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あしたはきみとなにをしよう
雲ひとつない晴れた空が、遠くまで広がる。太陽に照らされ、きらきらと輝く青い海が眩しい。
ここ数日、見上げるのはどんよりとした暗い空ばかりだった。髪がパリパリに凍りつくほど寒い中、険しい山を登ったり下ったり、広い雪原を歩いてヘブラ地方を探索していた。
広くて寒い中を動き回った結果、とても疲れた。見つけにくい祠ばかりなのに、力の試練なことが多くて。おまけに極位だし、半ばヤケクソで挑んでいた。だから探索を終えて帰宅した時、しばらく休もうと決めたんだ。するとトワが、気分転換にウオトリー村に行かないかと言い出した。悪くないと思い、最低限の荷物を持って早々に向かった。
「めちゃくちゃ天気いいな!」
「ここでしばらく、のんびりしようぜ」
そうしてオレ達は、ウオトリー村にやってきた。空にはカモメが飛び、ハテノ村に比べたら少し暑いくらいだ。穏やかな時間が流れる村を見下ろしながら、身体を大きく伸ばした。
村に着いたらまず泊まる場所だ。なので宿屋へ行ったのだが、小さなコテージを村に作ったらしく勧められた。しかもふかふかベッド付きが今なら安いと言われたので、そこに決めていた。大体どこで泊まってもオープンすぎるから、人目を気にしなくて済むのは助かる。
チシャに案内された小屋は扉が付いているため、受け取っていた鍵を使い中に入った。窓にガラスはなく、ふんわりした薄い布で覆われているだけ。
「へえ、結構よさそうだな」
「なあブレ。今度からここにしようぜ」
「もう気に入ったのかよ」
「きれいだし、ベッドはふかふかなんだからな」
見た目よりも広い部屋を眺めながら、適当に持ってきた荷物を置く。トワは奥にあるベッドに身を沈め、柔らかさに笑い声を上げている。安さに釣られたけど、ここに決めてよかった。寝床を確保したので、心置きなくゆっくり休みを堪能することが出来る。
「ここに来たら、海に入るよな」
「もちろん! 入らなくてどうするんだよ」
「だよなあ」
そしてオレもトワもすぐに服を脱ぎ散らかし、水着に着替えて外へ出た。のんびりするのは、ひと泳ぎしてからだ。近くにはこじんまりとした滝があり、涼しげな雰囲気がする。
競うようにして辿り着いた熱い砂浜を裸足で駆け抜け、待ちきれないとばかりに海へ飛び込んだ。水のほどよい冷たさは、気持ちいいくらいだ。潜って目を開けば、広がる景色に圧倒される。陽が差し込む海の中は別世界のようで、色鮮やかな珊瑚や、優雅に泳ぐ魚の姿に見入ってしまう。
水面から顔を出すと、少し離れたところにいるトワと目が合った。にやりと笑ってこちらを手招くから、泳いで近づいたら手を取られた。甲を指先で撫でられ、くすぐったい。
「なんだよ」
「別にいいだろ、気にすんなよ」
指と指を絡めてきゅっと握られたので、お返しにオレも力を込める。離れないようにきつく繋いだまま、今度は一緒に水の中へ沈んだ。陽が傾いたことで空のオレンジ色に染まった景色は、さっきとは違う美しさがあった。
呼吸も忘れて見惚れていると、するりと頬に伸ばされた手に呼ばれ、振り向いた先でキスをされた。確かに水中なら、オレたちを見るのは魚くらいだけど、そんな場所に招くトワが無性に可愛く思えて頬が緩む。けれど唇は軽く触れ合わせるだけで離れていき、すぐに揃って海から顔を出した。出来ることなら続けたかったが、単純に息がもたない。
名残惜しくてくまなく辺りを見渡したが、人の姿はこれっぽっちも見当たらない。これをチャンスと捉え、がばりとトワに抱きついたら沈みそうになり、慌てて足のつく場所まで移動した。そっと顔を寄せてみたら拒まれなかったので、今度はオレからキスをする。
いつ誰に見られるか分からないため、合わせるだけの可愛らしいものにした。せめてと最後に唇をぺろりとひと舐めしてから離れたら、少しだけしょっぱかった。
「なにしてんだよ」
「先に始めたの、トワだし」
そっと伸ばした指で、張り付いた髪を掻き分ける。水が滴るトワの顔は、いつも以上に整って見える。ちょっとおもしろくない。
