなに寝汚いのはめずらしい。腹が満たされ、陽の当たる場所で寝るのは気持ちがいいからな。現に俺も寝ていたので、ふたりそろって仲良く昼寝な状態になっていた。
なんだか楽しくなってきたので、いたずらする手をそのまま、どころかもっと攻めるように動かす。縁をなぞっていただけの指を、耳の穴に近づけていく。いままで熱心に触ったことがない場所だから、しつこく指を動かした。
こんな耳してるんだな、と呑気に観察しながら。
「……ちょっと、やめて」
「ん、なにか言ったか?」
「やめてって言った!」
こちらを向いたブレは真っ赤な顔で、ふたつの耳を隠してしまった。けれど覆いきれていない尖った先は見え、赤く染まっている。荒い息づかいでキッと睨まれるが、可愛いものとしか思わない。
すると余裕な俺が気に入らなかったのか、乗り出してきた。
「いてっ、ブレなにし、て」
耳に噛みつきやがった。食いつかれたところは少し痛いが、舐めなくていい。
「くすぐったいからあんまり触らないでって、オレ言ったよね」
「……っ、言った、な」
背中がぞわぞわするから、そこで喋るな。お前がおもしろがって俺の耳を触るから、お返しに弄った時に聞いた。くすぐったくて、落ち着かないと。今回は起こすために、わざと触っただけだ。起きたのなら早く降りてくれ。
唾液の濡れた音が響いて、力が抜ける。俺の耳は飴じゃないし、食べられないから食むな。
「トワさんがやめてくれなかったから、オレも触る」
こちらの動きを封じるように、それぞれの手を握られる。振り解こうにも指を絡められ、シーツに押さえつけられてしまうと不可能だ。こうなるとムダに抵抗するより、降参したほうが早い。ブレのスイッチが入ってしまう前に。
「俺が悪かった。いつまでも起きないから、触れば起きると思ったんだよ」
「あ、重かった?」
動きがぴたりと止まり、身体を起こしたブレに見下ろされる。楽しげに頬を緩めていると思っていたが、実際は眉を下ろし、心配そうに覗かれていた。
「そんなに重くはないが、起きたら動けなかっただけだ」
「ごめん……、でも、もう少しこのままがいい」
「ん? どうしたんだ?」
えらく素直に謝られたが、ブレは周りを見回したあと、退くことなく再び抱きついてきた。今度は控えめに服を掴まれる。ここから降りないのかと突っ込もうにも、いつもと違う様子に調子が狂う。くっついていても暑苦しくないから、まあいいか。
することもないので片手は解いてもらい、ブレの背中を撫でてやる。
「トワさんはオレのだから」
「……そうだな」
「だったら、ちゃんと追い払って」
「追い払う?」
狼姿になれるからなのか、歩いているとやけに動物たちが寄ってくる。それは人の姿をしている時も変わらずで、大抵は気づいたお前が散らしていた気がするんだが。狼姿なら、セットで動物たちに見せつけるように抱きつかれる。
思い返しても、ここ数日はそのようなことはなかった。いつのことを言っているんだと、首を捻ってしまう。だからそのまま伝えれば、やたらとでかいため息を吐かれた。
「コログ。トワさんと一緒になって、いっぱい寝てた」
ブレから聞いたことがある、森の精霊のことか。
元でも違う世界の勇者だから、俺には姿を見ることは出来ない。こんな見た目だと、地面に描いて教えてくれたが、なかなか絵心に溢れる姿で笑ってしまったな。
ハイラルの至るところに隠れている精霊で、見つけたお礼に、ちょっと臭うミをくれる。ポーチを大きくしたいブレが、躍起になって探していた。たまに、こんなの間に合うわけないだろと、見つけたあとに文句を言っていたな。
そんなコログが、俺と寝ていたのか。
「俺が見えないのは知ってるだろ」
「そうだけど、あんなにいっぱいトワさんにくっついてたらやだ」
姿や形を感じ取れない俺は、どういった状況になっていたかわからない。自由きままな森の精霊は、ゆうしゃサマであるブレが好きで、ついてきたりするらしい。いったい、どれだけ連れてきてたんだ。一匹、二匹ではなさそうだ。俺にくっつくコログを剥がすブレを想像すると、おかしさに吹き出してしまった。
自分を慕う可愛らしい森の精霊も、動物たちと扱いは一緒なのか。
「やだって、お前」
「いやなものはいやだから」
つまり、コログと俺を寝かさないために、ブレに覆い被さられていたということになる。俺を守りながら寝るくらいだ、軽く戯れていたのだろう。時々、可愛らしいことをしてくれる。お礼じゃないが、髪を掻き混ぜてやった。
「まあ、ちょっと可愛いなとは思ったけど」
ウツシエ撮ればよかったな、と残念な声で続けられた。無防備な寝姿を残されるのは恥ずかしいので、気づかなくてよかった。ウツシエで撮ったら、俺も姿を見れるのかな。
「まだ、いるのか?」
「いるよ」
そことか、とシーツの空いている場所を指で示される。
もちろん俺には見えず、手を伸ばしてみたがなにも掴めなかった。俺も狼姿の時にだけ見えるものがあったから、不思議じゃない。ブレはなにもないところをじっと見つめているが、コログの様子を眺めているのだろう。呆れたように笑ったかと思えば、追い払うように手を振った。そしてにんまりと唇で弧を描くと、俺を見た。
「トワさん、しよ」
ぐっと距離を詰められ、唇を重ねられる。驚きに身開いた目で、意外と睫毛が長いなと見入っていたら、すぐに離れていった。ほんの一瞬でも口付けには変わりない。
「……コログに、なに見せてんだよ」
「もういなくなってるから」
「本当か?」
こくりと頷かれる。一方的に見られていたら照れくさいので、逃げてくれたのならよかった。森の精霊にまで、見せつけてどうする。やっぱり扱いが動物たちと一緒だ。
精霊は俺には見えないのだから、これからもブレがなんとかしてくれ。いまはとにかく。
「いないのなら、もっと寄越せ」
「トワさ、ん」
ブレを引き寄せ、薄く開いたままの唇を塞いでやる。周りにいないのなら、遠慮することもないだろう。
あんなものでは足りない。足りなく感じるようにしたのは、間違いなくブレだ。差し込む光から、夕方までもう少し余裕がある。だから俺に付き合えとばかりに、舌を差し込んだ。
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