だから事実を突いてやれば罰が悪そうに視線を逸らされたので、そういうところが可愛いと思う。しかも僅かに下がった耳の先は、ほんのり赤い。頬を伝う雫に最中の汗を思い起こしてしまい、急いでかぶりを振った。きっと可愛いキスだけでは、済ませなくなる。
「腹、減ってきたな」
「ウオトリー村といえばタイやカニだな」
「俺、カニ玉チャーハン食いたい」
大きな波を立てて海から上がったトワは、砂浜で戯れているカニを捕まえに行った。この雰囲気がずっと続くとは思っていなかったが、飯の話題で早々に飛散されて笑う。確かにオレも腹の減りを感じたので、小さくなったトワの背中を追いかけた。
その途中で、濃い青色がきれいなマックスサザエを見つけた。以前お裾分けでもらった料理を思い出し、じわりと滲んだよだれを飲み込む。あれ、とてもうまかったなあ。
「トワ、きょうは海鮮パエリアも出来るぞ」
「それってうまいのか?」
「うまい。トワも気に入ると思う」
「へえ、楽しみだな」
ポーチにある食材で作れるものは、案外限られている。足りなければよろず屋で買うことも出来るから、きょうは久々に魚尽くしにしよう。ここは漁村なので海の幸は豊富だ。新鮮な魚介類で作る海鮮料理は、きっとうまい。
食事は各自でご自由にということで、小屋の入口に料理鍋が用意されている。抱えて持ってきた材料を適当に置き、近くの水場で軽く洗い流してから戻ってきた。
「ブレ、よく拭けよ。床が濡れるだろ」
「そのうち乾くって」
髪から垂れる雫に構うことなく荷物を漁っていると、トワに乗せたままのタオルと一緒に掻き混ぜられる。見かねたトワが世話を焼いてくれないかなと期待していたから、面倒見の良さに笑みを浮かべた。
礼に振り返ったオレのおでこを小突いてきたのは、ちょっと余計だけど。軽くさすり、あとは服を替えていった。
「これ楽だし、トワも着ろよ」
「確かに良さそうだな」
「だろ。この前グラネットから、同じもの買ったんだ」
ウオトリー村で着るなら、ラフなエビシャツだ。同じものを渡したら、トワは喜んで着てくれた。着替えを終えて飯のために外に出たところで、しまったと悔いた。
広がる空は夜の青と陽のオレンジに彩られ、もうすぐ太陽が海に沈む。真っ赤に染まった水平線は、ため息が出るほどとてもきれいだ。ひと気のない砂浜で、トワと一緒に見たかった。ウーロコ岬にある祠にワープし、そこから眺めてもよかったかもしれない。
多少はその、トワといい雰囲気になりたいから。ところがそう思っているのはオレだけのようで、ちょっと寂しい。
「ブレ、早く飯にしようぜ」
「なにから作るかな」
火を起こした鍋の近くで、トワは花より団子の状態になっている。オレの腹もうるさく鳴り始めたので、誘いの言葉を飲み込んで大人しく飯にした。まだ何日か滞在するから、きっとチャンスはある。それに賭けることにして、材料を次々と鍋へ放り込んだ。
出来たのは海鮮パエリアにカニ玉チャーハン、タイのムニエル。カニリゾットに海の幸カレー。あとは貝のチャウダー。デザートにはフィッシュパイだ。
「あ〜、うまかった」
「ブレが言ってた海鮮パエリア、特にうまかったな」
「そうだろ! サザエがあればまた作ってやるよ」
オレも初めて食べた時はうまさに驚いたから、トワに分かってもらえて嬉しい。あの時教えてくれたレシピが役立ったし、あしたの昼にでもお礼も兼ねて訪ねようかな。
「腹いっぱいだ。さっさと片付けて休もうぜ」
滅多に作らない料理を、鍋を囲む椅子に座っておいしく平らげた。ふたりで片付けを終えたら、あとは寝るだけ。
小屋の中に戻り、いつもより広さのあるベッドにごろりと寝転がる。身体を伸ばせば、緩んだ口からあくびが出た。ウオトリー村に来たばかりの初日、このまま寝るのはもったいない気もする。トワはどうなんだろう。寄ってきたトワが座ったので、ベッドがぎしりと揺れた。
思わずその腰に抱きつき、シャツの裾から手をそっと差し入れた。けれどすぐに止められたので、好きにさせてくれないようだ。オレに甘いトワが珍しい。
「なにしてんだよ。今から仮眠取るんだから、邪魔すんなよ」
「仮眠? なんのために」
「ブレも一緒にカブト虫、捕りに行くだろ!」
長い耳をピンと立て、興奮気味に迫られる。きらきらと瞳を輝かせているトワの誘いを断れるわけもなく、大きなため息を吐いて頷くしかなかった。
以前この村に泊まった時、村人からカブト虫のことを聞いたトワにしつこく誘われ、夜が明けるまで付き合った。その時に、また来たら捕ろうぜ、と言っていたのを思い出したからだ。あの日は本当に一晩中、ふたりで虫を捕って終わった。
最初こそオレもトワと競うように捕り、楽しんではいたけど。寂しいくらいにひと気もないし、時には甘い空気になるかと期待していたら、見事に打ち砕かれたんだよなあ。
だからとこの広いベッドでひとり、寂しく寝るのもつまらないわけで。つまりオレが出せる答えはひとつだけだ。そんなオレの返事に気を良くしたトワに巻き込まれ、ふたりでベッドに横になる。いつの間にか部屋の灯りは消されていたので、すぐに眠りに落ちてしまった。
「ブレ、起きろ。そろそろ行くぞ」
身体をゆさゆさと揺らす力は強く、心地よい眠りから起こされた。急かすようにトワに腕を引かれ、座らされたベッドの端で眠い目をごしごしと擦る。辺りはまだ真っ暗だ。
「どこ行くんだよ……」
「カブト虫、捕りに行くって言っただろ」
「ふあ……、ほんとに行くのかよ」
「当たり前だろ。夜のウオトリー村といえば、カブト虫だぞ」
勇者として冒険している時、頼まれて変わった虫を探したけどわくわくしたなあ。そう懐かしむ姿はとても可愛いが、これからの数時間を思うと気が滅入るのが本音だ。
「きょうは何匹捕れっかな〜、ガンバリカブトいるかな」
トワの頭の中は、すでに虫のことでいっぱいだ。これはきょうも期待するだけムダだなと、いちゃつくことは早々に諦める。トワにはこの穴埋めを、どこかでしてもらおう。
先に起きていたトワは支度を終えていたので、簡単に身を整えて外へと出た。篝火やそれぞれの家の灯りが辺りを照らすから、決して暗くはない。時折揺れる木のざわめきや掻き分ける草の音、遠くに打ち寄せる波の音が聞こえるくらいで、とても静かな夜だ。恋人同士がいちゃつくのに、絶好のシチュエーションだと思う。
なのにトワは虫カゴを手に、カブト虫を探すのに一生懸命だ。空気も読まずに捕まえた虫を掲げ、最高の笑顔をオレに見せる。はしゃぐ様子はとても可愛くて、先輩とも元勇者とも思えないくらいだ。
「ブレはあっちの木の様子を見てきてくれ」
「わかったよ」
任された方向に虫の姿を見つけ、こっそりと忍び寄って捕まえる。今はトワの手伝いをするだけだ。前に少しくらいはいいだろと、キスを仕掛けようとして断れている。そんなことしてたら逃げられるだろと言って、口付けすらさせてくれなかった。
本当に、何度この草むらに押し倒してやろうと思ったことか。しかし慣れないところで抱いたら、ヘタをすると身体を痛める。そうなったら拗ねたトワに、なにを言われるか分からない。代わりに捕ってこいと、放り出されたら困る。トワのためとはいえ、ひとりでカブト虫を捕ってもおもしろくない。だから今のオレは、トワの傍で大人しくしている。
例に漏れず、本日も予想通りだった。いい雰囲気になることなく、虫捕りをしていたら夜が明けた。かなりの成果を上げられようで、トワはにんまりと満面の笑みを浮かべている。その笑顔を見たら、まあいいかなと思ってしまうオレもオレだ。
「さすがに眠い」
「一晩中起きてたようなもんだからな」
「起きたら昼だな、おやすみ……」
小屋に戻る頃には、暗かった空は明るくなり始めていた。
揃ってあくびをしながらベッドに倒れ、引き上げたシーツの中に収まる。面倒さが勝ったので着替えはあとだ、とにかく寝たい。
いつものように腕の中に閉じ込めると、背中にはトワの手が回された。ふたり寝に慣れた今は、この格好がとても落ち着く。緊張で張りっぱなしだった糸が切れたのもあり、じゃれ合う暇もなく寝入っていた。
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ぱちりと目蓋が開き、オレの目の前ではトワがすやすやと静かに眠っている。しばしぼんやり眺めていたが、すぐに状況を思い出した。部屋に降り注がれる陽の明るさから、今は昼だろうか。寝たのが夜明けだったので、昼なら早い目覚めだ。
呑気に寝息を立てているトワに、また一晩中付き合った。まだまだ起きそうにないけど、少しくらいなら手を出してもいいだろ。ちゅっちゅと目蓋や頬、鼻先に口付ける。
「ん……?」
眉がぴくりと動き、うめき声が上がったがそれだけだった。こっそりイタズラしているようで楽しいが、大した反応が得られずつまらなくなってくる。だからそっと唇を重ね、無防備に空いている隙間に舌を差し込む。トワが起きる前にシーツに押し倒し、上に乗り上げて逃げられないようにした。起きてもいいどころか、むしろ起きろと思う。
「ん……、っ!」
「あ、トワ。起きた?」
驚きから見開いている青の瞳に、わざとらしくにこりと微笑む。唇を離したのは一瞬で、すぐに塞ぎ直した。瞬いている様子がなんだかおかしくて、早く起きてと突いていた舌を絡める。されるがままなら、オレの好きにしていいよね。
だから両の頬を手のひらで押さえ、逃げられないようにした。遠慮せずにねっとりと歯列を舐め、絡めた舌をしつこく吸い上げる。そのうち完全に起きたらしいトワに、服をぎゅっと掴まれた。気にせず続けていたらぐいぐい引っ張られ、空いていた手で身体を叩かれる。くぐもった声まで出し始めたので、仕方なく口付けを解いてトワを見下ろす。
口端から溢れる唾液にこくりと喉を鳴らし、ほんのり上気している頬を優しく撫でる。
「なに?」
「それは俺のセリフだ。なにしてんだよ……」
「なにって、キスだけど」
「言わなくてもわかる。そうじゃなくて、なんつうか」
「なんだよ。聞いてきたのトワだろ」
トワの言いたいことは、なんとなく見当がついた。おはようのキスにしては、随分と濃厚なものだったと思う。寝込みを襲ったようなものだし、悪びれないオレにあきれた感じかな。仕方ないだろ、圧倒的にトワが足りない。
「トワ見てたら、したくなったんだよ」
きのうの夜は虫捕りに忙しく、そんな暇なかったから。
隠すことなく口にしたら、トワはくすりと笑ってオレの背中に手を回してきた。そのまま引き寄せられたので、おでこを合わせてじっと見つめる。
どうぞと差し出されたけど、ここはトワから動くのを待った。すると深い青の瞳を細め、ほんの一瞬だけオレと唇を合わせた。
「もっとするか?」
「する!」
掠めるように唇まで舐められたら、返す言葉は決まっている。トワもオレが断るとは微塵も思っていなかったんだろう、余裕を浮かべた顔で背中をさすられる。まるで早く来いと言わんばかりだ。
それが少しばかり気に入らなくて、口付けながら片手をシーツの中に戻す。普段は何枚もの布に覆われている腰は、シャツ一枚だけなので隙が多い。トワの輪郭をなぞるように、脇から腰へ指を滑らした。途端にびくりと跳ねた身体に頬を緩め、調子に乗って何度も撫でた。露骨に反応されると、楽しくなってくる。
「きのうトワに付き合ったんだから、きょうはオレに付き合って」
邪魔の入らないベッドの中、もう少しこうしていたい。何の予定もないから、トワを抱き枕にしてまどろんでもいいだろ。けれどトワはオレの意図を勘違いしたようで、ぐりぐりと股間に膝を押し付けてくる。
「それで、飯も食わずにやるのか?」
「……うん。一回してから食べよ」
「一回、ねえ」
「腹も減ってるし、続けてやる気はないから」
「俺としては、どっちでもいいけど」
今はキスだけで済ませるつもりだったんだ。勝手にその気になっているトワから誘われたら、乗ってしまうだろ。
時々言っているが、いつもそういう事ばかり考えているわけじゃないんだよ。なんて、断らないオレが言っても説得力はないか。こんな風に甘やかされるから、また夜中に付き合ってもいいかな、なんて思ってしまうんだ。
きょうは目的もなくトワとのんびり海岸沿いを歩き、イサキ岬の先で日暮れをふたりで眺めたい。夜のことは後で考えよう。さすがに二夜続けて虫捕りに行きたいとは、言わないよな。
この空気を壊したくないから、今は聞かないけど。
「トワ。飯食べたら出掛けよ」
「ん、いいぜ……」
まだしばらくは、ウオトリー村で休みを満喫するつもりだから。あしたもトワと、なにをしようかな。
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